闘犬アッシュ13
引き続き闘犬です。
始めざっと話を考えたときと流れは違わないものの細かいところが変わってきて、多分ここから先、ヴァンに従ってるときはアッシュもスーツを着ることになってしまいました。(ダニーのボロ着も彼の純真さを現すようで好きなんですけど……飼い主の性格が全然違うので、アッシュにボロを着せておくのは不自然なのです。なのでシャツとかフード付きのトレーナーに、ジーンズとか着ていたんだろうと想像していただければ良いかと。今もルークのうちや地下牢でぼんやりしてるときはそんな感じだと思います)スーツに長髪とか寒イボものですので髪の毛切っちゃいました 前に捧げた今回の最後のあたりのイラストではアッシュ長髪のままなんですけど、すみません><
とはいえスーツ用に切ってしまうと長さ的にVoiceと被ってしまうし、首輪を多少見えにくくしたいのもあるので、リーマンほどじゃなく、ホストとかにいそうな感じのロンゲ程度には残していると思います。それこそアッシュ・リンクスくらい(言うまでもなく絵が大友さんの影響を脱して美麗になって以降の)? ──と思ったら憶えているより後ろ髪短いな……。この後ろ髪がもう少し長ければいい感じでしょうか??(話が飛ぶけど、私にとって「アッシュ」とは長いこと彼のことでした)
どうにも髪型の想像が出来ないので「切った」としか書いてないです。皆様それぞれでテキトーに想像して下さいませ(._.;)
チーズケーキの歌は、たらこキューピーの歌とかお魚の歌みたいな、ちょっと癖になるような脱力するような感じでしょうか。
本音言うともうワンクッション欲しかったですが、もうその中間部分が考えつかないのでー……。アッシュ、手早いなあとは思うんですけど……。まあ、属性が犬ですので……ってことでお一つ……><
危なっかしさのない、慣れた手つきで砂糖抜きのカフェオレを淹れて席につき、ルークはアッシュが持ってきたケーキの箱を引き寄せ、うっとりと匂いを堪能した。
マリィベルの家族が気に入っているというパティスリーのものだ。ルークが喜ぶかも知れないと思い、三度目にここに来たとき手みやげに持ってきてみたら、甘党のルークはアッシュが思った以上に喜んだ。フォークに掬い取った大きめの一口をほおばる顔があまりに幸せそうで、アッシュは自分の分を食べる前に胸がいっぱいになったものだ。四度目にここに来たときは、閉店まで二時間はあったのに、菓子類は完売していて手に入らなかった。今日店に寄ったのも同じくらいの時間だったが、幸運なことに今日はまだいくつか残っていた。選ぶ余地がなかったのは残念だが、箱を受け取り店の名前を聞いたとたんにルークの顔がぱあっと輝くのは見られたのでよしとする。
初めてここを訪れてから、そろそろ二ヶ月に入ろうとしているが、ルークのうちを訪ねるのは今回で五度目だった。際どい取引や、難しい取り立てのときくらいしか出番がなく、日に一度も地下牢を出ない日も多かったアッシュだったが、あの日急遽呼び出された美容師によって伸び放題だった髪を切られ、衣装を誂えさせられて以降、地下牢に戻れるのは眠るときくらいになった。ヴァンの近くに常に控え、文字通りの用心棒を勤める傍ら、小学生のレベルにも達していない読み書きの勉強や、食事マナーのレッスンを受けさせられているのだ。
もともとヴァンは武闘派ではなく、大学で法律を学んだ強みを生かしてスレスレのところを上手く渡り歩き、組織を大きくしてきたタイプである。むろんえげつない真似をするのも厭いはしないが、ぎりぎりのところで司法局に歯ぎしりさせるのを楽しんでいるふしさえあった。だから先代のころと比べると、敵の喉頸を食いちぎるアッシュ本来の出番は格段に減っていたのだが、ヴァンが意識しているのかいないのか、あれから一度も首輪を外さなければならないほどの事態には陥っていない。本当は、わざわざアッシュの『仕事』を作ってくれていただけで、ヴァンには犬など必要なかったのかも知れなかった。
やることが急激に増えたため、盲目の身で一人で暮らすルークを気にかけながらも、一週間に一度来られれば良い方だというのが実情だった。ルークの伯父の様態は一進一退という感じで、アッシュが空いても、ルークが病院に詰めていることもある。帰ったときには逢えるよう、勝手に入って待てるだけ待っていてと言われてもなにやらそら恐ろしく、渡された鍵を使う気にはまだなれずにいた。
「この間ルークが一番おいしいと言ったのは、もう売り切れてしまってて」
少しだけ気を落としながら、アッシュは箱の中のケーキ一つ一つ丁寧に説明していく。ルークは新しい味への探究心も旺盛らしく、そんなことはまるで気にせず熱心に説明に聞き入っている。
新緑の瞳は今や大きく見開かれて、星が瞬くようにキラキラと輝いていた。偶然の一瞬を除いて目が合うことはないわけだが、きょときょとと彷徨う目がかわいいやら愛おしいやら寂しいやらで、アッシュは時折どうしていいのかわからなくなる。ついルークの顔ばかり見つめてしまい、その表情の変化に痛むほど胸が激しい動悸を刻むと、ケーキの説明もついとぎれがちになった。
「エンゲーブ産の栗のモンブランは最後にして……最初はそのシトロンの香りの、次をチーズケーキにしよっと」
ルークはさんざん迷った末、最初のケーキを決めた。ルークはアッシュとは正反対に、一番好きなもの、一番おいしいものを最後に持ってくる癖がある。後口は好きなものの味で閉める、ということらしい。だが、初めて食べるものに関してはそれがわからないため、食べる順番は賭けとなる。
「あ~この味好き! これを最後の一個にするんだった! やばい、超うまい、これ」
「良かった。気に入ったなら、俺のぶんも食べるといい」
「それはだめ! これはアッシュも絶対食べなきゃ。マジうまいから!」
「じゃあ半分だけあげる。かわりにチーズのを半分くれる?」
「えー……う、ん。いいよ。……アッシュはチーズケーキが好き?」
「そうみたいだ。いろんな種類のを食べてみたい」
ルークと出会うまで、食べ物とは単に肉体を維持するための燃料にすぎなかった。なのに今は、腹が空いているわけでもないのに、どれが一番おいしいのかなどと愚にもつかないことを探りながら、食べなくても生きていける嗜好品を食べている。アッシュは最初「おいしいもの」と「そうでもないもの」の区別がつかなかった。だがルークが「おいしい」というものを「これはおいしいもの」と憶えていくうち、少しずつ自分でもそう感じることが増えてきたのだった。不思議なことだと思うが、アッシュはルークと一緒に何かを食べる時間が好きだった。ルークが作る、ちょっと焦げたベーコンエッグは、地下牢に投げ込まれるベーコンエッグより「おいしい」。日曜しか焼かれないパンは、スーパーマーケットで買ってくるパンより「おいしい」。ルークと一緒の食事は、そうでないときより特別においしかった。
「あ、じゃ、これまで食べた中で、おれがチーズケーキじゃ一番うまいと思う店のを食べさせてみたいな。買っとくよ、今度来るとき。学校から地下鉄で逆方向に四駅いったとこに私営の美術館があって、その中にある喫茶室のなんだ。持ち帰りも出来るから……」
ルークは食べかけのシトロンの皿を持ったまま立ち上がり、滔々とそのチーズケーキのことを語り、その上行儀悪く食べながらピアノの前へ移動して、空の皿とフォークを上に置いて軽く指慣らしをすると、おもむろにアッシュに聞き憶えのない曲を弾き始めた。なんともへんてこで、ユニークとしか言えないような曲だが、とても心が浮き立つおかしな曲だ。
「これは?」
立ち上がり、そばに行くと、ルークはアッシュが隣に座れるよう少し腰をずらした。ルークのうちのピアノの椅子は、伯父とよく連弾して遊んでいるため横に長いのだ。
「チーズケーキの歌。今作ったー」
適当きわまりない歌詞を当てて、ルークが楽しそうに歌いだす。それもおかしいのだが、歌詞を思いつかないところを悪びれもなく「んんん~」と歌っているのもまたおかしいやらかわいいやらで、アッシュが笑い出すと、ルークは左手で単調なリズムを弾いてみせ、「入って入って」と笑った。
アッシュがルークが弾いてみせてくれた通りにセコンドに入ると、ルークは再び両手で弾き始めた。その馬鹿馬鹿しい曲を壮大な感じに変化させると、それがまたおかしかったらしく、左側にくっついたアッシュの体が小刻みにゆれる。出会った日には、声に困惑以外の感情があまり感じられなかったアッシュだが、今は逢うたびに笑い声が聞ける。こんなふうに、今笑ったかなあと思うことや、がっかりした、喜んだ、寂しそうと、読み取れる感情が増えていっているのが、ルークはとても嬉しかった。
ピアノを弾くのは楽しいことだと思い出せたのは、アッシュのおかげだとルークは思う。アッシュは憶えがよいセコンドで、一度弾いてみせた音を苦もなく再現し、一度弾いたものは何曲前のものでも決して忘れない。初めてルークのうちに来たときには、おっかなびっくりのたどたどしい指使いであったのに、今は『チーズケーキの歌』の曲調の変化に合わせて、指示された音を変えてきさえするのだ。
ルークは最後の一音が空気に溶けていき、鍵盤から指を離したあと、左側に座っているアッシュに笑顔を向けた。「なんだかすっげー楽しい! ピアノ、弾き始めたばかりの、面白くて仕方なかったころのこと、思い出すな」
左側に触れているアッシュの身体が揺れた。アッシュも笑った、と思ったとたん身じろぎをする気配と衣擦れの音がして、頬に暖かい呼気がかかるのを感じた。それがなにか疑問を浮かべるまえに、唇になにか柔らかい、暖かいものが触れる。
「?」 何が触れたのかわからず、ルークは首を傾げて唇をぷにぷにと押した。「今さあ──」
大きな手が、ルークが唇に触れている手を掴み、そっと押しやる。再び、唇になにかが触れ、一度だけルークの上唇を食むようにして、離れる。今度は、ルークにもそれがなんなのか、今何が行われたのか、わかった。
「あ、あの……、アッシュ、」
「……クリームが付いてた」
三度めは、前の二度よりも強く押し付けられた。ルークの手首を掴んでない方の手が背中に回され、軽々と引き寄せられる。
触れた唇でわずかにルークの唇を揉むように食んだあと、かすかに開いた唇を割って、アッシュの舌が入って来る。ゆっくりと舌と舌とをこすり合わせ、歯の裏や上顎を舌先でくすぐり、絡め合わせてやんわりと吸う、繰り返し、繰り返し。ルークの呼吸が苦しそうになるのに気付くとまた外へ出て唇を舐めた。
「そんなに付いてる……?」
少し不安になって、呼吸の合間に尋ねてみたが、アッシュからの返答はなかった。かわりにますます強く抱き寄せられる。
唇や舌に他人のそれを受け入れることなど、ルークは初めてだった。いつか愛する人と交わすだろうそれを、年頃の健全な男子としてなんども想像したことはあったけれども、実際の感触はそのどれとも違った。想像では、呼吸困難になったりしなかったし、こんな淫らがましく呼吸が荒くなったりもしなかった。口角から唾液が垂れていくこともない。なんとなく、たまに自分で舐めとってしまうリップクリームのミントの味がするのだろうか、などと考えていたのだった。
現実のキスは、同級生と木陰のベンチでドキドキしながら交わすミント味のようなものではなく、生々しく欲情した男のにおいがする。それは想像よりもはるかに淫靡で、気持ちがよく、未熟な官能を呼び覚ますものだった。
一瞬だけ、脳裏に「ルークなんて、あっという間にレイプされて終わり」だというアニスの声がよぎった。確かにキスは強引に始まったかもしれないが、無理矢理されているのとは違う。拒否すれば、きっとアッシュはすぐに止めてくれるだろう。
そう思えばこそ、ルークは逆に拒絶のタイミングを見失った。