落ちかけた日を見て、中途半端なところで野宿するより、いっそ砂浜で夜を明かす方が安全だとアッシュが判断したので、手分けしてその辺に放置された朽ちた小舟から木材を剥がし、水を探した。
日が落ちるまでにはまだ少しありそうだったのだが、アッシュがお茶を淹れるために手際良く焚木を組み、火をつける。
アッシュは適当に色々なものを革袋に放り込んできていて、大きな革袋から魔法のように琺瑯のカップや小さなポット、さっきももらった焼き菓子などが取り出された。
「さっきの話だが」
湯が沸き、お茶が入るまでの時間、二人は無言で焚火に当たっていたのだが、ルークが甘いお茶を受け取り、ほっこりした表情で両手をぬくめているのを確かめてアッシュが口を開いた。
「さっきの話?」
「回線が繋がらないって話だ」
「……うん」
ちらりと横目でアッシュを窺うと、焚火に赤く照らされた横顔がまるで知らないひとのように見えてどきりとする。
「人と人の間には本来回線なんてもんはねえ。あれはおれとお前が『被験者』と『レプリカ』であり、その上完全同位体だからこそ可能だったことだ」
「……うん」
「普通は出来ないことが、普通に出来なくなっただけだ。それだけのことだと俺は思う。ま、原因が分かった方が安心することは確かだが」
「……」
言われてみるとその通りだし、ルークは一方的な連絡を常に待つ側だったのだから、なんら不自由になるわけではなかった。でもルークにとって『回線』とは、ただの便利な連絡手段ではなかったから。
ルークは漠然とだが、すべてが終わってなお生きていることが出来たら、バチカルのあの居場所をアッシュに返して自分は去るべきだと思っていた。突き詰めて考えたことがなかったのは、幼い頃憧れた英雄譚の「そして皆は幸せに暮らしました」の部分が自分にはないものと知っていたからだ。
今の自分なら、なんとか一人で生きて行けると思うのは甘いのだろうか。剣の腕を生かすなど、出来る仕事はあるような──非常に限られているが──気はする。
そのとき、どれほど皆と離れても、自分からの通信が出来なかったとしても、自分と言う存在のはしっこを掴んでいる人間がこの世に一人だけいるという考えは、時に煩わしく思えたとしても甘く、温かいものだったのだ。
そういうルークの複雑な気分を見抜いたわけでもないだろうが、アッシュが小さく嘆息した。
「俺とお前は違う、別人だとお前はずっと言ってたよな。ああ、俺も今はそうだと分かってる。……だから遠く離れれば話をすることも出来ねえし、互いの考えてることも分からねえ」
「……うん」
「……前はな、回線を繋いでるときには、お前の考えてることくらい簡単に分かったんだが」
「えっ?! ま、まじ?! おれの考えてること読んだのか?! い、い、い、いつ?! 何を?! どんな……?!」
ルークはカップを落としておたおたとアッシュの胸ぐらを掴んだ。掴んだというよりすがったという方がより近いかも知れない。
こんな反応をされては、人には知られたくない様々なことをたくさん考えたのだと分からない方がおかしい。無論アッシュにも分かった。赤くなったり蒼くなったりしている顔色を見て、アッシュは口元をつり上げて笑い、目を逸らした。
「……!! ううっ……」
「……冗談だ」
アッシュは己の胸ぐらをつかんでいるルークの手首をつかみ、そっと揺すって外させると、そのままルークの真っ赤な顔を覗き込んだ。
「お前と回線を繋いだとき、体調のことやなんかで何か隠してねえか探ったくらいだ。別にてめえの恥ずかしい秘密なんかは知らねえから安心しろ」
「っ! ねえよっそんなもん!!」
ふ、と笑ってから、アッシュは目を伏せた。
「……回線が繋がらない、お前が捕まらないというのは、予想外に心細かった。お前の気持ちは良く分かる。……お前の言う通り、実際に回線が繋がってたのは一年も無かったのにな」
ルークの落としたカップを拾って、水筒の水で砂を落としてから、アッシュは二人分のお茶を淹れ直してくれた。一つ一つの所作がいちいち洗練されていて美しく、ルークはほんの少し妬心を感じたが、ことさらゆっくりと行うことで、アッシュが考えをまとめるために時間を稼いでいるのも分かった。
同時に、繋がらない回線をアッシュも惜しんでくれてはいるのだと知って、じんわりと喜びがこみ上げる。
「それが繋がってたって、お前の何もかもが分かったわけじゃねえのに。お前の言動はいつも予想外で、驚いたり腹が立ったりする方が実際多かった」
アッシュはそう言い、視線を落とした。眉間にぎゅうっと皺が寄っていく。
「だから、もう一度お前のフォンスロットを俺に向けて開けば回線が繋がるとしても、俺はそうする気はない」
「な……なんで」
「あれは否が応でも俺とお前に優劣を付けるだろ、お前にだけ頭痛があったみてえにな。……それに、どうしても優越感を感じちまうし、そのせいなのか独占欲まで強くなるような気がする」
「だって……それは仕方ねえだろ、アッシュは俺の被験者なんだし……」
「てめえにじゃねえよ」
苦笑するアッシュの顔を見て、ルークは黙って俯いた。このまま言葉を尽くしてもアッシュの決意が変わらないのがなんとなく分かったからでもあり、その決意の理由が自分に理解出来るものではなさそうだと悟ったからでもあった。
「……どこからどう話せばいいのか……俺も言葉が上手い方じゃねえから分かり難いかも知れねえんだが……」
しかしアッシュは予想に反してきちんと説明してくれる気があるようだった。ルークは驚いて顔を上げ、固唾を飲んでアッシュを見つめた。