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灰の日ですv

アッシュの日なのでパラレルアシュルク(未満)SSアップです。

以前ちらっと書きたいなと言って放置していた「ダニーザドッグ」パロだったり。ただ、アッシュはダニーというよりターミネーターが入ってるような気がする。

アッシュがダニーのようにピュアじゃないのは、ルークが女の子じゃないので、あまりにアッシュがキヨラカさんだとアレのとき酷い目見そうだと危惧しての改竄です。(そこまで書いてないけど)

ルークはアッシュの普通じゃなさをなんとなく感づいてますが、アッシュが困ってるようなので流してくれています。ボクサーなどと本気で思ってるわけではありません。ボクシング的なものをやってるとは思ってるようですが、私的にはムエタイ的なものでイメージしてます。映画通りならカンフー的ななにかなんでしょうが、これは個人的好みです( ̄∇ ̄)

ぬるい流血、暴力表現あります。
大丈夫な方はどぞ。

 最後の一人を厚い絨毯の上に沈め、血に染まった拳を静かに収めると、周囲からは感嘆とは違う、畏れの呻きが上がった。
「……相変わらず汚い殺し方だな。もっと綺麗に殺れないか、アッシュ」

 ほとんどは一撃であったとはいえ、血や吐瀉物、脳漿をまき散らす死体の山に、吐いているものたちも多い。それをゆったりと見回し、暗いグレーのスーツに浴びた血しぶきをすんと嗅いで、ヴァンがため息をついた。アッシュと呼ばれた青年は、最後の犠牲者の虚ろな瞳を鋭いまなざしで見つめたまま返事も返さず、ぴくりとも動かない。
 返事が返ることを期待したわけではなかったのだろう、ヴァンは肩を竦めてアッシュに近寄り、鋼鉄と厚い皮で出来た頑丈な首輪をはめた。まなざしから、急に放心したように鋭い光が消え、殺気が霧散するのを複雑そうに眺める。「……言っても無駄か」

 外へ連れ出すと、外で警戒していた男にアッシュを引き渡した。「かなり汚れたからな、明日の朝まで風呂に突っ込んでおけ」
「……どこの娼館でも嫌がられてますよ。女、壊されるって」
「暴力を振るうわけでもなし」
「そりゃ……」
「これだけ暴れてなお有り余るとは、本当に犬並みの体力だな。……それともそれが若さというものなのか?」ヴァンは口元だけを皮肉そうに歪めて嗤った。「どうせ二、三日使い物にならなくなるくらいのことなんだろう。構わん、倍払ってやれ」
 話は終わりだというように、ヴァンはひらひらと手を振って迎えの車に乗り込んでいった。店側がどれほどアッシュを忌もうと、ヴァンのファミリーを拒むことなどできはしない。一度あてがった女たちの中には、腰が抜けて翌日仕事にならなかったとしても、まともに顔すら見ようとしない無愛想な男の世話を焼きたがるものもいる。翌日の料金も払ってやりさえすれば、拒否することなどまずありえなかった。
「ちっ。パパも女もなんだってこうてめえに甘えんだか。淫売の好みはわからねえな。そんなにいい思いさせてやってんのか? 馬並みにでけえとか?」
 男は大柄でありながら恐ろしく均整の取れたアッシュの全身を妬心もあらわに見つめ、その一物の大きさを量るように、舐めるような視線を股間に這わせた。アッシュは無言のまま車に乗り込み、いつものようにぼんやりと外を眺めている。
「……身体のでけえやつはあそこは小せえっていうしな」負け惜しみのように吐き捨てて、男はドアを閉めると運転席へまわった。もとより体術ではヴァンすら敵わない狂犬の下履きをはぎ取って、さらし者にする度胸などあろうはずもない。

 天井近くの壁際に開いた小さな明かり取りから、細く弱々しい日の光が入る。
 日が暮れたら己の手すら見えないような、暗く湿った地下牢がアッシュの住処だった。牢と言っても半分は好きで入っているようなもので、ベッドはあるし、むき出しの水洗トイレは隅にある。子どものころからここにいるので、不便を感じたことは一度もない。それどころか、鍵のかけられたここに一人でいるときが、彼の一番心安らぐ時だった。
 一つの器に雑多に盛られた、量だけはたっぷりある残飯のような食事を貪るように食べ尽くしたあと、アッシュはその細い光の当たる場所へ座り込み、ぼろぼろになった絵本を開いた。
 いつから持っている物かは知らない。物心ついたころには、この絵本一冊と、小さなぶうさぎのぬいぐるみだけが、彼の所有物だった。フォニック語で書かれた絵本の文字を一つ一つ辿り、口に出すのが日が暮れるまでの彼の日課だ。そうしていると、遠い遠い記憶の彼方に、彼を抱きしめ、その絵本を読んでくれた誰かのやさしい声が聞こえるような気がする。何度も何度も、こうして声に出して読んだような気も。絵本を開き、ぽつりぽつりとそれを音読している間は、その儚い記憶がいつも彼をほのかに温めてくれた。
 太陽が角度を変えて文字を追うことが難しくなると、ベッドの枕元に鎮座しているぬいぐるみの傍に絵本を戻す。ぶうさぎの頭を一度撫でてやり、さして広くもない部屋の隅に向かうと、むき出しのコンクリートの床にはヴァンがあれこれ置いて行ってくれた身体を作るための器具があり、サンドバッグがぶら下げられている。
 アッシュはそこで何時間もかけて全身の筋肉をくまなく鍛えたあと、また何時間も黙々と目の前にいない敵に攻撃の型を繰り返した。アッシュの身体は全身がバネであり凶器だ。拳だけではなく、指、肘、膝、踵、頭、すべてが一撃で敵の喉仏を突き、腕を折り、頭蓋を割り、足を砕く。ヴァンの部下が地下牢に鍵をかけるのは、その魔物じみた暴力が己に向けられることを恐れるからだ。首輪を外さないかぎりその力と関心が他者に向くことがないとしても。暗闇の中何時間も黙々と己の身体と言う凶器を研ぎ続ける姿は、どうみても狂人のそれで、まともな人間ではないように見えたからだ。

「アッシュ、お前はここで待ってるんだ。だがこの音素灯が光ったら上がってこい。いいな」
「なあ、大丈夫なのか? 突然暴れ出したりとか……」
 粗大ゴミにしか見えないソファに座らされ、テーブルに置かれた小さな音素灯にアッシュが視線を向けると、アッシュを牢から連れ出した男が怯えた声を上げる。
「てめぇチビってんのかァ?」
「だってパパでさえこいつを恐れて首輪を外したがらねえくらいなんだぜ?!」
「二人とも内輪もめはやめろ。なに、だからこそこっそり連れ出すことも出来るってわけだ。こいつぁ頭がこうだからな」男は畏れの中に嘲りを混ぜて、こめかみのあたりで人差し指をくるくると回してみせた。「首輪を外さなきゃビビるこたあねえ。『グランツの狂犬』がいるとなりゃ、あちらさんも短気を起こす気が起きねえだろうしな。ほら、ぐずぐず言ってねえで、行くぜ。パパにバレる前に牢に戻さなきゃならねえんだ。アッシュ、わかったな。『これが』、『光ったら』、『上がってくる』いいな?」

 手振りで指示を繰り返してから三人の男は階上へ上がって行き、今はもう営業していない古いホテルのラウンジに、アッシュは一人残された。

 白いカバーのかけられたソファセットは、そのカバー自体にすでにうっすら埃が積もっている。侵入者が荒らすこともあったのか、汚れたパンの包み紙や、菓子の空き袋、空き缶、ガラス瓶や雑誌や新聞など、ここが無人になった日にはおそらくなかったはずのゴミが床を覆う。初めはソファと同じように布で覆われていたのだろうが、誰かが興味本位に剥がしたのか、全面ガラス張りの巨大な鳥かごのようなテラス部分には、半分埃まみれのグランドピアノが置き去りになっていた。
 そのどれも、アッシュの興味を引くことはない。ソファーに座ったまま、目の前に残された音素灯をただぼんやりと見つめていた。

 十分ほども経ったころだろうか。
 テラス部分のガラス扉が、軋んだ音を立てて開いた。手入れされず、ジャングルのようになっている庭から、人影が一つ、コツン、コツンというたどたどしい足音を立ててゆっくりと中に入ってくる。アッシュは目を音素灯に向けたまま、視界のすみでその人物を確認した。若い、男──少年。黒に近い藍の……スーツ? 持っている白杖の先が左右に振れているのを見て、足取りがどこかもの馴れない理由を知る。
 アッシュは初めて音素灯から目をはなし、新たに出現した人物に目を向けた。こんなふうに彼がなにかに気を取られるのは、かつてないことだった。
 冬の夜の、暖炉の炎を思わせる暖かな朱色の髪に、抗いようもなく視線が引き寄せられたのだ。

 初めての場所なのか、戸惑うように、あるいは考え込むように時折立ち止まったりしながらも、じりじりと進む方向を見て、彼が埃まみれのグランドピアノを目指しているのがわかった。足下には落ちて割れたシャンデリアの破片や得体の知れないゴミなども散らばっていて、目の不自由な彼の頼りない足取りが見ていて恐ろしい。

 しばらくじっとその光景を見守ったあと、アッシュは音素灯を持って立ち上がり、その人影のところへ恐る恐る近寄っていった。足下でチャリ、とガラスが音を立てる。
「……? 誰かいんの?」
「い──い、る」人に話しかけるのはどれくらいぶりか。しかも相手は見知らぬ人間だ。からからに乾いたのどから出た声は、彼の足取りよりもなおたどたどしかった。
「わっ、ごめんなさい! 全然気配がしないから、ほんとに人がいるなんて思わなかった」男──近くで見るとまだ少年といっていい年頃だ──は、飛び跳ねるほど驚き、持っていた大きな鞄を落とした。「あ……っ、すみません! もしかしてアスターさんですか? おれ、伯父の代わりの、」
「違う」
「え」
「人違い」
「……? じゃあ、だれ? ここ、もう廃墟だって聞いてるけど」
 困惑したように少年が首を傾げるが、答えようもなく、アッシュは無言で荷物を拾い、少年の手に握らせてやった。
「あ……ありがとう」たったそれだけのことで、少年は困惑と不安で曇った顔をぱっと明るくして笑った。「もし良かったら、ピアノのところまで手を貸してもらえないかな。おれはルーク・フォン・ファブレ、伯父さんの代わりに調律に来たんだ」
 何をしにきたというのか、聞いてもアッシュにはわからなかったが、ピアノの場所へ行きたいのは確かなようだったので、アッシュは無言でルークの手を取り、ピアノの場所まで導いてやった。ルークはアッシュよりも十五センチは小さく、握った手は白くてか細く、まるで壊れもののように繊細に見える。
 アッシュはこのように儚げな生き物を初めてみたような気がした。アッシュの周囲にいるものたちは、みな総じて大きく頑丈そうだったし、風呂に入れと時おり連れて行かれる大きな館に住んでいる女たちもこの少年よりは肉付きが良いように思う。
「ありがとう」ルークは手探りで杖と鞄をひとまとめに置くと、目を閉じたままの顔をアッシュに向けた。「今、暇? 良かったら見てく?」
 暇かと聞かれれば、暇ではなかった。しかし彼が一体何をしようというのか興味がないわけではなく、アッシュは音素灯をピアノの上に置いて頷いた。頷いてからルークの目が閉じられたままであることに気付き、声を出そうとした瞬間、「そっか。じゃしばらく付き合ってよ」と笑顔と共に礼を言われ、たじろいだ。
「あ、首振った気配でわかったんだ。いつもはもっといろいろわかるんだけど、あんたはなんかわかりづらいな? なんでだろ」
「……わ、わからない……。ごめん」
「え? あ、ごめん、答えを聞いたんじゃねーんだ」ルークが一瞬きょとんとしたのち、明るい笑い声を立てた。「あんたにわかるはずねーよな! あんた、面白い」
「す──まない、俺は……合図が来たら、行かないと。だから、それまで」
「合図? 待ち合わせ? 工事の関係者かなんか?」
「……なにか、取引をすると」
「そっか。ずっと放置されてたみたいだもんな、ここ。いろいろ問題があるのかも」
 ルークはポンポンとピアノを鳴らし、「あー、やっぱこれ何回か上げなきゃだめかあ。何年調律してねーんだろ?」と呟きながら見えないと思えないほど滑らかに大きな上蓋を押し上げ、上げたままにするための突っかい棒のようなものを立てた。「突上棒も少しぐらつくな……。残念。伯父さんだったらここも直せたんだけど、おれは調律しかできなくてさ」
「ちょうりつ?」
「うん。このピアノ、何年もほっぽってたから音が狂っちまってて、このままじゃ演奏できないんだ」ルークは何か短い曲のようなものを弾いてみせてくれたが、それは元の曲を知らないアッシュにも、彼がため息をつくのも無理はないと思うほど不快な音の連なりだった。「ここ、取り壊すまえに直して、売れる状態にして欲しいって伯父さんが仕事受けたんだけど……一昨日の夜倒れちまって、今入院してんだ。それでおれが代わりにさ。あ、おれはまだ学生で、本職じゃないんだけど、小さいころから伯父さんについてまわって、それなりに評価もされてんだぜ」

 時おり音を鳴らし、ルークが伸び上がって小さなハンマーのようなものでどこかを締めたりしているのをながめながら、ぽつりぽつりと会話を交わした。といっても、話すのは主にルークだったのだが。バチカル生まれの十七歳であること、一歳になるまえに熱病に罹ったこと、そのせいで失明したこと、長い入院生活になるため、両親が幼い兄をグランコクマに住んでいる伯父に預けに行こうとして、飛行機の事故にあい、亡くなったこと。地下鉄で二駅離れたところに伯父と二人で住んでいて、グランコクマ高等音楽学院のピアノ科の生徒であること、もうすぐコンクールなのに不調であることなど、二時間の間にいろいろなことを知った。
 アッシュの方は逆に話せることはあまりなかった。答えられるのは名前くらいだ。年を聞かれても「さあ」としか答えられない。アッシュは自分の年齢を知らなかった。仕事はと聞かれ、詰まったすえに「ひとを殴ったり」と答えた。それが仕事かどうかはわからないが、それしかしていない。ボクサーかと聞き返されたが、その仕事を知らないので「よくわからない」とだけ答えた。
 ルークは不思議そうな顔で首を傾げたが、なにも言わずに当たり障りのない話に切り替えてくれた。
 こんなふうにアッシュに興味を持って話しかけてくれる人も、アッシュ自身が興味を持てる人ももう長い間おらず、久しぶりに交わす会話は到底弾むようにとはいかなかった。それでも話せることを一生懸命返している間に、少しずつ滑らかに声が出るようになっていた。

「終わったー」
「直ったのか?」
「まだだよ。今日はここまでしかやらない。えっと……すごーく低くて、小さい音しか出ない状態になってるから、急に直すと壊れちまうかも知れねーんだ。少しずつ直すんだよ。だから今日はここまで」
 ルークはそういうと、おもむろに何かを弾き始めた。やはり曲はわからないけれど、先ほどのような不快感は感じない。目を閉じたままの顔は苦笑を浮かべているから、アッシュには十分に聴こえてもまだダメなのだろう。きちんと直ったあとの演奏を聴く機会がおそらくないということが、残念に思えた。

 最後の一音が収まった直後、テラスの反対側、奥の壁際にある階段にひとの気配を感じた。だが音素灯は相変わらず合図を送って来ていない。ルークもやや遅れて気付いたようで、次の曲を弾きかけた手を止めて気配のするほうに顔を向けた。
「こんな廃墟でピアノ演奏が聴けるとは思わなかったな」
 低く、陽気な声がかけられる。ルークが首を傾げてアッシュの方へ顔を向けたが、これもアッシュに答えられることではない。
「あの、アスターさんですか?」
「んん?」
 肌の黒い金髪の男は、実に曖昧な返答をした。ルークはますます困惑の表情を浮かべたが、とりあえずこの古いホテルの関係者だとみなすことにしたらしい。
「仕事を受けた叔父が一昨日から入院しましたので、代わりにおれが来ました。半音低下してたので、一日で調律しないほうがいいと思って、今日は下律だけです。何回かにわけて少しずつ上げたほうがいいと思います、あの……お売りになるって話なので」
「君たちは調律師?」
「あ、いえ、おれは」
 ルークが何か言おうとしたときに、近寄ってきた男はルークの閉じた目と、荷物の横にある白杖に気付いたらしい。
「ああ、兄貴は目の代わり? 仲良し兄弟か、いいねえ〜」
 男はひらひらと手を振って、正面入り口の方へと消えていった。
「兄貴? ……兄弟?」ルークが男の足音が消えて行った方向に顔を向けた。「なんでそんな勘違い? おれたち、似てんの?」
 アッシュは答えず、一度も合図のなかった音素灯を見つめた。
「なあ……」「しっ」
 静かになったテラスで耳を澄ます。ややあって、外でかすかな車の開閉音とエンジン音が二台分聞こえ、やがて走り去り、消えた。
 アッシュは音もなく立ち上がり、気配を消して男が降りて来た階段を上がった。人の気配を探りながら上へ上へと上がっていき、最上階のレストラン跡で、ヴァンの部下たち三人と、見知らぬ男たち計六体の死体を発見した。どれも一撃で首をへし折られて事切れており、ヴァンならば「美しい殺し方」と賞賛するかもしれない静かな現場だった。

 おそらく、やったのはさっきの男だ。ピアノの音に気付き、階上の異変に気付かれたか様子を探った。都合が悪いと思えば当然殺すつもりだっただろう。だがルークが無害な少年であること、誰かの依頼でここに来ているらしいこと、二人を連れだと勘違いしたことなどから、実行はされなかった。
 アッシュは静かに階下に戻った。

「アッシュ……? なにかあったのか? さっきの車の音は?」
「なんでもない。もう行った」
「行った? 帰ったってこと? アッシュ、置いて行かれたのか?!」
「……どうだろう?」行ったのはヴァンの敵である。アッシュをここに連れてきたものたちは皆死んでしまった。だが先ほどの話を聞いていたぶんでは、アッシュがいないことに気付いてヴァンが迎えを寄越してくれるかどうか。
「どこまで帰るんだ?」
 と、聞かれても、アッシュは自分の住処がどこにあるのかなど知らなかった。だが移動する車の中から見ていた景色を辿れば、帰るのはそう難しいことではないだろう。
「まただんまりかよ」ルークは困った様子で頭を掻いた。「あんたの場合、答えられないのか、帰る場所がないのか、ほんとわかんね」
 アッシュが困惑する気配を感じたのか、ルークが肩をすくめた。
「伯父さんさんが言うには、おれは普通の人より勘がいいんだって。生まれつきじゃないけど、ほとんど生まれたころから目が見えないから、なんとなくそういうこと感じるらしい。……アッシュ、こっちへ来てくれる」
 手招きされるまま近寄ると、ルークが両手を突き出してなにか探すような仕草をした。思わずそのか細い指先を取ると、ルークはむにむにとアッシュの手のひらを揉んだ。「……固いな。あ、拳ダコある。なあ、顔とか、あっちこっち触ってみてもいい? アッシュがどんな人なのか知りたいんだ」
「う、うん。構わないけど……」
「じゃ、お言葉に甘えて。──腕太い。すげー綺麗に筋肉付いてんだな。いいな、羨ましい」
 特に拒否することもなかったので、好きにさせていると、アッシュの知るどの男の手よりも白く美しい手が胸へ移動し、ぺたぺたと凹凸を確かめては感嘆のため息をつき、探るように上へ上へと上がってきた。首輪に触れて少し首を傾げたあと、顎を捉え、頬を包み、鼻の高さや唇の厚さ、目のくぼみや耳のかたちまで何度も指を這わせて確認する。
 ぞくりと、身体の芯に震えが走った。
「んー……パーツが似てんのかな? どう?」
 そう問われてもアッシュは自分の顔などそうまじまじ見たことがなかったため、ルークの手に頬を挟まれたまま、首を振った。「髪の色は、似てる」
「へえ。アッシュ、赤毛?」
「うん」
「ふうん……。あかって、どんな色なんだろう? おれと伯父さんの赤毛は結構珍しいって言われるのにな」
 ルークがアッシュの髪へと手を伸ばし、くしゃくしゃと撫でた。「おれの髪より腰がある。けど、結構もつれてんぞ。ちゃんと梳かしてる?」
「……たまに」
 地下牢から別の館へ連れて行かれると、アッシュの髪の扱いのひどさに女たちが憤慨し、丁寧に洗って梳かしてくれることがある。
 たまにかよ、とルークは苦笑し、手探りで鞄から出した道具をしまい、途中で脱いでしまっていた上着に袖を通した。それがスーツではなく、学校で決められた服装なのだということを今はアッシュも知っている。
「外まで一緒に行く」アッシュは鞄をルークから奪い、力を入れたら砕いてしまいそうなほど華奢で骨張った手をそっと握った。テラスから入ってきたときの足取りのおぼつかなさを思うと、正面玄関から出してやった方が良さそうである。
「なあ……今、暇?」ルークが最初に言った言葉を再びかけてきた。「暇なら……おれをうちまで送ってくれないかな……」
 アッシュは思わず踏み出した足を止めて、俯いているルークの頭を見下ろした。ここまで一人で来たのだから、当然一人で帰れるはずだ。外の歩道ならこんな障害物が地面を埋めていることもあるまい。
「──う、ん。わかった」
 だが、気付くとなぜか頷いていた。ルークの顔がぱっと明るくなり、はにかんだような笑みが唇を飾る。

 ふと、閉じられた目蓋の下に隠された瞳の色を、知りたいと思った。

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料理、読んだ本、見た映画、日々のあれこれにお礼の言葉。時々パラレルSSを投下したりも。

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