パラレルAL 19話
何にもしないまんまで土日が終わってしまいました><
仕事中なら気を張っているのでしょうが、薬を飲むとまるで睡眠薬でも飲んだかのように眠くなります。
以下、パラレルです。
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腹が空いて目が覚める、なんてことはジェイドが大学を出てからここ数年なかったな、とアッシュは目の前にある朱色の髪に顔を埋めながらぼんやりと考えた。ルークはさして幅のない肩をさらに縮めてアッシュの腕の中に潜り込んでいる。呼吸は楽そうで、顔色も悪くない。まずは起こして傷の様子を確認し、場合によってはグミをもう一つ食べさせなければ。
横目で天井を確認するとちょっとやそっとでは辿り着けないような高さだ。ルークは出口があるかもと言っていたから、遠回りになっても迂回するほかはないだろう。水は……あるらしい。となると次は食い物だが、アッシュにとっては食べることでどんな弊害を及ぼすかわからない魔物の頭などよりも、ざざむしの方がまだ食料としては真っ当なものだ。水場があるなら何か生き物も捕まえられるかもしれない。
何の手当もされないままに相当な無茶をしたらしいルークの足が心配だったが、ここにじっとしていてもジリ貧だった。どこからも助けがくるはずなどないのだし……とにかく……腹が減った。骨髄や心臓を始め、あらゆる内臓がフル回転で血を作り、体中を巡らせて、身体の修復を図っているせいなのだろう。
行動が決まると腕の中のルークを揺り起こした。ルークは眉を寄せて小さく呻き、まるで子どもの仕草で両目を擦ってぼんやりと目を開けた。「アッシュ……? おはよぉ……」
「ああ、おはよ。──足、どうだ? 起き上がれそうか?」
ううーんと猫の子のように伸びをして、ルークはいきなりがばっと身を起こした。
「アッシュ! お前、身体は!!」
「あ、ああ、もう平気だ、なんともねえ」
「ワケないじゃん! お前、ほんとに……ほんとに死にかけてたんだぞ!」
アッシュは上体を起こし、後頭部を確認し、しっかりとそこが固くなっているのを確認してから顔をしかめた。パラパラと首筋に振ってくる粉状のものは固まった血なのだろう。黒っぽい血の粉の付いた指を情けない顔で見つめ、「生臭え。風呂に入りてえな……」
「バケツで血を浴びたみたいだったもん、仕方ねーだろ。それより、身体は……」
「もう死にそうだ」
「アッシュ!!」
「腹が減って腹が減って……」
「馬鹿っ!!」
アッシュは掛け値なしの本気で言ったのだが、ルークはごまかしと捉えたらしい。腹を立ててアッシュを振り払い、立ち上がる。「痛っ!」
「ちょっと見せろ」アッシュはルークの足下にしゃがみ込み、足を持ち上げてためつすがめつ確認したのち、牙の痕を軽く指で押さえた。「痛いか?」
「う……うん。押すとちょっと。体重かかっても痛い」
「もう一個食っとけ。それから上着、ちゃんと着ろ。病み上がりなんだから」
「病み上がりはお前も一緒だろ」
「俺は……ほんとに平気なんだよ」
アッシュはルークの手の中にグミの袋を押し込んでから、もう到底着れないルークの上着を裂き、ルークが作ったのより余程うまく、手際良く松明を作ってから血で汚れた荷物袋とそれをルークに押し付けた。
「……?」
反射的に受け取ったあと、ルークの前にアッシュが背中を向けてしゃがみ込んだのを見て愕然とする。思わず咎めるような声が出た。
「なに考えてんだよ!」
「一刻も早くここを出て、何か食おう」
「でも、」
「早くしろ、腹減って気が立ってんだ。イライラさせんな」
その言い方がアッシュらしくもなく本当に切羽詰まっている様子だったので、ルークは慌ててその背に負ぶさった。アッシュは重さを感じさせない仕草でひょいと立ち上がり、一度揺すり上げて納まり良く背負い直す。
「水があるのはどっちだ」
「右手の壁伝いに右に行って。──大きな湖があるんだ。そこで風、感じた。だから」
「地底湖か。上等だ。どっかが外と繋がってるなら、出口はなんとでもなりそうだな」
アッシュはルークに道を照らさせ、指示されながら歩き続けたが、どう見てもそれは一日前には死にかけた人間の足取りではなかった。ルークの足はまだ完治していないというのに……。ライフボトルが死者を復活させることが出来ないように、グミの効果だって限界がある。自然治癒力を早め、それ以上悪くならないようにしてはくれるが、あれだけ失った血はどんなに治癒力を早めたって一日で元に戻ることはありえない。そもそも、あれだけの血が流れ出てしまったら、即死でなくともショック死する。傷跡を残さず回復する譜術でさえ、あの状態のものをたった一日で何事もなかったように回復させるのは不可能なのだから。──普通なら。
「──ルーク」
「……え」
「俺が怖いか?」
すぐには答えられなかった。だが、ルークは答えが見つかるまでのほんのちょっとの時間でも、アッシュに自分の気持ちを誤解されたくないと思い、空いた方の手でぎゅっとアッシュにしがみついた。
「……こわい。けど……魔物が怖いとか、お化けが怖いのとは……違うんだ。きっと……なんていうか、そう、だな、畏怖……って言うのが近いのかも。思ったんだ、もしかしたら、アッシュは本当に……ローレライの子なんじゃないかって。おれはあの神話を、皆と同じようにおとぎ話だと思ってたけど……」
「……俺の親父はクリムゾン、お袋はシュザンヌで……俺はただの人間だ」
「……うん」ルークはしがみつく手にもう少しだけ力を入れた。「おれ、心配なんだ。アッシュが人なら、ものを音素に変えたり、回復するまでの自然な治癒力を薬の力以上に早めたり……そういうのが負担にならないわけないんじゃないかって。身体のどっかに、必要以上の無理させてんじゃねーかって。そういうの、良いことじゃねーだろ? だからさ、もしアッシュが本当に人だっていうなら、もうあの力を絶対使わないようにするとか、普通の人よりも怪我に気をつけるとか、でもしちゃったら安静にして、回復に専念するとか……した方がいいと思うんだよ……」
ルークの言うことは、両親や医者であるジェイドが日頃からうるさく言うのと似たようなことだった。だが、それはうるさいどころか、なぜこんなにも甘く心に響くのだろう。アッシュは思わずといった笑みをこぼした。驚きはなかった──ルークなら、そう言うだろうと知っていた気もする。
昔からちょっとやそっとの無茶では死なないと知っていた。だからこそ給料の割のいい軍に入るのに躊躇がなかったのだ。アッシュの持つ力には色々と利用価値がある。国に知られたらどのように扱われるか想像もつく。ヴァンが自分が知り得たその事実を誰にも口外しないのは、その力を自分のために使わせるためで、アッシュのためではない。必要になれば、彼はいつでもアッシュをどこかに売ることができるのだ。人は、大いなる力を手にして使わずにいられる生き物ではないと父はいう。全くその通りで、ヴァンなどは知るや否やその力を自分のために効果的に使わせる方法を思いめぐらせ始めた。知らなければ思いつきもしなかった野望なども抱いただろう。父はアッシュにもないものと思えと言ったが、いざとなるとやはりアッシュはあてにする。だがルークは、そのおかげで早く治って良かった良かったと、そう単純には考えないのだ──アッシュを想うからこそ。
「あ、ほら! 見えてきたぜ」ルークが肩を叩いて湖を示した。奥の方は闇に沈み、見通すことは出来ないがかなり大きい。ただのため池でなければ、水は必ず外に流れ出しているはず。
「風も──吹いてるだろ」
「ああ、吹いてるな」
──心は、決まった。