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パラレルAL 14話

頭使わなくても本能で書ける不思議な話だな〜

以下、続きです。
一緒に得して下さって良かったです!

「あの子はもう眠ったの?」
 古い家の階段をきしませる二人分の足音には気付いていたので、アッシュは手にしたジンのグラスをぼんやり眺めたまま顔も上げなかった。
「あなたはまだ未成年ですのに! そんなものを飲むのなら、せめて摘むものを添えなさいな」
「……構わなくていい」
 何もいらないと言ったにも関わらず、ナタリアはてきぱきとピクルスやチーズを切ってつまみの用意を始める。
 シュザンヌがアッシュの隣の椅子を引いて座り、夫の酒の瓶を目の前にかざした。「あらあらずいぶん飲んだのねえ」
「……」
「あの子のこと、何か悩んでいるのね」
「……あいつ、もしかしたら、身代金では国に帰してもらえねえかも知れねえんだ」
 ナタリアが人参やカリフラワーのピクルス、二種類のチーズ、オイル漬けの小魚といったつまみを盛った皿を弟の前においてやり、自分も目の前に座る。
「処刑される可能性も……」
「……どういうことですの。あの可愛らしい子が、身代金では解放出来ないほど我が国に甚大な損害をあたえたとでもおっしゃるの?」
「……」
「ねえ、アッシュ」シュザンヌはテーブルの上のグラスに添えられた息子の大きな手に、自分の手を重ねた。「兵士になって戦争に出かけた息子が生還してくるということ、手柄を立てるということが、相手の国の母親たちにとってどういう意味になるのか、母さんはわかっているつもりよ」
 ゆらゆらと視線の定まらない息子の顔を、シュザンヌは優しく見つめた。母親なのだから、息子があの捕虜の少年に好意を抱いていることくらいわかる。
「あなたがうちのことを考えてくれているのはとても嬉しいわ。人を雇わなくちゃうちの人数では麦の借り入れも難しいし、井戸だってそろそろ修理しなくちゃならないし、ナタリアもそろそろお嫁に行かせなくちゃならないし。だから、あなたが手柄を立てて、恩賞を貰うことはとても誇らしいし、ありがたいことだと思っているの。でも、ねえ、アッシュ。思い出してごらんなさいな? ジェイドが王都に行っている間は、そりゃあ大変だったわ、みんな飢え死にしない程度に食べて行くのが精一杯だったわね。──でも今は、贅沢は出来ないけれどみんななんとかやっているわ」
「そうね。お父さまだけでなく、ジェイドやガイや──アッシュ、あなたたちがわたくしの嫁入り支度のことを気にして下さってるのは存じておりますけど、お嫁になんか行かなくっても、わたくしは全然構わないんですのよ?」
「ナタリア、あなたまで……」
 苦笑する母親に、ナタリアは舌を出してみせた。
「だってあの子の言うとおりなんですもの。ある日いきなり世界が滅んでも、なぜかうちの男たちだけは生き残っていそうな逞しさがありますわ。揃って顔だけはいいですし、これではなかなかわたくしがお嫁に行きたいと思わなくても仕方ないと思いますのよ! アニスはあんなことを言っていましたけど、『女の子の理想の男』と『大人の女の理想の男』もまた違うということをあの子もそろそろ悟るべきですわ」
 シュザンヌは笑い、立ち上がって、母と姉の話に目を見張っている三男を抱きしめた。「あなたの思うようになさい。あなたの本当の心に従いなさい。家のために自分の心を殺してしまうようなことは、決してしては駄目よ、アッシュ」

 一度縋るように母を抱きしめたあと、充血した目を隠すようにアッシュはよろよろと台所を後にした。

「大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ。うちの男たちは決して間違った判断をしません。私はそう信じているの」
 ナタリアは母の様子をちらりと眺め、すぐにベッドに入る様子はなさそうだと判断してお湯を沸かし、お茶の支度を始めた。ガイが試作品だと言って置いていった音機関は、いちいち竃の火を熾さなくても湯を沸かすことが出来る。一つ二つある問題を解決して、これを実用品として売り出すことが出来れば大金持ちになれるとガイは言うので、一家はそれを楽しみにしているところだった。
「あの子が処刑されてしまうというのは、本当ですかしら?」
「さあねえ。確実にそう決まっていることなら、あれほど悩んでいないような気がするけれども。どうなるかわからないから悩んでいるのかも知れないわ。あの子を死なせたくないけれど、恩賞も惜しいのでしょう」
「確かに、お母様もさっきおっしゃっていたけれど、井戸のことは心配ですわ。ガイに頼めば少しは安くあがるかも知れませんけど……」
 二人分のお茶を入れ、手の付けられなかったつまみをお茶請けにしてかじりながら、ナタリアはあーあと天井を見上げた。
「……本当に、あの子をかついできたとか、そんな話なら良かったんですのに……」
 通常のかつぎと違い、攫うように連れてこられた女たちは、必ずしも幸せになるとは限らない。自らの運命を受け入れて前向きに生きていく場合もあるし、馴染めないままにやつれていき、早死にすることもあれば、自ら命を断った例もある。だがルークが本当に女の子だったなら……アッシュを好いているようだったし、こんな運命が幸運だったと思えるなりゆきになったのではないだろうか。
 ナタリアのため息まじりの愚痴を聞き、シュザンヌもそうねえ、と一旦は頷いたのだが、ふと何かに気付いたように首を傾げて呟いた。
「……別に男の子でも構わないのよね」
「ママ!」貴族の家に奉公に出て、言葉遣いも気をつけているはずのナタリアが驚いて素のまま叫んだ。「本気で言っているの?!」
「アッシュがそうしたいのなら、私は構いませんよ? 六人も子どもがいれば、一人くらいは突拍子もないことをして私を驚かせてくれてもいいんじゃないかしら。孫なら他の誰かが見せてくれるでしょう、五人もいるのだし」
「ママは、お母様は……アッシュがあの子を愛しているかもと思っていらっしゃるの? その……そういう意味で」
「さあ……」シュザンヌは首を傾げた。「どうかしら? うちの男の子たちはちょっとわかりにくいものねえ」
 ちょっと呆然としたまま母親を見つめていたナタリアは、ややあって軽く腕を組むと「そうですわね」と頷いた。
「……ちょっと想像してみましたけど、意外に違和感がありませんわね。どうしても男の子ではダメな理由も見当たらないし。少なくともティアとアニスは喜びそうですわ」
 まあ、とシュザンヌは笑い、冗談ですよと首を振った。
「アッシュが隊を抜け出してくるほどですから、きっとキムラスカではかなり高い身分の子なのでしょう。女の子でも男の子でも、ちょっとうちにお嫁に来て欲しいとは言えないわ」
「そういえば、そういうことのはずですけれども……。ちっともそれを嵩にきた様子はないですし。夕食のときだって……」
 シュザンヌと三人の娘たちが久しぶりに帰ってきた息子と客人のために腕を振るった料理を、ルークはどれもこれもおいしいと目を輝かせてたくさん食べた。最初熱い物がうまく食べられず口の中に火傷を負った話を聞き、ナタリアが身分の高い人のお屋敷は厨房と食堂が離れていることが多く、熱い物を熱いまま食べられないのだという話をして、改めてルークが貴族の子なのだと思い出した、それくらい身分差を感じさせない気さくな子だったのだ。
「別に男の子だって構わないと思ったら、急に惜しい気になるのが不思議ですわね。──そうね、わたくしはあの子が気に入りましたから、もう二度と会うことが出来なくても、生きていて欲しいですわ」
「……アッシュも男の子ですから、人並みに手柄を立てて出世したいとも思うでしょうし、私たちからは何にも言えないわ。アッシュに任せましょう。あの子がどんな判断をしても、私は息子の判断が間違っているとは決して思わない」
「……ママ」

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