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闘犬アッシュ10

闘犬10話です。面倒なのでこのままなだれ込もうかと思いましたが、さすがに早いだろうということでワンクッション。だからってここから初夜までのあいだに何か事件が起こる訳でもないんですけど……。多少はヴァンやリグレットも絡む予定ですが、彼らがルークに会っちゃうと、はっきりと血のつながりを指摘できることになってしまうので、会うのは事後でないとなりません。
ここまで来たら初夜までそうお待たせすることはないと思うんですけど。

あと、話は変わりますがお詫びがあります。

土曜にはサイトの背景を元に戻したいと思います。公開してみていただくのが前提のサイトならば、当然ユーザビリティを一番に考慮すべきだと思っていますし、そうしたかったんですけど……。正直今の自分のサイト、全く好きになれませんでした。なんかがちゃがちゃしてないと落ち着かないんです。音楽でも派手なスクリームで心が凪いで集中できるようになるのと同じような感じなのかも知れません。そんなわけでまた重たくなりますが、すみません。テキストページだけは重くならないよう心がけますので。

 まだまだ眠り足りないというのに、そっと揺さぶられてルークは目を覚ました。なに、と思わず不機嫌にうなり、再び毛布に潜り込もうとすると、とたんに大きな手に阻まれる。
「目覚ましが鳴った。これで起きて学校へ行くと言ってただろう?」
 どこか心配そうな、低く深みのある声が耳元でささやき、ルークは瞬時に覚醒してがばりと起き上がった。「何時っ?!」
「七時……一分。すまない、止め方がわからなかった。ずいぶん鳴っていたんだが」
「あー……いい、いい……うん……」
 一分は鳴るように設定してあるので、鳴り止んだばかりなら別に寝坊ではない。ルークはもそもそとベッドに起き上がって、眠い目をこすった。

 身動きするたびに軽くはずむベッドマットの感触が、自室のものよりも固い。ルークは柔らかいマットレスが好きなのだが、これはゲストルームのベッドだから、マットレスはホテルなどでよく使われるスタンダードなものが置いてあるのだ。
「ごめん、アッシュ。おれ、半分占領して……邪魔だったろ」
 夕べアッシュをここへ案内して、なりゆきで話し込んでいる間に──といってもほとんどはルークが話していたのであり、アッシュは楽しそうに相づちを打っていただけだ──眠り込んでしまったものらしい。ゲストルームのベッドはセミダブルだけれども、大柄なアッシュにはそれでちょうどいいはずで、人一人が増えればかなり窮屈だっただろう。
「ルークは細いから平気だ。抱えて寝るのにちょうど良かった」
「え、何か……誰か抱えて寝る習慣?」
「ああ。ブウサギのぬいぐるみと胴回りが同じくらいだ」
「……」
 寝起きのうまく働かない頭で言われたことの意味を考えたが、すぐにそんなことをしている場合ではないことに思い当たって首を振った。
「昨日風呂入ってねえし。バスルームに案内するから、アッシュ先に入って。おれ、その間朝飯の用意するからさ」
「わかった」

 昨日ローズの店で泊まり用に買った歯ブラシや下着類を持って、バスルームに案内すると、ルークは脱いだ服をおく場所や歯磨き粉や洗顔料など洗面用の小物、シャンプーやソープの在処を簡単に伝えてそそくさとキッチンに向かった。
 思えばアッシュは一人でシャワーを使うのは初めてなのだった。ルークの背中をほんのちょっぴり心細い思いで見送り、ため息をついて持っていたものを洗面台の上に置く。
 視界の隅で人影が動いたのに反応して拳を構えて振り返り、鏡に気づいた。
 おそるおそる手を伸ばすと、鏡面の男も手を伸ばしてくる。湯気で煙っているわけでもなく、こんなにくっきりと自分の姿が映っている鏡を見たのは初めてだった。俺はこんな顔だったのかと覗き込み、次の瞬間息で鏡面が曇るほど顔を近づけた。
「緑だ……」
 鏡に映った『自分の顔』、その瞳の色がルークと同じであることに気づいたのだ。指で鏡面の瞳に触れ、次に指で思い切りまぶたを引っ張って覗き込む。どれだけ見つめても、その目はルークと同じ色で間違いがなかった。出会う人々が二人がよく似ているというわけがわかった気がする。初めて見る自分の顔は、頬が削げ、面長できつく、どちらかというと丸く柔らかい印象のあるルークの顔とは似ても似つかなかったが、髪の色がよく似ているうえ、目の色も同じだから、みんなが「よく似ている」というのだろう。
 ルークと同じように可愛らしい顔でないことは、少々残念に感じたが、瞳の色が同じというだけでもアッシュには嬉しいことだった。またあの地下牢に戻り、ルークに会えない日が続いても、何か繋がりが残っていることを信じられるような気がするのだ。
 アッシュは機嫌良く借りたパジャマのズボンを脱ぎ捨てた。そのまま寝ようとするアッシュに、ルークが服がしわだらけになると言って伯父のものだというパジャマを貸してくれたのだ。ルークよりは大きいから、ということだったが、アッシュよりは小さい人物であるらしく、ズボンの裾からはにょっきりと足が突き出ているし、シャツは二の腕がきつすぎたうえ胸のボタンが閉まらず、結局すぐに脱ぎ捨ててしまったのだ。
 アッシュはおそるおそる見慣れぬバスルームを見回した。おっかなびっくりであちこちを触り、湯の出し方、温度調節のやりかたを憶える。
 先代──ヴァンの父がまだ存命であったころは、アッシュは厳重に地下牢に閉じ込められたままで、基本は臭いが堪え難くなってくると頭から水をかけられる程度であったし、女たちのところでは彼女らが洗ってくれた。ただ風呂場で体を洗うというだけのことが、アッシュにとっては大冒険だったのである。だが、一昨日の夜出来たばかりの傷にソープが染みるのに閉口しながらも、アッシュはなんとか全身を洗い流した。思ったほど大変な仕事ではなかったが、ぴりぴりと傷が痛むたび、昨夜ルークは血の臭いに気づかなかっただろうかと気になった。

 風呂から上がると、キッチンからベーコンが焦げるにおいが漂ってきていた。

「あ、いいタイミングだな。ちょうど出来たんだ、食おうぜ! 食べたらさあ、食器洗っておいてくれる? おれ、ぱぱっとシャワー浴びてくるから」
「わかった」
 ルークの頼みに、アッシュは神妙に頷いた。ここへ初めて連れてきてくれたとき、アッシュは食器を洗うことを知らなかったのだ。アッシュの食事はいつも自動的に牢の中に差し入れられ、いつのまにか下げられているものだったからだ。それがこうやって当たり前のように頼まれることが、不思議でもあり、嬉しくもあった。
 多少ぎこちなくはあったが、アッシュのカトラリー捌きも格段に良くなったものの一つだ。銀器が食器に触れるかすかな音でルークはそれがわかったらしく、ほんとうに嬉しそうに褒めてくれた。
「アッシュって、ほんとに憶えが早いよな」
「ルークの教え方が上手いんだ」
 褒められるような出来になっているのなら、それはやはりルークのおかげなのだとアッシュが答えると、ルークはどこか照れくさげに笑った。
 その瞳はもう閉じられていない。視線は合っていることもあるが、それは単に偶然であり、声を頼りにアッシュの方を向いてはいるが、基本若干外れ気味である。それでもアッシュは、朝の光に煌めく澄んだ瞳が自分を捜して動くのに、例えようもない喜びを感じた。
「そういえば、俺の目もルークの目とおんなじ緑色だった。これでお揃いが二つだ」
「えっ? 目の色も同じなのか? ……それは……すごい偶然だな? それで兄弟かってみんな言うのかな。顔は……」
「顔は全然同じじゃない。おんなじなら良かったのに。残念だ」
 一瞬どきりとしたものの、アッシュが心底残念そうにいうのに、ルークは苦笑した。「お前ってほんと変なやつ。おれの顔とおんなじなんて、いいことねーかもよ?」
「なぜだ? ルークの顔はとてもかわいいのに。俺は……これまで見た中で、ルークが一番かわいいと思う」
「だから……! 男がかわいくてもいいことないんだって!」ルークは顔を赤くして怒鳴り、むっとしたように反らしてガタガタと立ち上がった。「おれ、シャワー行ってくるから!」
「わかった。食器を洗っておく」
 褒めているつもりなのだが、なぜルークに怒鳴られてしまうのかわからず、アッシュは首を傾げた。怒っているようではないのに、一体なにを気にしているのだろう。ただ、わからないながらも「かわいい」がルークの気に障るようだということはわかった。わかったが……口から零さないでいる自信はすこしなかった。ルークは怒ったり笑ったり真っ赤になったり、表情がとても豊かで、そのどれもがとてもかわいくて、傍にいると、体のあちこちが妙にむずむずするようなおかしな気分に陥る。夕べもそうだった。胸の中に抱き込むと、わけのわからない様々な情動がおこり、収めるのにかなり苦労したのだ。

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