「お前、父上に似ていると言われたことがあるか?」
「えっ? 父上に? ……ない、と思うけど。母上に似ていると言われたことならあるけど、子供の頃だぜ? ……サイズ的に」
「俺はガキの頃でも母上に似ているなんて、一度も言われたことがねえんだ」
回線をもう一度繋ぐことが出来ても、そうしないという理由を教えてくれると思っていたのに、突然なんの話だろうと、ルークは首を傾げてアッシュをじっと眺めてみた。且つては『鏡に映したような』とまで言われた半身の顔。今では『良く似た兄弟』ほどに違ってしまった顔。
「お前に実際会ってみるまでは、レプリカとは見てくれも寸分変わらず、考え方も同じ、文字通りの複製人間だと思い込んでいたんだがな。思っていたのと違う、と意識したのは、中身より外側の方が先だったんだ。アクゼリュスで意識を失ったお前を見下ろして、よく見れば思ったほど似てねえなと思った。……多分あの頃から、その気になって互いのふりをしなけりゃ、見分けがつかねえほどでもなかったんだと思う」
そういえば、とルークは思い出す。明らかに間違えられたのは、おそらくアッシュが『その気になって』ルークのふりをしてペールと白光騎士団を動かしたときくらいではないだろうか。ベルケンドやシェリダンでは皆、一瞬だけ「ん?」という顔をするものの、すぐに見分けていたように思う。──服と髪のせいもあるだろうけれども。
「おれ、おんなじ顔が気持ち悪くて吐いちまったのにな、初めてお前の顔見たとき。いつのまにか見慣れちまってたな」
「お前はお前で、俺たちが言うほど似てないってことに、気付いたからじゃねえのか」
アッシュは話しながら、薪を数本焚火に放り込んだ。気付くとすっかり日が落ちていた。
「元が同じでも、育つ環境が違えばこうも変わるのかとその時は思ってたんだが。……ディストに言わせりゃ被験者とレプリカといえど容姿には差異が出て当然だということだからな。この辺の話は長くなるから割愛するが、グランコクマで眼鏡と皇帝に飼われてやがるから、一度話に行くといい。色々と興味深い話をしてくれるぜ」
「ディストに会ったのか?!」
「ああ、フォミクリーについては、発案者といえどずっと研究を止めてたジェイド・カーティスよりは、ディストに一日の長があるからな。お前にも世話になったと会いたがっていたが」
「世話……ああ、レプリカネビリムの。……おれたちがいることにちゃんと気付いていたんだ。ジェイドしか目に入ってねーようだったのに」
笑うルークをアッシュがじっと見ているのが分かったので、ルークも同じようにアッシュに顔を合わせた。眉間に皺を寄せていない顔は初めて見る気がする。特になにがしかの感情を表しているわけではなく、どちらかといえば無表情に近い。
だがルークは、ぎりぎりと眉を上げ、憤怒の表情で怒鳴りつけてばかりいたアッシュより、静かに凪いでいるように見える今のアッシュの方が何故か少し怖いと感じ、一瞬だけ小さく身震いをした。
それに気付いたアッシュが、自分が着ていた薄手の上着を脱いで羽織らせてくれた。寒いわけではなかったが、上着に残ったぬくもりと思いやりが嬉しくて、ルークは素直に礼を言って前をかき合わせた。
「……今言っとかねえともう機会がなさそうだから、今のうちに言っておく。俺はお前が好きだ。お前と俺の違うところを一つ見つける度に、触りてえ、抱いてみてえとずっと思ってた」
ルークは大きな瞳を更に見開いて、アッシュを見つめた。
今、なんだか聞いたことも言ったこともないような言葉が聞こえた気がする。今までアッシュは何の話をしていたんだっけ。外見が違う、そうだ、そんな話だった。いや、そもそもは回線の話だったはずだ。
取り敢えず整理しよう、とルークはお茶を一口啜った。
「同じ作りのはずだが、お前の方が目がでけえし、睫毛も長い。それに気付いたら濡れて涙が絡まってんのを見てえと思ったし」
「……おれとお前の目の大きさのことはアニスが確か、同じこと言ってたような。つか、おれ泣かねえし」
「俺よりだいぶ肌が白くて、女ほど細くはないにしろ両手で掴んだら指が余りそうな首だなと気付いたら、噛み付いて痕を残してえなと思ったし」
「噛み……? なよっと見えんのヤだし、お前くらいの方が、がしっと男らしくて良いと思う」
「毛先の色が抜けたふわっとした感じの髪は指で梳いたらどんな手触りかと思ったし」
「あ、切っちゃってごめん……お前の髪の方がするするして気持ち良さそうだけど……??」
「随分頑張って鍛えちゃいたんだろうが、俺よりゃ体も薄いしな。抱き寄せてみたら案外すっぽり腕ん中に入るんじゃねえかとか」
「……おれ、胸んとこ筋肉付き難くて…っていうか……あの……?」
「形はあまり変わらねえが、色も艶も俺とは違うお前の唇は舐めたり吸ったりしたらどんな味が「な……? す……?! あ、あッ……あじ、味とか言うな!」
なんというとんでもない、いやらしいことを!! とルークは真っ赤になって飛び上がり、腕を振り回してアッシュを遮った。
アッシュが何を言っているのか整理するどころか、考えに浸ることさえ出来ず混乱させられ、剰えこの羞恥プレイ。
一体、これはなんの拷問なのだろう。それならば素直に「屑」だの「劣化レプリカ」などとと罵られていた方が遥かにマシだった。いや、そっちも最初こそいちいち傷ついていたが、最近は全く棘を感じなくなっていたので「屑」と呼ばれても素直に返事していた気がする。
……だからこその新手の嫌がらせなのだろうか? だとしたらかなり効果的にダメージを与えているのではないだろうか。
「お、お、お前、もしかして、今までおれ見るたびにそーゆーことかっ、考えてたのかよ?!」
「ああ。……いや、さすがにいつもってわけじゃなかったが」とアッシュは事も無げに頷き、ふと気付いたように言葉を接いだ。「普通、お前くらいの年になりゃ──外見年齢の方だ──男は誰でもそういうことを考えるものなんだ」
ちらりとアッシュを見やると、案外真摯にルークの反応を見ているような、からかいを含まない視線が絡んだ。が、視線が交わされた瞬間、アッシュはいじめっ子がターゲットを見つけた時のような顔をして、す、とルークの耳元に近づいて、そして。
「 ……と想像したり」
そのささやきを耳にしたルークは、顔に火がついたかと思った。
顔の回りを取り巻く空気だけ、密度を増したような、ボ、ボ、ボと炎が燃え上がる音が実際に耳元でしている気さえする。周囲から止めどなく耳に入って来ていたあらゆる音がひどく大きく、間延びして聞こえた。
この頭にまで響いてくるドクドクと鳴っている音を、自分の心臓が立てているというのが信じられない。こんな使い方をして、壊れやしないのだろうか。
もう、顔を上げていることさえ出来ずに、ぎゅっと目を閉じて俯いてしまったルークの頭を、アッシュが自分の胸へと抱き寄せて、また心臓が大きく跳ねた。本当に痛みを感じるくらいに。
今、心臓がなんか変な動きをしたような。死ぬのかなおれ、また乖離すんのかなあ。
ルークは真面目にそんなことを考えていた。