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闘犬アッシュ28

ラストはなんとなく決まってるんですが、そこまでどうしようかすごく悩んでます。

この辺もあとで書き直すかも。

「……アッシュがあなたのところに行ったら、どんな仕事に就くことになるんですか」
 俺はヴァンのところにいる、話を最後までちゃんと聞きなさいと言い争っている二人を制して、ルークは問いかけた。ヴァンはアッシュの首枷を外そうとしたようなことを言っていたから、きっとあれを付けた先代というやつのような酷いことをしてはいないだろう。でもリグレットはアッシュに何を望むのだろう。アッシュはルーク以上に世間知らずだと思えばこそ、心配せずにはいられない。
「ボディガードをお願いするつもりよ。見栄えも能力も突出していて、本当に信頼が置けるもの。今のところはおかしなストーカーから守ってくれるだけの能力があればいいんだから、アッシュには役不足かもしれないわね。でも来年、」
「俺はリグレットと同じベッドには入らないぞ」
「えっ?」リグレットの言葉にかぶさったアッシュの台詞に、思わずルークがきょとんとする。
「ボディガードは愛人だとリグレットは言ったんだ。俺はもうルークしか抱きたいと思わないし、ルークだって嫌なはずだ。絶対にリグレットのところには行かない」
 リグレットは思わずぴしゃりと額を叩き、そのまましばらく押さえ込んでいた。
「ちょ、お前なに言ってんの……」ルークはというと、どこにどう突っ込むべきなのか、わたわたと手を振って信号のように顔色を変えていた。横合いから手が伸びて来て、ほとんど飲み干されたコーヒーカップを取り上げる。
「危ない、ルーク」
「あ、あり……あの、」
「ああ、誤解しないでちょうだいね、もちろんそういうこともあるけど、すべて合意の上でのことよ。いい? 世間には、私の周囲にいる男たちはみんな私の愛人だと思っている人たちが大勢いるの。それが事実かどうかはどうでもいいのよ。大勢の、しかも容姿も優れた一流の男たちを傅かせる女王、私はそのイメージを壊したくないの──でもそうね、ちょっと煽って楽しんでるかもしれないけど」
「リグレットが俺の寝ているところに潜り込んでこないと約束しても、俺は行かない」
「グランツの男どもときたら、ほんとにムカつくわね!」アッシュの無礼極まりない発言の連発にリグレットはとうとう怒鳴ったけれど、ルークの耳には彼女が本当に『ムカついている』ようには聞こえなかった。むしろ何度もこういうやりとりを繰り返して来たのか、どこかで楽しんでいるふしさえある。
「この人っていつもこうなのよね。だからもし、『リグレット・オスローに新しい愛人か?!』なんて書かれても、気にすることはないわ。なんせあなたの可愛さに比べたら、お前なんか大したことないって、この私に言うような人なんだから」
「そんな言い方はしなかった。リグレットとルークとどちらが綺麗かと聞かれたから、ルークのほうだって言っただけ」
「ア、アッシュお前……? ほんとにどっか……マジどうかしてるって……」
 リグレット・オスローの顔を見たことはないけれど、ルークにだってその美貌のことくらいは耳に入るのだ。周囲にファンだと言う友達だって多い。その人に向かってルークの方が可愛いとか綺麗だとか、もう穴を掘って埋まってしまいたいほど恥ずかしい。
「あら。アッシュの審美眼は確かよ。あなたの顔、綺麗に整っているんだけど、綺麗、というより可愛いと言う表現のほうが合う感じ。恋する男の目線で見れば、まるで聖堂の天使像みたいに愛らしく見えるでしょうね。肌だって、その歳の男の子なら顔中ニキビでもおかしくないのに、まるで剥き身の卵みたいに白くて滑らかだし。唇もぷるっとしてて、ちょっとキスしてみたくなる」
「俺もそう思う」
「あ、あの……もう……」
 恥ずかしさのあまり、座席にゆったりともたれたアッシュの背中に隠れんばかりに身を寄せると、アッシュが慰めるように肩に腕を回し、ルークの薄い肩を撫でた。
「リグレット、ルークはなんでだか、可愛いと言われるのが好きじゃないみたいなんだ。だからあんまり言わないであげて欲しい。俺も、普段は我慢してる」
「あら。恋人を褒められないのは辛いわね」
「別に辛くない。意識がどこかに行ってると怒られないから、抱いてるときにまとめて一杯言うし」
「ア、アッシュアッシュアッシュ……っ!!」
 ルークの悲鳴と、リグレットの哄笑が重なった。
 ますますアッシュの背後に隠れなければならないはめになったが、考えるまでもなくこの男こそがルークに恥ずかしい思いをさせているのであった。頭に来て、ルークはその大きな身体の背後に潜り込みながら手の甲をぎゅっと抓るのを忘れなかった。
「あ、ルーク、痛い」
「ほんとに可愛い子」リグレットはまだ笑いを含んだままで大きな男とシートの隙間に入り込もうとしている少年を見やった。「ねえアッシュ。私の話をちゃんと聞いてちょうだい。あなただって、ヴァンに敵がいることくらいはわかってるのよね? 排除したこともあるでしょ、彼のお父さんの時ほどではないにしても」
「……」
 しがみついているアッシュの背中が、困惑に揺らぐ。
「ヴァンは身内をとても大切に思っているの。それが血が繋がっていない弟でも、拾って育てた部下でもね。本人はきっとそんなことないって笑うでしょうけど、あなたにもしものことがあれば、ヴァンの受けるダメージは大きいわ。まあ、あなたは表立って彼のビジネスを手伝っているわけではないし、顔も売れてないから、すぐに危険があるとはいえない。それでも本気でヴァンを追い落とそうとするものは、あなたのこと、そしてあなたに無力な恋人がいることなんか簡単に嗅ぎ付ける。あなただって四六時中この子を守れるわけじゃないわ。私の言ってること、わかる? この子を人質に取られて、指の一本も落とされたくなければヴァンをどうこうしろと言われたら、あなたどうするの? この子の場合、指の一本も失えば将来は台無しよ?」
 リグレットの話し方は柔らかく、それでいて映画の台詞のように無駄を省いてわかりやすかった。アッシュの身体が強ばるのを、ルークは細い指の下に感じた。
「あの、あなたには危険はないんですか?」
「私に? あるわけないわ。私には王族のファンだっているのよ。どこの誰だって、私に危害を加えたり怒らせたりしようとはしない。それにヴァンのことだって、大勢いる恋人の一人にすぎないと思われているでしょうね」
「あ、そ、そっか」
 危険と言うならスクープされたこともあるリグレットも同じだとルークは思ったのだが、リグレットはあっさりとそれを否定した。俳優、政治家、実業家、スポーツ選手、医者、おまけにどこぞの国の王や王子たち……様々な著名人との噂は、ルークも聞いたことがある。
「私のところで働いて、ルークにはお休みに逢えばいいでしょう? 交代勤務だし、他の仕事よりお休みは多いわよ? ──もちろん、あなたのベッドに忍び込んだりはしないと約束するわ。興味がないとは言わないけど、私もこの可愛い子を泣かせたくないもの」
「な! 泣いたりなんかしません……っ」
「俺がヴァンのところにいると、ルークはそんなに危険? ……わからない。でも、俺は約束したんだ……」
「約束? ……誰と? どんな約束をしたんだ?」
 ルークの問いに、アッシュはどうしていいかわからないとまるですがりつくようにルークを背後から引き出して抱きしめた。「……」
「おっしゃいな、アッシュ。ちゃんと言えば再考の余地が……他の手を考えてあげられるかも知れないわよ」
 ルークを抱き寄せて、少し考え込むように沈黙していたアッシュだったが、そう言われてしぶしぶと口を開いた。
「マリィベルと。ヴァンは寂しがりだから、傍にいてあげてと言われた。守ってあげて、って。俺は強いから──」アッシュは途中で言葉を止め、俯いた。「ちょっと前にマリィベルに会ったんだ。……お願いを撤回するから、ヴァンのところを出なさいって。今後のことは一緒に考えるからって……マリィベルは……」
 そのあとのことを言いよどんだのは、まだ何か言われたことがあったのだろう。リグレットはしばらくアッシュの表情をうかがい、そっとため息をついた。むっと引き結んだ唇からは、それ以上の話は引き出せそうにない。
「そうだったの……。マクガヴァン夫人……ね」
 ルークはリグレットの呟きに、アッシュの話にたまに出てくる『マリィベル』というのが上院議員グレン・マクガヴァンの奥方であることを知った。慈善パーティーがどうとか、奨学金がどうとかいうニュースで何度か名を聞いたことがあった。
「グランツの男を二人とも手玉に取ってるなんて、見た目よりしたたかな女ね。──ま、そういう女じゃないとあのヴァンをあしらえるはずがないんだけど」リグレットが呆れたように呟いた。「そういうことなら、やっぱりマクガヴァン夫人のところよりも私のところに来るべきよ、アッシュ。来年開けに婚約発表するし、結婚したら私のボディガードはとりあえずヴァンの家に一緒に住むことになるもの」

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