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パラレルAL 25話

ルークのお母さんは、元々アルマンダインの許嫁だったのですが(彼は両親よりも少し年上です)、お父さんの婚約者が亡くなり、ルークのお祖父さんが息子のお嫁さんを、と見回したとき、お母さんのお父さん(母方の祖父)が許嫁がいるのにも関わらず娘を王妃にと婚活をしたので、アルマンダインは一方的に婚約を解消されました。彼は年の差のあるお母さんをとてもかわいく思って年頃になるのを楽しみにしてたという経緯があります。アルマンダイン14歳、お父さん6歳、お母さん8歳と、こんな感じでしょうか。どちらにせよ政略には変わらないのですが、かつがれた娘たちと同じように、お母さんはどちらが夫になっても愛を育んでいける前向きで優しい女性だったんですね。

以下、続きです。
アッシュ、カッコいいですか? 一応、パラレルはちょっと飄々としたカッコいいアッシュを目指してはいますので、嬉しいです!ありがとうございます!

 ルークはアッシュのところへ戻ろうと、小舟の上に立ったまま必死で櫂を操った。だが流れの速い川はルークのそんな奮闘など意に介してはくれず、遡って元の桟橋に戻るどころか、岸に着けることさえ出来ない。それでも必死で櫂を川底に突き立てるようにして、方向を変えようとした。アッシュは無事なのか。その言葉ばかりが頭を渦巻いた。
 焦るルークの耳に、がり、という嫌な音が聞こえた。櫂が、川底の石の間にはまり、抜けなくなったのだ。だが、アッシュのところに戻るために、櫂は絶対に必要だった。ルークは何とかして櫂を抜こうと引っ張った──本当は、すぐに離すべきだったのだが。
 櫂は水の流れに逆らいきれず、とうとうまっ二つに折れてしまった。反動で小舟は大きく川面を弾み、傾いてルークを急流の中へ放り出した。

 アッシュはしっかりしているのに、肝心なところで迂闊なんだからなとルークは苦笑した。あの様子を見るに、ルークは船を漕いだことなどない、ということを失念していたに違いない。おまけに、泳げないかも知れないと考えてもみなかったことは確かだった。泳ぎ方も知らないルークは本能で水を掻いたが、身体は浮きもしなければ進みもしなかった。ただごぼごぼと息を吐きながら水中をぐるぐる回転していただけだ。やがて息を止めていられる限界を超え、ルークは胸の空気を吐き尽くし、水中にもかかわらず大きく息を吸った。鼻から、口から、どっと流れ込んでくるのは空気ではなく、水だ。いよいよ死ぬのだ、と思った。

 ルークはアッシュが気持ちを固めてしまっていたことに、ちっとも気付かなかった。ルークはその特殊な育ちから、人の表情の後ろにある感情を読み取るのに長けている。それが出来るからこそアッシュの自分に対する好意も、それが単なる好意を逸脱し始めていることにも気が付いた。だから、アッシュは自分なんかに拘ってはいけないと思いながら、その好意に縋って一夜の愛を乞うてしまったのだ。
 だが、アッシュの性格を考えると、ルークのことを受け入れてくれたときには、すでにルークのことを捕虜などと思っていなかったのは明白だった。王都に連れて行く気など、彼にはもうなかったのだ。
 アッシュを愛していた。彼のために、彼の愛するもののために、ルークは死んでも良いと思った──己の命が様々なものにかたちを変えながらアッシュの血に、肉になるのだという考えは甘美ですらあった。ダアトでキムラスカの王太子として死を賜ることになれば、それでよし。もしも生かしておいて、キムラスカを不利にするための交渉にルークを使おうというのなら、すみやかに命を断つつもりでいた。どのみちルークの命は王都までのもので、その後のことなど考えたことがなかったのに、アッシュは生きろと言う……。

 ──お前の思うように生きろ。お前の本当の心に従え。国のために、立場のために、お前の心を殺すようなことは絶対にするな──

 ……おれの、ほんとうのこころ……?
 ほんとうのこころは……

 水の流れが急に穏やかになり、遠のいていた意識が戻る。同時にふわりと身体が浮き上がっていった。ルークは、その速度を上げるためだけに水を掻けば良かった。大量の水を纏って水面に顔を出し、咳き込むように水を吐く。「……?」
 つい今しがた、まるで底なしのように深い水底から浮き上がってきたばかりだというのに、川底に足が付く。辺りの景色はすっかり表情を変えていて、穏やかに澄んだ流れの中に、ルークは一人息を荒くして佇んでいた。
 ゆったりと流れる大河の川面は、晴れた夜空に輝く月の光がキラキラと反射している。青白く尾を引く小さな光が無数に飛び回り、まるで夜空の真ん中に立っているようだった。左右には黒く沈んで見える鬱蒼とした森が続き、ところどころで川面の上まで大きく枝を張り出している。

「ルーク」

 呼ばれて振り返ると、舳先が長い、優美なかたちの漆黒の小舟に座った母が、ルークに向かって手を差し伸べていた。長い袖が水に落ちないよう片手で押さえ、船縁から身を乗り出すように、真っ白な腕がここに掴まりなさいというようにいっぱいに伸ばされている。父は身の丈以上に長い不思議なかたちの櫂を使い、母の背後に立って小舟を操っている。父の顔は幸せそうに笑んでいて、ルークは喜んで水をかき分け、父母の元へ向かった。
「父上、母上!」
 だが、ルークがまさに母の手を掴もうとしたそのとき、母がふいに何かに気付いたように顔を上げた。はっとするほど嬉しそうな微笑みを浮かべてルークの濡れた肩を叩き、後ろをご覧なさいなというように背後を指し示した。
 母の示す先に視線を回したルークは、驚いて目を見開いた。闇に溶けたように黒く見える岸辺の茂みに、腕が生えている。片腕が二の腕の半ばほどから、こちらも『掴まれ』というように差し出されていた。

 日に焼けた浅黒い肌。よく鍛えられて筋肉がしっかりと作り込まれた、剣を使う人の腕。厚く固い、剣ダコだらけの荒れた手のひらに、節くれ立った無骨な指。深爪の癖がある短い爪。その手が、ルークの体中を確かめるように隅々まで触れた。誰のものか、わからないはずがない。

 その瞬間、ルークは気付いた。生きるか、死ぬか。今、自分が決めろと言われていることに。
「アッシュ……おれが生きるってことは、アッシュの貰えるはずだったお金とか、もしかしたら地位とか土地とか、人の賞賛とか……手柄を全部ふいにするってことなんだぜ? もちろん、家の生活だって今より楽にならないまんまだし……」
 縋るように問いかけるルークの声に、しかし腕は動じた様子もなく突き出たまま微動だにしない。
「それでもおれに、生きろっていうの……?」

「それでも、おれに、心のままに生きろっていうの……?」

「おれの望みがどんなものか知っても! それでもお前はおれに、おれの本当の心に従えっていうのかよ?!」

 アッシュの腕が、焦れたように強く振られた。『何でもいいから、早く掴まっちまえよ!』というアッシュの声が聞こえるような気がした。ルークは水の中をおぼつかない足取りで移動し、恐る恐る手を伸ばした。指先が触れる直前で、躊躇いに手が止まる。するとまたアッシュの腕が振られた。その仕草に押されたようにアッシュの手の上に重ねた手は、ひどく震えている。冷たく凍え、拒絶を恐れて震える手を、アッシュの手が強く握り、引いた。ルークは我に返って背後を振り向く。「父上……母上……?」
 そこには、濃い乳白色の霧が立ちこめて、父母の乗った小舟の姿など影もかたちも見えない。
「……父上、母上……ごめんなさい……」
 アッシュの腕を見てから、父母のことを思い出しもしなかった自分を深く恥じて、ルークは項垂れた。約束通りにルークを待っていてくれたのに……。
 だが、ルークに差し出されたアッシュの腕を見て、母は嬉しそうに笑った。母も、ルークが生きることを望んでくれたのだろうか。ルークに愛する人ができたことを喜んでくれたのだろうか。

 ルークを引く腕に、いつの間にかもう一本腕が添えられ、肩が現れ、続いて顔が現れた。深い慈愛に満ちたその顔を見て、涙が溢れる。水から引き上げられると同時に強くかき抱かれ、ルークはアッシュの首に腕を回して耳元に唇を押し当てた。

「……うん。生きるよ……」

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