闘犬アッシュ40
dagoba新譜情報きました〜 skilletと同じく25日です。国内盤は多分出ないし、輸入盤でポチしました。密林でも海外のショップのほうが若干安いので、多分すぐには聴けないけど。楽しみです。3rdから3年も経ってるんですね。私は一昨年「Black Smokers」のPV(リトル・ミス・バスタード、可愛いんだけど、病的なほどの色白且つ無邪気な美幼女なら好み的に完璧だった)を観てからファンになったのでそれほど待ってないけど、みんなずっと待ってたんだろうな……。abandoned poolsの七年を待った気持ちを思い出すと胸がつまされます……>< GN'Rの14年には負けるけど。出す出す詐欺も長かったので「今年(2008年)GN'Rが新譜出したら、ただでコーラを配っちゃうゼ! ヒャッハー!」と気炎を上げてたドクターペッパー社が無料クーポン配るはめになったりとか。「まさかこんな日がくるとは……」ってマーケティング責任者は言ってたそうですが。
「ちょっと……ねえ。こんなところで何してるのよ」
視界に、腕を組んで呆れたように立っているリグレットの姿が逆さまに写った。アッシュは鉄棒に脚を引っかけ、逆さまにぶら下がって腹筋をしていたのだが、中断して軽やかに床に降り立った。裸の上半身が汗でずぶ濡れになって、軽く湯気が立ち上っている。用意しておいたタオルを取って顔を拭いながら、リグレットに向き直った。
「他の部屋に動かすのが面倒で」アッシュは天井の明かり取りから下げられたサンドバッグや、室内で効率よく身体を作るための大きく、重たげな器具をちらりと見やった。
「またヴァンの機嫌が悪くなるわ。参ったわよ、あいつがあんな感情的なやつだったなんて思わなかった──呼んでるわよ、急いで寝室に行きなさい」
また喧嘩でもしたのか、リグレットはぷりぷりしながらそう言い、顔に続いて上半身を拭っているアッシュを遠慮なく鑑賞し、唇を舐めた。
「あなたの身体ってすごくそそる。ね、あの子には言わないでいてあげるから、一回くらい私と寝てみない?」
アッシュはまじまじとリグレットを見つめ、首を振った。「俺はルークを裏切りたくない。もしルークがいなくたって、ヴァンと結婚する人とは無理だ」
今度はリグレットがまじまじとアッシュを見つめる番だった。「あなた、どうしちゃったの?」
「え?」
「なんでもない。てっきり『嫌だ』の一言で終わると思ったのに」リグレットは腕を組んだまま残念そうに天井を見上げた。「こんな義弟がいるのじゃ、誘惑の多い結婚生活になりそうよ」
アッシュは身体にフィットしたヘンリーネックの半袖シャツをかぶりながら苦笑した。断られるのが前提の申し出ならば、口や態度に出しているほど本当は残念ではないのだろう。
予定より早く婚約発表──の発表が行われてしまったため、にわかに周囲が騒がしくなってしまったヴァンの機嫌は下降するばかりだった。なにせリグレット・オスローにべた惚れの役を真実味たっぷりに演じなければならないのだ。またリグレットが意趣返しのつもりか『ないことないこと』をマスコミにたっぷり呟いてしまったため、これまでならあり得なかった取材の申し込みに連日苦しめられることになっているのだ。
「今の笑いかた、何よ? やっぱりあなた、どこか変よ」
「変?」
「駄目な子を見るような憐れみの目で私を見たわ」
「思い込みだ」アッシュは驚いてリグレットを見つめ、ふいになにかに気付いたように姿勢を正した。「リグレットも気付いてると思うけど、ヴァンは本当は一人が嫌いなんだ。寂しがりなのに、そうじゃないポーズばかり」
「ええ、そうね。バレバレでカッコ悪いったらないわ」
肩を竦めるリグレットに、アッシュはますます苦笑する。「俺は、ずっとマリィベルに戻って来て欲しいと思ってたけど、今はあなたほどヴァンに合う人はいないと思う。──ヴァンを頼みます。色々面倒くさい人だし、きっとあなたには腹立つことが多いと思うけど」
きょとんと立ち尽くしているリグレットの横を抜けて地下牢から抜け出ると、背中を「なんなの?!」という彼女らしくない金切り声が叩いた。
ノックをしてヴァンの寝室に入ると、枕元に立っていた男がこちらを向き、親しげな笑みを浮かべて軽い会釈をした。一昨日医者と一緒に現場へ駆けつけてくれたファミリー専属のハイマンという弁護士だ。彼は先代のころからアッシュを知っていたし、だからこそこれまではアッシュに近づいてくることなど一切なかったのだが、ルークとアッシュのやりとりを間近で眺め、認識を新たにしたようだった。
ベッドの中で書類を読んでいたヴァンがじろりとアッシュを睨む。「また地下牢にいたそうだな」
「ヴァンがトレーニング用に用意してくれたものを使いたかったんだ。ルークのうちじゃ出来ることが限られてたから」
「鈍りやがったか」
「そんなことない」
ふん、とヴァンは鼻を鳴らし、書類を膝のうえに放り投げた。
「明日はこいつと保安局に行ってもらうが、どうせお前じゃろくな受け答えができまい。余計なことを正直に言われちゃ敵わんからな。こいつの話をよく聞いて、優等生の答えを用意しておけ」
「わかった」アッシュは頷いたが、少しだけ顔を曇らせた。「ルークも?」
その問いに答えたのはハイマンだった。
「保安局には最低一度は出頭してもらうことになりそうですね。法廷で証言してもらうことまでは……多分ないでしょうが。──ウパラは死亡して、彼の組織……グループは事実上壊滅した。保安局は頭の痛い問題が勝手に解決して、快哉を叫ぶことはあっても、深く追求することはないでしょう」
アッシュはほっとして頷いた。ルークは今大事な時期なのだ。ただでさえそんなときにせずとも良い緊張を強いたのだ。これ以上余計なことに気を散らさせたくはない。
昼食後から受け答えの勉強を始めることにし、ハイマンが出て行くと、ヴァンが疲れたように枕に上体を預け、脱力した。リグレットは本当にうまくやっている。おとなしく横になっているのにまだこのありさまなのだから、ヴァンの好きにやらせていたら、治りはもっと遅かっただろう。
「小僧はどんな様子だ」
「落ち着いてる」アッシュは言った。昨日、午後もだいぶ回ってから目覚めたルークが怒り狂っていたことは黙っていた。
「……結局、殺した」
「構わん。正当防衛だ。こういうときのために大金をばらまいてるんだ、抗争扱いにはならん。一般人の小僧もいたわけだしな。世間も今度ばかりは我々に同情的だ」
そう言いながらヴァンが渋面になったのは、その「世間の同情」にはマルクト随一のマフィアの首領と、当代一の人気女優という異色カップルのロマンスが効いているからだろう。
「ルークの手足をもいで、歌を歌わせると言ったんだ。可愛い顔だから、面倒を見たい奴がいると」
「なかなか品の良いやつだったようだな」ヴァンは片眉を上げて嘲りの笑いを上げた。「で、切れたのか」
「うん、切れた。でも、前のようにはならなかったよ」
「ふん」
「それから、記憶が戻った」
「ふん。──で?」ヴァンは揶揄するような視線をアッシュに向けた。「小僧はどうする」
その言葉で、アッシュはヴァンがすでに何もかもを承知していたことを知った。前に一度会ったと言っていたし、とうに調べていたのだろう。あるいは、リグレットのところに行くよう言ったのも、自分たちが血の繋がった兄弟だと思えばこそ、だったのかも。再び離ればなれになることがないように、ヴァンなりに考えてくれたのかも知れない。
「どうもしない」
その答えの意味を考えるようにヴァンは少しの間アッシュを見つめ、やがて呆れたように大きく嘆息した。「小僧がそれで納得するのか。小僧は怪しんでいるぞ」
「別にいい。俺は記憶がないままを通すし、結局のところルークは確証を得られない。明日伯父さんが退院すれば、また元のように仲良く二人で暮らすだろう。今さら、兄が必要とも思えない」
アッシュ自身意外だったことだが、その答えにほんのわずか、ヴァンが動揺したのがわかった。
「……身内に会えたのか」
「ああ。俺はパ、父にそっくりだと言っていた」
「ならばなぜここにいる」
「ルークはもう安全だし、しばらくは保安局が注意しているというから」
なぜ身内のところに戻らないのかという含みの問いに、気付かなかったフリをして、アッシュは違う答えを返した。十五年以上も思考力が停滞したまま、新しいことをなにも学ばずにこの歳になってしまった。これからもルークと共に生きるために、アッシュがしなければならないことは山ほどある。
「そういえば……俺はやっぱりしばらくはリグレットのところへ行ったほうがいいのか? あの人は色々怖いし……ここのほうが居心地がいいんだけど」
「地下牢がか? お前は終わっている」ヴァンはあきれ果てたように嘆息し、首を振った。「まあいい。死人は出たが、ウパラのお陰で色々やりやすくなった。私の足はもう見込みがないようだし、肉体労働になればお前の出番もあるだろう」
「俺に手伝えることがあるなら……」
「すぐにはないが。……だがまあ、引っ越しの準備くらいはしておくんだな」
むき出しのマットレスの上に脚を投げ出して座り、すっかりすり切れてしまった絵本のページをぱらぱらと繰った。アルファベットと、『おとうさん』『おかあさん』『ねこ』『いぬ』といった簡単な単語と文章を憶えるための物語。
毎日それをルークに読み聞かせていたのは、アッシュだった。電話口で読んでやろうとして持って来た。ルークはようやくうにゃうにゃと何か話したいと言う意思を見せ始めたころで、「パパ」が先か「ママ」が先かと両親は楽しそうに話していたものだ。「お兄ちゃん」は長過ぎるので、アッシュはいつも両親をずるいと思っていた。僕が一番ルークを可愛がっているのに……と。
アッシュは絵本を黒いゴミ袋に入れ、続けて長い間添い寝し、慰めてくれたぶうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。ルークの両脇にいつも寝かされていた、ぶうさぎとチーグル二つのぬいぐるみのうち、チーグルのほうは離したり洗ったりすると泣き叫んでしまうので、ルークと一緒に入院した。小さな小さなベビーベッドに残されたこれを持ってきたのは、アッシュの感傷に過ぎなかった。だが、これがあったからこそ、他の「犬」たちと違って己が人間であることを忘れずに済んだのだと思う。
アッシュは何十分もぶうさぎを抱きしめたまま座り、やがてそれものろのろとゴミ袋に入れた。
頬を、涙が伝っていた。