パラレルAL 29話
フレイルとアッシュが互いに気付けば良かったので、ヴァンとの試合などどーでもいい感じで書いてます。
以下、続きです。
拍手いっぱいありがとうございます! 毎回いっぱいもらってるので、お礼に出来るだけ毎日書きたいです。あー……全然更新してなくてすみません><
「フレイル殿、楽しんでおられますか?」
「はい。やはりヴァン殿は素晴らしいですね」
和平同盟のため、フレイルは国王の身で国を出、ダアトまでやってきた。敗戦色の濃かったキムラスカは、戦を仕掛けた側でもあり立場が弱いが、幸いフレイル同様の平和主義者であるダアト国王イオンは、賠償金の請求も遠慮しなかったし、多少は強引な条件をつけてはきたものの、フレイルが逆切れするほど屈辱的な要求は下さなかった。
ちょうど毎年行われる剣技大会の最終日ということで、フレイルは興奮を隠せずにいるイオンの隣で、同じような顔をして、ここまでを勝ち上がってきた剣士たちの戦いを楽しんでいた。フレイルとて男だし、剣術はそれなりに研鑽を積んでいる。剣術と読書しか楽しみを見いだせなかった兄と比べると技倆は劣るが、やはり上位まで勝ち上がって来るものたちの舞うような、或は力強い剣技を見ては血も熱くなろうというものだ。
他国まで名の轟く剣豪といえばやはりヴァン・グランツで、フレイルは憧れを抱いて彼の戦いを追い続けたが、その彼に決勝で立ち会う者が自分と同年代の青年と知って、おもわず手を握った。その前の戦いから、何故か気になる、目を離せぬ兵士だった。
日に焼けた褐色の肌に、真紅の髪が映える。二人の王の前で跪き、許しを得て顔をあげ、臆することなく主君を見据える瞳は魔物を思わせるような濃い翠。何故これほど手練のものが、一般兵の軍装でいるのかと微かに首を傾げたとき、ふいに青年の目がフレイルの視線を捕らえた。ダアト国王の紹介に、その目が軽く見開かれ、次の瞬間ふと、細くなる。
なに、と思う間もなく青年は目を伏せた。剣を嗜まないというダアトの国王は気付かなかったようだが、隣で膝を付いているヴァン・グランツが、ちらりと咎めるような視線を青年に向けた。殺気。フレイルに向かって一瞬だけ放たれたのは、まぎれもなく殺気だった。
青年はすぐにそれを散らしてしまい、再び目を上げたときには、己の感情を隠すことも出来ず発露してしまったことを恥じているような、自嘲の笑みを口元に刷いていた。今度の戦で身内でも亡くしたのだろうか? 仕掛けたのはキムラスカだ、恨まれる理由は大いにあった。
だが、フレイルはこれまでの戦いを見るたび、この青年に何か引っかかるものを覚えており、それを捉えんとなおも青年を見つめた。何がこれほど気になるのだ、何が──。
──赤毛のダアト兵がなぜかイル様を固くお守りしており……
──なかなかの手練にて……
フレイルは、その赤毛の兵士が携えていた二本の剣のうち一本を、試合場を仕切る壁に立てかけるのを見つめた。一度その剣を振り返った視線には「そこで見てろよ」という声が聞こえるような優しさが籠っている。立てかけられていたのはかたちからしてカトラス。それを見て、フレイルはふと兄を思い出した。刀身が短い、切ることに特化した剣。船上や、木立の中で使うには向いているが、王太子の愛剣としてはあまりふさわしいといえない。だが兄は、それを愛用していた。
双剣使いでないのなら、なぜ二振りを持ち込んだのだろう。赤毛の青年がヴァンに対峙して抜いたのは、4フィート強の幅広の両刃、特徴ある十文字のヒルトはクレイモアだ。
(そういえば……。あのとき兄上が持っていたのは抜き身のクレイモアだったか……?)
身の丈に合っていない、使いこなせるのかと思ったのを覚えている。意外にもわけなく振り回していたから、すぐに忘れてしまっていたが……。
──そうなような、そうじゃないような……?
あのときの自分の台詞は、何が肯定され、何が否定されていたのか。
「まさか」
「陛……フレイル様?」斜め後ろに控えていたアルマンダインが隣のダアト国王に遠慮するような控えめな声をかける。「どうかされましたか?」
「アルマンダイン、見届けの者が言っていたことを憶えているか? ──兄上の……」
「──ダアト兵、かなりの手練で、赤毛の……っ! フレイル様、」
おや? とイオンが振り向き、首を傾げた。「あの者をご存知なのですか?」
「あ、いえ……さだかではないのですが、もしや、と」
「それなら、後で話すといいですよ。彼はヴァンの師団の兵だそうですし、お祭りの日くらい借りられるでしょう」
イオンはそういうと、ワクワクした様子を隠しもせず試合場に目を向けた。
七ポンドはありそうな両手剣を片手で振り回す膂力、決して体勢を崩さない安定性、すれ違った直後ヴァンより一拍早い方向転換が可能な筋力、敏捷性といい、まるで本物の魔物のようだと思った。折衝においては年長の自分にも全く引けを取らなかったイオンが少年らしさ丸出しで身を乗り出しており、近衛の女性兵士が苦笑を隠せないでいる。
ヴァン・グランツもまだ三十になっていなかったはずだが、戦士としてはピークを迎え、そろそろ衰え始める年頃である。対して赤毛の青年はまさにこれからといった年頃、ヴァンはそれを経験の差で躱していたようだが、とうとう世代交替の時期がきたのか、弾かれた剣を追おうと体勢を変えた瞬間に、青年の長剣の切っ先がヴァンが頭上で一つに括った髪を薙いだ。榛色の髪が風に舞い、ヴァンの顔をパラパラと縁取るのを見つめる青年は、口元に人の悪い笑みを刷いている。わざと髷を切ったのは明らかだった。
辺りは気味の悪いくらいの静寂に包まれ、次の瞬間轟音が会場を轟かせた。凄まじい歓声だった。王の御前だというのに、四方八方から飛び出してきた男たちが青年を包み、めちゃくちゃに叩き、なで回し、胴上げしているのが見える。膝をついたまま悔しげにそれを見つめるヴァンを指差して大笑いしている隻眼の女性は確か第六師団師団長ではなかっただろうか?
「……ヴァンは、あまり好かれていないのかな……」まさか軍部全体で大掛かりな賭けが行われていることなど知らないイオンは頬を興奮で紅潮させたまま苦笑気味に呟き、我に返ったようにフレイルを見上げ、笑った。「ちょっと救出した方がいいですね。このままでは優勝者が窒息してしまう」
フレイルは傍らのアルマンダインをちらりと見た。アルマンダインが首を振る。関わるなと言っているのがわかったが、イオンが興奮を抑えようと努力して優勝者である青年を言祝ぎ、ちらりとフレイルに視線を流すと、素知らぬ顔をしてヴァン・グランツの健闘を讃え、部下だと言う赤毛の青年をしばし借りたいと切り出した。背後で深いため息が聞こえるのは気にしないことにする。
何事なのかと戸惑いつつも頷くヴァンに礼をいい、フレイルは赤毛の青年に向き直った。たった今、優勝という誉れを手にしたところだというのに、無感動な様子で青年はフレイルを見つめ返す。
「亡き兄が、そなたに世話になったと思うのだが」
「……」
全く表情を変えない青年に、フレイルは確かにこの男が三度に及ぶ襲撃を撃退したものなのだという確信を持った。
「つい三ヶ月前のことだ。忘れたとは言わせぬ」
その言葉に、ヴァンが弾かれたように顔を上げた。
「……」
「少々、付き合ってもらうぞ」
青年は終止無言だったが、拒絶の言葉もまた、吐かれなかった。
「中庭をご利用になると良いでしょう。噴水の手前に、ベンチもあります」
王宮内の賓客の部屋へ、自国の兵士を入り込ませるわけにはいかないので、イオンがそういうとフレイルは簡単に礼を言い、赤毛の青年を伴ってその場を辞した。思った通り、青年は逆らわずに付いてきた。
「名は?」
「アッシュ」
「……」
「それだけだ。姓はない」
名乗り終わるのを待っていたフレイルに、青年は何故か懐かしむような表情を浮かべて淡々と告げた。
「貴様! 言葉遣いを改めよ!」
「良い」フレイルはアルマンダインを嗜め、言った。「歳はいくつになる」
「先々月、十八になった」
「では、私の一つ下になるのか。若いのに、たいした腕だ」
剣にすべてを賭けているいるわけではないので悔しくはなかった。ただ感心して頷くと、青年は唖然としてフレイルを見つめた。
「──なんだって?」
「……? お前の腕を褒めたのだ。……ああ、いや。──そうか」仕方ないとはいえ、ルークに対する最も多い誤解であったので、フレイルはすぐに青年の驚愕の理由に気付き、憐れむような視線を向けた。「信じられぬと思うだろうが、兄はあれでも成人の儀を済ませているのだ。今年で二十一になる──生きていればな」