バニシング・ツイン 23

アッシュの身体の下で、力なく投げ出されていた両手が弱々しくシーツを掴み、へたくそな人形使いが操るマリオネットのように、かくん、かくんとかすかな痙攣を繰り返す。震える手からはすぐに力が抜けてしまったようで、再びシーツの上にただ投げ出されているだけになった。
 アッシュが急に動くのを止めてしまったので、ルークがぼんやりと問うような視線を投げ掛けた。アッシュの髪や身体から降り落ちる汗が、ルークの目尻に落ちて、快楽の涙と一緒になって流れ落ちていく。思わずかわいいな、と声にもならない声で呟き、アッシュは笑んだ。
 彼が正気であるならば、きっと嬉しくないわけじゃないんだけど……といった複雑な顔をするのだろうが、とうに正気の部分を手放したルークは、何かアッシュが話しかけてくれた、という事実だけが嬉しいようで、赤ん坊のように頑是無い、無垢な笑みを浮かべた。

喘がされ、叫ばされ、何度も絶頂に導かれ、狂ったように泣き叫びながらアッシュの肌を掻きむしり、気を失ってはまた激しい突き上げに引き戻され……。それでもアッシュを求め続けて、やがて擦れた声さえ出なくなるころ、ルークはゆるやかに正気を手放していった。達きすぎた身体はまるでむき出しの性感帯のように過敏になり、勢い良く流れ出る血潮の音まで聞こえそうなほど激しい鼓動を刻んでいた心臓も、いまやずいぶんと穏やかになってしまっている。
 茫洋としたままではふ、はふ、と呼吸を繰り返す唇の端を、つうっと細い銀糸が伝う。抱え上げた両脚を胸につくほどに折り曲げて唇を合わせ、それを舐めとると、挿入が深くなったからか、或は角度が変わったからか、ルークは血の色の痕を点々と散らされた白いのどを仰け反るように晒した。
「ぁああ」
 反射運動のように痙攣が起こり、アッシュのペニスを包み込む柔肉がうねうねと蠕動し、収縮する。どこを見ているのかわからない瞳から新しい涙が溢れ落ちた。
 ルークの体内で、何度その精を吐いただろう。求められれば求められるだけ与えたいと思うと、おかしいほどに萎えることを知らない。底が知れぬほど深く狭隘な粘膜を己のものを擦り立て、あおり、追いつめ、絶頂に追いやることで得られる快感を貪欲に求めずにいられない。
「……あっ……あ……ぁ……あ……」
 ゆるく腰を動かして未だ猛々しさを失わない肉茎を深くから浅きへ出し入れすると、動きに合わせて吐息のような声を漏らす。その呼吸はすでに絶息寸前という弱々しさで、これ以上は本当にルークを殺すことになるかも知れないという思いがちらりと過った。
「レプリカ……これ以上続けたら、本当に死んじまうぞ……?」
 すでに目も口も閉じる力を失い、気を失うことすら出来なくなっているルークのとろりと潤んだ瞳がアッシュを捉え、指先が一度ぴくりとシーツを掻いた。
(……やだ。もっと……)
 声なき声とその微かな動きに、未だ自分を求めて已まないルークの意思を感じ、上限を更に塗り替えて愛おしさが溢れ出す。
 このまま続けても、自分はもう達することはできないだろうとわかっていたが、ルークが望むならいっそ己の心臓が止まってしまうまで続けてもいいと思うどこか壊れた部分と、もっとずっと先まで二人で生き、幸せになると、彼の両親にそれを約して奪ってきたはずだというまともな部分がせめぎあう。
(……アッシュ……続けてよ……)
 ルークに咎めるような視線を向けられ、動きを止めたままのアッシュは思わず苦笑を漏らしてしまった。結局、せめぎ合いには正気の部分が軍配をあげ、ゆっくりと腰を引き、慎重に己を抜き出した。
「……ぁあぅ……」
 敏感になりすぎた身体はその刺激でまた簡単に絶頂を極め、瀕死の魚のように真っ白な腹を波打たせた。

ルークだけは何をおいても後始末をしてやらねばならないので、もう少しだけ我慢しろよと擦れた声で言い聞かせ、痛々しく真っ赤に腫れて開いた部分に最後の責め苦を与える。抜き差しを繰り返す間に大部分は流れ出てしまっていたが、それでもすべてを掻き出す間にルークは二度達し、一度失禁もした。その辺りはどうせ乖離してしまうと放っておいて、アッシュはようやくルークの横に身を横たえた。横になるとどれだけ自分が疲労していたかが初めてわかる。もう一生しなくてもいいのではと思うほど、全精力を吸い取られたような気がした。
 頬杖をついて、涙や涎でぐちゃぐちゃに腫れ上がった顔を覗き込む。被験者とは異なる、少女のような美貌の面影もなかったが、それでもアッシュにとっては誰より可愛く思えるのだ。
「……しばらくぶりだったから、互いに加減がきかなかったとはいえ……。なあ、おい、俺を殺す新しい手口じゃねえんだよな……?」
 苦笑して指先で目元と口元を拭ってやると、何を言われたか理解したのかしていないのか、ルークがにっこりと無邪気に笑った。目を閉じる力も残っていない様子のルークの目を覆ってやり、「半日は横になっていられるからな。──眠れ」と囁くと、微かに開いたままの唇が、いっそうほころんだ。

「……重くね……? アッシュ……」
「それほどでもねえ」

アッシュに負われ、背中にぐったりともたれかかり、擦れきって声にもならない声で、ルークが悄然と呟いた。
 ルークは朝、立ち上がるどころか身動きすら出来なかったのだ。アッシュはどこか楽しそうに、そんなルークを今は湯のでない風呂場に抱き上げていき、台所で沸かした湯で身体を拭いて髪を洗った。重病人の世話をするがごとく、実に甲斐甲斐しくルークが作っておいたシチューをひとさじづつ口に運び、一口大にちぎりながらパンを食べさせた。
「最初の日だってここまでじゃなかったのに……」
 薬のせいもあって、確かにあのときの回数は異常だったが、昨日ほどではなかった。真っ昼間からろくに食事もせず、一体何時間抱き合っていたのか。しかもそのほとんどを挿れっぱなしで互いに良く生きていたなと思う。ルークは一回で得られる快感があのころと比べると段違いで深く長くなっているようだから、アッシュ以上にダメージを受けているのは当然だった。それを考えれば元々の体力が優れているおかげで、これでもまだ元気なほうなのだ。アッシュは最初こそ、後でどれだけルークが自分を求めたのかからかってやるつもりで、ルークの達った回数をいやらしくカウントしていたのだが、途中で投げ出してしまっていた。
「アッシュ、重くね……?」
「時々休憩入れるから大丈夫だ。寝ててもいいぞ」
 ほとんど体格の変わらない、しかもぐったりと脱力しているルークが重くないわけはないし、アッシュ自身も腰がすっきりと軽くなったとは到底言えない状態だったが、そこらへんはアッシュにも男としての矜持があるのだし、見栄を張らざるを得ない。
「ううん。眠くない」
 気だるそうに擦れた声だが、嘘ではないらしく、ルークはくすりと笑い声を立てた。
「──どうした?」
「あのとき、アッシュはおれを背負えないって言ったのになあと思ってさ」
「そうだったか?」
「うん……。だからおれを小屋に置いて行ったんだぜ?」
「あの日お前を背負って山を下りていれば、今日、互いにこんなしんどい思いをしなくて済んだってわけか」
 アッシュが珍しく楽しそうな笑い声を立てた。

「……レプリカ?」 
 しばらく心地の良い沈黙が続き、眠ったのかと思いそっと声をかけると、思いがけず「なに?」という返事が返る。
「辛くねえか?」
「ちょっと辛い。後ろ、じわじわってして……。またしたくなって、しんどい」
「──っ! そういう……ことを聞いたんじゃなくて、だな。……お前、ほんとは俺を殺すの、諦めてねえんじゃねえのか?」
 アッシュがうろたえた気配を感じたのか、ルークが楽しげな笑い声を立てて、アッシュの頭に頬を刷り寄せた。
「辛いのは、アッシュだろ。おれ、重いしさ。おれは全然辛くなんてねー。アッシュの背中はあったかいし、幸せだし」
「……なら、いい」
 急にルークの重さを感じなくなった。答える声がひどくかすれ、顔に血が上るのを感じたけれども、両手が塞がっていては隠すことも出来ず、また見るものといえば魔物くらいなのだろうからとアッシュは開き直ることにした。そんな風に言ってもらえることは、シュザンヌに『必ず幸せにする』と約束した身にとっては嬉しいことなのだし。そしてなによりその気持ちは、アッシュをも幸せにしてくれる。
 ──残念ながら、生まれて初めて感じるその幸福感も、研究所に着くまでの話だったのだが。

「馬鹿ですかあなた方は!」
 きんきんと怒鳴っているディストよりも、横で苦笑しているスピノザと痛む頭を押さえるような仕草のシュウのあきれ顔の方がルークには堪え、しょんぼりと目を伏せる。
 ルークはクッションの効いた長椅子の上に寝かされており、その横では普通に歩いても二時間強の距離を休憩を挟みながらとはいえ人ひとり背負ってきたアッシュがさすがにぐったりしたようすで座っている。
「約束の時間に大幅に遅刻した上、こんな状態じゃ、出来る検査もたかが知れてます! 尿の検査一つ取ったって性行為は禁じているのに、ましてやまともに立てもしないくらいヤリまくったって、あなた方はサルですか?! このサル! サル! 猿!! キイイイイィィッ!!」
「ま、まあまあ、ネイス博士……!」
「……お前の方が猿じゃねえか」
「二人ともまだ若いからのう……」
「キーッ!! 限度がありますよ!! いいですか、二人とも?! すべての検査が終わるまでここから一歩も出しませんからね! 部屋も別々です!」
「……なんで大爆発阻止の研究に尿検査がいるんだよ」
「ありとあらゆることを考慮しなければならないからですよ。小さなことが突破口を開くということは多いんです。ですから、お二人の身体の状態に関しては、丸裸にさせていただきます。申し訳ありませんが……」
「ううん、お願いしたのは俺たちなんだし、ごめん、シュウ先生、スピノザ、ディスト……おれ、そんなこと知らなくて、」
「あなたが知らなくても、アッシュは知っていましたよ、定期的に健康診断受けてるんですから!!」
「……そ、うなのか?」ルークがディストの視線を恐れるように顔を伏せたまま横目でアッシュを窺うと、アッシュは困ったように視線を逸らした。
「……一応何らかの役職にあるものは半年に一度、受けるのが必須だった。健康に問題があるものを要職には就けておけねえからな。俺の場合は、超振動のこともあるから三ヶ月に一度だったが……。すまん、ディスト。綺麗さっぱり頭になかった」
 自分に向かって頭を下げるアッシュというものを初めてみたディストは、驚愕して目を見張り、ああ、だの、うう、だのと唸ったすえに嘆かわしげに首を振った。
「……本気で大爆発を回避したいのなら、もう少し真剣になりなさい。出来る検査だけでもやりますから、検査着に着替えて第一研究室に来て下さい。あと、しばらくここから出さないし、性行為禁止なのは撤回しませんからね!」

穏やかな声で検査内容を説明したり、ここしばらくの病歴や薬の履歴、体調などを確認していたシュウの声が突然止まった。
「……? なんだよ?」
 最後の肌着を脱ぎ捨てたところで、視線に気付いてアッシュが振り向くと、唖然とした顔の三人の研究者と、蒼白になっているルークの姿が目に入った。
「レプリカ? どうし「ア、アッシュ……? それ、それ、お、おれ……? おれ、が……?」
「それ? おい?! ちょ……っ、見てんじゃねえよ!」
 三人の研究者の視線が、何故か一斉にルークに向かった途端、アッシュは飛びかかるようにルークを隠し、視線を遮った。
「アッシュー……」
「ばっ、レプリカ、早く着替えろ、隠せって、ほら!」
 真っ白な体にくっきりと目立つ鬱血の痕は、よく『所有印』マーキングとも言われるが、集中している部分がすなわちルークの特に感じる場所とあっては、その名札は到底他人に見せられるものではなかった。ルークはなぜ叱られるのかもよく飲み込めないままあたふたと着替えを始めたが、長椅子に座ったままとあって手間取っている。焦れてアッシュが検査着を被せかけていると、「入りますよ」という涼しげな声とともにジェイドたちが部屋に入ってきた。タイミングが悪すぎると思わず舌打ちが漏れるが、もともとは大幅に遅刻してきた自分たちが悪いので、文句を言える筋合いではない。

「きゃあっ」
「──?! アッシュ?! 何事ですの?!」
「アッシュ、なんだよそれ?!」

ティア、ナタリア、ガイからそれぞれ驚愕の悲鳴が上がり、間一髪でルークの体を隠すことに成功したアッシュがうんざりと振り返る。「──なに、見てんだよ」
 うんざりした様子なのはジェイドとアニスも同様で、二人はちらりと顔を見合わせ、ため息を付いた。
「ガイはともかく、レディが見るものではありませんでしたね──ティア、ナタリア。見てしまったものは仕方ありません、何も聞かずに治して差し上げなさい」
「治──?! ちょ、近寄るな、いらねえって」
 ようやく何が問題になっているか飲み込んだアッシュが、顔を赤と青のまだらに染めながら後ずさる。
「そういうわけにはいきませんわ! 一体どうしたっていうんですの?! 背中一面、脇腹まで! 魔物ではありませんわよね? まさか誰かに鞭打たれたとでもいうのでは……?!」
 迫るナタリアとティアにじりじりと押されていると、背後のルークがとん、と背中に当たる。「……っ、悪い……」
 振り返ってみたルークの顔は今にも泣きそうに崩れていて、アッシュは慌てて両手でルークの顔を包んだ。「いちいち泣くんじゃねえよ……」
「だって、お前、そんな背中でおれ、背負って、」
「別にたいしたことじゃねえだろ。忘れてたくらいなんだ──それに、爪を立てられるたび、お前が感じてんのがわかってイイんだよ」
「ばかっ! そういう問題じゃねーだろ!」
 耳元でこっそり囁くと、ルークの眉が吊り上がり、みるみる顔が赤く染まる。
「はいはいはいはい! そこまでです!! そこのサルども! いい加減になさいっ!」
「サル??」
 割って入ったディストに、今更のように気付いたジェイドが目を丸くする。
「……洟垂れサフィールではありませんか。いつ、ここに」
「キーッ!! 薔・薇! 薔薇のディストとおっしゃいっ!! 最初からいましたよっ!」
「それに、スピノザも? 二人で捕まえたのか?」
 何が何だかわからないと、ガイがルーク、スピノザ、ディスト、アッシュの背中と忙しなく視線を動かす。
「あの、な。──アッシュと、おれの間に起こるかもしれない問題をなんとかしてもらうために、今協力をお願いしていて──」
「──大爆発、ですか」
「さすがは私の認める唯一の天才、ジェイド。その通りです! そこのレプリカから直々に! この天才の力をお貸し下さいと頼まれましてね!」
「──無賃乗船の船賃、払ってやる代わりに力を貸してくれって言ったんだ」ルークがアッシュの後ろから顔を覗かせて言った。「ジェイド。まだ、諦めたくないんだ。力、貸してくれねーかな……?」
 頭痛を堪えるようにジェイドは額を押さえ、首を振った。「力を貸すのはやぶさかではありませんが……洟垂れと共闘、ね」
「俺からも頼む──メガ……ジェイド」
 あっけにとられた全員の注視を浴びて、アッシュは居心地悪げに身じろいだが、背後からルークの手が伸びてきて、縋るようにアッシュの腕を掴んだのに勇気を得、安心させるようにその手を軽く叩いてジェイドに向き直った。
「どうしても方法がなければ諦めるが、手の打ちようがないとはっきりわかるまでは、方法を探してくれねえか? ──俺は……こいつを食い殺したくない」
「食い殺す?」ジェイドを除く仲間たち全員が、不安げな表情でアッシュを窺った。
「……何かもう、自覚症状があるのですね?」アッシュの腕を掴むルークの手を、らしからぬ優しい目で見て、ジェイドはため息を付いて眼鏡を押し上げた。
「力を貸すのはやぶさかではないと申し上げました。──ですが、条件が二つあります」
「言ってくれ」
「あなたがルークを連れ去ったおかげで、大地の降下作業がまだ終了出来ていません。まず一つは、私の代わりにアッシュ、貴方が一緒に行ってそれをやり遂げること」
「是非もない」
「詳しいことは……ガーイ? 頼みますよ? ……彼に聞いて下さい」
「えっ? 俺かよ……」ガイはぐったりしたようすで長椅子に身を投げ出しているルークを、まるで隠そうとするように立っているアッシュを複雑な表情で見つめ、ため息を付いた。「わかったよ。──ったく、旦那は人使いが荒いからな……」
「よろしく頼む」
「えっ? ……あ、ああ……」

目を白黒させているガイと、素直に頭を下げているアッシュとを面白そうに見やり、ジェイドは人の悪い笑顔を浮かべた。「ではもう一つ。『それ』をレディ二人に治して貰って下さい。そこまで酷いと、剣を振るのにも支障が出ますからね」


 一ヶ月ちょっとかかりきりだったパラレルの純情カップルから、こっちの爛れたカップルに頭を切り替えるのは難しかったです^^; (2011.12.18)