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闘犬アッシュ20

一言だけ。
元はと言えば私が無礼だったのです。
気にしないでくださいね^^

コンクールっていつってどっかに書いてましたっけ。憶えてないんだけど、間近って設定だったなあって今頃思い出しました。四ヶ月もたってまだなのか、それともどっかで「来週」とかって書いてたか……。読み返してチェックすべきなのですが、怖くてできません。前のところが読み返せません>< その場その場のノリで書いていると、色々忘れたりしています。

ルークは……どうしちゃったんでしょうね^^;
十代男子だし、っていう、私のいつもの偏見が発動中です。

以下。続き

 身体には発熱しているような感覚があったが、なんど計っても電子体温計の音声は平熱を告げた。となればこの関節や筋肉の痛み、熱っぽさは風邪のせいではなく、やはり前夜のセックスのダメージということになるのだろう。やはり、あれは普通の営みではなかったのだ。セックスのたびに受け入れ側がこんなにダメージを受けるなんて、いくら男同士のカップルでもさすがにないはず。でなければ、男同士のカップルは真っ当な社会生活を送れなくなってしまう。
 なんどか携帯電話が鳴ったが、話す気にならなかったためすべて無視した。友人たちだとわかっていたが、なんとなく昨日までのように無邪気に接することができそうにない。かといってなにかあったのかと勘ぐられるのも嫌だった。相手が同性だからという理由ではなく、ルークはどうやら、そういうことを友人に話したいタイプではなかったようだ。ことさら秘密にしたいわけではないが、できることならひっそりと胸の奥に仕舞って、自分だけで眺めていたい。
 一時間ごとに古い掛け時計が時刻を知らせてくれるのだが、念のため電子音声で時間の確認ができる置き時計とスポーツドリンクのボトルをゲストルームに持ち込み、ほぼ一日うとうとして過ごしたあと、午後も八時を回ってからようやく起きだした。
 丸一日ピアノに触れないのはまずいと、栄養補助食のチョコレートバーを齧り、重い身体で無理をしてピアノの前に座り、運指練習のつもりで簡単な曲を弾くことにしたが、弾き始めるとあっという間に時間の感覚を失った。いつものように無心になったわけではなく、頭の中はとりとめのないあれこれ──愛おしさや恋しさ、喜び、寂しさ、切なさ、憤り、様々な感情がまつわる思い出が溢れんばかりに渦巻いていた。そのくせそれらは綺麗に調和して、ルークの中で音のない、聞き手のない音楽を紡ぎ、ピアノの音色となって空気を震わせる。その音はルークの耳に、昨日までに比べてひどく豊かに響いた。
 ルークは心躍らせながら、ただひたむきにその音を追いかけ続けた。

 身体がふわりと宙に浮く感覚がして、一晩ですっかり馴染まされたにおいが鼻腔をくすぐった。
「……アッシュ?」
 ほとんど夢現に問いかけると、どこか困惑したような、憤ったような声が叱咤する。「こんなところで寝たら、風邪を引くのに」
「おれ、寝てた?」ソファへ移動した記憶も、ましてや寝室へ戻った記憶もない。眠さのあまり椅子から崩れ落ち、そのまま絨毯の上で眠ってしまったのかもしれない。子どものころにはよくあったことだ。
 まさか二日続けて逢えるなんて思っていなかったため、嬉しさにルークは口元を綻ばせ、伸び上がって腕を太い首に回し、ぎゅっとアッシュにしがみついた。少しバランスが崩れたが、アッシュが納まりよいように抱え直してくれる。「次に逢えるの、もっと先だって思ってた」
「ヴァンが『生きてるんだろうな』って言うから。心配になった」
 倒れるように眠っていたルークを見て、アッシュは肝を冷やしたのかもしれない。心臓の音が妙に速く聞こえる。
 ルークはくすくす笑って、ざらりとした顎に頬をすり寄せた。「死ぬかとは思ったけど。人間って、案外頑丈だよな」
「笑いごとじゃない、ルーク。具合は? 学校は?」
「行けたと思う?」
「……」
 短い吐息を漏らして、アッシュが歩き始める。
「……お前さあ、ヴァンにあんまりなんでも話すなよな」
「わかってる。礼を言ったんだ、男同士でもセックスできるって教えてくれたから。俺はルークに会ったり触ったりしたら身体がざわざわむずむずしてたけど、ルークが男だから、それがどういうことかよくわからなかった。ヴァンにそう言われて、俺はルークを抱きたかったんだって気付いたんだ」
 どうやら、自分とのことを武勇伝よろしく吹聴したのではないと知り、少しはほっとしたけれども、アッシュの身内に知られてしまったというのはまずいのではないだろうか。「ヴァンはさ、弟の相手が男でも気にしないの?」
「気にすると言われたことはないが」
「……」
 話している間に、少しずつ眠気が取れ、頭がすっきりしてきたものの、ルークはなんだか拗ねたような、甘えたような気分でそのままアッシュに身体を預けていた。アッシュは当たり前のようにゲストルームではなくルークの部屋へ抱いて行ったが、ルークをすぐにベッドに降ろそうとはしなかった。
 アッシュの鼓動は、ひどく速かった。ルークはじっとしたまま、息をひそめてアッシュの様子を窺う。聴力に優れたルークの耳にも微かに、ほんの微かにアッシュの呼吸が聞こえる。いつもは聞こえないそれも、普段より少しだけ、速い。
「……アッシュ」アッシュの腕が小さく震え、ルークを抱く腕に力が入った。「しよ」
「──ルーク、でも……っ」
「おれ、今したい。言っとくけど、おれをこんなにしたのアッシュだからな」
「で、でも。ルークに負担がかかるって、ヴァンが。加減しろって……。学校だって、休むのは良くない」
「じゃあ一回だけ」おねだりしてシャツの上からアッシュの乳首を引っ掻くと、アッシュがびくりと身を震わせた。はっきりとわかる形で、アッシュの呼吸が荒くなる。
「──ルークっ……! だ、だめ、だ」
 ルークが欲しいはずなのに、存外頑固に抵抗する。ルークをベッドに下ろして退散しようと言う気配を察し、ルークはかりかりと引っ掻き続けていたシャツの上から乳首に吸い付き、かり、と歯を立てた。アッシュの乳首は胸の筋肉を鍛え上げすぎたせいで下向きになっていて、ベッドの上に投げ出されたルークが下から吸い付くのに都合が良い。
「ああっ、あっ、るー、くっ」
 おいおい、おれはちょっと正気じゃないみたいだぞ、と頭の隅っこで指摘する声がある。いったいどうしたおれ、男の人を誘惑しちゃったりなんかしてるんですけど……。「しようよアッシュ……。明日はちゃんと行くからさ」

 約束する、と。しかしルークは最後まで言うことが出来なかった。ほとんど暴力じみた勢いでルークはベッドに押さえつけられ、間髪入れずに重い身体がのしかかってきた。

 一日休んだだけで、学院内は妙にざわついている気がした。特にピアノ科はコンクールが押し迫っているので仕方ないのかもしれないが、なんとなく落ち着かない気分で一日を過ごしたルークは、個人授業の時間になってようやく強ばった身体から力を抜いた。
「たった二日で、ずいぶん音が変わりましたね。余計な力が抜けて、柔らかくなったと言いましょうか、でも艶のある、豊かな音です。なにか心境の変化が起こるようなことがありましたか?」
「トリトハイム先生……? え、あ、いえ……」
 自分でも同じように感じていたので、褒められたことは素直に嬉しかったが、そのきっかけを思うと顔に熱が集まる。もじもじして下を向いてしまった愛弟子を、トリトハイムはくすりと笑ってからかった。
「恋は人を詩人に変えると言いますが、あなたも例に洩れないようだ。素晴らしい恋をしているようですね」
「……先生……っ」
 ぼんっと音がしそうなほど顔に熱が集まり、ルークは思わず両頬を押さえる。冷たい手で顔を冷やそうとしたのだが、その仕草はますますトリトハイムを楽しませたようだった。
「なんにせよ、コンクール間近でこれは素晴らしい成長です。今の感じを忘れず、頑張りましょう」
「う、は、はい」
 コンクールと聞いて、ルークの気が引き締まる。立ち上がって杖を引き寄せるのと同時に、しゅる、と衣擦れの音がして、ルークの首に肌触りの良いつるつるした感触の布がゆるく巻かれた。
「……ちょっと色が合いませんね……」
「先生?」
「でも、他の生徒たちを刺激しないためにも、しておいたほうがいいでしょう。どうやら、あなたの恋人はかなり情熱的な人らしい」
「……?」
 ルークがトリトハイムに意味を問おうとしたとき、ピアノ室の扉が開いた。次の生徒が来てしまったのに気付き、ルークはあわててトリトハイムにレッスンの礼を言い、ピアノ室を飛び出した。

 カフェテリアでカフェオレとレモンドーナツを買い、近くにいた学生に空席を教えてもらって席についたとたん、ばたばたと落ち着きのない足音が突進してきた。
「ルークッ!!!」
「あ、アニ、スっ?!」返事と同時に腕を掴まれ、引きずり上げるように席を立たされ、歩かされる。「な、な、なに、なに? おれ、ドーナツ──」
「あんなゴミみたいなドーナツ! とにかくきびきび歩いて! こんなの、中庭でもなきゃ話せないんだから!」
「話ならカフェテリアでも、」
「後悔するのはルークだよ!?」
 ぴしゃりと決めつけられむっとしたものの、ルークはいつも、なぜかアニスには逆らえない。仕方なく黙って引きずられていった。

「ここ、座って。今、周りには誰もいないから」
 座ってといいながらほとんど無理矢理のように押されてベンチに尻をつき、ルークもさすがに腹を立てる。「いったいなんだってんだよ! ちょ、なに、アニスっ」
「うあ……!」
 喚くルークに構わず、アニスがトリトハイムの巻いた布をむしり取り、呻く声がした。
「だから、なに!」
 頭に血が上っているルークに、アニスが変に座った声で言った。「あたし、本物を見たことないし。皮膚病か蕁麻疹みたいにも見えるけど。ほんとにこれキスマークなの?」
「キスマーク?」
 わけがわからないといったようすできょとんとしているルークに、アニスの興奮も少し鎮まったようで、ふっと息を吐いた。「首のとこ、赤い痣だらけなの。もっと下まで続いてると思う。大きいのとか、小さいのとか。昨日休んだし、なにかの病気じゃないかって怯える子と、訳知り顔であれはキスマークだってニヤつくやつがいてさ。あたし、科が違うから、さっきやっと耳に入ったの。けど、その様子じゃ下世話な想像のほうでビンゴだったみたいだね」
 そのころになって、ようやくルークは事態を悟り、ばっと両手で首筋を隠した。隠せているのかはわからないが……。
「ルーク……?」
「……あ。いや……っ! 違っ……!」
 どんどん顔に熱が集まってくる。沈黙に耐えられなくなり、ルークは両足を引き寄せて抱え込み、顔を伏せた。むき出しになったうなじに、取り上げられたトリトハイムのスカーフがかけられる。びくりと身を震わせた瞬間、深く長いため息が聞こえた。
「……一つ聞くけど。無理矢理じゃないんだね?」
「……うん……」

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