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パラレルAL 15話

余計な話じゃないんです!
元ネタがあれ(面影ないけど)なので、ちゃんとあらすじ書いたときから弟のパートはあったんです(本当です)

以下続き
そんなわけで、アッシュもルークも最後にちょっとだけ。

「──まだ、倒れないか……」
 前線からややダアト側に入った山中で、眼下に流れる大河を眺めながら、フレイルは呟いた。
「恐れながら、側付きの者がなかなかの手だれにて……」
 問うたわけではなかったが、側に控えたアルマンダインから返答が返り、フレイルは振り向き、眉をしかめた。
「……もう捨て置いてはどうか」
 フレイル自身は、兄を亡きものにすることに、それほど熱心にはなれなかった。見つからない遺体からその生存を知り、暗殺を試みてもう貴重な手の者を二十人近く失った。簡単に片付くと送った三名が連絡を絶ったので、新たに五人と見届の者を送ったのだが、手だれの暗殺者をなんと四人まで、紅毛のダアト兵が兄を守りながら危なげなく倒したのだという。残りの一人は兄が譜銃で倒したのだそうだ。ちまちまと送っていては消耗するばかりというアルマンダインの意見もあり、一気に十人を送ったがそれも全員倒された。十人のうち七人がダアト兵により倒されたという。いかなる成り行きか、兄はかなり腕の立つ護衛を雇ったらしい。なぜ敵であるダアトの兵が兄を守るのか、なぜ剣士である兄が剣を持たずに譜銃など振りかざしているのか、興味がないではないが、それだけだ。

 フレイルは目を閉じて兄の面影を追った。ほとんど世間から隔絶された自由のない生活は、心の成長を遅らせる。心というものが身体の成長に関してなにがしかの影響を与えると言うのなら、兄の身体は確かに成長を阻害されているのだろう。そう何度も会ったわけではないが、どうみても『少年』としか呼べない、キムラスカの成人男子の平均にも届かない身体は、痛々しいほどに小さかった。それにキムラスカの至宝と呼ばれた亡き王妃──母によく似た美貌と誰もが褒めそやす容貌となると、絵に描いたような美少年ぶりだったため、パーティーなどでは十重二十重に令嬢たちに取り巻かれていたが、フレイルは肖像画の母と比べても二人が似ているとは全く思えないでいた。絵の中といえど、母の瞳はいきいきとした生気にあふれ、力強さを秘めながらも優しく輝いている。だが兄のルークは──いつも穏やかな笑みを浮かべ、決して激昂することなく、誰からも愛され、そして誰の記憶にも強く存在を残さない、そんな男だった。自分の意見を持たず、諾々と父に従い、生きているのに、死んでいるもの──そんな印象を兄はフレイルに抱かせた。父を亡きものとした今、なんの脅威にもならない。フレイルはそう思っていた。
 アルマンダインが小さく身じろぎをした。
「甘い、というか」
「……いえ」
「母は元々は、お前の許嫁だったな。母に似たあいつを殺すのに、胸は痛まないか。それとも、やはり母を奪った父の子は憎いか」
「殿下は父君に似ておいでですが、わたしは唯一無二の主と思うております。それに婚約が解消されたのは家同士の駆け引きによるもの。私は父君のことも憎んでなどおりませんでした」
 元よりフレイルが本気でそんなことを疑っているとは思わないらしく、アルマンダインは苦笑した。
「そうですな、ルーク様は亡き王妃陛下によく似ておいでです。あの方がもしも、軟禁に甘んじることなく下々の生活を見つめ、より良い国づくりを意識して下さっていたなら、我々は喜んであの方を支え、従ったでしょう。あの方が王になり、知謀に優れた殿下がそれを補佐する、それが理想のキムラスカではありました。ですが……殿下もお気づきでしょうが、あの方は……周囲の何もかもに、御自分自身にすら興味がおありではなかった。あのかんばせでそのように達観した気だるげなごようすがご夫人がたには受けておりましたが……。あの方は非常に求心力がある。あの方自身が政に興味を持たれずとも、いずれ担ぎ出し王位の転覆をはからんとする者があらわれましょう。今、このうちに、国を荒らす元は絶つべきかと」

 フレイルは目を固く閉じ、大きく息を吐いた。アルマンダインの言うことも良くわかる。なんと言われようと、己は甘いのだろう。だが、殺さずにすむなら……とどうしても思ってしまう。父のことだってそうだ。ぐずぐずと父を倒す決意が出来ずにいる間に、とうとうキムラスカはダアトに攻め込んでしまった。父の死後、フレイルの名で一旦軍を国境の外に出したが、ダアトに送った使者は、未だ親書の返答を持って帰ってこない。

 この戦争は、兄にとっては何であっただろう? 僥倖だっただろうか? 最後に兄の姿を見たのは、彼の出陣式だった。まるでまだ幼い王女が武装しているかのような悲壮感があり、行かせたくないとなおもぐずぐずと諦めのつかない父を困ったように嗜めていた。口上はお手本を読み上げているかのように見事な出来で、だからこそ兵たちの士気も高まったわけだが、その事実はおそらくアルマンダインら『フレイル派』に兄を亡きものとする意思を固めさせただけだったろう。
「兄を守っているというダアト兵が何者かはわからないのか」
「……は。万一を期待して早々に守りの者を外しましたし……あの混戦の中でイル殿下が敵と切り結んでいるのを見た者もおりますが、何ゆえにこのような運びになったのかは」
「捕われたのだろうか?」
「繋がれてはおらぬようですし、それはないかと」
「……」
 あの美しい、生ける屍のようだった兄は、何を考えて追っ手を倒し、西へ──ダアトへ向かっているのか。
 生きたいと、思っているのか。
 ふと、今の兄に会い、その目を覗き込んでみたいと思った。
 ぼんやりと虚無を見つめていたような瞳に、今は何が映っているのかを知りたいと──

「王都まで街道を行くなら、途中で絶対食べて欲しい名物があるんだ! えっとね……」
 翌朝早くに旅立つ二人を、総出で見送りに出ながら、アニスとティアは帰国前に食べて行くべきものをあれこれとルークに叩き込み、シュザンヌとナタリアは途中で食べる弁当やら調味料やらでアッシュの荷物を重くするのに勤しんだ。
 互いの姿が胡麻粒のようになっても、一家とルークは手を振り続けて別れを惜しんでいたが、とうとうその姿が見えなくなったとき、ルークはふと足を止めた。
「……どうした?」
「ううん」
 木々の隙間から、あの赤い煉瓦の色が見えないかとじっと目を凝らしてみたが、これほどの距離が開いてしまっては見えようはずもない。ルークはじっと来た方向を見つめ、ややあって「……世話になった」と小さく呟き、頭を下げた。傍から見れば、ゆっくりと目を閉じて開けただけにしか見えないような、本当に微かな動きだった。
「え? 何か言ったか?」
「んー? いや。行こうか! 真っ直ぐ突っ切るのが早いんだよな!」
「……それはそうだが……そっちへいくと山越えになる。少し迂回路になるが、ここは街道を行こう」
「何言ってんだよ! おれもう野宿も慣れたしさ! 早く着いた方がいいじゃん! 新しい剣にも慣れたいし、それに……あっそうだ! おれに魚の獲り方とか、罠の作り方教えてくれよ」

 楽しいことを思いついたようにきらきら輝いている瞳から、アッシュはそっと視線をずらして唇を噛み締めた。自分の命が、生と死、どちらに傾くかわからぬ天秤に乗せられていることなどまるで気付いていないのだろう。その楽しげな顔を見ると、まるで心臓をぎゅっと掴まれているかのように心が軋む。
「ルーク、戻「何もたもたしてんだよ、置いてくぜー!」
 言いかけた言葉は途中で浚われ、風にそよぐ木々の囁きに解けて行った。

 ──あなたの、本当の心に従いなさい……

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