闘犬アッシュ32
アシュルクロマンス小説風を書くためのおさらいとして、このところ海外ロマンス小説をいろいろ読んでみているんだけど、さすがのハーレクイン社ではそれほど「ええええ」というような訳はないようです。ちょっとがっかり。
人気が高いと言うダークハンターシリーズを途中で放り出した(「ザレク」は面白かったです。訳はアレでも)私としては、内容、タイトルからしてそこはかとなく似たにおいがするので避けていた「オリンポスの咎人」シリーズをオモシロ訳に期待して読み始めたんですが、そんなわけでちょっとばかり拍子抜けしています。
というか、「オリンポスの咎人」シリーズはすごいですよ! ヒロイン、ヒーロー共に、いっそ清々しいくらいセックスのことしか考えてないんですよヽ(゚Д゚;)ノ!! お互いの顔をみるたびにカッキーンでジュワジュワな感じです。まじで。暑苦しさ転じて爽やかさを感じるくらいに! ハーレクインって、つまりどんな感じのお話なの? と言われたら、今度から迷わずこれを薦めよう……(ハーレクイン嫌いを増やすだけだって……)
カップリングはシリーズ一作ごとに違って(攻、というかヒーローは全員咎人仲間)ワンコ×純粋健気?、生真面目×デレツンデレ、ドM×勝ち気? って感じで現在三作まで読みましたが(これ以降は貸し出し中のため予約待ち。古本屋で105円なら買うかもしれない)、ここまで突き抜けているとこれまで文句ばっか垂れていた「ハヤスギ!」「ヤリスギ!」の文句もしぼんでしまうというもの。これがベストセラーって……あちらの方々ってほんと肉食系なんだなあ……。いや、私も超・肉食系だという自覚がありましたが、まだ慎みってものを捨ててはいないんだってほっとしました。なんというか……日本人やばくね? と思っちゃいました。セクスレス夫婦とかカップル増殖中な意味で。
とかぐずぐず言ってはおりますが、訳が気にならないのでちょっとこのままどんなカップルがいるのかシリーズをおっかけてみたいと思います。
ハーレクインとか、海外ロマンス小説を読んだことがない方は、こういうの最初に読んだらダメですよ><b ハーレクインにはもっとしっとりほんわかした良いものもあります。最初は嫌っていたり憎みあっていたのが徐々に……とか。こんな、出会った瞬間に「ヤリたい!」みたいなのはそう多くは……ないんじゃないかな……。
以下、闘犬です。闘犬はいつもよりアクの強い文章をそれなりに目指したつもりでしたが、まだまだ甘かったなー
そういうことがあったから、というわけではないが、その日地下鉄の改札を抜けたときかけられる声がないことに、ルークはひどくうろたえ、怯えた。思わずその場に立ちすくんでしまい、ルークの杖に気付かないものに突き飛ばされてよろけ、それを勢いにふらふらと歩き出す。
長い間一人で通い慣れた道だから、一人で歩けないわけじゃない。むろん杖の先で前を確かめないわけにはいかないが、細かい段差だとか、どのくらい歩いてどちらに曲がるとか、そういったことはすでに身に染み付いている。
だが、不安で仕方がなかった。ただ、横にアッシュがいないだけで。
このところはアッシュが日中観ていたテレビ番組の話や少しだけ読み進めた本の話をし、ルークが学校であったことなどを話したりしていて、地下鉄を降りたところから二人きりの午後の時間の始まりだった。この道を前に一人で歩いていたときは──なにを考えていただろう? 話す相手がいなくなり、なんだが時間を持て余すと、嫌なことばかり考えてしまう。
不安は、一人で歩くことじゃない。アッシュが現れないことにだ。
アッシュはヴァンの所へ様子を見に戻ったのだろうか。それとも昼間の番組で何か良くないニュースの放送があったとか。──ヴァンの身に異変が起きたり、などの……。あるいは一番考えたくないことだけれども、ルークを迎えにくる途中でなんらかのトラブルに巻き込まれた、とか。いや、もしかしたら、昼寝をして寝過ごしてしまったりとか……。そういうオチだったらどれだけ良かったか。
だが、アッシュがルークを迎えに来るのに寝過ごすことなど有り得ない。そもそも昼寝をするなど到底考えられなかった。
「お、ルーク、おかえり。アッシュから伝言預かってるぜ!」
ゼーゼマンから封筒を受け取ったルークは、挨拶や礼の言葉もそこそこにエレベーターに乗り、表を撫でた。「ルークへ」とある。
テレビがバンのやしきがおそわれたというので
バンのようすおみてくる
けがわないみたいだ あんしんして
さかながグリルのなか
なべのスープわちゃんとあたためて
パンもきちんとやくこと
ルークわすぐめんどうがるからしんぱいだ
おれのことわ しんぱいしないで
おれわ ルークがしんぱい みのまわりにきおつけて
アッッシュ
読み書きの勉強をしているアッシュに点字タイプライターの使い方を教えたのは、ちょっとしたメモ書きを──買い物に行ってきますとか──残してもらうためだった。
あの初めて結ばれた日の翌朝と同じように、ああやっぱり、という思いがしんと落ちてくる。だが、あのときは心のどこかに仕方ないなあという、どこか達観した気分があったのだが、今回は違う。真っ正直なアッシュらしい、とも思い、自分よりヴァンを取ったのかという理不尽な憤りも沸き起こる。同時に、血が繋がらないとはいえ家族になにかあったのなら、当然戻るべきだという思いもある。
だが、アッシュが戻った先は、巨大マフィアのボスの家であり、襲われたという今、最も危険なところでもあった。
署名も含めてあちこちに綴りミスのある手紙を胸に押し付けて、震える手で鍵を開けて部屋に入り、すぐにテレビを付けた。しかしどのチャンネルを回しても、ヴァン・グランツの屋敷が襲撃されたなどというニュースはやっていない。何度も何度も手紙を握り直し、不安で胸が押しつぶされそうになったころ、ようやくヴァンの屋敷が昼間何ものかに襲撃されたこと、怪我人はいないことなどがごく短く放送された。
ルークはほとんど前のめりになって見えないテレビを睨んでいたが、それを聞いてくたくたとソファの上にくずおれた。ヴァンに大事がなかったこともさることながら、彼のところに向かったアッシュに危険が及ばないようだというのが一番嬉しい。これなら、案外すぐに帰ってきてくれるかもしれない。
ほっと一息つくと、ニュースを観て慌てたのだろうに、そんなときまでルークの食事の心配をしているのが、おかしいような申し訳ないような気がして、ルークは少しだけ笑った。
笑ったことで、ほんの少し不安が薄れた気がする。グリルを確かめると、まだほんのり温かさののこるアルミホイルに触れた。深く息を吸うと、数種類のチーズと、バターの香りがふわり。チーズはルークの好きな物の一つだ。魚嫌いのルークになんとか美味しく食べさせようというアッシュの気持ちに、心が温かくなる。
慣れないタイプライターできちんと置き手紙を残してくれたことといい、アッシュの落ち着きを感じると、泡立ったルークの心も落ち着いた。アッシュはここにはいないけれど、ルークは今も確かに守られていた。
結局、いつも通りにルークはピアノの前に座り、数時間練習してから食事にかかった。
数種類のチーズと野菜をたっぷり乗せた切り身の魚は、本来ならルークが帰ってからグリルしたはずだ。丁寧にアルミホイルを外して皿に移し、レンジで温めた。味をみて、胡椒を一振り加える。ポロネギとジャガイモのポタージュを火にかけて皿に注ぎ、こんがり焼いたライ麦入りのパンという夕食を一人で摂りながら、ダイニングまで聞こえるよう音声を大きくあげたテレビの音を、ルークはじっと聞いていた。
一人きりというのがもはや堪え難いほどに寂しく、消してしまう気にはなれなかったのだ。
「……なぜ戻って来た。しばらく小僧のところでおとなしくしていろと伝言したはずだが」
「ヴァン、怪我がないのは本当か?」
「戻れ」
「ヴァン」
しっしっと犬を追い払うように手を振ったヴァンを睨みつけ、アッシュは頑に問いかけた。アッシュはマリィベルにアッシュを守ると約束したのだ。なにごともなく、また自分の代わりにリグレットが傍にいてくれるというなら、みんなの言うように少し離れていてもいい。けれどこういうことがまだ今後も起こりうるなら、アッシュはヴァンから離れてはならなかった。
「……小僧を放っておくのか」
「行ったり来たりが良くないというなら」
何もかもが収まって、ヴァンにもルークにも危険がなくなるまではルークには会わない。そう決意してあの居心地の良い場所を後にして来たのだ。ルークは許してくれるし、待っていてもくれる。アッシュはそれを確信しているけれど、お互いに会えない寂しさはどうしようもない。ルークのコンクールの本選だって、その晴れ舞台を観に行く約束をしているのに。
「だから、早くなんとかしてくれ」
「……簡単に言ってくれる」ヴァンは肩を竦め、少し疲れたように眉間を揉んだ。「組織には多かれ少なかれトップの性質が現れるものだが、ウパラのところはそれが特に顕著だ。こちらの動きの一つ一つに脊髄反射的に行動を起こし、思い込みが強く、自信過剰。自分の思い通りにことが運ばないと子どものように癇癪を起こす。──どうもあれこれと逆恨みをされているようでな」
アッシュは黙ってヴァンを見つめた。ヴァンは昔からアッシュの前では愚痴や弱音らしきものを零すことがあったが、それはアッシュが何も理解しておらず、また何を話しても無感動で、掘った穴に向かって独り言を言うようなものだと思っていたからだ。だが今零れた愚痴は、いつもの独り言のようでありながら、どこかアッシュの反応を待っているようにも感じられた。
「殺してこようか?」
「もう手を汚すのは嫌だと言ったのは、お前だったように思うが」
さすがに目を見張るヴァンに、アッシュは苛立たしげに首を振った。
「ルークやヴァンになにかあるより嫌じゃない。ヴァンが二度と襲われなくなって、ルークにも危険がなくなるなら、今そうする」
アッシュの行動理念が端的にわかる言い草だったが、そこに自分が入っているのに、ヴァンはひどく不思議そうな顔をした。
「……あれはなにかお前に頼みごとをして去ったようだが。ここにはお前のほかにも腕に覚えのあるものが大勢いる。私はお前などに守ってもらわずとも構わん。それにこの局面では、汚れ仕事以外は役に立たんお前などにぎやかしにしかならんのだ」
「マリィベルは、寂しがりのヴァンを独りぼっちにしないでと言った。守るのはそのついでだと俺は思う。たくさん考えたんだ。リグレットがヴァンを一人にしなくなるまで、俺がいる。ルークも寂しがりやだけど、もうルークの伯父さんも病院を出られるし」
「ちょっと待て。だれが寂しがりやだと」
葉巻の先を炙っていたヴァンが、唖然としてそれを取り落としそうになるのをアッシュはじっと見つめる。「ヴァンが。マリィベルだけじゃない。リグレットもそう言った。えっと……俺は、ちょびっとしかそうは思わない……」
「……ちょびっとは思うのかよ」
ヴァンは苛立たしげに葉巻を吹かし、嫌そうに顔の前で煙を払うアッシュを睨みつけた。「お前は、犬でいるほうが可愛げがあったな」
「最初に、俺が犬じゃないと言ったのは、マリィベルとヴァンだ」
「──っち。ああ言えばこういう。黙って頷くだけのお前の方が良かった。やれやれ小僧め、余計な真似を」
ヴァンは吐き捨てたが、ヴァンは元々思うことと口に出すことがちぐはぐな場合が多いとマリィベルも言っていたし、アッシュもそう思っていた。きっとリグレットも同じように思っているだろう。
ことあるごとにアッシュを「犬」と揶揄するヴァンが一番、それらしく振る舞うアッシュに苛立ちを感じていたことをわかっているだけに、首輪を取ることができたのを、きっと一番嬉しく思っているのはヴァンなのだとアッシュはふと気付いた。「ヴァン。俺も……ここの一員だし。それに、弟だ。俺は、俺に出来ることをするから」
「なら軽率に飛び出して行かず、当面はじっとしているんだな。当局に完全な被害者面をするためには、こちらからは手を出さないのが一番だ」
「わかった。しばらくは俺もここにいる」
「……ちっ。勝手にするがいい」
しばらくルークのところには戻れそうにないとアッシュも腹を括ったが、その潔さに神なるものが感銘でも受けてくれたのか、事態は思ったよりも早く動き出した。
その晩、再び襲撃があったからである。