「兄さんはタルタロスを止めるために、ヘンケンさんたちに何をするかわからないのよ?!」
「ティア、ティア、焦る気持ちはおれだっておんなじだ、わかるよ! だけどさ、街にリグレットが来てた。港へも六神将が誰か来てるかも知れない。……師匠自身が来るかも知れない。ろくに睡眠も取らず疲れ果てたおれたちが、師匠相手にまともにやり合えるわけねーよ! こういうときこそ焦っちゃダメなんだ。休むときには休む、進むときには進む、いつもの旅のリズムを崩しちゃダメだ!」
焦りと恐怖に突き動かされ、とにかく先へ進もうとする仲間たちをルークは辛抱強く説き伏せようとした。初めての旅のときのように、真っ向から馬鹿にして反対するようなことはないが、ルークの意見と急がなければという気持ちを天秤にかけ、進むという方にそれが傾いているのは確かだった。だが、ずっと一人旅をしていたアッシュと行動をともにすることで、ルークもそれなりに学んだのだ。ごくたまに暴走することがあったとしても、アッシュは『敵』の出現する場所での体調管理には神経質なたちだった。急ぐからこそ今は休む。仲間の命、外殻大地に住まうすべての命のために、ルークは絶対に意見を譲ってはならかった。
「わたくしは、ルークの意見に賛成ですわ」
誰もルークの意見を聞き入れようとしなかった最初の旅と違い、信念のある意見には賛同してくれるものもいる。ナタリアが真っ先にその意思を示した。
「わ、私も、ルークさんの意見に賛成です!」続いてノエルが勢い込んで頷いた。「技術者は剣や譜術は使えないけれど、無力じゃありません。代々シェリダンやべルケンドの技術者たちは、権力者や他国の軍を敵に回しても技術や知識を守るために戦ってきました! 私は、皆さんが港へ辿り着くまで、みんながタルタロスを守ってるはずだって信じます」
ルークはアッシュを、ノエルは身内、家族同然に親しい技術者たち、街の知人を残して来た。その二人が強い瞳で主張する意見に、まずガイが折れた。
「そうだった、技術者は確かに無力じゃない。俺もそう信じるよ。ティア、アニス。ルークの言うことは最もだ。夜はきちんと休むことにしようぜ」
アニスもこくんと頷いた。「ティア。お腹も空いたでしょ? 今夜はアニスちゃんが腕振るっちゃうよ! 大丈夫、総長は皆で止めるよ。地核も止めるよ! 大丈夫!」
大丈夫、大丈夫と自分自身にも言い聞かせるように囁きながら、ノエルがティアを抱き寄せる。まるで消え入りたいとでも思っているかのようにティアは身を縮めて強張らせていたが、とん、とんとノエルに優しく叩かれているうち、涙をこぼしながらようやく力を抜いて、頷いた。
街がすぐそこというところまで来て、一行は街が何やらぼんやりした白い靄に包まれているのに気付いた。
「これ……なに? この臭い」
「これは譜業の催眠煙幕です……!」
「何とか中和出来ないのか?」
街とノエルの間で視線を忙しくなく動かしながらガイが問うのに、ノエルは少しの間思案し、首を振った。「時間が経つのを待つしかないと思います……強力な譜術でなら吹き飛ばせるかも知れませんが……」
「ジェイドがいれば、か」ルークは自分とアッシュのためにジェイドが外れたことを思い、唇を噛み締めた。
その様子にナタリアが気付き、きりきりと眉を上げる。
「ルーク、今はタラレバの話をしているときではありませんのよ。濡らした布でも巻いて、突撃しませんこと? 煙には違いありませんのでしょ。眠くなったら、わたくしが起こして差し上げますわ」
背に手を回し、矢を抜く仕草をするナタリアの雄々しさに、ルークはファブレ家の敷地内にある広大な森で、無謀な遊びに連れ回されていた子どものころを思い出して苦笑した。「ナタリア……この状況でそんな賭けみたいな真似出来ねーよ。ノエル、これ、目に沁みる? ティア、譜歌は効かないかな」
「口や鼻から吸い込まなければ……大丈夫だと思います」
「私譜歌を歌ってみるわね!」
しばらく煙の漂う場所で譜歌を歌うティアを中心に様子見したあと、ルークは全員の顔を見回して頷いてみせた。「今のところ、眠いやついねーな? よし! 用心のために、ナタリア案も採用しよう。濡れタオルで口と鼻を覆って……。少しでも眠気を感じたら、すぐに申し出てくれ。最悪、タルタロスに乗り込んで進路が取れるまで持てばいい。自己申告無しで寝そうなやつがいたら、気付いたやつが全力で殴れ! 行こう!」
「おう!」
アニスが元気よく拳を突き上げ、全員で濡らしたタオルを顔に巻き、意を決して足を踏み出した瞬間、ルークの走り方が急によたよたしたおかしなものに変わり、頭を抱え込む。
「ルーク?!」
「眠気がっ?!」
「……痛っ、だ、大丈、夫。アッシュだ。──アッシュ、思ったより早かったな! 無事で良かった……! え、う、うん、今から街に突入するとこ……。えっ……?! あ……ああ、わかった、伝えるよ。アッシュはこれから……う、うん。わかった。気を」
「アッシュか?」
「そんなに慌てて切らなくたって……!」
走りながらルークがしょんぼりと呟くのに、ガイが苦笑して後ろ頭をはたいた。
「って!! 何すんだよ、ガイ!」
「お前が痛がろうが苦しもうがお構いなしだったアッシュが、お前が痛い思いしないように気遣ってくれるようになったんだ、良かったじゃないか!」
「アッシュはなんて言って来たの? 皆は無事?」
問いかけるアニスにルークは深く頷いた。「ノエル、みんな無事だから安心しろって! イエモンさんがちょっと腰を打って立ち上がれないくらいで、重傷者もなし。神託の盾の第七譜術師が手当して回ったらしい。さっきまで神託の盾兵を中心にして街をあげて厳戒態勢をとってたけど、もう安全って判断して解除したそうだ。通りすがりに拾ってくれって」
これから敵陣と化した場所へ乗り込もうというときに、それは最高に士気を上げてくれる知らせだった。全員の顔がぱあっと明るくなり、笑顔も浮かぶ。「アッシュやるぅ! ここで抜けられちゃうのは痛いなぁって思ってたけど、さっすが!」
「あれだけの神託の盾兵を一日で掌握するなんて……リグレットもいたのに、やっぱりアッシュはすごいなあ……」
アニスの言葉に続き、ルークがどこかうっとりしたように呟くのを、ナタリアが苦笑して見つめる。
「俺たちも、アッシュに負けてられないぜ!」
ガイがルークの背を叩いて言えば、ルークも振り向いて笑い、強く頷いた。「そうだな!」
直接吸い込むとまずいのだろうが、街へ入ってみると煙はずいぶんと薄れているような気がした。
それでも用心のために譜歌を歌うティアを中心に一塊になり、進んで行く。
「譜歌の効果、ばっちりだな」
「ああ」
ほっとしたように笑うガイに、ルークも頷く。
「あんたたち! 良かった寝ちまってなくて」
「今、街の入り口まで迎えに行こうと思ってたところなの」
物陰からヘンケンとキャシーが現れ、一同はあっけにとられた。
「え、ならこれは皆さんの仕業でしたの?」
「神託の盾の連中、タルタロスを盗もうとしやがってな」
どこか得意そうに胸を張るヘンケンの横で、キャシーが不安げに問いかける。「やつら、街へも行ったみたいなんだけど、タマラたちは……」
「大丈夫、みんな無事だ!」ルークが見るものの気持ちまで明るくする、まるで向日葵を思わせる笑顔を見せると、二人の顔も釣られたように明るくなる。「イエモンさんが腰を打って今立てないみたいだけど、治療も受けてる。元気だよ!」
「けっ、じじいが無茶をしやがって! ぎっくり腰じゃないだろうな!」
途端に水を得た魚のようにヘンケンがイエモンを罵り始めるのを、ルークは興味深く、仲間たちはにやにやと見つめた。
「あなた、べルケンドで会った子の弟さん?」キャシーがルークを覗き込んだ。
キャシーたちがべルケンドでアッシュに会ったと気付き、ルークは笑って首を振った。「おれは、彼のレプリカなんだ」
いつからこんな風に、相手の反応を怖れずにレプリカだと言うことが出来るようになったのだったか。きっと、被験者のアッシュがレプリカの自分を認めてくれて、被験者とは別人だと、パートナーだと言ってくれ、強く、深く愛してくれることで自信を持たせてくれたのだろう。
「まあ、似てないわね。あなたの方が可愛いわ」
キャシーの遠慮のない感想に、ルークは曖昧に表情を濁し、仲間たちは吹き出した。
「そんなところで暢気に立ち話とはな」
嘲りを含んだ低く重々しい一言が、明るく弛緩した空気を裂いて落とされた。なに、と思う間もなく全員が吹き飛ばされる。風圧に逆らいながら体勢を整えたルークの目が、万が一にもここにいて欲しくないと祈るように思っていたヴァンの姿を捉える。「せ、師匠……っ!」
その声に初めて気付いたようにヴァンがルークを見据え、「ほう」と面白そうに目を見開いた。
「少し見ぬまに、なかなかの面構えになったようだな」
「……!」
そんな風に言われると、やはり心のどこかが喜びで震える自分をいっそ悲しく思いながら、キャシーとヘンケンを庇うように立ち、ルークはヴァンの顔を見据えた。
「今の私たちで兄さんには勝てない……。振り切って行くしかないわ」
兄の顔をまともに見ないようにしてティアが言うのに、ああ、とルークが頷いたその時だった。横合いからヴァンに向けて何かが投げつけられ、ヴァンがそれを反射的に切って捨てた。とたんその小さなボール状の物体から膨れ上がるようにピンクと紫の煙が発生してたちまちのうちにヴァンから視界を奪った。
「……メテオスフォーム」
聞き覚えのある低い声が素早い詠唱を終えると同時に、ヴァンに向けて何発もの譜術が襲いかかる。轟音と煙の狭間に、「あなたを守るのなんてこれっきりですからね!」という嬉しそうな声がする。
「ルーク、今のうちに行くんじゃ! ヘンケン、キャシー、大丈夫か?!」
「スピノザ!」
「げほっ、ごほっ、スピノザ! な、なんなんだこの色っぽい煙は?! それにこのニオイ、」
あっけにとられて立ちすくむ一同の耳に、場面に相応しからぬどこか気の抜ける台詞が続く。ルークは咳き込み、煙の沁みた目に涙を浮かべながら笑んだ。
「ああ、おれたち、行くよ! ヘンケンさん、キャシーさん気を付けて! ありがとう、三人とも!! 」
ピンクと紫の煙を纏って煙幕から抜け出した六人の顔は、沁みる煙にだらだらと涙をこぼしながらも、それぞれおかしさに笑み崩れている。
「スピノザの情報で助けに来てくれたんだな!」
頬にピンクと紫、斑になった涙のあとを付けながらガイが言うと、ティアが大きく頷いて「大佐なら、きっと二人を守ってくれるわ」と同意した。
「味方になると、ディストも頼もしいんだな!」ルークが遠ざかる煙の塊を振り返りながら言うと、アニスが心底嫌そうに顔を歪めた。
「まあね……。それはあたしも認めないでもないけどぉ。……あいつはやり口がどうしてもハデというか目立たずにいられないというか」
「……進路を取ったら、まず交替でシャワーですわね……けほっ」
心底うんざりしたように呟くナタリアに、安堵を隠しきれないノエルが強く頷いた。「水陸両用と言っても所詮は陸艦、ちゃちなのしかついてなかったので、海水濾過装置、良いのに変えておきましたから!」
徒歩で一昼夜の距離を、海路をかなりの速さで進む軍艦は数時間で縮めた。神託の盾兵の操る小舟で沖で待ち、ガイの下ろした梯子を伝い登ってタルタロスに降り立ったアッシュは、ピンクと紫の粉を全身に吹きかけられ、頬に涙のあとの残るガイの無惨な姿を無言で見つめた。そしておもむろに風上へ移動した。それを見て、ガイは少しだけ自分のニオイを嗅いでみる。麻痺していてもう良くわからないが、まだニオイが残っているのかも知れない。目が軽く見開かれているところを見ると、呆れているのではなく単に言葉を失っているだけらしい。
「……レプリカは」
「はは、開口一番それか。無事だよ、元気だ。さっきやっと進路が取れたから、今シャワー浴びてる。ここから先は五時間おきに二人交替でブリッジに詰めることになって、今は俺とティアなんだ。次がナタリアとルーク、最後にお前とアニスだ。十時間はゆっくり休んでてくれ。部屋はたくさんあるし、好きなとこ、使ってくれていい。ただ、部屋を決めたらドアにこれを貼ってくれ。アニスが作った。あー、ルークの部屋は階段降りて一番奥の、正面が倉庫の部屋。あいつ、すみっこ好きだからな」
「すみっこ好き?」
思わず年相応の素の顔になって瞬きを繰り返すアッシュに、ガイは小さく笑ってみせた。「すみっことか、狭いとこにはまり込むのが好きなんだ。木のウロや薮の下の隙間とか、よくそんなところを隠れ家にしていた」
思わず苦笑するアッシュに、ガイも釣られて笑顔を見せる。そんな貴族にあるまじき可愛げは、アッシュにはなかったことを思い出したのだった。だが、ガイの笑みとアッシュのそれとではどうやら意味が違ったらしい。
「俺も好きだからな。無理もねえ」
「お前が? すみっこを?」
「狭いところも好きだ──知られてはいけないと、思っていただけだ。衣装部屋があったろ、季節外れの服や着ない服を収めておく。あそこにたくさん吊るされた、大人用の服の下に良く隠れていた。──一人になりたい時には」
あっけに取られてガイはアッシュを見つめ、ふと、自分にもそういうところがあったと思い出す。「……俺にもあったかも知れない。そういう秘密基地っぽいところが」
「秘密基地か」アッシュは懐かしそうに笑った。「かすめ取った菓子や気に入った本をよく隠していた。……クッションや音素灯の小さいランプ、飲めと渡されたのに飲まなかった風邪薬」
「うおっ薬! 俺もだ……そういえばルークもよく飲まずに隠してたな。俺は……恥ずかしながらぬいぐるみもあったかも知れない。叱られるとそれを抱いて……泣き虫だったんだ──ははっ」
照れくさそうに後頭部を掻いているガイに、アッシュも共感の視線を向けた。「貴族の子には……いや、男にはいるよな」
「ああ、そうだな、男には……。──旦那にもそんな頃があったかな」
「どうだろう。あの男は大きな広間の真ん中が好きそうだし、飲む気のない薬を受け取る姿も思い浮かばないが」
アッシュが本気で言ったのか冗談だったのかわからないにしても、その意見にはガイも同意せざるを得ない。階段で自分とは逆に降りて行く後ろ姿を見て、ふと、いつかはルークと同じように、親友になるかも知れないという予感を覚えた。
ガイから渡された『Asch』と丸い字で書かれた紙の切れっぱしのような名札を持って、アッシュは居住区へ向かった。タルタロスは水陸両用の軍艦のはずだが、まったく相応しくない香りがあちらこちらに漂っている。ニオイの元を探っても発生源がわからない。ガイが同じニオイを強烈に発していたところをみると、案外ガイが歩きまわったところに残ってしまっているのかも知れなかった。本人はもう麻痺してしまっているのか、風上へ移動する自分をみて己のニオイを嗅いでいたがわからないらしく、首を傾げている有様だったが。
ルークが使っていると言われた倉庫前の部屋は、ノックしても返事がなかった。試しにノブを捻ると、簡単に開いてしまう。不用心さに呆れながら中に入ると、微かにシャワールームの方から水音がした。
「レプリカ、風呂に入るなら」
ドアに鍵くらいかけておけ、と続けようとした台詞は、勢いよく開けられたバスルームの扉と水音によって中断された。湯気と飛沫と、館内を漂う香りをむっと凝縮した濃密な香りが、石鹸の泡の残る濡れた手とともに伸びて来てアッシュの腕を掴み、中へ引きずり込まれるや否やまるでむしゃぶり付くような、痛みさえ感じる激しいキスが襲って来る。「レ、」
遠慮なく体重をかけてくるルークに、後ろにひっくり返らないように壁に手をついて必死で押し返そうとしても、押されたぶんだけルークは意地になったように前進してくる。「ちょ」
濡れたシャツのボタンを引きちぎられ、胸元があらわにされるころ、とうとう支えきれずにアッシュは後ろに倒れ込んだ。
「てめ、待っ」
アッシュの方に本気で抵抗する気がないのをとうに悟っているのか、ルークはお構い無しに唇を貪り、何かを確かめるように肌に手を這わせながらベルトを引き抜き、軽く勃ち上がりかけたアッシュの雄そのものを二、三度上下に擦り上げると腰を浮かせて慣れた場所へと導いた。
馴らしもせず、薬も使わない性急な挿入は侵入する側にも多少の痛みを強いる。思わず呻いたアッシュに、ルークは汗か涙か湯かわからない雫をアッシュの胸にぽたぽたと零しながら薄らと目を開け、切なそうに首を傾げた。「痛い……?」
「痛いのはお互い様だろう。ったく、なんでこんなにがっついてやがる。せめて馴らすまで待てねえのか」
「待てない。待てない……いっ、あ、あ、あ……」
互いに少しでも早く楽になろうと、下からルークの弱い部分の一つである両の乳首を指の腹で転がし、押し潰したり摘んで擦り合わせてやりながら痛みをやりすごしていると、少しずつ苦しげな吐息に色づいたような喘ぎが混じる。その頃になるとまるで軋むようにきついばかりだった場所が、ようやくルークの胎内からにじみ出るもので潤み、頑なに締め付けるだけだった内壁がやわやわと包み込むような蠕動を始める。
アッシュの胸に両手をついて目を固く閉じ、気持ち良さそうにゆらゆらと腰を揺らしているルークを下から確認し、アッシュもようやく漣のように寄せて来る快美感に集中することにした。
上半身はバスルームの外、腰から下はシャワーに打たれたままの状態で、ぐったりと胸に伏せたルークの額をアッシュが弾いた。
「痛」
「てめえはいつからこんな淫乱になりやがった」
「……こんなおれは嫌?」
「……」
「嫌……?」
悲しげに眉尻を下げて問われると怒ったフリも長くは保てない。抱きしめて背中を叩いてやり、息を吐いた。「嫌じゃねえし、大歓迎だが、傷つくのはお前の身体なんだ、せめて馴らしてからにしろ」
「ん、ん──……。そうする。……出来るだけ」
「ちっ」
アッシュは強情なルークに舌打ちをしたが、顔は笑っていたのであまり効果はなかったかも知れない。
「アッシュが無事で良かった」
「……見ればわかるだろうが。こんな確かめ方あるか、ここだけ無事ならいいのかよ」
「違うよ。生きてるって思ったら、したくなったんだよ」
どういう言い訳だともう苦笑するしかないアッシュに、ルークはふと名案を思い付いたという顔をした。「なあ、思うんだけど。お前さ、おれがあんまり気持ちよくならないようにしてくれたらいいんじゃねーかな」
「馬鹿かお前。そんなセックスする意味あるか」
「せっ……?」
「セックス。お前が『アレ』とか『これ』とか言ってるやつだ」
「ふうん。そんな言葉があったんだな──。でもほら、アッシュとするまではおれ、これ好きじゃなかったもん……。あんまり気持ちよくなかったら、もっともっとってならないかもしれないし」
「わかったわかった、今度は出来るだけ努力してやるよ。起きていいか? 濡れついでに俺も浴びる」
──本人が言うのだから、ポイントを外しまくって攻めてやっていいのだろう。実際、どういう反応をするのか楽しみなことだと意地悪く考えていると、ルークはやっと息の整った身体を起こし、跨がっていたアッシュの身体の上からよろよろと立ち上がった。アッシュも中途半端に脱がされ、びしょぬれになった服を脱いで脇へやり、ノズルを取って、ルークに浴びせかける。「ほら、後ろ向け。出してやるから」
「うん」
羞恥心を持たないルークが大人しく背中を向ける。今まで自分を受け入れて入り口がぷわぷわと柔らかくなった部分に指を入れると、「ん」という小さな声を漏らす。「じき交替なんだろ。疲れちまうからもう達くなよ」
「うん」
あまり感じさせないように手早く中を洗ってやり、終了の合図に身を屈めてそこにキスを落とすと、ルークがくすぐったそうに笑って、お返しというようにアッシュの身体に石鹸を塗り始める。
「おれ、風呂でこうやって洗いっこすんの、好きだ。なんか落ち着くんだよな」自分の肌よりほんの少し色の濃い肌にスポンジをすべらせながらルークが楽しそうに言い、飛沫で湿った長い髪を取り、口づけた。「アッシュの匂いがする……。髪もおれ、洗っていいよな?」
「好きにしろ。ところでさっきから気になってたんだが、この酷え薔薇のニオイはなんなんだ」
「それ、ほんと落ちねーんだよ!」ルークは笑い出した。「師匠も今頃困ってるんじゃねーかな……!」
「煙幕に色を付けるのはともかく、ニオイまで付ける必要がどこにあるんです?」
頭の先から足の先までをピンクと紫の斑に染め、作り笑いも忘れてジェイドが問いかけるのに、同じような色のスーツを着たディストがご機嫌で答える。
「何を言うんです! そのおかげでヴァンが早々に退散したではないですか!」
「ま、まあ確かにのう……」
「そんなに甘い人物には思えませんね。目的を果たしたのを見届けたからこそ立ち去ったのでは」
ジェイドはいつもの胡散臭い笑みを浮かべてそう言ったが、それがあるとしても、ヴァンが胸が悪くなるほど濃厚な薔薇の香りに辟易して早々に退散したのは確かだった。苦笑する斑のスピノザに、同じくけばけばしいピンクと紫に染まったヘンケンが胡乱げな半眼を向けた。「しばらく見ないと思ったら、またおかしな仲間を連れてきやがって!」
「でも煙はともかく、香りはすごくいいわよ! 生の薔薇の香りは結構薄まりやすいのに。これ、少し改良して色々香料足せば、香水として良い値段で売れるんじゃないかしらねえ」
「そーらご覧なさいジェイド! 天才の功績とは常に誰かがかくも高く評価してくれるものなのですよ!」キャシーの女性ならではの意見に、ディストが鼻の穴を膨らませて胸を張った。
「ま……まあ、天才であることだけは認めるべきなんじゃが……」
一歩間違えば大惨事になりかねなかったタルタロスの出港は、こうして少しの憤りと、苦笑と、ピンクと紫の煙に染まった全身、むせ返るような薔薇の香りを振りまいて幕を閉じた。