土漠の花(超ネタバレ注意!)
著者は月村了衛。私は初めて読む作家さんです。
母が「わりと面白かった。一気に読めるから読んでご覧」というので図書館に予約入れてました。
あらすじはこんな感じ。
ソマリアの国境付近で、墜落ヘリの捜索救助にあたっていた陸上自衛隊第一空挺団の精鋭たち。その野営地に、命を狙われている女性が駆け込んだとき、自衛官たちの命を賭けた戦闘が始まった。一人の女性の命を守ることは自分たちの国を守ることでもあった。絶え間なく降りかかる試練、窮地、想定外。無惨な死にひれ伏すか? 紙一重の生をつかみ取るか? 極限状況の中で男たちの確執と友情。人間としての誇り──。(背表紙のあらすじから)
今ソマリア沖で海賊が非常に問題になってて、実際に海上自衛隊や海上保安庁が護衛として参加していますし、この本はタイムリーというよりもろにそれを背景に書かれてますので、ざっとあらすじを聞いただけでもすごく興味があったのですが、順番は44番。いつになるかなーと思いつつ忘れていました。
一昨日実妹と話をしているとき(私はちっさいコマに色を塗ってましたが)それを読んだか聞かれました。てっきり母が妹にも勧めたのかと思ったら、妹は新聞書評で興味を持ったのだそうです。さすがに親子、興味を引くものが似てるんですね。順番待ちで44と言いましたら(予約して一月以上は経ってるので、実際はもう少し近くなってるはず)「私買った」というのでキャンセルして借りました。
まず、登場人物に年齢を含めて容姿の描写がほとんどない。なんとなく、この人はこの人より歳が上とか下とかわかるくらい。ですが主人公友永曹長の目線で語られる仲間たちの個性はそれぞれ際立っています。
中でも同じ曹長の新開のことを友永はよく見てますので(苦手っていうか嫌いっていうか)私はすっかり新開派になってしまい。ええ、お約束ですが新開×友永でによによによによ致しました。この新開さん、いつでも冷静で理論に隙が無く、感情の起伏に乏しく、他者を見下してて情に薄いような感じを受けるのですけど(友永ヴィジョンだと)、こんだけディスってると「実は」が起きそうな予感だなと思っていたら、はい「実は〜だった」きました。
それも子ども好き&笑顔全開という少女マンガ的展開で! 彼に遊んでもらおうと集まって来た子どもたちに竹とんぼ作ってあげたりね(*´艸`*)
この辺りから、いや、最初から友永→新開だったものが、友永→→→新開になったな、とかそんな感じ?
というあまり真っ当じゃない読み方をしているせいで、展開によって読む気を失って放り出したりしたんですが「わりと面白い」よりは腐萌えで楽しめました。もう一組由利×梶谷という萌えカポーもおりました。こうなってくると容姿の描写ないの本当にいいですね! 脳内で好きにできるもん。脳内なら、受(決めつけてる)の友永が茶髪で耳に髪がかかったやや長めの髪型だっていいんだし! こんな状況だから三日で無精髭もかなり育ったことだろう。(髭を伸ばすのは上官の許可がいる)友永&梶谷は生えなくていい。すね毛もなくていい。妹は最後まで友永が好きになれなかったと言っておりました。そりゃ腐女子ではない妹が友永×アスキラ(氏族長の娘)前提で読むからだ。新開×友永なら「友永可愛いじゃん」で済むのに。
で、モエモエしながらもテンション下がり気味で最後はどうかというと、ほんの十数ページでまとめられていて、掘り下げ不足は否めません。途中、定期連絡が絶えたのに救助がなかったことについて「実は、米国のCIAが〜」とか言われたって、「……へえ」としか思えない。そこら辺は裏事情をもっと詳細に書くべきでした。殉職した自衛官の家族対応については大いに不満ですが、ここでは堪えるべきなんだなという大人の事情も(遺族でない第三者目線なら)納得がいくものですし、助けられた女性アスキラ(シードを思い出して仕方なかったです。友達は「アスキラになれ! アスキラになれ!」と洗脳しながら私にシードを見せたのですが、私はどっぷりディアミリにハマり、「アスキラ?なにそれ美味しいの」状態でした)がいつか国を建て直して、自衛官の遺体を探して弔い、本当の事情を明らかにする、と請け合ったので、現実ではそんな日多分来ないよと思いはしますが、せめて小説の中のソマリア、ソマリ、ジブチには遺族が生きている間にそういう日が来たと思いたいです。
一般書籍として出来がいいかと言われると△、映画ならもっと面白かったんじゃないかと思います。なぜなら、あまり背景が深くなくていいから! 「助かったーっ!」でヒーローとヒロインが夕日をバックに抱き合ってキスして終わりでいいじゃないですか。でさあ、結局どういう決着になったのよ?って映画では(特にハリウッド)ぜーんぜん語られないじゃないですか。エンドロールに字幕で後日談が被さるくらいですよね。(ちなみに、以前書いた『コルチャック先生』についても後日談は同じ手法で、エンドロールに被せて語られたのですが、その映像は字幕を暗喩したもので、見た目は正反対の内容でした。そこで私は号泣した)
肝心のソマリア情勢ですが、特に興味も無い人に興味を持たせるようなものではないと思いますし、知識のない人に知識を与えるものでもなく、通り一遍の説明しかありません。そこら辺に興味のある方はちゃんと専門書を読んだ方がいいでしょうね。わかりやすい、良い本もあります。私は二冊しか読んでないけど、ファンタジー小説のように単純に食い詰めて困った人たちが山賊や海賊をやってるような話ではなく、なんというか、すごく考えさせられました。あの辺のことを語ろうとすると、絶対にとある宗教のことが切り離せません。正直ネットが張り巡らされた今の時代、自分の発言がどのような問題に波及していくか推測し辛いですので詳しくは述べませんが、遠い国のことだし私には関係ないよと言い切れないものがあると感じたのは確かです。あー、これは私が元々戦争報道の道を志していたのもあり、紛争地帯の問題に過敏になりすぎるからかもしれませんけど……。
あれこれ書きましたが、つまり私の感覚ではほぼラノベに近いエンターテイメント性があります。私は萌えられたし(読んだ方、お前だけだって言わないで><)戦闘描写に臨場感があり一気に読めるので、最近なんか面白い本読んで無い、なにか無いかなーという方には大いにおすすめします。
ここ数年めっきり読書量が落ちて、今年はこの本で187冊(再読を入れたらもっとある)しか読んでません。文章、というのは絵描きのように書けば書くほど上手くなるというものではなく、書いていないときにどれだけ良質な本を読んだか(文学って意味じゃありません)、情報に触れたか、それに対してどれだけ考察し、思索したか、そこにかかっていると私は思っています。なんだかわからない間に時間が経ったような時間の使い方をし、ただ萌えを叫んでるだけじゃ文章が上手くなるはずがない。映画見たってゲームやったって得るものはありますが、それによって上達するのは文章力ではなく、どっちかっていうと構成力じゃないかな。もっと平易な言葉で誰にでもわかりやすく、想像しやすい文章を書けるようになりたいんですが、この読書量では来年、再来年と経てば落ちて行くばかりの気がします。本を読むための集中力がものすごく落ちてて、それでも小説になるとそれなりに集中できるんだけど、専門書になると、下手すると再読でも頭に入らず復習し辛いこともあります。あと昔の文学系。身体が思うように動かないとか、眉に白髪がまじってきたりするより、これが一番歳を取るってこういうことかと実感するところですね。
とりあえず「帰って来たヒトラー」の下巻を図書館に取りに行って読み終わったら(これも面白いので、読み終わったらまとめて感想書きたい)、上橋菜穂子さんの「鹿の王」を読むことにします。主人公の名前がどうやら「ヴァン」のようなので、もうすでに師匠のビジュアルになって困ってる。