闘犬アッシュ31
もう少しルークをいじいじさせたかったですけど、私の気が短くてダメですね。
「晴れた日〜」も、もう少しルークの苦悩を深く書きたかったんだけど、先へ先へという焦りがあのときはあって。今回ももう少し引っ張る方がいいとは思うんですが、やっぱり早くENDマーク付けたい思いが先走ります。
最初のあたりを数話読み返してみました。勇者だ私……! インゴベルト伯父さん、ずっとグランコクマに住んでたみたいな気でいたけど違いましたね。ルークの学校のために移住したんだな。ってことは、飛行機事故の現場がもうおかしいです>< これはさすがにないわー。一年も放棄できないだろうと思うんですけど、そのあたりでもう苦痛になって読めなくなりました。
とりあえず亡くなった奥さんがマルクトの人だったのが切っ掛けでグランコクマへ移住してたことにしよう! そうしたら飛行機事故でアッシュが拾われたのがグランコクマでもOKなはず。
いつものようにちゃんと設定集的なもの作っておけば良かったな! ブログ連載の利点は思いつくままに書くから楽、ってことだったはずですが、これは案外面倒です。私の頭では超!単純な話でないと苦しいかも。
良く知った人の声ではない、だがどこか聞き覚えのある複数の声が聞こえ、ルークは揺蕩っていた微睡みからゆっくりと意識を浮上させた。
リビングのソファでアッシュはテレビを観ていて、ルークはその身体に背中を預けて指先で本を読んでいたのだが、本を読み終わったルークがアッシュにじゃれかかり、そのままセックスになだれ込んでしまったのだ。
失神と覚醒を何度繰り返したか、記憶はさだかではない。苦しいほどに腹が張っていた。激しい抽送と共に胎内に含んでしまう空気と、奥に残されたままのもののせいだ。早く出してしまわないと。中途半端に纏ったままだった服は丁寧に直してあったし、多分目立った汚れは拭き取られているはずだが、アッシュは相変わらず胎内の汚れについては無頓着だった。というより、ルークの中に放ったものを掻き出してしまおうなどとは思いつきもしないだろう。隘路の奥で幾度も放ったあとも、深く、浅く、まるで敏感な粘膜に擦り込み、染ませていくように、アッシュは挿入したままいつまでもルークの後肛をこね回し続ける。自分が達するためではないその動きは、ルークも同じ男だからこそそれが征服者の凱歌だと、自分のものににおいを付けて他者を退けようという雄の本能だと感じる。だとしたら、それをすぐに洗い流してしまうのがどこかもったいないと思う自分の思考は、もはや雄のものではないのだろうか。
「起きたか。シャワー行く?」
「うん」
覚醒する前からずっと頭を撫でてくれていたらしい大きな手の心地よさに、ルークはゆったりと甘えた気分でアッシュにすり寄り、頷いた。身体に残る甘い倦怠感に、すぐにバスルームに行く気にはなれなかったが、長く放置していても腹を壊すし、流れ出るもので服を汚すばかりだ。
アッシュは風呂は一緒に入るのに、事後のシャワーは一人で浴びたがるルークが不思議でならないようだが、ルークには絶対にここを譲る気がない。抱き上げてバスルームに連れて行ってもらったあとは、断固としてアッシュを追い払った。
汗で湿った髪を洗っている間に、腹の中に含んでいたものの大半は内ももを伝い、流れていくが、それでも念を入れて、すでに固く閉じている蕾に指を入れて、わずかに残ったものを掻き出していく。一緒にシャワーへ行きたくない理由の一つはこれだった。仕方ないこととはいえ、汚れもののように胎内から掻き出し、流してしまうのを、彼は知らないままでいて欲しいのだ。それにもう一つ。毎回ではないが、行為が長時間に及び、激しければ激しいほど直腸に空気が入り、閉じた蕾をこじ開けると同時に、放屁に似た音を立てることがある。男同士といってもアッシュはいわゆる彼氏というものなのだし、仕方ない理由なのだとしても恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
ここしばらくはアッシュがいつも傍にいてくれるから、それでもあまり抵抗感なく洗い流せてしまえるけれど、すぐにアッシュが帰ってしまっていたときは、好きな人のにおいを纏って眠ることさえ出来ない男同士という関係がひどく歪に思え、寂しく感じたものだった。
「……なんか気になるニュース、あった?」
ルークはむろんのこと、伯父もあまりテレビを楽しむタイプではなく、二人でいるとニュース番組を少しチェックするくらいだったが、アッシュはかなり好んでテレビを観ている。初めのころは、テレビを観ていて自分が知らないことがあまりに多すぎることに驚いていたようだったから、テレビ番組そのものを楽しんでいるというよりは、隔絶されていた社会に、積極的に馴染もうという意識があるのかもしれない。
聞き慣れた司会者の声に、自分を起こしたのはたまにチェックしているニュース番組だと気付いて髪を拭きながらルークが問うと、アッシュは少しだけ逡巡したあと、嫌そうに口を開いた。
「……ヴァンの知り合いが、家で殺された」
「えっ?」驚いて耳を澄ますが、ニュースはすでに違うものに入っている。「なんで? 誰に?」
「多分、この間の男。ルークがアスターさんと呼んだ……ピオニー・ウパラ。少し前になにか揉めたようだ。報復の報復ではないかと言っていた」
「知り合いって……ヴァンの友達?」
「よくわからない」
「──そ、か。でもそいつが掴まったら……逆にこっちは安全なんじゃねーかな?」
「違う名のやつが、自分が勝手にやったと名乗り出た。こういうこと、よくあるみたいだ」
「ああ……。秘書が自殺とか、そういうやつな」
そんなニュース、アッシュやヴァンを知るまえなら「ふうん、そんなことがあったんだ」くらいに軽く流したに違いない。が、知人の知人の身の上に降り掛かった不幸なのだと思うと、知らない人であることには変わりないのに、なにやら悼ましい気がした。
「……ヴァンは大丈夫だよな?」
「それも……わからない」アッシュがルークの湿った頭やうなじ、肩を撫でた。
──アッシュ、やっぱ心配だよな。帰りたい? ヴァンの所に……。
のど元まで迫り上がった疑問を、ぐっと飲み込む。
自分と一緒にいたいと思ってくれているのも間違いではないだろうが、それ以上にこんなことがあったときヴァンの傍を離れていたくないのもまた確かだろう。
「なあ、アッシュとヴァンとじゃ、アッシュの方が強いの?」
「だいぶ」
あえて違う問いかけをすると、静かな一言が返った。アッシュは自分を大きく見せようなどとしない質だから、きっとそれは事実なのだろう。
「あの人──ピオニーって人とは同じくらいって言ってたよな」
「多分」
「おれはアッシュがどのくらい強いのか知らないけど、格闘技……とかって、強くなるとそういうものまでわかってくるもの?」
「そういうことを考えたことはないけど……」格闘技の類いを何一つ経験したことのないルークが問うと、アッシュは少しだけ迷うように唸った。「多分……なんとなく感じる。生き残るのは俺の方だなって。今のところ、逆はなかった」
ふうん、と頷きかけて、ルークはぎょっと身体を強ばらせた。
「ピオニー・ウパラという男に会ったとき、やり合ったらどっちが生き残るのかわからないという感じがした。え、と。そうちゃんと考えてるわけじゃなくて……パッと……わかる? 俺の言ってること。……どういえばいいのかわからない」
「……んー……?」
つまり小説などで、名のある剣士同士が気迫をぶつけ合って相手の実力を読むようなものではなく、例えば夜道で人食い虎に遭ったとき「あ。これは死んだな」と直感的に思うようなもの、ということなのだろうか。
ルークには演奏を聴きもしないで相手の実力を見抜くことなんか出来ないから、それを感じ取る本能のようなものは良く理解できない。だが、アッシュが常に自分の命が続くか続かないか、そういう緊張の中で生きて来たと言うことはわかった。
「……死んじゃやだよ」
人の命は重いものだとルークは思っているけれど、それがとても軽く、価値のないもののように扱われている世界もあるということを、今はルークも知っている。
ルークは隣に座るアッシュの、引き絞られた固い腹に手を回してぎゅっと抱きついた。
「──生きたいとか、死にたいとか、そういうことを考えたことはなかったけど……。うん。俺はルークとずっとこうしていたいから、死なないように気をつける」
腹に巻き付いた腕を剥がして両の二の腕を掴み、ルークを膝の上に抱き上げると、すんなりした腕がすぐに首に回される。
「……ごめんなさい……」
「え?」耳元で囁かれた小さな小さな声をアッシュは拾い損ね、問いかけの声を上げる。「今、なにか言った、ルーク?」
「んん。なんでもねー」
「そうか?」
「死んでいればいい」などと、決して口にしてはならない言葉だった。言ったルークも傷ついたけれど、ずっと生存を祈り続けた伯父はどれほど傷ついただろう。ましてや、もし、もしもアッシュが。
アッシュが──だったら。
アッシュはこのところルークの様子が不安定なのはコンクールが近いせいだと思っている。鬼気迫る勢いで練習していても、また気力が抜けたように一日ごろごろしていてもなにも言わない。今も、ただ、落ち着かせるように抱きしめて背中を撫でてくれる。
「……絶対、死んじゃやだ」
「大丈夫。俺は強いから」
アッシュはそう囁いてなおもルークを撫でていたが、ふと思い立ったようにルークごと立ち上がって、ルークの背後に立ち、手首を掴んだ。
「アッシュ?」
アッシュは背後から膝でやんわりとルークの脚を折らせ、足先でルークの足をずらし、腕を動かして何かの構えのようなものを取らせた。それですぐにアッシュの収めた体術の型なのだろうと気付く。
アッシュは一つの型が決まるたびに何語かわからない型の名を告げ、次の動作に移った。日頃使わない筋肉に力が入り、指先にまで血が流れていくのを感じる。
身体がほぐれると同時に少しずつ熱くなり、シャワーを浴びたばかりの額にじんわりと汗が滲む。やっぱり男の性であるのか、こういうことをしていると鬱々とした気分が払拭され、血が沸き立つような興奮を覚えた。
「……修行したら、おれも強くなれる?」
「ルークは勘がいいから、なるだろう」
「目、見えなくても?」
「相手が大勢になると、俺もちゃんと見てない。気配とか、勘? それは俺よりルークのほうが勝ってる」
「じゃあ教えてくれよ」
「うん。──あ……いや」一度は頷いたアッシュだったが、すぐに曖昧な否定の声を上げた。「やっぱりダメだ。手を怪我したら、ピアノが弾けなくなる」