闘犬アッシュ29
昨年入院時からずっとさぼってたジョギング、やっと昨日から再会しました。しばらくさぼるとなかなか再会する意思が出ないのと、あと薬のせいで身体がずっと怠くて、明日から、明日からと言いながらどんだけ経った>< 5kmしか走れなくて、残り5kmは歩きました。筋肉がもうぼろぼろに落ちてて、今朝から全身筋肉痛です。明日また出ますが、5kmも無理かもしれないです。ちょっとづつリハビリするしかないですね。
以下、闘犬です。
マフィアというとゴッドファーザーくらいしか知らないので、なんとなくゴッドファーザー3を思い出しながら書いてました。見返したいけど、どれも三時間くらいあると思うとなかなか手が出なくて。最初からあれを意識していれば、最初のお取り引きはきっと高級なホテルの一室かヴァンのオフィスだったはずで、廃ホテルなんかでは行わなかっただろうと思います。ヴァンが巨大マフィアのドンとかって、二話目以降の後付けだしなあ……。
まあそうなるとルークとアッシュはどこで出会ったんだ、ってことにもなるんですけど。
※修正しました。(2014.11.08)
「え、あの……?」ほんの少し前に、ヴァンは大勢いる恋人の一人と言い放った女性の、手の平を返したような話にルークは唖然とした。「本当ですか? でも……」
それじゃ年明けにはあなたも危険になるんじゃ、とか、そもそもヴァンを愛しているんですか、とか。大勢の恋人はどうするの、とか。聞きたいことがありすぎてすぐに言葉が纏まらない。
危ないところを助けられたから、という理由だけではなく、心配してもらっているから、というだけでもむろんなく。ヴァン本人もおそらく自覚していないかもしれないアッシュへの情をちゃんと感じ取ることができたから、ルークは恋人がとても慕っているお兄さんとして、ヴァンのことも気にかかる。彼のような立場にある者が、なんの力も持たないルークのような子どもの心配など、必要としていないとしても、だ。
「俺は、ヴァンよりもルークのほうが大切になってしまったから、ヴァンのことを一番大事にしてくれる、マリィベルみたいな人が傍にいてくれたらいいと思ってた。リグレットはヴァンのことがずっと好きだと言ってたから、それがリグレットならいいのにと思ってたんだ」
アッシュはよくも悪くも単純だった。ぐるぐる考え込んでいるルークをよそに、実に素直に嬉しそうな声を上げた。
「……ねえ、もしかして。あなたが以前私に例の『ご祝儀』をくれようとしたのは、私がヴァンに惚れっぱなしだと言ったから?」
「うん」
どこを走っているのか、微かなエンジンの音以外にほとんど外の喧噪が聞こえない静かな車内に、しんと沈黙が落ちる。ややあって、リグレットの深いため息が聞こえた。
「──参ったわね。どう説明すればいいのか……」
その一言だけで、彼等の結婚がアッシュの思うような幸せな恋人たちの出発地点になるものでないことがわかる。抱きしめてくれているアッシュの腕をぎゅっと掴んで、固唾をのんで続きが語られるのを待っていると、リグレットが再度小さなため息をついた。
「そうね、愛の形にはいろいろあるから、私もある意味ではヴァンを愛していると言えなくもない、か……。うん、私もヴァンをそれなりに気に入ってるのは確か。──あのね、婚約発表のあと、ヴァンはお父さんの代から付き合いのあるグランコクマの八大マフィアのボスとの会談で、合法、違法含めてカジノ経営権や売春──ごめんなさいね、売春宿なんかを分配して譲り渡すの。同時にグランツ・ファミリーのシマの一部もね。収入ががっくり減るけど、すでに現金のほとんどはケセドニアの銀行に移しているし、生活に困ることはないわ」
「えっ? そんなこと簡単に出来るんですか?」
「目の上のたんこぶみたいなものだった組織が一つ、自分から縮小するというのよ。しかも旨味のある稼ぎどころの経営権を分配してくれるという。普通なら、もっとうまい話を手に入れたのだろうと勘ぐって、そんなものでごまかしてないで自分たちにも一口乗せろとぐずぐず言ってくるところでしょうけど、ヴァンが足を洗いたい理由はわがままで有名な女優某が、マフィアのボスと結婚なんてごめんだと言ったからよ。その女優に心底惚れ込んで結婚を希望しているヴァンとしては、万難を排して足を洗わざるを得ないわけ。この話に裏を感じる人は、それほど多くはないでしょうね。なんせその女優は、ヴァンと違って世界規模の知名度だから」
女優某であるところのリグレットの説明に、ルークもようやく頷いた。ヴァンが “心底惚れ込んで結婚を希望している” のかどうかははなはだ疑わしいところだったが、それを利用してヴァンがマフィアから足を洗おうというならば、アッシュのためにも歓迎すべき話だった。
「でも、他の恋人はどうするんだ?」
「私が他の恋人を切り捨てたら、ヴァンは迷惑だと思うわよ? 彼はあなたと違って、あっちの欲求はそれほど旺盛ではないから。とにかく、いずれあなたはヴァンの近くへ戻れるようになるわ。ヴァンがどのくらいでファミリーを整理出来るかわからないし、すぐに、とはいかないけれどもね──私のところへ来るわね?」
「う、う……ん? わかった。……行ってもいい?」質問の答えが理解できたのかどうか、アッシュは曖昧に頷き、なぜかルークに伺いを立てて来る。
「え、なんでおれに聞くんだよ?」
「ルークが嫌な思いをするかもしれない」
ルークは苦笑した。アッシュはよほどリグレットの素行が不安なようだが、リグレットの言い分をきちんと理解した今、ルークにそっち方面での心配はない。ルークはゴシップには興味がなく、多数の恋人を侍らせているというリグレットの華やかな恋の遍歴にもあまり詳しくはないけれど、そういうところに憧れるファンも多いのだろう。そうでなくともこのはっきりした女性は、奔放に性を楽しんでいながら、ありがちのだらしなさを感じないのだった。彼女なら許される、そういう雰囲気がある。
「大丈夫。アッシュが嘘言ったりしないの知ってるから。なにか言われても、あれはほんとのことじゃないって言ってくれれば、それで十分。でもさあ、アッシュはしたいようにすればいいと思うよ。──だってそういうことなら、皆さんが心配してくれてるほど危険もないように思うけど……」
後半はリグレットに向けてだ。ヴァンがマフィアでなくなるなら、それを他のマフィアのボスたちが黙認してくれるなら、今更ルークなど利用してアッシュやヴァンを苦しめる必要があるのだろうか。
「グランコクマの老舗マフィアのことなんか、ヴァンは心配していないわ。ここのファミリーは基本的に警察や保安局を本気で刺激しないように神経使っているし、政財界の大物とも親しく付き合ってるの。合法的な収入においてはきちんと納税しているし、みんな教会や慈善団体への寄付金も惜しまない。ヴァンは違うけど、あの世界、意外と信心深い人が多いの。ま、これは違法なビジネスで稼いだぶんの収入をそういった形で還元するって意味合いの方が強いかもしれないわね。あちこちにお金をバラまく代わりに、 “ほんのちょっと” 法律違反に目を瞑ってもらう。──ま、上手くやってるってわけ。彼等なら、素人の学生を危険な目に遭わせて、当局に睨まれるようなことはしないでしょう。でも、最近地方から進出して来たファミリーは、自分勝手な田舎のやり方でその均衡を壊してるの。ヴァンが警戒するのは、多分そこ。──あなたたちのことがなければ、彼は放っておくつもりだったらしいんだけど……」
「あまり良くないところなんですか?」
「良いマフィアなんかいないのよ、可愛い人」リグレットは笑ってルークを赤面させてから続けた。「あなたたちが出会った廃ホテル、あそこで勝手に取引をしていたヴァンの部下と、取引相手が皆殺しにされたわ。全員ね。なんと死体も置き去り! もみ消すのにずいぶん散財しなきゃならなかったみたいだし、報復を叫ぶ幹部たちを黙らせるのにもヴァンは苦労していたわ。他の組織の取引を武力で阻止して物品を奪って行くなんて原始人みたいな真似、昔ならともかく今はどこもやらないのに。あの田舎者のせいで、グランコクマのマフィアと当局の蜜月に陰りが差してるの」
「……その人をご存知なんですか?」
ルークの身体が無意識にぶるりと震えるのを、アッシュが宥めるように撫でた。自分が訪れたこともある場所で、まさか人が殺されたとは夢にも思わなかったのだ。危険、と言われた意味が、にわかに現実味を帯びる。
ここにはここのスマートなやり方があるにも関わらず、それを読まずに取り締まる側を簡単に敵に回すその短絡的なやり方が、素人のルークにはなにより恐ろしい。
「そうね、ディナーの最中に私の連れを無視して話しかけてきたわよ、品のないスーツでね! 私の取り巻きの一人に自分も入れてもらえるはずと信じて疑っていなかったわ。確かにそれなりにいい男ではあったけど、私、田舎者はごめんよ」
「……廃ホテルで皆殺し……。もしかして俺くらい大きくて、色が黒い……金髪?。違う?」
「アッシュ?」
「……そうよ。なぜ知ってるの?」
「会った。あのとき」緊張に、アッシュの声はいつもより低くなり、掠れた。「ルークはアスターさんと呼んだが……」
「名前はピオニー・ウパラよ。──この子もいたの?」
「い──いましたけど、おれ、調律の依頼主のアスターさんだと思って……。向こうも否定はしなかったし。……っ、肯定もしなかった、け、ど」あの日交わした会話を思い出しながら、ルークは困惑して首を傾げた。「おれたちのこと、調律師とつきそいだと思ったみたいでした。仲良しでいいね、って。そんなに悪い人のようには……」
「──俺は一階で合図を待つよう言われてたけど、合図はなかった。でもあいつが上から降りて来た。ヴァンよりは強い。俺とは……同じくらいかもしれないと思った。向こうもわかったと思う。上へ行ってみたら、みんな一撃で首を折られてた」
車の音がして、アッシュが少し傍を離れたのを、ルークは今更のように思い出した。「な、なんであのとき言わなかったんだよ?!」
「ごめん、ルーク。怒らないで。今なら、絶対言った。けど、あのときは……別に、気にするようなことじゃなかったし……」
怒っていたわけではないが、そんなことがあったことさえ今の今まで忘れていたと必死で言い募るアッシュに、返してやるべき言葉を失っていると、リグレットが苦笑した。
「……仕方ないのよ。私の知っている限り、あなたに出会うまでのアッシュは本当に意志のないお人形みたいなものだったんだから。ヴァン以外の人が話しかけてもほとんど返事も返さなかった。命令しか聞かない、そう訓練されていたの。今の変わりようには、私たちも驚いているんだから」
ルークは唇を噛んで俯いた。
初めて出会ったときから、アッシュはルークに興味を持っていて、その質問の答えを一生懸命探そうとしていた。確かに言葉は今よりぎこちなかったが、あのときも今も、ルークにはそれほど変わりがないように思えるのだ。
「あなたがヴァンの関係者だとバレたと思う?」
「わからない。ルークがいたし、ルークはアスターさんと話しかけて調律の話をした」
「ヴァンに連絡する。……なにか指示があるまでは、とりあえず子犬ちゃんのところを動かないで。いいわね?」
「わかった」
車はその後もしばらく走ったあと、アッシュが見覚えているという通りの角で止まった。アッシュに手を借りて車を降り、それが走り去る音を聞きながら、ルークはすぐにはその場を動けずにいた。アッシュが彼らしくない、少し乱暴な仕草で腰を引き寄せ、ルークも身を隠すように、ぎゅっとアッシュに寄り添った。
きっとリグレットやヴァンの思い過ごしだ。なにごともあるはずがない。
──だが、胸を重く圧迫するような、この不安感はなんだろう。