「ルーク! ルーク!!」
アルビオールが着陸し、タラップに足をかけるやいなや、ガイのなかば絶叫に近い叫びがルークを迎えた。
オールドラントに帰還して半月ちょっと、そのくらいしか離れていたつもりがないのに、ルークの知らない三年という年月の間に、ガイの顔は甘さを減らして精悍さを増している。まるで見知らぬ人のようで、駆け寄ることもできず、降りたとたんに立ちすくんでしまったルークを、ガイが勢いよく抱きしめた。
「……ルーク。よく……」
湿り気を帯びた声をなんとか絞り出したものの、絶句してしまったガイの匂いと鼓動、微かな震えを感じると、知らずルークの手も小刻みに震えた。「根性、矯正してくれるって、い、言ったよな……」
「……の野郎……」
すがりつくように背中に腕を回すと、ガイが身体を大きく震わせて泣き濡れたうめき声を上げた。その声に、ルークの目にも涙がにじむ。「……ごめん、心配させちまって」
ついこのあいだのことだというのに、エルドラントの最奥にルークを一人残し、何度も何度も振り返りながら立ち去っていったガイの顔を、ルークはなぜか思い出すことができない。こんなふうに泣いていたのかも知れないと思うと、心臓を抉られるような痛みを感じる。
この世界で、ガイはルークにとって最も近しい存在だった。ルークが生まれてこのかた、ガイと離れたのは外殻降下作戦終了後のほんの一月と、この半月だけだ。まるで互いが互いの影のように、幼いころから傍にいた。ルークにとって、父であり、兄であり、友でもあり。いわばクリムゾンやシュザンヌ以上に家族と呼べる存在だったのだ。
ああ、おれ……。この世界に、還ってこられたんだな……。
エルドラントで目を覚ましてから実に半月以上も経って、ルークはやっと、ここが異世界などではなく、自分のいるべき世界だという実感を得た。
「でも、約束は守ったろ?」
「当たり前だろ」
「へへっ……うん」
抱擁を解いて互いに赤くなった目をのぞき込み、笑い合う。「ガイ、老けたな!」
「渋みを増したと言ってくれ。ま、全然変わらないやつもいるけどさ」
「ん?」とガイが顎をしゃくった方へ視線をずらすと、ガイの真後ろに見慣れない私服姿のジェイドが柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
「ジェイドも迎えに来てくれたのか?!」
「お帰りなさい、ルーク。気付いていただけて嬉しいですよ」
ジェイドは見慣れた仕草で眼鏡を押し上げたが、言葉に皮肉の響きはない。
「う、わっ……? 全然変わってるように見えねーんだけど」ルークはジェイドとガイの間に忙しなく視線を走らせた。この二人を見比べていると、時間の流れがますます把握できなくなりそうだ。
「一度アッシュに会ってしまうと、あなたが縮んだように思えて仕方ないですねえ」などと腹の立つことを言いながらも、ジェイドはまるで身長を確かめるような仕草でぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜた。それがジェイドの照れ隠しであることくらいルークにもわかる。くすぐったい気分を堪えて、ルークはジェイドに飛びついた。
これが私的な旅行であるなら、そのままガイの屋敷に滞在できたのだが、今回はマルクトからの正式な招待であったため、個人的にゆっくり会えるのは予定されている行事がすべて終わってからになる。それまでは嫌でもルークも外交に勤しまなければならなかった。むろん誰もが『英雄ルーク・フォン・ファブレ』を歓迎していたわけではなく、興味本位なものはともかく、あからさまにレプリカを侮蔑する気持ちを隠さないものも多い。が、それはマルクトだけのことではなくキムラスカでも同じであったし、相変わらずのピオニーやジェイド、ガイの笑顔に助けられながらなんとか公式の日程を乗り切った。
「どうだ、うちの宮廷にお前好みの子はいたか?」
宮廷に滞在する最後の日になって、ルークはようやくさまざまな行事から解放された。招かれたピオニーの私室でお茶を飲んでいると、ピオニーがそう問うてきたので、ルークは膝の上の仔ブウサギを撫でながらピオニーを見上げた。からかっているようすではなく、珍しく真面目な顔をしているのを見て、頷く。
「ああ……あの人たちは、そういうことか」
「そういうことだ」
連日の夜会、お茶会、観劇と、マルクト側はありとあらゆる手を尽くしてキムラスカからの客人をもてなそうとしてくれたのだが、そのすべてでマルクト貴族の令嬢たちがルークを退屈させないようパートナーや案内役を務めたり、尽きない楽しい話題で場を盛り上げたりしてくれていたのだ。
「美人で、頭も性格もいい令嬢ばかりを選んだからな。家柄も、キムラスカの公爵子息を婿に迎えるのに申し分ないぞ」
「それなら陛下が貰えばいいのに」ルークは苦笑して首を振った。「今のところ、俺がファブレの後嗣ってことになってるんです。マルクトに婿入りは無理ですよ」
「アッシュは神託の盾騎士団を離れないつもりか。本当に家を継ぐ気はないと?」
「今のところはそう言ってますけど……。おれにはわかりません」
「キムラスカは長子相続が重視されているからなあ。これがマルクトなら、アッシュが継がんのなら、お前より年上のべルケンドの庶子に権利がいくところなんだが」
キムラスカの貴族にもクリムゾンの庶子のことを知るものは多くない。それをピオニーが当たりまえのように口にしたことに微かな不快感と警戒心を抱きながら、ルークは無言のまま話を促した。
「マルクトは基本的には上から順番だな。ま、強制ではないから当主が指名することもあるだろうし、庶子を加えるも弾くもその家次第だ。お前の場合はキムラスカでも特殊だろうが、ファブレ家という家が王族との婚姻を繰り返したおかげで準王族という身分にあるせいもあって、王妹という夫人の血はないがしろにできないものだ。レプリカといえど、その血を受け継ぐお前が優先されるのは当然か……」
このまま後を継ぐも継がないも、一応はルーク自身の意思に委ねられていることをルークは黙っていた。マルクト側がルークを取り込みたがる理由は明白だ。超振動という恐るべき力の使い手がキムラスカに集中するのを恐れているからだ。アッシュの所属するダアトはどこの国家にも属さない中立の勢力であるが、その出自はマルクトから決して警戒心を解かせないだろう。
もちろん、もしもルークに好きな人が出来て、マルクトに婿入りしたいと言えば、国がいくら反対しようがクリムゾンとシュザンヌは止めはしないだろう。がっかりはするだろうが……。
「いや、済まない。あまり先走るなと言ってはいるんだがな。うちの大臣たちは少々あきらめが悪いゆえ、お前が国へ帰ってもしばらくはなんのかんのと言ってくるだろうが、適当にあしらってくれると助かる」
「わかりました」
本音としては大臣たちとそう変わらないんだろうなと思ったが、ルークはあえて気付かないフリをした。前ほどではないにせよ、やはりピオニーには苦手意識があり、構えているだけに流されて言質を取られるようなことがないことはありがたい。
「これから数日はガイラルディアの屋敷に滞在するのだったな」
「はい。あの、無理を言ってすみません」
「いいさ。ガイラルディアも『グレン伯爵』のモデルってことで名が知られちまってるしな。救世の英雄の仲間が旧交を温めあうことを非難するやつはおらん。──悪いが、屋敷の周囲を物々しく警護することだけは我慢してくれ」
「わかっています。おれからもお願いします」
マルクトから正式に招かれていながら、途中で滞在先を変えるなどという前代未聞の我が侭を快く叶えてもらえただけでもありがたいことだ。
「それからルーク。少し時間があるようなら、帰国前にサフィールに会っていってもらえまいか?」
「サフィ……ディストに?」
「あいつにはここでけじめを付けさせたい。でなけりゃいつまでも牢から出せん。そろそろ遊ばせておく余裕もなくてな」
苦笑するピオニーに、ルークも笑った。本は読んできちんと理解もしたし、会うのが嫌だと思うほどルークは彼のことを知らない。
快く頷いて、ふと、あの本の著者であるディストになら、他の誰にも話せない相談ができるかもしれないと気付いた。いや、誰にも口外しないよう口止めができるなら、むしろ最適といえるのかも。
会ってみて、やっぱり無理だと思えば止めればいいんだし。
そう思うと急にそわそわと落ち着かない気分になった。「い……今から会えますか」
急に身を乗り出してきたルークに、ピオニーは少し驚いたようだったが、身軽に立ち上がって私室の外に待機している護衛騎士たちに何かを告げた。釣られて立ち上がったルークを手招きする。
「案内させる。──よろしく頼む」
照れくささを隠そうというのか、どこか憮然としたピオニーの顔に笑いがもれた。ピオニー、ジェイド、ディスト、それぞれ一癖ある三人の──素直に友情、と言うのが憚られるような関係は、ルークとガイの関係とはまた別のもののような気がするが、ピオニーの言葉の裏に隠された感情は、とても好ましいものだったのだ。
牢、という言葉からキムラスカの王城にあるような地下牢をなんとなく想像していたルークだったのだが、そうではなく、広い敷地内の一角に政治犯など身分の高い囚人を収監する別棟の監獄が建てられていた。
その入り口まで案内してもらい、そこからは別の兵士に連れられて中に入る。通路はところどころ分厚い扉で塞いであり、彫像のように身動き一つしない兵が数名ずつ警備をしている物々しさだが、鉄格子のはまった窓からも日差しはよく入っていて、通路は思ったより明るい。ディストはまだ服役中なので、面会は面会室で行われたが、その部屋も良い品々で品よくしつらえられていた。窓の格子さえ見て見ぬふりをすれば、バチカルの屋敷の応接間とあまり変わりがないように思う。
ディストに関しては正直ろくな思い出がなかったが──ジェイドの付属物でしかないルークのことなど、彼が憶えていたことがそもそも驚きだ──罪人とはいいつつ、格子を隔てることもなく面会して、ここでも記憶にあるのと違う姿に目を細めた。
三年の間に伸びた髪をうなじの後ろで縛り、囚人のくせに相変わらず派手派手しい服に身を包んでいる。あの騒々しかった性格もそう変わってないのか、稚気に富んだ顔はジェイドより数段若々しく見える。
だが、その表情は思ったより穏やかで落ち着いていて、彼をがんじがらめに縛り付けていた何かが、今はもう確かに外れていることを感じさせた。
「申し訳ありませんが、二人きりにするわけにはいきませんので、私が付き添わせていただきます」
案内をしてくれたマルクト兵が言うのにルークが困惑の目を向けると、横合いから聞き覚えのある高めの声が、憶えているより穏やかな声で補足をしてくれた。
「私は罪人ですからね。ですが会話の内容を記録されることはなくなりましたし、ここで聞いた話を外へ漏らす可能性があるような人物はこういった任務に就けません。安心なさい」
「わかった。よろしくお願いします」個人的な話をするのに羞恥がないわけではないが、ルークは素直に兵士に頭を下げた。一礼した兵士が無表情に部屋のすみに立つと、ルークは改めて囚人に向き直った。