闘犬アッシュ41
大苦戦……>< だってまとめなきゃいけないのに前の部分が読み返せないんですもん。直前の2、3話くらいは読み返せるけど、それ以前の部分がどうしても……! ルークは両親のことなんて呼んでましたっけ。アッシュ同様に「パパ」或は「父ちゃん」? 憶えてないので、若者らしく粋がって「親父」にしました。(2015.05.08 「父ちゃん」が統一感がありそうなので、変更しました)
それからすみません、頑張ったけど、あと1話じゃ無理っぽいです。2話になります。いらないかな、と思ったけど、ダニー・ザ・ドッグにもダニーの準礼装シーンあったので、コンクールのシーンは無理矢理ねじ込みます。最後はエピローグで数年後の話。で、2話です。ごめんなさい。もう少々おつきあい下さい。
話は変わりますが、1987年に、第98回芥川賞を受賞した「長男の出家」という本があります。当時伯母に「読め!」と言われて無理矢理押し付けられたのですが、とても面白くて。母がすぐに本屋に走って蔵書用にゲットしたのを、進学で家を出るとき私が持ち出しました。以後20年以上、勝手に自分の蔵書印押して持ち歩いております。
長男が生まれた年に禅寺で座禅を始めた元ピッピーの主人公。息子が小学校に上がり、落ち着きを無くして学校から注意を受けるようになって、住職(尼僧)の勧めで彼を座禅に連れていくようになります。息子はなぜかおとなしく毎週かかさず付いてくる。最初はマックやら蕎麦やらを行く途中で食べさせてもらえるからかと思っていたけれど、どうやら様子がおかしい……。そしていつしか、「お坊さんになりたい」と言い始めるのです。
それを境に、夫婦の間が、親子の間が、さまざまに揺らぐようになります。住職の命によって、主人公家族は長男と会うことも口を聞くことも出来なくなり(当分の間、修行の妨げにならないように)週に一度くらいは家に帰ってくるものと思っていた妻と主人公はぎくしゃくし始める……
当時、「現代の子捨て物語」と評された本です。
毎年とは言いませんが、数年に一度は読み返しています。昨日ふと思い立って読み返し、「ぼろぼろだし、文庫とか出てないかな」と調べてみました。長野まゆみレベルに薄い本なんですが、ハードカバーはそれなりの場所取りますし。
そしたら文庫は確かに出てたんですが、一昨年後日譚付きの新装版が出ています……! ソフトカバーなので、文庫よりは場所とりますけど読みたいのでさっそくポチっと。出家した息子の話か、兄が出家した妹の話が読みたいです。お父さんの葛藤じゃないものだといいんですが!
数ヶ月の入院生活を終え、ようやく帰って来た懐かしの我が家は、思った以上に片付き、磨き上げられていた。キッチンを使うものが料理しやすく物の位置を変えていたり、見慣れない日常使いのマグカップなど物が増えていたりするのに気付くと、まるでよその新婚家庭に迷い込んだような居心地の悪さや照れくささも感じるが、「きちんとした生活をしていたんだな」と褒めると、ルークは照れているような、それでいてバツが悪そうな、奇妙な表情を見せた。
リビングに入ると、ルークはすぐにテレビの電源を入れた。内容に耳を傾けているでもなく、持ち帰った荷物を片付けようとリビングを出たり入ったりうろうろしている様子を見ると、何か気になる番組があるわけでもないらしい。寂しかったのだな、と思うと、愛おしさと不憫さがこみ上げた。
「ルーク」
「ん。ちょっと待って。コーヒー淹れてくる」
「ああ、私が、」
「大丈夫。伯父さんは休んでて」
声をかけると同時に、ルークは逃げるようにキッチンへ姿を消した。
インゴベルトは深くソファに腰掛け、大きく息を吐いた。色々怖い思いもしたのだろうが、げっそりと身体から肉が落ちてしまったのはマフィアに命を狙われたからではなく、コンクールの本選が迫っているからでもないだろう。
退院の今日、病室まで来る勇気がなかったのか、ロビーの片隅で所在なげに立っているのを、看護士が教えてくれた。まだ機嫌を損ねていると思い消沈していたインゴベルトは、気まずい思いをまだ払拭出来ていないにも関わらず来てくれたことが嬉しくて──そんな甥が可愛くてならなかった。
必要以上に時間をかけて、ルークはコーヒーを運んで来た。ソーサー付きのものではなく、大きめのマグカップにたっぷりとがこの家のコーヒーだ。ブラウニーが二切れ乗った小さな皿もある。それを切るささやかな時間を、ルークは稼ごうとしたのかもしれない。
ルークはもたもたとカップと皿を置き、置き場をいじってみたり不必要な動きを繰り返してから、ようやくしぶしぶと向かいに座った。
「これはうまいな。どこのだい?」
「あ……最寄り駅の近くにあるって、買って来てくれた……その、」
また何か言われるのが怖いのか、ルークがほんの僅か身を縮め、名さえ出せずに口ごもる。
「『あのこと』だがね、ルーク」インゴベルトはカップを置いて、こっそりと息を吸った。「……私は、あの子の死亡届を出そうと思う」
「えっ?」
思わず顔を上げたルークの視線はわずかにインゴベルトを逸れているだけでなく、狼狽えたように落ち着き無くきょろきょろと動いた。「ど──どうして? だって……」
「実はね、一昨日アッシュが訪ねてきてくれたんだ。お前をとんでもないことに巻き込んですまないと、謝りにね。お前が何にも話してくれていないと言うと、私に心配をかけないようにだろう、ルークを叱らないでくれと言っていた」
「え、まさか、そんな──」ルークが触れているカップが、がちゃがちゃと耳障りな音を立てた。「一昨日……だってあいつ何にも……」
「お前が正しかったよ」
「え……」
「お前が、正しかったんだ。アッシュは……あの子とは違ったよ」インゴベルトは幼いころから良いことも悪いことも常に一緒に行って来た幼なじみの顔を思い浮かべた。生き写しとしか言えなかった甥の顔も。「お前とローズの話を聞いていたし、あの髪の色だ。──お前よりは私に似ている色かな。同じ「赤」でも、お前と私の「赤」は少し違うんだと、前に話したね? そんなわけで、入って来たのがアッシュだと、私はすぐにわかったよ。そして……失望した。あの子ではないということも……わかったからね」
「そ、そんなはずねーよ……だって、だって……顔も似てるって……。伯父さん、アッシュの顔、ちゃんと見た?」
血の繋がりがないことをルークは切望していたはずなのに、いざそう言われると傷ついたような顔をする。そんな甥が、愛おしくてならない。その気持ちは、わかるような気も、反対に全くわからないような気もした。
「もちろんだ。そうだな……お前に似ていると言われていたからそれなりの顔を想像していたのは確かなんだが……。どうだろう? 髪の色が違えば、案外全く違って見える気もする。調べてみないとはっきりとはわからないが、もしかしたら、昔爵位を捨ててマルクトに渡った私の大伯父の血筋なのかも知れないな。あるいは──ファブレ家の血筋にしか現れない色だというのが、そもそも間違いだったのかも」
インゴベルトの祖父の兄が家を捨てて、当時は身分違いで結婚を許されなかった小作の娘を伴って、身分制度のないマルクトへ渡ったのは本当の話だ。だが大伯父は、それからまもなく身体を壊して亡くなってしまったと聞いた。小作の娘がどうなったのかは知らない。
いずれにせよ何十年も前の話だが、もしかしたら亡くなった大伯父には子どもがいて、その孫かひ孫にひょっこりとファブレの形質が現れないとは誰にも言えないではないか。
「だって、髪の色も似てて顔も似てて、年頃も同じで……それで別人なんて、兄ちゃんじゃないなんて、そんなことがある? 伯父さんは兄ちゃんが小さいころしか知らないから……っ」
「ルーク。私は前に言ったな、私にはあの子がわかると。クリムゾンは私の従兄弟であり、唯一の親友だった。亡き妻の次に、私に近しい魂だった。妹のシュザンヌよりも」
「で、でも……だって……だって……」
「犬を猫と見間違うことがあったとしても、私がクリムゾンとシュザンヌの子を見誤ることなど、決してないよ、ルーク。このことに関しては、私は絶対に間違えない」
ルークはほとんど呆然としているように見えた。唇を噛み、俯き、また顔をあげ、混乱している心がそのまま反映されたように落ち着きなく身体を揺する。
「じゃ、じゃあ……兄ちゃんは、どこに?」
「……あの子は、二人と一緒に逝ってしまったんだよ。ただ……私がそれを認めたくなかっただけだ、ルーク。アッシュがあの子かもしれないと期待もしたが、そんな夢物語など本当はあるはずがなかった……」
ルークが哀しげに顔を歪め、潤んだ大きな目から涙がこぼれないように必死で見はり、インゴベルトに手を伸ばして来る。インゴベルトはその手を握り、優しく叩いた。アッシュが兄でないことを願いながら、同時に伯父のために、彼が兄であることを期待してもいたのだろう。無意識にであろうが……。
「伯父さん、ご、ごめんなさい。おれ……兄ちゃんが死んでればいいなんて、ほんとは思ってなかった……っ」
「ああ、ルーク。そんなことわかっているとも」言わずもがなであるが、ずっと気に病んでいたのだろう。ルークは、本当に優しい子なのだ。「ちゃんと葬式を出して、クリムゾンとシュザンヌの傍に墓を建てような。……これまで一度もあの子の安らかな眠りを祈ったことがない。許してくれればいいが……」
「あのさ、伯父さん……。今更、って思うかもしれないけど、おれこの間……兄ちゃんの夢、見たよ」ルークは硬く握ったインゴベルトの手を祈るように額に当てた。「子守唄、歌ってくれた。迷子になっちゃって、帰るのが遅くなってごめんって、言ったんだ。おれの傍にずっといるって……」
「そう、か。──そうだな。あの子は目の中に入れても痛くないほどお前を可愛がっていたから。心配で、ずっとお前の傍にいるのかも知れんな」
ルークが見えないものを見えない目で探すように、ふと右隣に顔を向けた。「そうかな。そう思う?」
あの子は自分もルークの面倒を見るから、手伝いもするから家にいさせて欲しいと泣いたと聞いている。実際、あの子は親顔負けに弟の面倒を見ていた。疲れ果てたシュザンヌがルークの泣き声に気付かず眠っていれば、自分が起き出してミルクを作り、襁褓を替え、添い寝して歌を歌ってやっていた。二人目の甥に会いに行って、インゴベルトは驚いたものだ。誰の目から見ても手伝いの範疇を越えているように思えるほど、あの子はルークに全力で愛情を注いでいたのだ。
シュザンヌとクリムゾンが長男を伯父のところへ預けようと思ったのは、あの子が手伝いにならないと思ったからではなく、ましてや集中してルークの面倒を見る邪魔になると思ったからでもない。
三ヶ月と言う長い夏休みの間、あの子を家と病院に縛り付ける──その良心の呵責に耐えかねたからだ。自分たちの関心がどうしてもルークに集中してしまう罪悪感を、 “二度と” 抱かずにすむように、二人は自分たちのために、あの子を──アッシュを、自分のところに預けようとしたのだ。
「思うとも。あの子が生きていたら、全力でお前を守っただろう。死んでしまっていても……それはきっと変わらないのかも知れん」インゴベルトは漏れそうになる笑いを噛み殺した。それは間違いないはずだ。記憶を失っていてすら、ひとりぼっちのルークをちゃんと守っていたのだから。しかも自分が倒れ、盲目のルークが一人で暮らさなければならなくなった途端にタイミングよく現れて。
「だがあの子が生きていれば、自分と同じくらいの歳の、しかも男の恋人など絶対に許しはしなかったと思うがね」
「そ、そんなことない。兄ちゃんだって、アッシュのこと絶対気に入ったはずだよ。伯父さんと父ちゃんみたいに、親友になっちゃったかも。伯父さんだって、アッシュを好きになっただろ?」
「うー……ん。マフィアの関係者だというし、今回のこともある。同性であることも含めて、正直諸手を上げて賛成とは今でも言い兼ねるよ。それはわかるだろう?」
「……うん」
「でも、お前やローズが言うよう、良い青年だと言うことは私も認めるよ。ルーク。最近の風潮では付き合ったり別れたりを簡単に決めてしまうようだけど、私はそういうのは好きじゃない。アッシュを愛しているなら、なるべく一生を添い遂げるつもりで、大事に付き合いなさい」
ルークの背中が心なしか伸び、嬉しそうに、だが真剣に頷く。
くっきりと隈の浮いた青白い顔が、ぱっと元のようにバラ色に輝いた。