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パラレルAL 18話

向山貴彦さんの「ほたるの群れ1」読了。
「童話物語」はもう全く手放す気のない愛読書の一冊ですが、いつまでも「Big fat cat」のシリーズしか出ないので新刊を期待することを忘れておりました。最近ふっと思い出して検索すると、これが二巻まで出ていたのですが、あらすじを読むと「童話物語」とは全く趣が違うように感じたので、とりあえず一巻だけ購入し、病院の順番待ちで読み始めたらとまりませんでした。二巻も注文しておけば良かった……。

二つ(今のところ)の暗殺組織の抗争に巻き込まれることになった二人の普通の中学生、高塚永児(彼は……本当に普通と言えるのかは謎な気がする)と小松喜多見。抗争の目撃者かもしれない喜多見を殺すために潜入する阿坂。彼らが主人公になるのか、主な登場人物であった三人の中学生(阿坂は謎だけれども……)の性格と関係性が、なんとなく「バトルロワイアル」のメイン三人に被るような気がしました。残酷描写からいきなりのスタートですのでお薦めはしませんけど、バトロワ大丈夫な方なら面白く読めるのではないかと思います。

以下、パラレルです。

※流血表現(固まってますけど)あります。ご注意を。

 どうやら出口への希望が持てそうだということ、水が豊富に確保出来たということで、ルークは足の痛みも忘れてアッシュのところまで戻った。ぐるぐるしていたからかなり遠いように思えたけれど、直接辿ればそれほどでもない。道をしっかり憶えて壁を伝わなくても良くなったら、この足でも一時間くらいで往復が出来そうだ。

 アッシュの顔色は最後に確認したときに比べると幾分頬に赤みが差してきていて、確かに彼が命の危機を脱したのだと信じることが出来た。張っていた気が抜けて、崩れるように枕元に座り込む。両手で頬のぬくもりを確かめると、目尻に涙がにじみ、自然に唇が綻んだ。
 ほっとすると同時に足の痛みを思い出し、今更のように傷を見ておこうとブーツを脱いだ。腫れ上がった足をブーツから抜くのには堪え難い痛みが走ったので、脱ぐというよりブーツを切り裂いてなんとか外すというありさまだった。牙の食い込んだあとには未だじくじくとしみ出す血が黒々と溜まり、鈍いしびれもある。薬はもうないので、歯を食いしばって傷口を洗った。
 痛みが疼くような鈍いものに変わり、ほうっと息をついて改めて周囲の黒ずみを見渡すと、地面のくぼみのあちらこちらに血溜まりが出来ていて、かなり広範囲に、そして大量に出血したのだということがわかった。頭の傷は出血が多いとはいうが……これはちょっと多すぎるのではないだろうか。
「も、もう塞がって……んだよな? ごめんなアッシュ、ちょっと……」
 上体を持ち上げるように抱き上げると、そっと指先で頭に触れた。もつれた髪は乾いた血でバリバリになっている。優しく指でほぐしながら辿っているうちに、頭蓋が修復されてつなぎ目がほんのかすかに盛り上がっていることに気付き、その大きさと形に慄然とした。「これ……頭……割れてたんじゃねーの……?」
 落ちたのは夜だった。交替したばかりで、深夜を少し回っていただろうと思う。それから日が射してくるまでこんな出血を放置して、普通ならもう生きてない。いや、むしろ即死でもおかしくなかったのかも。一体何が、どう作用したのか、ルークが意識を取り戻すまでアッシュの息があったのは、奇跡と言っていいほどの幸運だったのだ。もう少し、自分が目を覚ますのが遅かったら……。そう思うと、ぞわりと肌が粟立った。良かった、本当に……。ことによると、アッシュは本当に神に──ローレライに守られているのかも知れない。
 アッシュの負担にならないよう、気をつけながらそっと頭を下ろすと、乾いた唇を水で湿らせてやる。ついでに水も飲ませると、ルークはアッシュに寄り添うようにそっと横になった。泥が纏わりついたように身体が重く疲労している。だが、不思議と何かをやり遂げた充足感がある。
 横になると同時に、意識は飛んだ。

 肌寒さに身を震わせて目を覚ますと、周囲は深く闇に沈んでいた。上を見上げると、白くかぼそい月光が差し込んでいる。その頼りない恩恵をもって、洞窟内はかろうじて真の闇から免れているのだった。
「寒い……」背筋を冷たい手でなで上げられているようなこの寒気は、発熱している証だろう。いくら天井にぽつぽつと隙間があっても、洞窟のなかは昼夜でそう温度が変わらない。魔物に噛まれた右足首だけが燃えるように熱かった。眠る前に焚火を作っておくんだったなあとぼんやり思う。
「けほっ」
「?!」
 軽く咳き込む声が聞こえ、意識が瞬時に覚醒した。「──アッシュ?!」
「……」
「え、何?」
「……ず」
「水な! ちょっと待ってろよ!」
 頭上に置いておいた水筒をひったくるように引き寄せて、もう何度も繰り返したように水を含み、唇を合わせる。アッシュの身体が一瞬だけびくりと強張り、水を飲み込むと同時に弛緩した。
「……と」
「ああ、うん! 水、見つけたから! たくさん飲んでいいからな!」
 本当にアッシュはもう大丈夫なのだ。喜びに、ルークは自身の体調の悪さも忘れて、再びアッシュに水を飲ませる。
「……もっと」
「うん」
「もっと」
「うん」
「もっと」
「……うん」
「もっと……」
 乞われるままに何度も口移しで水を与えていると、ようやくアッシュがゆっくりと目を開けた。ルークと同じ翡翠の色の、だがほんの少し濃い翠が真っ直ぐにルークを見つめる。ああ、アッシュだ。その強い視線に、彼の強い命の力に引き寄せられるようにその瞳を見つめ返す。

「……もっと……」

 そのときになって、ルークはやっと、アッシュがねだっていたのが水ではないことに気付いた。水などではなく……。目覚めて、アッシュの命が失われようとしているのに気付いてから、無我夢中で薬を飲ませ、グミを食べさせ、水を与えてきたけれども、考えるまでもなくこれはキスに他ならないということに急に気付く。急速に顔に熱が集まるのに気付いたけれども、それが発熱のためなのか恥ずかしさのせいなのかわからない。
 ルークはアッシュの視線を避けるように目を伏せて、水を含まないまま顔を寄せていった。ルークがこれまでにしたことのあるキスといえば、令嬢の手の甲と父の頬だけだ。母が生きていた頃にはきっと母の頬にも。それ以外のキスとは本の中にのみ存在するものだった。ドキドキしながら互いの吐息が感じられるほどに近づくと、この鼓動がアッシュの耳にまで届いているのではないかという恥ずかしさがこみ上げる。この1インチもない距離を詰めるのには途方もない勇気が必要だった。
 同極にある磁石を近づけるようになかなか距離は縮まらず、やっとの思いで唇を合わせると、ふいにアッシュの手がルークのうなじを引き寄せ、頭上へなで上げるようにして、さらに強く唇を押し付ける。アッシュの舌先が問うようにルークの唇の合わせめを叩き、乞われるままに薄く開くと、ルークが嫌がりはしないかと様子を窺っているかのようにおずおずとアッシュの舌が入ってくる。
 嫌なわけなどあるはずがない。なんとかそれをわかってもらおうと、ルークは自分からも舌を差し出した。意図はすぐに汲み取られ、ルークの舌は絡めとられ、甘噛みされ、強く吸われる。歯肉はやわやわと舌先で撫でられ、口蓋をくすぐられる。口の中に、錆びた鉄のような血の味が広がった。
「ん……んん……は、ん……」
 鼻から抜けて行くような声が自分のものとは信じられないくらいに甘く響き、頭の中までカッと熱くなる。
「はっ……は、ん……は、あ……んん……ん……」
 もうどうしていいかわからずにアッシュの胸元にしがみつくようにぎゅっと握ると、ふいにアッシュの手が額にあてられた。
「……熱がある」
「……」
 ルークは発熱と、それとは違う熱に翻弄され潤みきった瞳でとろんとアッシュを見つめた。アッシュの視線は困ったようにも怒ったようにも見える表情でルークを探っている。なんで急に冷静になっちゃったんだろう……? キスをしているときには混乱してどうしていいかわからなかったのに、いざ止められるとまだしたかったのにと恨みがましい気分になって、ルークはぼんやりアッシュの濡れた唇を見つめた。
「ルーク?」
「あ、うん……ちょっと……怪我して」
「足か」アッシュはルークを軽く押し返して、自分も起き上がろうとした。
「ちょ……! まだ横になってなくちゃ……!」
「もう平気だ。──なんだこりゃ……」
 ついさっきまで死にかけていた人間とは思えないような無造作な態度でアッシュは起き上がり、ルークの紫色に腫れ上がった足首を掴んで顔色を変えた。
「痛、いた、痛いって!! お前、死んじゃうとこだったんだよ?!」
「膿んでんじゃねえか、なんでこのままにしてる! 薬は?!」
「出血だって酷かったんだ! グミだって万能じゃない、アッシュ!」
「馬鹿が、壊疽でも起こしたら最悪切断だぞ!!」
 噛み合ない会話に苛立ったように舌打ちし、アッシュは着ている軍服のボタンを外して内側を探った。中から掴んだ小さな袋を開けると中からグミが転がり出てくる。
「そんなとこに……」
「何があるかわかんねえから、薬と金は分散しとくんだよ」
 ルークがそれに気付いていたら、きっとありったけアッシュに使っていただろう。さすがにルークも苦笑し、礼を言って受け取ると、黙ってそれを口に入れた。グミはもちろん万能ではないが、これ以上悪化することはないし、治りも格段に早くなる。「ほんと、逞しいなあ……」

 ルークがそれを食べている間に、アッシュは枕にしてあったルークの上着をつまみ上げ、肩袖の破れたシャツ一枚のルークを見つめた。後頭部を探るとまだ骨が柔らかく、べこべこしている部分があり、頭蓋が一度割れてしまったのだろうと知れた。そんな自分を見て、ルークが何を思い、感じ、してくれたのか。
 自分の上着を脱ぐと、アッシュはルークにそれをかぶせた。肩の合わせが二の腕までずりおちているのを見て、少し笑う。
「おれ……いいよ、大丈夫。お前が、」
「こうすればあったかいだろ」
 アッシュはルークが脱ごうとしている上着ごとルークを胸元にしっかりと抱き込んで横になった。
「体調悪いときには食って寝てんのが一番なんだが、ま、とりあえずもう一眠りしよう。食うものは……起きてからでいいよな」
「……魔物の頭があるよ」
 強がっていても本当は限界だったのだろう。身体が暖かいものでしっかり包まれると、急速に意識が遠のいて行く。
「それは遠慮してえな」
「水も……見つけたよ。……出口も、たぶん、なんとか……なる……」
「こんな足で……よく頑張ったな。ありがとう、ルーク。──さ、もう眠れ……」
「…………うん」

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