パラレルAL 17話
お給料出たので! 我慢出来ずに買っちゃいましたthe HIATUSの新譜を! 改めて聴くとほんとに素晴らしいです! 捨て曲なしだし、どこまで進化するつもりなんだろう……
「Insomnia」があまりに好きなので軍配は2ndに上げますが、全体としての好みでいうと3rdですね。ジャケットもこないだのEPと似た感じで、すごく綺麗。かなり気が早いけど、4thが楽しみです。でも彼らはどんどん自分のハードルを高くしてるように見え、ストレスになったりしないかと凡人は心配したりしてみる。
以下、パラレル嫁取り。
一話一話が短いからか話数が。今のところ、余計な思いつきを足してみたりはしていません(本当です)
※軽い流血(固まってるけど)有り。
閉じた瞼の向こうに光を感じて、ルークはふっと意識を引き戻した。酩酊しているかのようにゆらゆらと揺れる暗闇の中で、ルークの目の前にだけ細い光が射している。
ルークはぼんやりと手を伸ばし、その光に触れようとした。ここは何処なんだろう? 一体何が……と考えた途端、途切れる前の記憶が蘇った。そうだ、とどめを刺しきれていなかった魔物に食いつかれたのだ。振り落とそうとして地面を踏み抜いたような感触がして、アッシュが……?
「──アッシュ!」
ルークは仰向けに倒れたアッシュの上に、うつぶせていたのだった。仰天して、転がるようにすべり落ちた途端に足首に鋭い痛みを感じた。あまりの痛みに一瞬息が詰まり、嫌な汗が噴き出した。唸りながら傷の近くを強く掴んで痛みを散らし、痛みが鈍くなっていくまでを堪えた。
「アッシュ!」
起きないどころかぴくりともしないアッシュが不安でたまらず、顔を覗き込もうと横についた手が、何かぬるっとしたものに触れ、ずるりとすべって横にずれる。「……?」
わずかな光に手をかざす。途端に、黒っぽいゼリー状の固まりが手から滑り落ちていった。それが何なのかわからず、もっとよく見ようと顔を近づけた指先に、もつれた髪が数本、黒いねばねばしたものに絡まってこびりついている。正体が飲み込めるにつれ、ルークの喉から恐怖の悲鳴が迸った。
「アッシュ! アッシュ、アッシュ、アッシュ! 起きてくれよ、アッシュ、なあ! なあってば……!」
急激に動いたせいで、身体のあちこちから頭上まで突き抜けるような痛みが走る。覆い被さるように触れたアッシュの顔は血の気を失って青白く……あの、心の中まで暖めてくれるようなぬくもりを失っていた。
「荷物は……?!」
うろたえて周囲を見回すと、上から落ちてきた土や小石、古い木の枝や根がついたままの雑草が降り積もった上に、魔物の首とアッシュの荷物が落ちている。ルークは慌てて立ち上がろうとしたが、魔物に食いつかれた足首に力が入らず、這いずるように荷物のところまで向かい、震える手で中を掻き回す。ライフボトルが数本入っているはずだが、うまく掴めずに一本取り落としてしまった。
「落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け……! アッシュは大丈夫、絶対大丈夫だから……助かるから……」
必死で己に言い聞かせ、震えてすべる手に舌打ちしながらなんとか封を切ると、アッシュの頭を起こそうとした。濃い血の臭気が鼻を突く。そこにありえないほど血のしみ出したあとがあるのに気付いて、ルークの胸の鼓動がますます早くなった。アッシュは頭に傷を負ったのだ。ルークは一瞬の躊躇もなく薬液をあおり、覆い被さって唇を合わせた。薬液は力なく開いた口から溢れ出してくる。だが首筋を探ると、冷たいルークの指先の方がまだ温かく感じられるほどぬくもりを失った肌の向こうに、今まさに消えゆかんとするほど微弱ではあったが、かすかに、本当に微かに脈動があった。
「アッシュ、お願い……! 飲んでくれよ!」再度試みたが結果は変わらず、飲み込まれないままに生命の水はこぼれ落ちていく。「頼むから飲んでくれよ! 飲めってば!」
ライフボトルは消えかけた命をつなぐ効果はあれど、すでに失われた命を黄泉から引き戻すことは出来ないのだ。ぱたぱたとアッシュの顔の上に涙の粒を落としながら口移しで一瓶が空になるまでアッシュの口に流し込み続けたが、ほとんどは口の端から流れ落ち、血でごわついた襟に吸わせる方が多かっただろう。絶望的な気分で胸に耳を当てると、それでもなお、弱々しい鼓動が聞こえた。いつまで動いているのかわからないけれど……。怒りと悲しみがこみ上げて、ルークは動かぬアッシュの胸に伏せて拳を一度叩き付け、服をぎゅっと握りしめてわめいた。
「馬鹿、馬鹿、アッシュの馬鹿……っ! なんでおれなんか助けたんだよ?! おれなんかっ、おれなんか、助けたって……」
恩賞ならば、首だけでも与えられる。それは生きたままに比べれば格段に値が下がるだろうが、それでもあの一家が楽に暮らせるようになるには十分のはずだ。
ルークが地面を踏み抜いた瞬間に、アッシュはもうルークの足に噛み付いた魔物に向かって剣を振り上げていた。首を切り落とすのとほぼ同時にルークの腕を掴んだが、元々こんな洞窟が下に埋もれていたせいで地盤が弱かったのだろう。とっさのことで何処までが安全な場所なのか確認することも出来ないまま、アッシュまでもがルークが踏み抜いた穴を更に広げる形で空中に放り出された。落下は今思えばほとんど一瞬のことだったのだろうが、その一瞬でアッシュは体勢を崩したままルークと自分の身体を入れ替えたのだ。
アッシュを下敷きにしてさえ衝撃は大きく、腕や足を打ち付けた程度の痛みで気を失ってしまったというのに、背中から直接、しかもルークと言う錘を乗せたまま地面に叩き付けられた痛みはどれほどのものだったろう。
「アッシュ」
震えて力が入らない拳で胸を打つ。──ドン
「アッシュ、アッシュ」
──ドン、ドン
「…………起きてくれよ」
そのとき、はっ、と息を吸う小さな音が聞こえた。次いで一度胸が大きく波打ったと思うと、咳き込むようにごぼりと口から液体が溢れた。信じられない、と瞬きしたあと、ルークは無我夢中で荷物袋を掻き回し、二本目のボトルの封を切り、アッシュを抱き起こした。黒いふるりとした固まりが、ぽとぽとと膝の上に落ちる。口の中に残っていた液体を飲み下すように、大きく飛び出た喉仏が上下に動くのを涙の幕を通して確認し、ルークはボトルの薬液を口に含んで、今度こそと祈りながら再びアッシュにそれを与えていった。
二本目のボトルをすべてアッシュが飲み下したのを確認すると、弱々しかった心臓が落ち着いた、規則正しいものに変わっていた。手持ちのグミの全部を噛み砕き、与え、アッシュがそれをすべて飲み込む頃には、ルークは安堵のあまり嗚咽を漏らしていた。しゃくりあげながらアッシュをそっと横たえ、血でごわつく髪を撫でる。涙は全く止まらないが、これは痛みや悲しみのせいじゃない。喜びの涙だ。
良かった──。アッシュの命は未来に繋いでいくべきものだ。こんなところで人知れず失われるようなことになったら、ルークはアッシュの家族に何と言って詫びればいいのだろう。
ルークは細く差し込む光の元を見上げた。あそこから落ちてきたのだとしたら、そこから上に戻るのは難しそうだ。出口を見つけなければならない──なくとも作れる場所をなんとしても見つけなければ。それに水も。水探しは急務だ。食べ物は──見つからなければアレがあるし、とルークは切り落とされて転がる魔物の首を見つめた。魔物の脳髄を啜っても、今は生きなければならないのだ。
地下なのだから、運が良ければ水がしみ出すところなども見つかるかも知れないと思い立ち、ルークは軍服の上着を脱いで丁寧にたたみ、アッシュの頭をそっと持ち上げてその下に押し込んだ。固い地面に直接頭を乗せているよりはましなはずだ。
ダアト軍支給品の皮の水筒は、試しに振ればちゃぷちゃぷと軽い音がする。これでは一日も持たない。
「アッシュ、おれ、水探してくるな」
意識がないのは承知の上でそれでも声をかけ、頬に触れ、未だ血の気を失ったままの青白い顔をじっと見つめた。前髪をかきあげるように額を撫でてから、ルークはよろよろと立ち上がる。打ち身が多いのだろう、あちこちから鈍い痛みが走った。
足は地面に触れると悲鳴を噛み殺すことも出来ないほど酷く痛んだ。砕かれたかと思うほど強い顎の力だったが、或は本当に骨をどうかしたのかも知れない。一番近くの壁に、ほんの数フィートよろめいていくともう息が上がっている。呼吸を整えて再び壁伝いに歩き出した。こういうどこがどうなっているのかわからない迷路は、壁から同じ手を離さないで歩いて行くのが鉄則だ。王太子宮には、数代前に作られた巨大な迷路があり、母に手を引かれ、教えられながら歩いた記憶が今も残っている。
痛みに喘ぎ、みっともなく嗚咽を漏らしながら、行っては戻り、戻っては突き当たってを繰り返す。探索した範囲を広げていくと、二度ほどアッシュのいるスタート地点に戻された。このあたりはルークが踏み抜いた穴のように、天井のあちこちに光の差し込む隙間があり、夜目に慣れた目には比較的明るい空間と言えようが、少し外れると自分の指先すら見えない真の暗闇になる。戻ったついでに肩からシャツの袖を引きちぎり、転がっていた丈夫そうな枝と、剣の手入れ用にアッシュがもっていた油で松明を作り、なおも根気よく探索を続けた。足の痛みはとうに閾値を超えて鈍いしびれを感じるくらいになっていたが、アッシュを守るのだという強い気持ちがなければ、元来諦めの早いルークは早々に膝を抱えてすみっこに蹲っていただろう。日が落ちれば入る光もなくなり、身動きが取れなくなる。まだ明るいうちは、多少の無理もしなければ。
だが、息子のために一生懸命に頑張るものへ、ローレライは救い手を差し伸べずにはいられなかったようだった。ルークはとうとう天井が見えないくらい大きな空間の下に広がる、澄み切った水を湛えた地底湖を見つけた。
「飲めるかな……? 実際飲んでみなくちゃわかんねーよな……」
びくびくしながら手を入れてみると、しびれるほど冷たい水が触れた。両手ですくい取り、恐る恐る口をつける。──甘い。神話に出てくる甘露とはこのことではないかとルークは歓声をあげ、かがみ込んで直接口をつけ、心行くまで喉を潤した。アッシュのために水筒に水を移し、立ち上がると、ふと頬に触れるものがある。気のせいではないかと目を閉じて、しばらくその感触を探り、口元を綻ばせた。
──風だ。