闘犬アッシュ3
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闘犬アッシュ、ちらちらと反応いただけてすごく嬉しいです。張り切ってしまうし、初Hに向けて滾ります( ´艸`)ムププ
Voiceの方は、今回次話のラスト部分で切りたかったのですが、そうすると他のページに比べて文字数が大幅に増える(バニシングよりも)ので、途中で無理矢理切りました。なので次話をもう少し書き足さないとならず、またまた数日間が空くかもしれません。
次の16話、17話で暴力、流血表現がありますが、戦いがメインの話でもなくあまりリアルでもないので、サイトトップの注意書きの範囲内として別ページを作ったりはしませんが、「軽い暴力表現」ではないと思われた場合は遠慮なくおっしゃって下さい。
とうとう三日分の花代を取られてしまったぞ、とヴァンはぼやいた。「もう少し加減してやれ。……と言ってもお前には無理なのか?」
アッシュがヴァンの横、後部座席に大きな身体をかがめて乗り込むやいなや、ヴァンが横目でねめつけながら文句を言ってきた。とはいえ、どことなく笑みのようなものも含んでいて、本気で諌める気などないのが丸わかりだった。悪趣味なヴァンは、娼館の主が『花』たちがいかに使い物にならなくされたか、この辺り一帯を取り仕切る巨大マフィアのボスに汗みずくで説明するのをどこかで楽しんでいるのだ。
「……お前一人で散歩に出たときから、少しおかしいようだな」
ヴァンはぼんやりと外を見ているアッシュに、己に無断で連れ出されたときのことを皮肉ったが、返事を期待しているわけではなかった。案の定、アッシュは視線の一つもよこさず窓の外をぼんやりと見ている。だからといって、彼の興味を引くものがそこにあるわけでもない。長い付き合いになるが、彼が何を思い、何に魅かれ、また何を欲するのか、ヴァンは未だわからずにいた。かつてそれを知ろうと努力したものもいたが、その人が去って後はアッシュを理解しようとするものは誰もいなくなった。ヴァンは元より面倒なことが嫌いだ。
ただ、先代のときと違って、ヴァンはアッシュを閉じ込めたりなどしていない。その気さえあればいつでも好きな時に好きな所へ出かけることが出来るのに、彼はまるで世界から己を隔離するかのように地下牢に閉じこもり、すべてのものから遮断された空間で己ただ一人と向き合っているのだった。
ヴァン・グランツはグランコクマで最も大きな組織の四代目になる。三代目までは多くの組織と何番手か争いをせこせこ繰り広げていた、老舗だが小さな組織にすぎなかった。それをトップにまで押し上げたのはヴァン自身の力であるし、先代がずっと飼っていたアッシュのような「犬」たちはともかくとして、多くの優秀な頭脳も集結させるに足る人間的な魅力も持っている。だが、この男の最も危険なところは、「面子にこだわらない」というところだった。こんなボスは、グランコクマに他にいない。
先週、組織の末端にいる者たちが、くすねた薬の取引を行って私腹を肥やそうとし、第三の勢力によって全滅させられる、という出来事があった。二ヶ月前に、ヴァンはど田舎のホドからのこのこと旗揚げしてきた新興組織の取引を、相手方を取り込むことで一つ潰したのだが、おそらくはその報復だろう。
麻薬の取引はしないなどと青臭いことを言うつもりはないが、違法であるだけに慎重に行わねばならない。司法局にある程度の金や情報を流すことによって目こぼしを買っている他のビジネスに悪影響があってもつまらないし、上がりは良くてもなにかと面倒を呼び寄せやすい麻薬にはあまり手出しをしたくないというのが本音だった。そんなことをせずとも、正当な金を生み出すビジネスは他にもたくさんある。上の者の目を盗んで薬を流すような愚か者は惜しい人材でもないため、ヴァンは躾に失敗した犬を見るような苦笑気味の目でその新興組織を見ていた。
いかにピンハネを企んだ裏切り者だろうが、グランツファミリーの者であるからには報復の必要があるという意見をヴァンは一蹴した。しばらくは、田舎者が都会で暴れ回るのを静観するつもりだ。グランコクマに数多ある組織のほとんどから目を付けられているのだ。わざわざ自分が手を下さなくとも、それらのどこかを巻き込んで共倒れになってくれたら後の面倒が減るのにと、期待する気持ちも少しはあった。
ヴァンは勝手な真似をした末端の部下の報復には、なんの旨味もないと判断したのである。
アッシュは先代とヴァンにしか首輪を触れさせないのだから、「グランツの狂犬」が控えているという威嚇にしか使えはしなかったろうが、用心のためにアッシュを連れ出した度胸だけはたいしたものだと感心してはいた。むろん、彼らが生きていれば、見せしめのためにも裏切りの制裁を行っただろうが、相手はすでに死人だ。
奪われた麻薬もヴァンから見れば端金しかならない量、さして惜しいとは思わなかった。死体の始末に払った金の方が大きかったくらいだ。さらに新たな血を流し、司法局に金を積むことほど馬鹿馬鹿しいことはない。
「ピアノ」ふいにアッシュが呟いた。「ずっと昔に、ピアノを弾いたことがあるのを思い出したんだ」
一瞬だけ、車中に沈黙が降りたが、ヴァンはすぐにそれがさっきの問いの答えだということに気付いた。バックミラー越しに驚愕している部下と目が合い、アッシュが問いに返事を返すことがどれほど「無い」ことか思い出す。
「ピアノ……か。もしかしたら、お前は思っていたより良いところの出なのかも知れんな。こいつらに比べると、高貴な顔立ちと言えなくもないし」
思わずというように吹き出した、運転席と助手席の部下を綺麗に無視して、ヴァンは興味深げなまなざしをアッシュに向けた。
アッシュが先代に引き取られたのはヴァンがじきに二十歳を越えたばかりのまだ大学生のころで、もう十年以上前になる。アッシュはそのころ十四、五くらいに見えたが、栄養状態を考えればもう少し上であったかもしれないし、当時から大柄だったと考えれば下であったかもしれない。町中や公園、海辺のゴミを拾い集めて小銭を稼ぎ、真昼でも危険な界隈で暮らす老婆が彼の保護者だった。アッシュは同じようなことをして養母を手伝っていた。そのようなことをして暮らす浮浪者の中にもそれぞれテリトリーがあるのだが、老婆の元に引き取られたばかりのころはそれがわからず、他人のテリトリーを侵しては小突き回されていたという。身体が大きくなるに従ってやり返すことを憶えたらしく、先代が彼を見いだしたころにはすでにいっぱしの腕になっていたという。
その火のような闘争心と身体能力は、先代が彼を著名な武道家に預けてからさらに磨かれることになった。ヴァンも同門で昔から鍛錬してきたが、あれよあれよという間に追い抜かされた。悔しさをあまり感じなかったのは、彼はアッシュと違ってそれだけに賭けてはいられなかったからだ。
アッシュは次期に少年期を脱しようという年頃で、先代が他の犬たちに施したような堅固な躾が出来なかった。先代はその凶器が己に向けられることがないよう鋼鉄の首輪で繰り返しアッシュに暗示をかけ、その自我を殺してきたが、ヴァンは先代とは正反対の哲学を持っている。完全に自我の無い無機物ならば良い。だが、人の心を完全に操るのは不可能だ。恐怖、痛み、あるいは薬や暗示で主人の意図しない行動を取るかもしれない凶器を信じられるはずがない。
檻の中で飼い、躾をして慣らされた犬のようにアッシュを扱っていた先代とは扱いが違うのはそういうわけだった。犬は犬の強さしか持たない。だがヴァンが欲するのは、犬の強靭さと人のしたたかさを併せ持つ人材なのである。
「ピアノを弾きたいか? 買ってやろうか?」
からかうようにヴァンが問うと、アッシュは珍しく何か考え込むようなそぶりをみせ、結局首を振った。「弾いているのを見ているのが好きみたいだ」
自分で弾くことには興味がないと言いたいらしいが、ヴァンはその台詞にふと興味を抱いた。「お前が何かを好きだなどと言い出すのは珍しいな。廃ホテルでピアノを弾いてくれたという少年がそれほど気に入ったのか?」
「うん。楽しそうで、きらきらして、すごく綺麗なんだ。ルークのピアノを聴けば、ヴァンも好きになる」
「見境のない犬め」ヴァンはとうとう笑い出した。「到底お前の口から出て来る言葉とは思えんな。だがその結果が娼館での暴走となるとちょっと笑えないぞ」
ヴァンも聡い。笑えない、と言いながらも、花代が三日分に増えた理由を薄々悟って哄笑した。残念だが──その少年には幸いというべきか──名門校に通うような良家の子弟とアッシュが今後出会うことなどないだろう。相手が同じ世界のものならば交尾させてみるのも面白いだろうが、ヴァンは「真っ当なマフィア」として堅気のものと関わる気などない。
「……精力が有り余っているのなら、もっと発散できる場所に連れて行ってやろうか?」
下らないことで壊されでもしたらつまらないと、誘いは多くあったものの断り続けていた場所に、ふと連れて行ってみようかという気になったのは、ヴァンが普段他人に抱くことのない同情心のようなものだったのかも知れなかった。