闘犬アッシュ25
気になってたThree days graceのCDを海外のショップから取り寄せた後で、国内盤があったと気付いたこの事実orz 値段高くてもあるなら国内盤が欲しいのです……。後になって国内盤が出るのは仕方ないとしても(A Skylit Driveの3rdのよーに><)気付かなかったっていうの……実は結構やらかすんですけどショックですー。
Breaking BenjaminとかRedとかskilletが好きな人向けとあるだけあってかなり好みでした。声質はBenjaminとかJohnみたいなハスキー声が一番好きなんですが、こういうちょっと鼻にかかったような声も好きです。Redに一番近いかも。ギターリフ超効いてる。かっこいい 捨て曲なしですわーヾ(=^▽^=)ノ
以下は闘犬であります。
「いよいよだなあ。私も聴きに行きたかった。それまでに退院できればよかったんだが……」
「ようやく本格的にICUとおさらばできたばっかなんだ。焦んないで。予選抜けたら少し時間が出来るし、聴けるチャンスはまだあるだろ。もちろんおれだって予選落ちする気なんかねーし」
少年の骨張った長い指が、インゴベルトの手の甲を宥めるように撫でた。
ICUを出て一般病棟に移っても、何度も出戻りが続いたため、しばらく伯父と甥は共に疑り深くなっていた。だがここしばらく容態も安定し、ようやくもう大丈夫とのお墨付きを貰えると、行けないと諦めていたはずのコンクールが惜しくてならない。今度のコンクールは、国内で行われるような小規模なものではなく、予選も含めると世界各国からピアノ演奏者が数千人も参加する最大規模のもので、行われるのは三年に一度。地区予選を越えて本選になれば、演奏はマルクト王立劇場となり、特に立憲君主国であるキムラスカとマルクトからは国王夫妻も列席されるのだ。
「音楽は勝ち負けではないぞ。まず、楽しまねばならんよ、ルーク」
そのような場で甥が演奏することになれば、どれほど誇らしいことかと思うが、インゴベルトは甥が勇みすぎることのないよう、己の手を握っている甥の手に厚い手のひらを重ねて軽く揺すった。
「……わかってる」
「少し、痩せたようなような気がするんだが、無理はしていないね?」
「うーん……。最近みんなに叱られてるんだけど、飯も食ってるし……つか、すごくバランスよく食わされてんだけどな。体力付けるためにルームランナー買ったんだけど。そのせいじゃね? 締まってきたように見えない?」
「ルームランナー? ああ、そのせいなのかな」
困惑している甥を、インゴベルトはほんの少しだけ眉を寄せて見つめた。僅かに頬が削げ、顔の輪郭がよりはっきりしたような気がする。少しずつ少年期を抜けているのかと思いはしても、大きな目の下がうっすらと黒ずんでいるのが気にかかった。
精神面が顔にも表れていたのか、もともと歳よりも幼い感じのかわいらしい顔をしていたものが、さながら蝶が蛹を脱ぎ捨てたように美しく印象を変えた。濡れたように輝く新緑の瞳に、少し眠たげに濃い朱の睫毛が長い陰を作る。ふっくりと赤く腫れた唇に今更のように気付き、インゴベルトは驚いて瞬きした。
「……もしかして、恋人が出来たのかい?」
「え」
気だるそうに伯父の手に頬を当てていた少年が、驚いたように顔を上げた。
その頬が薄紅に染まっているのを見て、だからいきなり体力増強なのかとインゴベルトは苦笑した。ルークはもう十七歳なのだ。いつまでも子どものように思っていたが、そろそろガールフレンドの一人や二人、紹介してくれてもおかしくはない年齢なのだった。
「……う、うん」
「紹介はしてくれるんだろうね?」
「う、うん。もちろん。伯父さんには会って欲しいって思って、た」ルークは気恥ずかしげに、だがあまり気の乗らない様子で身じろぎした。「でも……。伯父さんが退院してから、でいいかな……?」
「構わんよ。私もお前の恋人にやつれた姿を見せたいとは思わない。だが、ルーク……あまり気乗りしないのかい?」
「ち──違うよ! ほんとに、伯父さんには会って欲しいんだ。でも……伯父さんが驚いてまた調子を悪くするんじゃないかって」
「ルーク? あれこれ想像して思い悩む方が、私は嫌だね」
ルークは普段優しげに弧を描く眉をぎゅっと寄せ、どうしようか考え込んででもいるのかしばらくインゴベルトの手をにぎにぎしていたが、やがて決然と顔を上げて言った。
「男の人なんだ」
子どもだとばかり思っていた甥は、一息に言うとすぐに真っ赤な顔をうつむけた。緊張しているのか、相変わらず手を握ったり緩めたりしている。
「……全く気付かなかったが……。いつもそうだったのかい?」
「同性愛者じゃないかって? ──わかんね。だっておれ、今までこんなふうに人を好きになったことがないんだもん。おれも一回はそう思って、女の子とか、他の男の人が恋人だったらって考えてみたけど、考えてみても全然ピンと来ねえし……。アリとかナシとかよくわかんなかった。でもそれは、単にアッシュと同じように好きなわけじゃないからかもしれねえだろ」
「アッシュ……」
アッシュと言う名には心当たりがあった。ルークが数ヶ月前に、自分の代わりに調律に行って知り合った、少しばかり変わった男の名だ。食料品店の店主ローズが二人を似ていると言ったというし、なにより赤毛という話だったからインゴベルトも少し気にしていた。連絡の取りようがないと言っていたのに、あれから会うことがあったのだろうか。
「前に話してからしばらくして、廃ホテルで逢ったんだ。ずっと気になってたし……。もう会えねえのかなって、ピアノが運び出される前日に行ってみたんだ。なんか彼がいるような気もして……。行ってみたら本当にいて、向こうも、お、おれに逢いたかった、って……」
「互いに一目惚れのようなものだったというわけか?」
「……そうなのかな。おれがアッシュのこと好きだって自覚したのは──わりと最近、なんだけど」
インゴベルトはこっそりとため息をついて真っ赤な顔のまま所在なく座っている甥を見つめた。顔だけではなく、亡き妹シュザンヌに似た少し子どもっぽい優しい性格は、甥の持つ最大の美質だった。視力を失ったのは不憫だったが、そのぶん彼は非常に鋭敏な感覚を持っている。滅多な人物をおめおめと信用するほど愚かではない。
昨今は同性愛者だからといって仕事や生活に支障が出るようなこともなくなってきて、ごく普通にそれを公にする時代にもなってきたが、だからといって他人ならばともかく甥が好きになったというのが男だというのは、すぐには納得もいかないし、手放しで祝福もしかねる。だが、それでインゴベルトの甥に対する気持ちになにがしかの変化があったかと言われたら、やはりなにもない。インゴベルトにとって今や唯一の身内である甥は、最愛の愛し子であることに、変わりはないのだった。
「……次の恋人が出来るまで、性的指向については保留と言うことか」
十七になるまで一度も恋愛感情を自覚したことがなかったとは、なんとも幼いことだ。そうしてみれば奥手といっても少しずつ心も身体も成長しているのだと、面映い気持ちでインゴベルトは苦笑し、息を吐いた。
ルークの年頃ではまだ愛に永遠を信じたいのだろう、次の恋人というインゴベルトに不服そうに口を尖らせたが、口に出しては何も言わなかった。
「……やっぱ、驚いた……よな」
「一度もガールフレンドを紹介してくれないと思っていたら、いきなりボーイフレンドと言われたのだから、驚かない方がおかしいだろう。だが幸い、血管が切れるほどではなかったな」
「……やめてくれよ、今言われたらシャレになんねえし」
ますます口を尖らせる様は、やはり可愛らしく、少しばかり変わった年上の男と恋愛をしているなどと到底信じられない。だがほっとしたのか、うっすら汗をかいて固く手を握っていた力が、少し緩んだ。
それを少しばかり面白くないと感じるのは、やはり相手が男で、娘ならぬ甥を取られたような気がするからなのだろうか。
「アッシュの住んでいるところや、仕事は明らかになったのか」
「うん……だいたいは。けど、少し待ってくれないかな? 伯父さんにはいい加減なこととか、嘘、言いたくねえ」
──と言うからには、あまり真っ当な男ではなさそうだと思うと、すこしばかり気分が沈むような気もしたが、こういうことに頭ごなしに反対するのは、やはりあまり賢い選択とは言えないだろう。
「その男──アッシュは、お前に嘘をつくか? 彼が同性愛者なら、あまりお前に誠実ではないのではないか? 特定の恋人を持たず、気が合えば気楽に夜を共にするようなイメージがあるんだが」
「そうなの? 良く知らねえけど……。でも、アッシュも男はおれが初めてだって。っていうか多分、恋人とか……いたことはなかったと思う。嘘、全く付けない人だよ。ごまかしたり、カッコ付けたり、見栄をはったりとか、ほんとにしないし、出来ない。おれも、アッシュの前だと変なプライドとか、保てなくて。……すげーみっともねーの……」
恥ずかしげに、ルークは両手で握ったインゴベルトの手に額を擦り付けた。
「お前に誠実であるのなら、それでいい」
「ありがと。──嬉しい……」
赤く染まった顔と、微かに潤んだ瞳には、確かに以前はなかった艶がある。だが少し疲れたようにも見えなくもない、うっすらと黒ずんだ目の下に濃い憂いがあるのがインゴベルトに不安を感じさせもした。
幼いころからよく遊んでいるナタリアやティア、学校で知り合ったアニスなど、インゴベルトも良く知る甥の友達を思い浮かべ、なぜあの子たちとごく普通の恋をしてくれないのかとため息をつきたくもなるが、そうそう本人や保護者の思う通りにならぬのが恋というものの厄介なところなのだろう。