ベル・カント
ルークの日を忘れていました〜><
憶えてたらなんか……できたかな?? できなかった可能性のが高いから忘れててもよかったのかな? 一応9日に更新はできましたが……
長い間読みたいなと思っていた『ベル・カント』ようやく読めました。数年前に一度借りて、期間内に読めずに返したものでしたが、通勤用に借り、読み始めたら面白くて一気でした。
フィクションですが、’96のペルーで起きた日本大使公邸占拠事件にモチーフを得て書かれています。
南米のとある小国、副大統領官邸にて、工場誘致の資金援助を願うために、日本の大手企業社長の誕生パーティが開かれていました。
仕事人間で、唯一の趣味がオペラという社長は、工場誘致にもパーティにも興味ないのですが、そのパーティに敬愛する世界的プリマドンナが招かれることになり、その歌を直に聞きたいという想いだけで出かけたのです。
大統領も参加予定だったんですが、「えー」という理由で急遽不参加になります。そのせいで、大統領拉致を目的に官邸を占拠したテロリストたちが身動きできなくなり、パーティに参加したセレブたちが人質にされるのです。
その国には大手のテロ集団が二つあり、幸いにも過激派のほうではなかったため、女性、子ども、単なる労働者(メイドとかコックとかボーイとか)は口減らしのため早々に解放されるのですが、プリマドンナは大物のため、解放されませんでした。
国家として、テロリストの要求をのむわけにもいかないし、相手が穏健派の組織、ということに多少甘えもあったのか、幽閉生活は四ヶ月以上におよびます。四ヶ月は、人々の関係が変化するのに十分な時間ですよね。
プリマドンナの歌を中心に、少しずつ人々の生活が変わります。
プリマドンナは自分のなにもかもを理解している穏やかな日本人社長に惹かれはじめ、社長の通訳を務める青年は、頭がいいのに貧しくて学ぶ機会を奪われてきた美しいテロリストの少女にスペイン語を教えながら愛情を深めていきます。
また、プリマドンナの歌に惹かれ、自分の中の歌いたい気持ちを押し隠せなくなったテロリストの少年を、プリマドンナは今世紀最大の天才と見いだし、レッスンを付けるようになります。
家事はメイドまかせだった副大統領は、自分の官邸を人質たちのために快適に保とうと走り回るうち、自分が自分の家の中のことすら知らなかったことに気付く。そしてまだ小さいからアシスタントに回されることの多い一途で気の利く少年テロリストを息子のように愛し、本人の了承を得て、解放されたら養子に迎える約束をします。激しい愛妻家のフランス大使は全員の食事作りに夢中になり、社長の部下はプリマドンナの専属ピアニストよりも才能あるピアニストであることを見いだされます。
時間に追われ、お金と名誉ばかり求め続けた人質たちは、はじめて時間に追われない生活に安らぎをおぼえ始め、貧しいテロリストたちは知的な大人たちと接して、少しずつ広く豊かな(知的に)世界を知って行ったのです。肌荒れの酷かった少年テロリストの肌が、数ヶ月の間に綺麗になったというような記述がさらっとあるのですが、単に栄養状態が良くなったというだけでなく、彼がこれまでの人生で最も精神的に安定した生活を送っているという暗示でもあります。当代最高の歌姫の歌を毎日贅沢に聞いてるわけですし。(これがもっとも贅沢なことであるというのは、テロリスト、人質、双方が自覚しています)
それ一つとっても、両者の心が寄り添っていったのがストックホルム症候群などではなく、テロリストと人質という関係ながら、人と人との真摯な触れ合いであることがわかるのです。
官邸内で起こった小さな事件を切っ掛けに、人質たちは庭で体力作りをすることも許され、少年たちとセレブでサッカーの試合をやったり、なんだかほのぼのと牧歌的な時間が流れて行くのですが──
以下、ネタバレなので、畳みます。
テロリストが人質をとって、要求を出した時点でそれは犯罪ですし、いつまでもこんな生活が続くわけありません。
ただ、テロリストたちが穏健派であることもあり、こんな鬱な終幕になるとは思ってもみませんでした。
ええ、かなり鬱展開です。
唯一官邸に出入りを許され、国との交渉を続けたにわかネゴシエーターが無能と判断されクビになるまえに、官邸内の変化をどれだけ伝えることができていたのか、あるいはまるきり無視されたのか。
人質たちを真に傷つけ、絶望せしめ、慟哭させたのはテロリストではありませんでした。正直、私が人質なら、一人一人人質が殺害されるような過激派の手を逃れて救出された場合より、立ち直るのに時間がかかると思います。
最後は互いに愛するものを失ったもの同士の結婚式で終わります。一見、ハピエンですし、フランス大使も二人は愛し合ってる、と認めてますし、真実そうとも言えるのでしょうが……。
長い年月の先に違う関係になれるかもしれませんが、ある日突然違う次元に迷い込んでしまったみたいな、すごい気持ち悪さを感じます。
それを含めて、著者のすごみを感じましたが……。
主人も話を聞いて興味を持ち、昨日一日で呼んだのですが、感想は「面白い。……でも鬱だー」でした。
後味の悪い小説=駄作ということはありえず、しばしば傑作もあるのですが(『アルジャーノンに花束を』とか『沈黙』とか。こういうネタになると必ずあげますが、これ系ではこれ以上のものにまだ出会っていないので)『ベル・カント』もカッコ内には匹敵しないにしても、近いものがあると思います。
そういえば、アシュルク小説でもすごい鬱になったけど好きなのあります。(死にネタとかではなく)
日記を拝見したところ、もしかしたら、苦情らしきコメントを受けられたのかな??という記述があり「これでいいのに……」と思ったことを思い出しました。ハッピーエンドにするための続編はいらない、と。
……ということを書いてて思ったのですが、これはむしろ、最後の結婚式のシーンこそが、もっとも私を鬱にさせたような気がします。