闘犬アッシュ19
まずは一言。
生きて下さい!!(笑)
噴いちゃいましたよ、もう……
シメ鯖OKの新鮮な鯖が売ってたので、シメ鯖の棒寿司作りました。大好きなんだけど、半身分くらいで350円とか、結構買うと高いですよね。1尾で300円弱だったので私的に超お得気分でした。シメ鯖OKの新鮮な鯖を見つけると10割の確率で飛びつきます。あらゆる鯖料理の中でも、シメ鯖が最強だ!!
半身は普通に鯖寿司、もう半身は焼きシメ鯖寿司です。主人が素人の作ったシメ鯖は食べられないというからです。結婚以来、一度も食べてもらえたことがない。きっちり締めてるし、あたったことなんかないのに。失礼な話ですよね。さっと炙るくらいならまだしも、きっちり火を通したシメ鯖なんて……。まあ、それでもおいしいですけど……。
目が覚めたのは、強い腹痛のせいだった。
酷い筋肉痛のように全身が重怠く、起き上がるのにも非常に苦労したというのに、ベッドから這い出て立ち上がるのがまた一苦労だった。脚ががくがく震えて、まっすぐ立つことも出来ない。
ベッドの幅と、掛け布団のカバーの感触で、眠っていたのが自室であると判断し、ルークは前屈みになって腹を押さえながら、ほとんど身体の側面で壁を削るようによろよろと、全裸のままトイレに向かった。
歩き出してしばらくして、身体の奥からなにかがどろりと這い落ちてきた。ゆるゆると内ももを伝うその気持ち悪さに呻き、時折伝い落ちるものを廊下に零しながら、必死で脚を前へ動かす。少しずつ足の裏がににゃにちゃと粘ってくるのが、死ぬほど気持ち悪かった。
息を切らせて便座に座り込んだとたん、聞くに堪えない下品な音とともに、中に入ったままになっていたものがどろどろと滴り落ちて行った。強烈な腹の痛みに、脂汗が吹き出てくる。腹の中がどうにかなってしまっているのか、それとも際限なく流れ落ちて行くもののせいか、まったくわからないままルークは恐ろしさに喘いだが、身体の奥に残されていたものがすべて流れ落ちたあと腹痛はぴたりと収まったので、原因はおそらく胎内に残されていた──精液だったのだろう。ルークの身体も、顔も、清潔に拭き清められ、自室のきれいなベッドに寝かされていたけれど、身体の中に残されたものの処理までは、アッシュの気も回らなかったに違いなかった。
「次からは、中に出すなって言わねーと……」
痛みのための生理的な涙を拭いながら、ルークは脱力してぐったりと俯いた。上がった呼吸が整うごく短い間だけそうやって黄昏れていたのだが、濃い汗の臭いのする髪が気になったため、疲れ切った身体にむち打って浴室へ向かう。シャワーを浴び、バスローブのままキッチンに這って行ってオレンジジュースを半リットルほど一気飲みしてから、ルークはリビングのソファに倒れ込んだ。
「疲れた! つーかーれーたー!」
声は少しだけ掠れてしまっていたが、駄々っ子のように大きな声で叫ぶと、少しだけ疲労も一緒に放出された気がする。返ってくる声はなく、アパートメントの中は深閑としていて、自分以外の人の気配はまったくない。
アッシュがいなかったことに、ルークはまったくショックを受けたりがっかりしたりしていなかった。もう帰るなと、ここにいろと言ったのは確かにルークだが、なんとなく、アッシュはそうしないだろうと、心のどこかでわかっていたような気がする。
──これまでアッシュから、今の境遇の不満や嘆きを聞いたことがなかったから。憤っているのはルークだけで、アッシュは今の境遇にさして不満などないのだ。いや、もしかしたら、自分の置かれた境遇がどれほど異常で悲惨なものなのか、よくわかっていないのかもしれない。
「ばか、ばか。ばーか、ばかッシュ。……あんなの、初心者のするエッチじゃないっての」
それでも寂しいことには違いない。アッシュへの不満は、一人っきりの部屋に妙に大きく響いた。このリビングは、こんな気分のとき一人で過ごすには広すぎる。
ルークは震える脚を叩いて叱咤し、よろよろと立ち上がって、ゲストルームへ向かった。
ゲストルームのベッドは、きちんとシーツがはがされ、わずかに窓を開けて風が通してあった。仄かに緑の香る清冽な空気の匂いを胸一杯に吸い込み、微かな人の営みの気配に耳をすませる。夜が飛んで、いつの間にか朝になってしまったらしい。
ルークはぱふんとベッドにうつぶせに倒れ込んだ。まだ少し湿った感触のマットレスからは、微かにアッシュのにおいがする。掛け布団は足下のほうにまとめてあった。ありとあらゆる体液で濡れたマットレスを少しでも乾かそうとしたのだろうか。
どうせこのありさまでは学校にもいけないのだし、と開き直り、ルークはそのままベッドに丸まり、掛け布団を引っ張り上げて頭からかぶった。そうすると、アッシュのにおいに全身包まれたような気がする。まるでアッシュが抱きしめてくれているかのように。
「……アッシュ……」
呟くと、みぞおちのあたりにきゅうっと甘いものが苦しいほどにこみ上げてきて、壊されるとすら思った後孔が切なく疼いた。
「……ソだろ……」
本当に身体がどうにかなったのかもしれない。それはルークが思ったのとは違う形ではあったけれども。意識がなくなるまえはきっとこのまま死んでしまうとすら思ったのに、一晩あけたらまたそこにアッシュが欲しいと思ってしまうなんて。
「どうかしてる。おかしい……おれ……」
自分の身体を抱きしめるようにさらに小さく縮こまり、頭からアッシュのことを追い出そうと努めたが、アッシュの残り香のするベッドではそれも無理だった。人恋しさにゲストルームに入ってしまったのがそもそも間違いだったのだ。
だが、思ったよりも疲労は重く、昨夜のことを思い出したり打ち消したり、呻いたり羞恥に転がったりしている間に、いつしかまた意識も遠のいていった。
うくん、うくんと母の胸を吸っていた赤ん坊が、満足そうに唇の端に乳の泡を付けたまま乳首を離した。
《ママ》
その様子をそわそわと見ていた少年が、母親に向かって腕を伸ばす。
《頭、気をつけてね》
《うん》
母はなんの不安も感じていないようすで赤ん坊を差し出し、少年は慣れた手つきで首を支え、赤ん坊を受け取った。
《──なんてかわいいんだろう》
つぶらな瞳で、興味深そうにじっと自分を見上げる赤ん坊の頬をつつくと、じいっと少年を見あげ、笑顔を作る。じっと見つめられると、叫びだしたくて身体がムズムズするほど愛らしい赤ん坊だった。そうっとゆすりあげ、とんとん、と背中を叩く。
《ほら、ルーク。けぷってして。ほら、けぷ、けぷ……。そう、上手。ルークは偉いね。ほらもう一回。けぷ、けぷ……》
少年の声に合わせて赤ん坊がゲップをすると、傍で見ていた母が笑った。
《お兄ちゃんは、ほんとにルークにゲップさせるのが上手ね》
《ルークが賢いんだよ、ね?》
《ん~ぅ?》
上手にゲップを出し終えた赤ん坊が、頬をつつかれ、少年に笑いかけ、小さな手を伸ばす。指を差し出すと、思いのほか強い力できゅっと握ってくる。そのたび、いつもいとおしさがこみ上げて、少年はどうしていいかわからなくなるのだった。
《かわいい……。絶対に、ギンジの妹に勝ってるぞ》
ほぼ同時期に兄になった友人を思い出し、少年が得意そうに胸を張ると、母はころころと笑った。
《ノエルだって、とてもかわいい子よ》
《それはそうだけど、ルークのほうがずっとかわいいもの……》
それに、妹なんてつまらない。探検したり釣りに行ったり、サッカーしたり、プロレスして遊べるのは弟だ。
褒められているのがわかったかのように、赤ん坊が聞くものを幸福にしないではいられない、かわいらしい笑い声を立てる。
《早く大きくならないかな。ぼく、いっぱい遊んであげるのに。絵本を読んであげるし、自転車の乗り方も教えてあげるよ。それから一緒にプロレスをする》
《プロレスは駄目よ、手を怪我したら、ピアノが弾けなくなっちゃうわ》
《ピアノなんかより、プロレスのほうが絶対面白いもん。ね、ルーク?》
《っぱっ》
《ほら、ルークもそうだって》
《もうお兄ちゃんたら……》
生まれたばかりの、真っ赤でくしゃくしゃな顔を見たときには、弟ができると聞いて楽しみにしていた気持ちがしぼんだ。ほんの少しだけ早産で、身体が弱く、しばらくは頻繁に短い入退院を繰り返していたため、母を取られたような気がして憎たらしいとすら思った。母の目のないところでこっそりつねって、泣かせたこともある。
だが調子を崩すことがなくなってきて、肌も白くなりむっちりしてくると、どんどんかわいくなってきた。まるで老いたエイリアンみたいだった顔が、どうしてこうも劇的に変化するのかとまじまじ覗き込んだとき、赤ん坊が少年に両手を差し出して笑った、その時に少年の心までが劇的に変化したのだ。マシュマロのようにぷっくりした小さな手も、ノエルの人形のように小さな足も、口に含んでしまいたいほどいとおしかった。いつも日が落ちるまで外で遊んでいた少年は、このごろ学校が終わると誰の誘いも断ってまっすぐに家にかけ戻る。ミルクの後のゲップをさせ、おむつを替え、汗をかいたと思ったらこまめに身体を拭いてパウダーをはたき、着替えをさせた。ミルクの時間以外に起きてぐずりだすと、真夜中でも母が部屋にやってくるまえに起きだして、教会の合唱隊にスカウトされたこともある声で子守唄を歌った。
《ルークはお兄ちゃんが大好きね。ママも、お兄ちゃんが見てくれてると思うと安心》
すっかりルークを少年に任せ、母が傍で編み物を始める。お揃いの帽子が編み上がるのを、少年はとても楽しみに待っていた。
少年は弟をゆっくりと寝かせ、腹這いになって赤ん坊を見つめた。透き通る、汚れなき新緑の色が、信頼を込めてまっすぐに見上げてくる。
《──うん。ぼく、ずっとルークの面倒を見るよ。ずっと、ずーっとぼくがお前を守るからね……》
甘い独特の香りが鼻につき、目を覚ました。いつのまに眠ってしまったのか、目を擦りながらのっそりと起き上がると、目の前に片膝を立て、もう一方を投げ出して座り、けだるげに葉巻を吹かしているヴァンの姿があった。まっすぐにアッシュを見つめる目は、いつもより少し穏やかなように見える。
「私が入っても目を覚まさんとは。腑抜けたか」
「……夢を見ていたような気がする」
「どんな夢だ」
「……忘れた」
いつからいたのだろう、起こせば良いのにと思いながら壁にもたれ、小さなあくびを漏らして同じように片膝を引き寄せる。
「……首輪、どうした」
「コンテナに突っ込んで来た」
「……気分はどうだ」
「……なんともない」
ふーっと息を吐く音が聞こえ、甘い香りが更に強くなる。「私とあれの言った通りだろうが」
「うん。──ごめん」アッシュは素直に謝ってから、ふと思い出したように言った。「帰ってきたら、悲鳴を上げられた。腹が減ったのに、誰も食事を持ってこないんだ」
「人に恐れられるということは、かくも悲劇的なことばかりさ」
「……ヴァン。俺は恐れられなくてもいい。俺がどんなお荷物でも、今さら誰もヴァンを侮ったりしない」
「そんなことは知っている。私の弟を軽く見ることは、私を侮るのと同じだと言っているんだ」
「……」
「地下牢もそろそろ出るつもりでいるんだな。もう己を閉じ込めておく意味もなかろうよ」
「……」
「……腹が減っているんだったな。そのままでいい、飯に行くぞ。出ろ」
ゆらりと立ち上がり、ヴァンが出入り口へと顎をしゃくる。
「腹は減ってるけど、わざわざ出かけるほどじゃない。──なんだか、胸がいっぱいで」
ヴァンは横目で無骨な首輪がないせいですっきりして見える首を見やり、片眉をあげた。「──ふん」
「──ヴァン、ありがとう」
「何への礼だ」
「ルークを抱けた」
皮肉な笑みに歪んでいたヴァンの口元から、ぽろりと葉巻が落ちた。
ゴミの分別はない設定に変更。(2014.10.12)