バニシング・ツイン 31

 障気の泥の底へと、タルタロスはゆっくりと沈んでいった。

「まだ少し時間かかりますし、私艦橋にいますから。皆さん少しお部屋で休まれませんか?」
「あ、俺はいい、楽させてもらってるしな。俺も見てるから、みんな戻ってくれ。特にナタリア、アニス、ひどい顔色だ」
 ノエルのすすめに、ガイが振り返って同意する。あやうく奈落へ落ちるところだったナタリア、抱え込んでいた秘密を明かしたアニスは、ルークの目にもひどく消耗して見えた。一眠りするようルークからも強く押すと、ナタリアは素直に感謝の言葉を呟いて艦橋をよろばい出て行く。このようなとき意地を張ってもろくな結果を生まないことを承知しているのだ。
 一方アニスはなかなか首を縦に振らなかった。疲れていないからではなく、ずっと抱え込んで来た秘密を暴露したことで軽い興奮状態にあるのだろうし、本来軽蔑されるべき立場の自分に休息を許すまいとする厳しさもルークは感じた。他ならぬルークも、自分は立ち止まってはいけない、休んではいけないと思った時期があったから、そんなアニスの気持ちはよくわかる。
「アニス、休めるときにはちゃんと休もうぜ」ルークは大丈夫だと言いはるアニスを椅子から無理矢理引きはがして艦橋を連れ出さなければならなかった。
 アニスは『アニスちゃんのお部屋』という紙の貼られた部屋にたどり着くまでぐずぐず言っていたが、ルークが促すと素直にベッドに入った。目の下まで毛布を引き上げて、ルークをじっとみつめる。
「眠るまで、傍にいるからな?」
 ルークがそういうと、安心したように目を閉じ、くるりとルークに背を向けた。
「ごめんね、ルーク」
「ん? なにがだ?」
「……」
「アニース?」
 からかうように声をかけても、アニスからの返答はない。いつの、なにに対してのごめんねなのか、背中を向けて丸まってしまったアニスの薄く尖った肩を優しくなでながらルークはしばらく考えた。生まれも育ちもちがうもの同士が寄り集まっているのだから、細かいいさかいは枚挙にいとまがない。だが、こんなふうにルークに背を向け、なでられる肩をこわばらせるものというと、心当たりは一つしかなかった。
 ルーク自身はもう吹っ切って前を向いているのに、まだ気にしていたのかとルークは目をみはった。するどい言葉は言われた側だけでなく、言ったほうにもいつまでも傷を残すと、そんな言葉を言わせてしまった自分自身を改めて恥じる気持ちが沸き起こる。少し強めに肩をたたいて「少し寝ろって」とささやいた。
 答えは返らなかった。

 しばらくは計器を見守る必要もないので、ルークも部屋へ戻っていても良かったのだが、これがこの艦の最後の航海なのだと思うと、なんとなく艦橋から離れがたく、結局アニスを寝かしつけてからまっすぐに艦橋に戻った。
 思えばルークは旅の最初から世話になったのだ。初めて人を傷つけたのもこの艦ならば、アクゼリュスの崩落から救い出してくれたのもこの艦だった。自分の愚かさを思い知らされたのも。
 ある意味、アッシュやアニスは複雑な思いもあっただろうが、
「おれ、こいつには最初から世話になったから。なんだかちょっと淋しいな」
 というのがルークの偽らざる気持ちだった。
「そういえばそうね」
 感傷的にすぎるルークを笑うでもなく、ティアが生真面目に同意する。なんとなくそこらの壁にすり寄りなでていると、アッシュが子どもの所業を見るようなあきれ顔でルークを見ているのに気付き、ルークはわざとむっとした顔をつくってイーッとアッシュに歯をむいてみせた。アッシュが驚いたように目を丸くしたのを見て、少し溜飲が下がった。

 休めたのは数時間だったが、格段に顔色の良くなったナタリア、どこか面映そうなアニスが艦橋に戻ってきてしばらくすると、ずっと感じていた浮遊感が止まった。あ、と思う間もなく陸艦はがくんと一度だけ大きく揺れて完全に停止した。
「ノエル!」
「地核到達確認しました! 振動装置起動します!」
 報告しながらノエルはきびきびと立ち上がる。「私は先にアルビオールに向かいます。皆さんは甲板でお待ち下さい!」
「わかった。頼むな、ノエル」
「はいっ」
 ぞろぞろと甲板へ出て、一同は息を飲んで周囲を見回した。
 魔界よりもはるかに濃い、色が重力を持つほどの障気がうずまき、澱むうねりを見ているだけで障気に冒されていくようで、障壁の内側にいながら息苦しくなる。まるで長い間に積もり積もった人の罪が、その場にこごってこの星を苦しめているような、そんな気がした。
 胸が痛むのは、生きたいと叫びながらこんなところに落ちていったシンクのことを考えずにはいられないからかもしれない。
「私がすぐに傷を治していれば……」
 ちょうど同じことを考えていたらしいティアの淡々とした呟きを拾って、ルークは唇を噛んだ。
 ティアはあまり感情を表に出さずに話すからわかりにくいが、彼女らしくもないことを思わずこぼしてしまうほど傷ついているのにはかわりがないだろう。だが、あの時点ではシンクは敵で、治療する余地などなかった。ルークとて、もう少しシンクをしっかりつかめていたら……そう考えないでいるのは難しい。けれど、それをルークが言えば、それこそナタリアまでもが自分が腕を射たからだ、などと言い出すような気がする。あなたのせいではないと言って欲しくて力のなさを嘆くのはなにか違うと、ルークはあの時しがみついた船縁に寄って、目を閉じた。祈りの言葉など知らない。ただ、目を閉じて、シンクやイオン、そして生きるということをなにも知らずに殺された彼らの兄弟のことを想った。

 しばらくして、ルークはふと強い視線を感じて目を開けた。振り返るとごく近いところに淡い光をまとい、アッシュが立って、うっすらと笑んでルークを見つめている。まるで親が子を見るような慈愛に満ちたほほえみに、思わずぽかんと口をあける。アッシュは突発的に甘い言葉を言ってくれたりもするし、ふと気付くと思わずルークが赤面してしまうほど熱のこもった目で見ていることもあるけれど、基本的なもの言いや仕草は意地が悪く、ぶっきらぼうなものが多い。これはもう性格的なもので、ルークとこういう関係になったからといってまるきり変わってしまうものではないのだろう。だが今ルークに見せる表情は、そんなアッシュのひねた心情など微塵も感じさせない。なんのてらいもない、シュザンヌがルークに向ける笑みによく似たものが、アッシュの顔をおおっていた。
 ルークの表情の変化にアッシュはますます笑みを深くした。そしてのんびりとした足取りでルークの正面に立った。
 目の前にいるのは確かにアッシュに違いないのに、身体がふるえだすほどの圧迫感を感じる。淡い光をまとう姿は神々しく、蔑むような視線でルークを見つめるヴァンの前に立つときよりも強く、畏怖を感じる。太刀打ち出来る存在ではないと本能が告げた。
 なのに、奇妙に慕わしい。ルークをかたち作る音素のすべてが、たぐり寄せられるようにアッシュに引かれていく。
「……人より生み出された存在の死を悼むか」
「おれもレプリカだぜ?」
 ふむ、とアッシュは首を傾げ、ルークの頬に片手をあて、親指で目の下を軽くなでた。親しみとからかいの仕草に、総毛立つような歓喜と、なにもかもが暴かれてまるはだかにされるような羞恥とを感じ、ルークは思わず赤くなりながら必死で口を開いた。
「お前……だれ……?」
 ルークはまじまじとアッシュを見つめた。外見は変わらないが、アッシュではないことがはっきりとわかる。なのに、起こってしかるべき警戒心がちっとも沸いて来ない。
 この当然の異変に気付かないものはなく、それぞれが凍り付いたようにアッシュを見つめていた。仲間たちの上に視線を一周させてアッシュに戻すと、彼の視線はルークから離れていなかったらしく、いとおしむような視線に面白がるような色ものせて、アッシュはかすかに首を傾げた。その表情、仕草は、およそアッシュのものではありえなかったが、やはり警戒する気は全く起こらず、ルークは更に頬を紅潮させてうつむき、上目遣いでアッシュをうかがった。するとアッシュが少し驚きに目をみはり、さらに笑みを深くした。
「アッシュと私が完全同位体であることを、あまり忘れないほうがいい、ルーク。我が同位体のひとり。ようやくお前と話すことが出来る……」
「アッシュの完全同位体……我が同位体、って」
 おもわずきょとんとして問い返すと、アッシュはますます笑みを深くして頬に当てた手でごく軽く頬をはたいた。痛みがあるものではない。だがそれは、少しは考えてものを言え、というようなことを言いたいときのアッシュが注意をうながすためによくやる仕草で、ルークは目の前の相手が本当は誰なのかと少し混乱しそうになる。
「『ローレライ』と。お前たち人の子は私をそう呼んでいる」
 視界のはしに、ティアがローレライ、とつぶやくのがうつった。ルークはまじまじとアッシュを見つめた。本来外見に差がないはずのアッシュとルークをなぜみんながほとんど誤ることなく見分けるのか、はっきりわかったような気がする。身体は確かにアッシュのままだった。数分前と寸分変わることはない。だがそれを司る精神といえるものがアッシュではないことを、その顔に刻み込まれた悠久の時間と英知、底の見えないほど深い慈悲とが、はっきり感じさせた。
「私を解放してくれ、ルーク。この永遠回帰の牢獄から……」
 自らをローレライと名乗るアッシュに、ルークは驚いて目をしばたたく。「解放……牢獄?」
 わけがわからない。疑問が頭をうずまいて、あれこれ聞きたいことがあるのに何一つ口の端に上ってこない。その永遠回帰の牢獄とはなにで、なぜ解放しなければならないのか。解放と言うからには現在は虜囚であるということなのか。今まで自分に話しかけてきていたのはあなたなのか、なぜアッシュではなくレプリカのおれなのかと……。
「お、おれはレプリカだし……アッシュの、ほう、が」
「アッシュは、預言の軛から逃れることが出来ない。お前でなければ。そのために人の子のわざに介入したのだ……」
「い、言ってること、わかんねー……」
 自分のことを頭が良いと思ったことなどなかったが、相手の言葉が何一つ理解できないほど情けないとまでは思いたくなかったのに。
「今、アッシュは……」
「深いところに意識を沈めている。私が去れば、上がってこよう。心配はいらぬ」ローレライは心配するなというようにルークに笑んでみせたが、かすかに顔を歪めた。「私の力を、なにかとてつもないものが吸い上げている。それが地核を揺らし、セフィロトを暴走させていた。お前たちのおかげで地核は静止し、セフィロトの暴走も止まったが、私が閉じ込められているかぎりまた再び……」

 一度だけ明滅してとりまいていた淡い光が消え、アッシュの身体が支えを失ったようにがくりと前にくずおれる。ルークは慌てて腕と肩のあいだでアッシュの頭をうけとめ、ゆっくりと膝をつかせながら抱え込んだ。
「アッシュ、大丈夫か?」
「……く、そ……。なにがあった……?」アッシュは血の気の引いた額の片側を押さえ、目を閉じてしきりと首を振っている。「急に意識が……」
 アッシュの声をかき消すようにアルビオールの駆動音が響いた。格納庫からノエルが回して来たのだ。ガイが、呆然として二人を遠巻きにしていた少女たちを促してアルビオールに向かい、こちらを向いて急げというようにルークにうなずいてみせる。
「肩を貸すよ。ここ、そろそろ危険だ。アルビオールに移動しよう」
 物問いたげなアッシュの視線をきれいに受け流して、ルークはアッシュを支えてアルビオールへ向かった。
 心配するほどもなく、アッシュはすぐに支えを必要としなくなったが、安堵する気にならなかったのはアッシュの顔色の悪さ以上に、ずっとルークを苦しめてきた『声』の主がローレライと名乗ったことへの不安もあったかもしれない。

「もういいのか、アッシュ」
 ルークに支えられている姿を見ていたガイが、一人でタラップを上がってきたアッシュの後ろで、今にもころがり落ちてこないかというようにはらはらと両手を差し出したりひっこめたりしているルークの姿を見いだして、苦笑気味に声をかけた。
「ああ」
 アッシュが窓際の座席にルークを押し込みながら憮然と答える。ルークは素直に窓際について、外を見つめた。作戦は成功、といっていいはずだ。この心まで暗うつになってくる澱んだ景色ともこれでさよならできる。喜んでいいはずだったが、シンクのことを思うと──それからアニスとイオンとの対面のこと、ローレライと名乗るものの願いのことを思うと、ひと掴みの障気の泥を飲み込んでしまったような、そんな気分が晴れないのだった。
「ではユリアシティに向かいますね!」
 全員が無事席に着いて身体を固定したのを確認してから、ノエルがアルビオールを発進させた。ふわっとした独特の感覚があって、アルビオールが浮いた直後、お願いねと声をかけているティアを制してルークが声をかけた。
「ごめん、時間がないのに予定変更させて悪いんだけど、べルケンドに寄ってくれねーか? アッシュのことも気になるし、ここのとこティアもなんだか顔色が悪いし……」
 ティアとアッシュは異口同音に大丈夫だと声をあげたが、
「ティア、あなたほんとうに最近顔色があまりよくありませんのよ。いろいろなことがあったから、仕方ないと思ってましたけど……。アッシュもローレライに身体を奪われたんですもの、念のためにお医者様に診ていただいたほうがいいですわ」
「ちゃんと精密検査をしてもらおうよ。アッシュはほら、あのこともあるんだしさぁ……」
「ルークがよく言うように、急がば回れってこともある。進むべきときを見誤らないようにしなくちゃな」
「行ってみるですの!」
 そんな時間はない、と言いかけていたティアが、ちょっと怖い顔をつくったミュウに断じられて頬を染め、しおしおと頷く。
「行くよな……?」
 ずっと一緒にいてくれるというならば、体調管理もアッシュの義務だとルークは思う。重ねて大丈夫だと言われたら言い返してやろうと待ちかまえたが、アッシュはルークの表情をみて反駁を飲み込んだようだった。
「わかった。チビのいう通り、俺たちには大爆発のこともある。解決策についてはまだそう進捗もねえだろうが、できるだけこまめに体調の変化は記録しておくべきなのは確かだ」
「うん」
 ルークはほっとしてアッシュの肩に寄りかかった。アッシュだ、と強く思う。ローレライのことも慕わしく思えたけれど、こんなふうに傍にいて、ルークを安らがせてくれると同時に心騒がせるのはやはりアッシュだけだ。どちらも同位体であることに違いはないのに、そのことは少しも不思議に思えなかった。
「なにがあったのか、話せ」
 ぼんやりしていた耳にするどい声が入る。声は同じなのに、やはり両者の区別ははっきりとついた。アッシュはルークなどよりずっと大人びているが、ローレライに比べると齢を重ねて来た年月の少ないぶん余裕がないのだ。
 時おり挟み込まれる質問に思い出しながら答えたが、ナタリアから「正確にはこう言ってましたわ」とかアニスから「顔はアッシュだったけど、表情はルークに近かったかも。大人になったルーク、ってかんじ?」などと補足や注釈が入ると、アッシュはルークのあいまいな記憶にさっさと見切りをつけて、質問の相手を彼女らに切り替えた。

「で、なんでお前がそんな不機嫌なんだよ……」
 不機嫌なのはルークのはずなのに、なぜかアッシュに睨みつけられてルークは思わず窓際に背をおしつけ、少しでもアッシュから遠ざかろうとした。外の景色が楽しめる窓際の座席は確かに魅力があったけれど、こうなると完全な袋小路なのがしゃくに障る。
「だれかれかまわず警戒しろとは言わねえが、あれには隙を見せるな」
「あれって?」
 アッシュはむっと唇を引き結んだままそれには答えず、ルークの顔を正面から見つめた。正面から見つめているのに、まるでルークを透かして遠いなにかを見定めようというような、焦点の合わない瞳に、胸がざわめく。
「実は、スピノザが俺から個体情報を抜いて複製を作り出そうとしている段階で大規模な事故があったんだが、お前はその結果で出来た偶然の産物だと思われていた。完全同位体というのは、理論上では存在するが、人為的に造りだすのはいまだ不可能と言われてんだ。だがその事故をディストが再現して、たった一例だけだが完全同位体を生み出すのに成功した。つまり、あれの言う『人のわざに介入』というのは……その事故のことなんだろう。レプリカには預言が作用しないと気付いたあれが、お前と言う存在を生み出すためにわざと事故を起こした」
「え……」ルークは驚いてアッシュを見つめ返した。

 ──アッシュの完全同位体を生み出すために?

「自分を解放させるためにわざわざおれを? だけど、フォミクリーの生体実験はいままでだって秘密裏に繰り返されてきたんだよな? おれじゃなきゃ、っていうか、アッシュのレプリカでなきゃだめだったのかな……? あ、解放するのに超振動がいるのか」
「超振動?」
 アッシュが弾かれたようにルークを見て、ルークはなにか自分がまずいことを言ってしまったのかと身を引いて首をすくめる。
「ローレライの解放は、お前の力でも出来るということか?」
「そ、そうなんじゃねーの? だってレプリカなら誰にだってできるんなら、今までだってスピノザやディストが……前はジェイドだって、レプリカを造ってたはずじゃん。──おれにやれっていうなら、やっぱり力がいるのかな、って……」
「ああ……」アッシュが疲れたように首を振った。「今はおれたちが知ってるだけでもイオンとシンク、最低二人のレプリカがいた。彼らには頼れず、おまえにばかり接触を試みてきたのは、つまりそういうことなんだろう」
「……お前がコーラル城でフォンスロットを開くまえから、あんまり聞き取れなかったけどおれには声が聞こえてたんだよな……。お前との回線より頭痛が酷くて。お前にはそういう接触、なかったのか?」
「ああ。ないな、一度も。今回乗っ取られたのが初めての接触だ。──実在するとも思ってなかった」
 アッシュの声音になにかひやりとするものを感じて、ルークはアッシュの厳しく引き締まった横顔を見つめた。視線を感じたか、アッシュがルークに視線を流し、顔つきをやわらげる。ルークに内心を読ませないために表情を消したのだと言うことがはっきりとわかったが、ルークはそれにも気付かないふりをして、ただ身体から力を抜いて、寄りかかった。アッシュの腕が後ろから腰にまわり、引き寄せる。気付かれないようにうかがった先で、アッシュの表情は再び怖いくらいに固くこわばっていた。

 心配だからと言いながらも、なにごともないことを確認してすぐに旅立つつもりだった面々は、べルケンドで久しぶりに顔を合わせたジェイドから、ティアの体調に関する思わぬ話を聞くことになった。
「ですが、治療法……と言っても良いのかどうかはわかりませんが、解決策がないわけではありません。大爆発回避のための研究を進めていたのが幸いです。これならば応用がきく」
「なんだ、おどかすなよ旦那」不安を色濃く残したまま、ガイが苦笑する。
「言っておきますが、私は反対です。スピノザ博士も」
 おだやかなシュウが吐き捨てるように言うのに全員が瞠目する中、眼鏡を押し上げるふりで表情を隠したジェイドが淡々と研究成果を告げた。
 しかし、それが『治療法』であるとは、たしかに誰も思わなかったろう。


(2012.05.09)