パラレルALその後:::01:::
明日は……っていうか今日か、仕事のあと忘年会です。
土曜は早起きして市場に行き、お節のための買い物をしなければならないのですが、そのあとあまりに人数が足りないため(イブですもんね)午前中だけバイト手伝うことになってるのでちょっとあんまり飲めないのが悲しい。
以下、パラレル続編の前編です。1話に纏めたかったけど、無理だったー
この話、書くのにほんと時間かからないです。確かに1話分が短いんですが。
親愛なるルークへ
この間は、突然大勢で押し掛けたのにも関わらず過分なもてなしをありがとう。
アッシュというやつは女の子よりお金が大好きな寂しいしみったれ野郎(ごめん)だってみんな思ってたのに、急に実家からぱりっとしたかっこいいシャツが届くようになったり、短い休暇は旅費を惜しんで帰省しなかったのにそわそわ帰るようになったりとあからさまに様子がおかしくてね。しつこく問いつめると「嫁を貰った」だろ。
詳しく聞こうとするとアッシュは照れてしまって口を割らないから、実際に君に会って、その人となりを知ることが出来て嬉しかったよ。君は綺麗だし、努力家で、正直、アッシュにはちょっともったいないお嫁さんだと思うけど。料理もお菓子もこれまでやったことがないって信じられないくらいおいしかった。
帰り道は阿鼻叫喚の死屍累々だったけどね。けちんぼ野郎のアッシュが一番最初に美人でお洒落で料理上手で働き者の嫁さんを貰ったんだから、僕らのショックは計り知れないほど大きかったんだよ!
さて。
君はなんでアッシュの同僚の一人から手紙を貰うことになったのだろうと、きっと不審に思ってるよね。実はこの手紙は僕、ライナーが、みんなの意見を纏めながら代表で書いてるんだ。横恋慕のラブレターではないから、安心してください(笑)
これから書くことは、アッシュが君に内緒にしておこうとしてることなんだ。そんなわけで、アッシュは僕らが君にこんな手紙を書いたことを知らないから、君も黙っていてくれると嬉しいな。
僕らは君に知らせるべきだって何度も言ったんだけどね。でもアッシュは離れて暮らしてる君に心配かけたくないっていうんだ。……正直、その気持ちもわからなくはないんだけどね……。だけど、そろそろ何がしかの手を打たなければ、アッシュ一人では対処仕切れなくなるんじゃないかというのが僕らの共通意見なんだ……
ルークはアッシュの同僚の一人から送られた手紙を三度は繰り返して読み、手紙を丁寧にたたんで封筒に戻すと部屋の隅の古いドレッサーに向かって座った。これは、村人たちが結婚祝いのときに用意してくれた、『古いもの』『新しいもの』『借りたもの』『青いもの』のうち『古いもの』として貰ったものだ。古いといっても良く磨かれて大切に使われていたもので、華美な装飾もあまり多くなく、新妻といえど男のルークの持ち物としてもあまり浮きすぎない。ヒゲのほとんど生えないルークには正直無用の長物なのだが、これがあるだけでガラクタだらけのアッシュの部屋が新婚夫婦の部屋に様変わりしたような気がして、ルークは密かに気に入っている。女性と違って、そう何度も覗き込むものでもないのだが……。ルークのヒゲは時折数本が決まった場所に生えるのみで、顔を洗っているときに手のひらに引っかかって伸びてきたのに気付く。そんなときは手鏡で顔を映し、ちょんちょんと抜いておしまいなので、ほとんどそれ以外で鏡を見ることがない。掃除と手入れは行き届いていたが、実のところ、この鏡をまともに覗き込むのは結婚式以来だった。
ルークはぐっと顔を鏡に近づけて、真剣に己の顔をチェックした。一度涙が出るほどティアに怒られてからは、きちんと帽子を被ったり手袋をするようになった。シュザンヌの友人から分けてもらっている手作りの化粧水やクリームで毎晩時間をかけてきっちり手入れをし美白に励んだおかげで、日焼けで荒れた肌は元のようにしっとりと滑らかなバラ色に戻りつつある。いや、むしろ肌や髪の色艶は王太子宮で高価な化粧品や洗髪剤で磨かれていたころより良いような気さえする。毎日があまりに充実しているせいかも知れない。ここでは、1日が終わるのがとても早く感じられるのだ。
ルークは更に髪を下ろしてみたり、上げてみたりして、左の横顔、右の横顔とチェックし、手紙を置いて部屋を出た。
「あらルーク。ちょうど呼びに行こうと思っていたの。お菓子焼けたから、お茶にしましょう」
「ライナーはなんて言ってきたんですの?」
ちょうど三時のお茶の時間になったところで手紙が届いたため、全員手を休めてテーブルに着き、ルークを注視した。
「うん」ルークは椅子を引いてクリムゾンの横に座り、まだ湯気を立てているガレットのバターの香りを嬉しそうに吸い込んだ。「アッシュに縁談が殺到してるって」
ぶっ!
「パパ!」「父さん!」
クリムゾンがお茶を噴き、正面から被害を受けたアニスとティアが悲鳴をあげる。
「お前がいるのに、あいつは何をしているんだ!」
「そ……そうですわ! 何考えてますの!」
「あら〜あらあら……まああ……」
「あっ、いや、誤解しないで? アッシュは断ってくれてるんだ、もう嫁がいるって。ただ……ほら。近衛の人は普通結婚したら奥さんを王都に呼んで、城門の中に家を借りて一緒に住むのが普通なんだって。だけどアッシュは奥さんを呼び寄せないし、宿舎を出る様子もないし。実家が農家で、人手が足りないから置いて来てるって説明しても、なんか怪しい、それなら結婚証明書を見せろって人もいるらしい。……だけどそれはちょっと無理だし……」
村にある唯一の教会の老司祭は快く結婚式を執り行ってくれたけれど、さすがにそれは難しい。男同士で結婚することは出来ないと言う法律もないのでごねればもしかして結婚証明書を出してくれるかもしれないが、そもそもルークの戸籍自体がこの国にはないうえ、故郷ではすでに死人という扱いなのだった。
「えーっ?!」アニスが理解出来ないというように叫んだ。「なんでアッシュ兄ちゃんなんかが急にモテ始めちゃったワケ? 結婚して男の色気が増したとか??」
「何を言うんです、アニス」シュザンヌがさすがに苦笑して嗜めた。
「でも、本当に、急に何故だ? ついこの間まではそんな話聞いたこともなかったのに」
「近衛へ異動したせいだよ。ライナーが言うのに、アッシュは結構陛下に気に入ってもらってるんだって。おれの弟が構っちまったせいで、不必要に目を引いちゃったみたい。従騎士になって、更に騎士に、って出世コースが見えてきたから、今同じくらいの地位にいるやつらが、アッシュがあまり出世しないうちに青田買いして娘さんをあてがっておこうって考えるらしいな。断ってもさりげない出会いを仕組まれたりしてるみたいだし、そうなるともう、娘さんの方がのぼせ上がっちまうんだって」そこで言葉を切ったルークは、ガレットを口元まで運んだところで愛する人を思い浮かべて、頬を薄紅に染めた。「まあ……アッシュはすごく腕が立つし、逞しくて顔もカッコ良くて、性格もいいし……。何でも出来て、頼りがいあるしさ。好きにならない人なんているわけがないよ」
「まあ、ルーク……」
「お前という子は……」
シュザンヌがこの新しい息子が可愛くて仕方ないというように微笑み、クリムゾンが絶句する中で、しかし小姑たちは憤然と怒りの声を上げた。
「そんな暢気なことをおっしゃらないで!」
「そうよ、アッシュ兄さんもひどいわ! ルークに勝てる女の子なんているわけないのに、どうしてさっさと強く断らないのよ?!」
「そうだよぅ! あーっもう腹立つなぁっ! そうだ、ティア! あたしたちで牽制に行こうよ! それで兄嫁がどんなに美人で働き者で兄ちゃんのこと大好きで仲が良いか、アピールしてこよう!」
「そういうことでしたら、わたくしも一口乗りますわ!」
「ちょ、お前たち……」
「まあまあ、楽しそうねえ。ついでに観光もしてらっしゃいと言いたいところだけど、あなたたちが全員王都に上って兄に会うのに、新妻のルークがいないのじゃ逆に不自然じゃないかしら」
「はうっ」
「そ、そう言えばそうですわね……」
ルークはあっけにとられて義姉妹たちを眺め、ややあって嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。
「ありがとう、みんな。色々思うところはあるだろうけど、ここはアッシュののらくら対応で正解だ。こういうのは頭ごなしに断っちゃ駄目なんだ。足を引っ張る隙を与えちゃいけない。娘の婿にと思うからこそアッシュによくしてくれるのであって、そうでなくなれば彼らは簡単にライバルに変わる……」ルークは鼻息の荒い義姉妹たちに感謝しつつも嗜めるように言ったが、すぐにいたずらっ子のような笑みを閃かせた。「だけどさ、証明することが出来なくたってアッシュはおれと結婚してるんだし、おれは夫を譲る気も誰かと共有する気もない。だからおれ自身が証明に行くのが筋だろう。おれがアッシュの妻なんだって!」
狭い食堂がしん……と静まり返った。
「──な。何をおっしゃっているの。あなたが王都へ行くなんて……」
「だ、だめ。駄目よ! 駄目駄目、絶対ダメ! もしも正体がバレたらどうするの?!」
「な、何もお前がそんな危険を冒さずとも」
「そ、そうだよ! ルークはたまに男らしすぎるよ! きっとアッシュ兄ちゃんがなんとかしてくれるって!」
「でも……うちの男の子たちは、そういうことに関してはあんまり要領がいいとは言えないわ……」
さすがは母親というべきか、シュザンヌが最後にぼそりと指摘したことに、全員がうっ……と口を噤んだ。
「そもそもダアトにはおれの王太子としての顔知ってる奴なんていないじゃん。そりゃキムラスカには多少いるけど、絶対にわかるわけないよ。それに正式に和平同盟が結ばれたんだし、万が一正体がバレたところで、もう捕まることも、処刑されるってこともあり得ないから」
ルークがまだ王太子の身分であったなら、その身柄を手に入れることで、キムラスカの領土に色気を出さないとも限らないが、ルークはすでにキムラスカで国葬も出されているのだ。そんな死人がフレイルに何か影響を与えると思うほど、ここの国王も愚かではないだろう。なんといっても、アッシュがそれなりに好いている王なのだし。
「た、確かに……。命の危険はもうないかも知れんが……。だがアッシュに一度連絡を取って王都の様子を聞いてみてからでも遅くはないんじゃないか?」
「そしたらライナーたちが手紙をくれたのバレちまう。要はおれがおれだってバレなきゃいいんだろ。──大丈夫。ティア、アニス。二人に頼みがある。シュザンヌとナタリアは、化粧道具一式貸してくれる?」