鹿の王
電子版のみの特典イラスト(なんと梶原にきさん)が付いているというので、上下バラで買う方が若干お得なのですが合本版を購入。(電子版の下巻にイラストがあるのかどうかはわからなかった)先日もちらっと言った通り、主人公の名がヴァンですので、私は師匠の顔で想像してしまって困ってました。このイラストのヴァンはすごく好みでカッコ良く! ユナは可愛くて、「よし! このイメージで!」と読み始めましたが、ちょっと「人造天使」のヴァンとルーク(ユナは女児ですが)だな……と思ってしまったりするとまたイメージが師匠に逆戻り……。
もう一気に読みたくなるのを堪えて堪えて努めてゆっくり読了しました。私は昔から上橋菜穂子先生の大ファンで、「精霊の木」からすべて所持していますが、最も好きなのはこれまでは「狐笛のかなた」でした。でも「鹿の王」読了後にはこれが一番になりました。「鹿の王」は、いつか巻末イラスト付きの紙の本が出たら、きっと買い直すだろうと思います。
〈独角〉のヴァンは死兵となって戦った先の戦いで一人生き残ってしまい、捕らえられ、岩塩鉱で奴隷となって働いていた。ある日、そこに獣が襲いかかってきて、つぎつぎに人を襲い始める。やがて、噛まれた人々は次々に謎の病に倒れ、ヴァンもまた、鎖で杭に繋がれたまま発熱し、倒れ伏す。
悪夢を見て目覚めた時、そこには征服者、奴隷含め、死者しかいなかった。人の力で切れるはずもない鎖を引きちぎり、ヴァンは岩塩鉱から彷徨い出たのだが、地上で働くものたちももまた、死者に成り果てていた。
生き残りや、食べ物、逃亡のためのあれこれを探して歩くうち、奴隷の食事を作る厨房で、同じく生き残った幼い子どもを見つける──
というようなお話。
〈独角〉というのは、生きる縁を失った哀しい男たちで構成された戦士団です。
親や伴侶、子や友、愛するものすべてを失い、生きる屍と成り果てても、いつか「常春の地」にて彼らに再会するため、自死を選ぶことも出来ない男たちは、何かの折りには氏族のために戦うと誓いを立て、代わりに掟に縛られずに自由に生きることを許されています。そんな男たちをまとめ上げる長がヴァン。氏族長からの要請で、これで死に場所を得ることが出来ると全員張り切って戦い、無事に(?)本懐を遂げることが出来たのに、ヴァンは多分優秀すぎたせいなのか、やはり一人生き残ってしまうんです。
征服者と被征服者の複雑な関係からなる政治的な話、獣によってもたらされる感染症、病原菌、免疫の話と、メインの登場人物の視点によって物語の中心となる事柄は違うのですが、この二つは強く絡まり合っていて、病を得ながらまたも生き残ったヴァンと、ユナを否応無く巻き込んで行くのです。
感染症の話はお医者さんが監修していることもあり、非常に詳しく、わかりやすくなっていますし、麻疹や天然痘などですでに馴染みがある話なので、つるんと入ると思うんですが、これがいわゆる異世界ファンタジーなのだと思うとなんだか不思議でもあり、新しい!と感じるようでもあり。
上橋先生作品は守人シリーズ、獣の奏者とアニメ化されたので、日頃児童文学は嗜まない方でもこれだけは読んでみようという方も多いでしょうし、感想はネタバレにも繋がるし書き難いですね^^; 個人的には上橋先生の最高傑作なのではないかと思います。暫定的にですが。次に出るものがもっと好きになるかもしれないし……。ぜひ、ご自分でお読みになってみてください。
今、Voiceを弄り回してるので特にそう思ったのかも知れないんですが(ヴァンがまた、voiceアッシュとは正反対の生き方をしていたため)、生きる、というのは、やはり素晴らしいことなのだと思いました。
中に、命を繋いでいくことが出来なかった、繋ぐことが出来ないかもしれない二人の女性が出てきます。ずっとここを読んで下さってる方はご存知の通り、私も、命を次世代に繋ぐことが出来ませんでした。
《一人一人が次の世代を産めたか、産むことができなかったかということで、その命の連鎖の糸が消えるようなものじゃないんです》
それは実際に子どもを失ったことの無い人の綺麗ごとだと胸が詰まりました。ここでミラルが言っていることを私が心から理解し、納得するのは、もっともっと長い年月が必要なようです。或いは、理解出来ないままで終わるのかも。
でもそれでも、生きているということは大切な、素晴らしいことなんだと思います。ヴァンが〈独角〉でなければ、ユナの命はおそらく失われていたし、ユナを慈しみ、育てることで少しずつヴァンは生きる屍から生きた男、父親に立ち戻っていきました。ユナの命、オキの民の飛鹿の命を繋いだのはヴァンなのだろうし、もしかしたらサエの命──というより人生も繋いだかも。
一本の線のように命を繋ぐことは出来なくても、私も、せめてそのように何かを繋いで行ける、そんな生き方をしたい。どんなにささやかなものでもいいから。今死んでしまったら、私には本当にこの世に産まれた証が何も残りません。親兄弟やその子、友人たちが生きている間なら、憶えてくれる人もいるでしょうが、そのあとは? 誰の記憶にも残らず、大好きな人の血も残してあげられず、私には何が残るんだろうとずっと考えていました。未だに答えは出ません。
それでも今、生きることが楽しい、素晴らしいと思える限り、何かが残せるのではないかと、そんな希望を持てたらいいと思いました。
……今気付いたけど、今日は亡き父の誕生日だったんですね。なんだかこんな日にこんなことを考えているのが、父に申し訳ない気がしてきました。
……頑張ろう。