Entry

闘犬アッシュ36

ミステリ二冊、第二次世界大戦中のドイツ潜水艦小説上下を読んだ後再びロマンス小説に戻り、リサ・マリー・ライスの真夜中シリーズ読んでます。今、一番楽しみにしていた三冊目。おすすめいただいた主にロマンス小説などの読書感想などされているブログのヒーロートップ5の5位に入ってたのは、そのシリーズの三作めのヒーローです。
このシリーズ三冊ともヒロインがすっごく可愛いv 全員可愛いv クリスティン・フィーハンに爪の垢を飲まs(ry 

このシリーズもエロシーンがちゃんとエロで良いです。

 息の詰まるような静寂を切り裂いて銃声が轟き、男たちの怒号が聞こえた。
 ルークは言われた通り、入り口からは死角になるというソファの陰に隠れ、必死で耳を澄ませ、アッシュの動向をさぐろうとしていた。だがここからではあまりに遠く、ルークの秀でた耳でも三種類の声がかろうじて聞き取れただけで、会話の内容まではとてもわからない。アッシュの声は聞こえない、それがとても恐ろしかった。
 銃声、何かがどこかにぶつかる音、割れる音、肉が肉を打つ音、苦鳴、わめき声、そしてまた銃声。恐ろしい物音は近くなり、遠くなり、やがて聞こえなくなった。
 だが、嵐が収まったわけではない。それを証拠に、どこかざわめいた不穏な気配が重苦しくルークを圧迫する。隠れ住んでいる住人たちも、同じように部屋の隅で息を殺して事態を見守っているだろう。アッシュは多分、ルークの隠れ場所から敵を引き離したのだ。彼が無事なら、きっとそうする。

 無事なら?
 もちろんアッシュは無事に決まっている。無事じゃないはずがないのだ。

 ルークはソファの後ろで出来るだけ身を縮め──意味のあることなのかはわからなかったが──膝を抱え込んでその間に顔を埋めた。
 学校から付けられていたのだろうか。制服で学校を割り出し、正門で出入りする生徒を一人一人チェックして? でもただ一度しか会っていないのに、大勢いる生徒の中からルーク一人をそんなに簡単に見つけ出せるものなのだろうか。

 小説では、よくヒロインや子どもがヒーローの言いつけを破ってふらふらと隠れ場所を彷徨い出、人質に取られたりしてヒーローを窮地に陥れたり、内容によっては命を落としたりもする。ルークはそのたび愚かな登場人物に苛々したり嗤ったりしたものだが、いざ自分が同じ立場になると、とてもじっとはしていられない彼らの気持ちが、よくわかった。こっそりでもいい、アッシュが無事でいるかどうか確かめたい。上手く行けば、おれにも少しはなにか手伝えるかも知れないから。今まさにアッシュが命を落とさんとしているとき、アッシュを助けることが出来るかも知れないから──。
 だが、ルークがそれを、物語の中の迂闊な登場人物のように実行に移さないのは、目が見えないからだ。じれったさのあまり彼らと同じようなことを妄想しても、ルークはどの道失敗してしまう設定の彼らの半分も上手くやることが出来ないのだ。物陰からこっそり彼の安全を確認することもできない。アッシュが危険なとき、飛び出して身代わりに銃弾を受けることすらも。ルークにできるのは、こうやって見つからないように身を縮めて、アッシュの足手まといにならないよう努めることだけだった。
 声を出さずに泣きながらアッシュの無事を祈っているとき、ふとルークは濡れた顔を上げて天井を窺った。
「……?」
 濡れた顔にパラパラと砂のようなものが降り掛かる。袖口でぞんざいにそれを拭った瞬間、上階で何か派手な破壊音が響き、かすかに痛みを感じるほど小さな欠片が次々に身体の上に落ちて来た。天井を──床を揺らすほど、上で誰かが暴れているのだ。
 アッシュは無事でいる。
 ルークは涙を拭って、階上の様子に耳を凝らした。

 最初にウパラ以外の男を撃ったのは、結果としては正解だった。最初に頭を叩くのが定石だが、アッシュは殿を務めるウパラを後回しにして、最初に階段を上がってくる男に狙いを定めたのだ。考えてそうしたわけではなく、いわば本能によるものだった。ウパラは発砲前に襲撃者の気配に気付き、獣のように俊敏に死角へ飛び退り、先頭を歩いていた男が倒れるのと同時に発砲してきた。アッシュも即座に身を隠す。ウパラには手が出せなかったが、とりあえず頭数は一つ減らせた。
 ウパラと戦うのなら全力を出せる状態でなければ勝てない。幸いにもウパラの連れはアッシュの脅威になるような力を持っていないようだ。一瞬の銃撃戦で見せた彼らの身のこなしでそれを判断し、アッシュはウパラを後回しにすることに決めた。残る一人にちょろちょろと横合いから手出しをされてもつまらない。
 たとえ二対一の不利があったとしても、銃撃戦においてはより高い位置にいるアッシュの方が、若干有利な立場にあった。若干でしかないのは、彼らの潜む真下が完全に死角だからだ。出方を見ながら互いに半階分を押し引きし、二度マガジンを取り替え、まともに狙いを定めることも出来ないまま手だけを突き出して敵の潜んでいるであろう場所へ撃ち込む。替えの弾も尽きたころ、階下からの銃声が一つ減っていた。残念ながら二人目の男は一撃では倒せず、ウパラが引き込んだ真下から間断なくうめき声が聞こえてくる。だが咳き込むたびにけふけふと血を吐く音を立てているからには、もうそれほど長くはあるまい。

 ついに男の苦痛が終わり、古びた階段に一瞬の静寂が訪れたあと、怒りと怨嗟に満ちたウパラの吠え声が聞こえた。
 安全装置を戻した銃をジーンズの尻に突っ込んだと同時に、銃を連射しながらウパラが死角から飛び出してくる。銃弾に追われながら、アッシュは手すりをひらりと飛び越えて上り階段を横へショートカットし、階上へと躱して行った。

(五、六)

 敵が弾切れだと気付いたウパラは今や完全に全身を晒し、怒れる復讐者と化している。一発を右の肩口に受けよろめいたが、あまりウパラと距離を開けることは出来なかった。

(七発目……)

 五階へ上がったところで、更に左の上腕に弾を受けた。比較的近い位置からの発砲であったのが幸いし、貫通してくれている。八発目。唇を噛み締めて反転し、反撃に移る。ウパラが撃ち切ったマガジンを落とし、新しいものを取り出すため尻に手を回しているところに鋭い蹴りを放った。ウパラの大きな身体が吹き飛び、ドアの一つと一緒に空き部屋になだれ込む。そのあとを追うように宙を飛び、ガタガタと扉をなぎ倒しているウパラの腹の上めがけて膝を折って落下するが、ウパラは横へ一回転して避けながら、両腕を軸に低く回し蹴りを飛ばして来た。
 その蹴りを臑を蹴り出して相殺し、跳ね起きたウパラに畳み掛けるように肘、膝、拳の連撃を繰り出す。弾き、弾かれ、いくつかはまともに食らってぽつぽつと残された家具ごと壁際まで吹っ飛ばされた。一度横に転がり腹筋だけで跳ね起き、目の前に迫ったウパラの身体正面を駆け上がると肩に乗り上げて脳天に肘を落とし、蹴り飛ばしながら回転して正面に着地する。息をつく暇も与えない攻防の合間に、ウパラが握っていた銃も弾き飛ばした。

 弾切れの銃に、ウパラはいつまでも固執しなかった。元より彼も近接戦に覚えのあるタイプのはずで、連れの血に染まった手で拳を固め、まっすぐに向かい合ってゆらゆらと上体を揺らす。ルークのアパートメントでテレビを観ていたおかげで、今ではアッシュにもその構えが何なのかわかる。右のストレートを上体を反らして躱し、その勢いで蹴りを放ちながら真後ろに一回転すると、再び両者は構えて向き直った。

「なあおい。俺の仲間ばかりが死ぬのは不公平ってもんじゃないか?」ウパラが最後の蹴りが翳めた唇の血を拭い、ぺっと血の混じった唾を吐いた。
「残った者をまとめて、元いた場所へ帰れ。ヴァンは追わない」アッシュは肩の痛みにしびれた腕を上げ、震える指先で首筋をまさぐった。ルークがいつも癒すように唇で触れる場所、皮膚が厚くなってがさがさに荒れた部分が、むず痒く疼いている。

 ──殺せ。

「田舎者は相手にしてられないということか?」ウパラはアッシュの言葉を鼻で笑った。余裕があるように見せかけているが、その両目は憎しみを湛えて異様な輝きを帯びている。「お前を倒したら考えてやってもいいかな」
「招いてもいないのに押し掛けて来たのはそっちだ。ヴァンがおとなしく殺されてくれるとでも思ったのか」
 襲われたから反撃した。アッシュにとっては単純な話だ。首筋の痒みが、熱を持っているように熱く感じる。
「舎弟の仇一つ取れない腰抜けのボスに従って旨味があるのか? お前も俺んとこに来るなら見逃してやってもいいんだぜ?」
 アッシュは汗と苦痛で曇る視界の中、必死で目を凝らした。アッシュには組織のことなどわからない。アッシュは命じられた通り、ただ目の前の敵を排除することしか期待されてなかったし、実際それしかできない。だが、アッシュにもわかることがいくつかはある。その一つは、ヴァンは腰抜けではないということだ。
「どうだ?」
「断る」
 ウパラは救いようがないとでも言いたげに両手を広げて肩をすくめた。アッシュは大切な仲間の仇だ、元より本気の誘いではないのだろう。傷つき、次第に力を失って行くアッシュを、ただからかっているだけなのだ。
「なあ──お前の弟、どこに隠したんだ?」鋭く目を細めたウパラがニタリと唇を歪めた。「あの制服、有名な音楽学校のなんだってな。お前を殺したら、手足をもいで俺のために歌わせようかな。ああ、心配しなくても大事に飼ってやるよ。男にしとくのが惜しいくらい可愛い顔してたしな、喜んで世話したいってやつの心当たりもある」

 瞬間、肩と上腕の痛みが消えた。首筋の違和感も、意識から消え失せた。

 ──殺せ。

 ──殺せ!

 ──殺せ!!

 先代の声ではなく。
 ましてやヴァンの声でもなく。
 それはアッシュの、己自身の命じる声だった。

 首枷の外れる、重く、忌まわしい音が、頭蓋の中で一度、がちゃりと響いた。

 

Pagination

Utility

Calendar

10 2024.11 12
S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

About

料理、読んだ本、見た映画、日々のあれこれにお礼の言葉。時々パラレルSSを投下したりも。

Entry Search

Page