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パラレルAL 10話

『嫁かつぎ』は日本のあちこちで合った風習だそうですが、私も、最も敬愛する小説家三浦綾子さんの『海嶺』で初めてそんな風習を知って仰天した口です。金払いのいい船乗りに身体を売って結婚の際の持参金を貯める娘の話とか(迎える花婿もあまり気にはしないのだそう)、昔の日本人って──地方によるんでしょうが──庶民はつくづくと性に関しておおらかだったんだなと思います。

今回改めて『嫁かつぎ』でぐぐって見ましたが、あんまり詳しいことは書いてなさそうな感じだったので、ほとんど適当な創作です。

以下、続きです。

「この剣が使えりゃあな……」
 アッシュはため息まじりに暗殺者の剣を放り投げた。あれから五人、十人に数を増やしながら二度の襲撃を受けたが、三度目の襲撃になる今日、ひやりとする局面が何度かあり、アッシュは諦めきれない様子で刃先が青黒い玉虫色に変色している剣を一本一本確かめていた。ルークが数人に囲まれてしまったら、譜銃一丁では対処しきれないこともある。特に傷一つ負うことが出来ない相手なら、なおさらだ。だが塗布された毒の種類もわからず、歯にでも仕込んでいるのか解毒剤らしきものも見つからない今、不用意にこの剣を使うわけにもいかなかった。
「武器屋か鍛冶屋があるくらいの規模の街、この辺りにないかな? 一旦街道へ出て、買い物する?」
 すっかり慣れた様子で、ルークは暗殺者の懐を探っている。王子殿下のくせに──いや、王太子ならば今や国王陛下というべきなのか──いいのかよ、と多少呆れの気持ちがないわけではなかったが、財布を見つけたルークがじゃらじゃらとそれを手の上で弾ませる様子を見て、アッシュは思わず口元を綻ばせた。そんなことをしても、彼がアッシュのように中の金額の予想を立てられていないことなど明白だった。つまりアッシュがやっている仕草を、わけもわからず形だけ真似ているのだ。その無邪気な子どもっぽさのせいか、死人から追いはいでいるというのに不思議とさもしさを感じない。
「アッシュ?」
「──ああ」笑っているアッシュに不思議そうな声がかけられ、アッシュは慌てて顔を引き締めた。「ないわけじゃねえんだが……。この辺りまできちまうと、知り合いもそれなりでな。──ま、いいか」
「この辺。アッシュのうちに近いのか?」
「──ここから半日歩けば隣町に着く。うちの村はそこから少し山寄りだ。王都はさらにその向こうだから、山伝いに回り込むより横切った方が多少早いかも知れねえな」
「それならそうしよう。早く着いた方がいいだろ? おれ、自分から身分を触れ回ったりしねーし」
 それを聞いて、アッシュは初めて自分が王都に早く着きたいとは思っていないことに気がついた。
 今はもう、キムラスカの貴族を捕虜として突き出して恩賞を貰えればいいと能天気に考えていた初めのころとは状況が変わっている。命を狙われているルークを連れて歩くのは、己の命を危険に晒すことでもあった。──それでも、なんだかこの二人旅が楽しく思えてしまうのは……ルークに好意を持っているせいだ。彼は身分差を意識させない、気持ちのよい少年だった。
「そう──だな。確かに……剣はどうしても必要だ」
 結局、己はルークをどうしたいのか。答えが見つからないまま、アッシュはただため息をつく。

「おや? アッシュではありませんか」

 街道に降りてしばらく歩き、広大な田園地帯を抜けて街に入ってすぐの店先で、突然声がかけられた。
「ジェイド? なんでここに?」
「往診ですよ。──二次出兵の兵もそろそろ帰還するという噂でしたが、早かったですね。ん? そちらはキムラスカの方ですか?」
「一番上の兄貴でジェイド、医者なんだ」
 キムラスカの軍服を着たルークを見て問うような眼差しを向ける男を一瞥して、アッシュはルークに向けて短く説明した。ああ、というようにルークは破顔した。
「初「あなたまで『かついで』きたんですか?」」
 初めましてと自己紹介をしようとしたルークと同時に、アッシュの兄と言う男が驚いたような声をあげる。

「ああ? 何言ってやがる、よく見ろ! 男じゃねえか!」
「──そうでしたか、これは失礼。ならば……」
「捕虜だ。王都に行く途中なんだ」
「そうですか。失礼、ジェイドです。愚弟がご迷惑おかけしますね」
「おれはルーク・イル。いや、むしろおれの方が迷惑かけちまってて」
 繋がれてもいない捕虜に首を傾げる長兄に、なにも聞くなというように首を振ってから、ふと気付いたように首を傾げた。
「『あなたまで』?」
「ああ、一次出兵から帰ってきたバダックとサフィールがそれぞれかついで戻ったので、一時話題になったんですよ〜」彼は弟に向かってそう言い、ルークに笑いかけた。「狭い土地柄ですから、すぐ村中に広まるんです」
「サフィールはともかく、バダックのオッサンは何考えてんだ……!」
 天を仰いだあと、アッシュは頭痛を堪えるように額に手を当てた。
「泣き暮らしていたのも一、二週間で、今ではそれなりに仲良く暮らしているようですよ? ──ところで」
 ジェイドが急に真顔になったのでアッシュが表情を改めて向き直ると、ジェイドは眼鏡を押し上げて言った。
「戦域の拡大に伴って魔物が移動していましてね。人里に被害が出るようになったので、お父さんを含め村の男のほとんどが魔物狩りに山に入っています。うちが少し心配なので出来れば通りすがりに様子を見ていってくれると私も安心なんですが。私はこの先の街まで往診に行かなければならないので……」
「わかった、寄ってくよ」
「任せましたよ」
 ジェイドは頷いてからルークににっこり笑いかけた。「ウサギ小屋ですけど、お国に戻られたとき話の種にはなると思いますよ。ぜひゆっくりして行って下さい」
「……?? ありがとうございます」
 笑顔で如才なく頷きながら、疑問符をいっぱい浮かべたルークの様子をみて、アッシュは肩をすくめた。

 アッシュの兄、ジェイドと別れて鍛冶屋へ向かいながら、ルークは早速アッシュを質問攻めにした。
「……ウサギと一緒に住んでんの??」
 途端にアッシュが吹き出し、ルークは口を尖らせる。
「狭い家って意味の隠語だよ。ま、お前んちにくらべりゃどこだってウサギ小屋だろうが」
 ウサギの暮らす小屋がどのくらいの大きさなのかわからなかったので、ルークはふうんと曖昧に頷いた。
「ジェイドは、何を担いできたって聞いたんだ?」
「お前をな」
「おれ? 自分で歩いて来たぜ?」
 わけがわからずにアッシュを見上げると、アッシュも拳二つぶんを見下ろしてふいに納得したような顔をした。

「そうか、上つ方々にゃかつぎなんてねえのか」
「……かつぎ」
 長い軟禁生活の間に本はたくさん読んだけれど、そんな言葉は聞いたことがない。
「この辺りの領主、トリトハイム様は収穫高で税率を変えてくれるから、かなりマシな領主なんだ。だが、男が実家を出て、嫁を迎えて所帯を持つ金を貯めるにはやっぱり時間がかかる。大体三十くらいで所帯が持てりゃいい方で、人によっては四、五十になったりもする」
 ルークの周囲では生まれたときにはすでに結婚相手が決まっていることも多く、総じて早婚だ。四十などになれば、孫のいるものも少なくない。
「女の親だって、端金じゃ娘を手放さねえ。だからどうしても女の親を納得させられる金が貯まらない場合、深夜に女の家を襲って攫うんだよ。これをかつぎ、って言うんだ」
「へえ」ルークは思わず目を見張った。「親を殺して娘を奪うのか? 結婚に反対する親が少なくなったりしねえ?」
「ああ、勘違いすんな、親の隙を突いてかっ攫うだけだ。これには色々手順があったり、いろんな人の手を借りる必要があるんだ。女の友人が手引きすることも多いな。首尾よく成功した場合、女の親は男の度量、人望、甲斐性をそれで量ってつべこべ言わずに認めるのが習わしなんだ。基本的には分からず屋の両親を黙らせるために男女双方で画策する駆け落ちみたいなもんだな」
「へえ……」
 ルークはほとんど感心して頷いた。深夜、美しい花嫁を背負ってひた走る男の姿がふと脳裏に浮かぶ。ルークの想像の中で、二人は幸せそうに笑っている。
「だがまあ……あくまでそれが一般的ってことで、無理矢理かついでいくケースもないわけじゃないぜ? 今回、兄貴の友達がかついできたってのは、要は……キムラスカから女を攫ってきたってことで、一般的なかつぎじゃねえ。……まあ、欲求の吐き捨てに利用すんじゃなくて嫁にするつもりで連れ帰ってきたってことで、シャレでその言葉を使ってんだ。今回は最初はともかく仲良くやってるって言ってたし、結果的にはいい縁になったが、これが人妻だったり約束した男がいたりしたら目も当てられないことになったりする」
 ルークは頷いた。「貴族の結婚では、親はともかく当人同士の合意がある方が珍しいことだからな。中にはそういう不幸なケースもある。珍しい話じゃない」
 そんな話よりも、アッシュが自分を『かついだ』と、一瞬でもジェイドを勘違いさせたという事実の方が、ルークをはるかに動揺させる。

 さっきふと脳裏に浮かんだ男女の姿が、想像の中でなぜかアッシュと自分に置き換わった。

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