「この方向は……」
「港か」
途中まではルークの気配を探るように分かれ道にくるたびに考え込んでいたアッシュだったが、気配の方向に港があることに気付いてからは、それもなしに駆け出した。
「なあなあ、なんであいつ、かみさんの居場所がわかんの」
エリックに話しかけられたティアは、二人の過去の関係を思えば理由は容易に思い浮かぶものの、それを正直に答えるわけにもいかず、結局「──さあ。でも、昔からそうよ」とだけ言っておく。
「こわっ! おちおち浮気もできねーな」
「そうね。でもどうせ出来やしないんだから、いいのよ」
ティアは何故か得意そうに笑った。「お互いがお互いに、べた惚れなんだもの──ちょっと悔しくなるくらい」
一行が港に辿り付いてみれば、そこでは思ってもみなかった大騒ぎが起こっていた。
大勢の船乗りがバタバタと、一番奥の埠頭に停泊する、一艘の大型商船に走り込んでいる。港で荷の積み降ろしに従事している船乗りたちにぶつかり、弾き飛ばし、怒った船乗りが殴り掛かったり怒鳴ったりとかなりの喧噪である。
「──あれかしら」
ティアが呟いた途端、一同の視線の先でその船の船腹に大穴が開き、中から何かが飛び出して来た。
ガコオオオオオオォォォォォォン
凄まじい轟音とともに飛び出して来たものが地面に叩き付けられる。近くで荷の積み降ろしをしていたらしい船乗りたちが数人、風圧で吹っ飛ばされるのが見えた。
遠く近くで掴み合い、罵りあっていた男たちも含め、その場にいるものすべてが、凍り付いたように固まる中で、アッシュただ一人が、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「……どういう暴れ方してやがる。下に人がいたら危ねえじゃねえか……!」
騒ぎのおかげで妻の居場所を確定したアッシュは、すらりと抜剣すると、抜き身を下げたまま走り出した。
「──おま!」
「何も……っ」
船に切迫する不審な男女に気付いて、走っていた船乗りが剣を抜こうとするが、アッシュは抜かせるどころか最後まで台詞を言わせもせず、すり抜け様に切り倒した。ついでに中から飛び出して来たものが厚い扉であることを確認して、口角を上げる。
「──っは! 普通の女みてえに、助けを待っちゃいねえとは思ったぜ!」
船に乗り込もうとしていた船乗りたちが、突如方向を変えてこちらに向かってくるのを、立ち止まりもせず、アッシュは最低限の振りで確実に息の根を止めていく。駆け抜け様に死体の山を築きながら、最奥の埠頭に辿り着くと、慌ててタラップを上げようとしている男を切り捨てて、警戒心の欠片も無い様子で船内に飛び込んで行った。
「わわわ」
倒れ込んで来た船乗りを、避け損ねそうになったエリックが慌てて飛び越えて船内に入る。狭いタラップを塞ぐその船乗りの尻を思い切り蹴り飛ばして海に突き落とし、アッシュ、エリックに続いて船内に駆け込んでいったティアを見て、ジギーとアリソンが口笛を吹いた。
「俺の出番がねえぞ?」
「──全てを灰燼と化せ! エクスプロード!!」
通路の前方に現れた数名の船乗りを、エクスプロードでまとめて倒すと、焦げた船乗りたちをすり抜けて更に奥へ駆け込んで行く。
「獲物を残してやる時間の余裕がねえんだ。うちのやつはともかく、子どもは早く探さねえと、時間が経つごとに手がかりも失われる」
「……売られた子どもの末路は、結構悲惨だものな」
「ああ」
「さっきジギーが言ってたけどあんた……いや、いい」エリックは子どもと自分の子ども時代をどうしても重ね合わせてしまっているらしいアッシュに複雑な目を向けたが、結局言いかけた言葉を途中で飲み込んだ。ワレットの言う通り、昔のことを明るく話せるようなやつは、はなから傭兵などにはなるまい。
「つええな、あんた」
「……どうも」
「負けたことなんて、ねえだろ」
「あるに決まってんじゃねえか」
「へえ?」
敵は自分たちの射程に入る前にアッシュがすべて倒してしまうから、付いて行く者たちは暇で仕方なく、戦いの場にあるというのに妙に締まらない雰囲気でゆるい会話を交わしていた。
「師匠を除けば、二度負けた」
──二度目で死んだのだが。いや、死ぬ前には倒していたのだから、カウントしなくていいのだろうか? まあ、生き残れなかったのだから負けに数えて構わないだろう。
「その内の一回がルシ、ルキアとしても、あとの一回は誰なの?」
「えっ? ルキアちゃん?!」
ティアがアッシュを負かしたという相手に興味を持って聞こうとしたとき、アリソンとジギーが同時に声を上げた。
「そそっ、そういやさっきもなんかそんなことを言ってたよな? あのマルクトの軍人、『死霊使い』だろ? そんな人に滅多な相手に負けないって言われるルキアちゃんってなんなんだ? 剣を使うと聞いちゃいたが、本人はダイエットの一貫、って言ってたのに」
「──くそ! まだそんなこと言ってやがるのか!」
「ダイエットに、剣??!」
素っ頓狂な声をあげるエリックの口元が、微妙に引きつっている。
「え、えーと。四年ちょっと前には、必要だったの。真剣だったわ、本人の名誉のために言っておくわね」
ティアが慌てて言い添える。
「最近は手の平が固くなるの、指が太くなるの、怯えて手を抜いてやがるから、残念だがあれ以上にはならねえだろうが……」
「だって、ルキアちゃんって、レプリカだろう? 四年前っていうと、生まれてそんなに経ってねえんじゃねえか? ──そういう擦り込みをされたレプリカなのか?」
「レプリカ?! かみさんってレプリカなのか?!」
何度目になるのか、ルークを知らないエリックが声を上げ、言わなければいいのに思ったことをそのまま垂れ流した。「四歳って。あんたどんだけロリコンだよ?! っつーか、もしかして自分好みに仕込むために?!!」
「……」
「……」
アリソンとジギーが顔を引きつらせてアッシュを窺った。その反応を見る限り、多少なり二人も似たようなことを思ったことがありそうだ。
「──この人、出会った頃のルークに似ているわ」
ティアが目を丸くして呟くのを拾って、アッシュは憮然とした。
「……俺が好きなように仕込めんなら、ここまで苦労してねえよ」
──それが、なんとなく彼を気に入っていた理由だとしたら、なんだか面白くないぞと思ったのだった。自分はもしかしたら、あの不思議な出来事が起こる前から、すでに彼──彼女を気に入っていたのだろうか。
次々に向かってくる男たちを片端から切り捨てて走り続け、階段を上っていくと突き当たりに扉があった。先頭のアッシュが蹴り飛ばすように開けるとさして広くもない甲板に出る。
正面に強く西日が射し、全員が眩しさに一瞬だけ目を眇めた──。
「これで最後だ!! 食らえっ!! レイディアント・ハウル!!」
「──っ?! そいつは殺すな、ルーク!!!」
背後にザックとヤーノを庇い、警戒しながら通路を進む。船腹に開いた穴からここが船底ではなく、むしろ高い位置だと分かっているので、脱出のためには下に降りなければならない。
「どこかに、階段があるはずなんだけどな。大きな船……タルタロスほどじゃないけど……。こんなの所有出来る権力のあるやつが人身売買に関わってた、ってことになると、各国大騒ぎになるぞ」
この規模の船を動かすなら、船員の数はもっと多くていいはずだが、港に停泊していたせいで船から離れていたものも多いのかも知れない。閉じ込められていた船室を出たところで激しい戦闘があった後は、ぽつりぽつりと現れる者を一人ずつ倒すだけで良かった。それでも、体力は確実に失われていくのだが……。
「ルキア、大丈夫?」
立ち止まって通路の壁に寄りかかったルークに、ザックが心配そうに声を掛ける。
「大丈夫。お前も、大丈夫? ヤーノは子どもだけど、お前の身体にはきついでしょう」
「ぼくは大丈夫。それよりルキア、あれ」
額の汗を拭ってザックの指差す方向を見ると、その先に微かに開いた扉があり、隙間から夕日が差し込んでいた。
「ルキア、外だ! 逃げられるよ!!」
「あっ、待って待って」
体力の失われた身体に鞭打って三人は扉をくぐったのだが、予想に反してそこには船尾に弧を描くような甲板があった。狭いとは言えないが、それほど広くもない。
「──お前っ!!」
そこには、小型のボートで逃亡を計る、壮年の男が一人いた。縦にも横にも大きく、頭は禿げ上がり、顔が油でてらてら光っている、女のルークから見てなんとも嫌悪感を催させる気味の悪い顔をしていた。
「──っち。中での騒ぎはお前らか。お前ら三人は上物で惜しいが、儂も命は惜しいのでな。船底のガキどももこの際くれてやろう。だからケセドニアでは狩りをするなと言ったのに……。港の騒ぎにマルクトが動きだしたし、街は神託の盾が、街道はキムラスカが、となるとやはり海からしかない……」
ルークたちを女と子どもと見て、男は逃亡を優先させたようだ。ぶつぶつと呟いている独り言に、ルークは聞き捨てならぬ台詞を見つけて顔色を変えた。
「船底のガキ?!」
ルークは隣でヤーノを負ったまま立ちすくんでいるザックの顔を改めて見た。明るいところで見ると顔色は青白く、確かにやつれているが、かなり整った可愛い顔をしている。ヤーノはいうまでもない。そして自分は──「あの」アッシュから作られたものだ。
「私たちは、たまたま手に入った珍しい獲物で、本命は船底に閉じ込められているってこと……? 閉じ込められた子どもが、まだいるってこと……? お前がボスなのか……?!」
ルークの鋭い声に、男はいかにも不快げに顔を歪めた。
「言葉使いに気を付けろ。儂は勇ましい女は好かん。──ち、お前は儂の女にしてやろうと思っていたのに……。時間があればじっくり嬲って躾けてやったものを」
「──っ、気味の悪いことを言ってんじゃねーよ! 私の男は一人だけだ!!」
憤怒が疲労を押し流した。
裂帛の気合いを上げて斬り掛かった剣は、しかし辛くも男の剣によって止められる。
「──っく! 剣を使うのか?!」
どうせ何も出来ない女と見下していた相手が剣を使うことを知り、狼狽する男に息を入れる隙も与えず、ルークは次々に斬り掛かった。また心臓が、不規則に跳ね始める。だが、女として、母親になるものとして、子どもを食い物にするこんな男を許しておけるはずがない!
崩襲脚、通牙連破斬、牙連崩襲顎と立て続けに畳み掛けると、舐めてかかっていたのか、もともとさした実力でもなかったのか、とうとう男の手から剣が抜けて飛んで行った。
「これで最後だ! 食らえ! レイディアント・ハウル!!」
「──っ?! そいつは殺すな、ルーク!!!」
「──?!」
突如として背後からかけられた声に、急に攻撃を止めたため勢い余ってバランスを崩したが、そこに至る前にすでに気絶していたらしい男はその隙を突いてくるでもなく甲板に頽れた。
それを確かめ、背後を振り返ったルークは、救助の者たちの顔を一瞥したとたん、「あっ」と叫んで何故か物も言わずに脱兎のごとくに逃げ出した。
──ザックとヤーノをその場に置き去りにして。
「ルキア?!」
「ルシファ?! どうしたっていうの?!」
「──っのやろ!」
「ルキアちゃん、なんで?!」
呆然と立ちすくむ子どもや、ティア、傭兵仲間たちの間をすり抜けて、アッシュが飛び出した。猛然と追い縋るアッシュから逃げ出したルークが逃げ場をなくして弧を描く甲板を、入って来たのとは反対にある通路を走り抜け、一番近い船室の一つに飛び込んでがちゃんと鍵を掛ける音が聞こえた。
今一歩及ばなかったアッシュが、扉に拳を叩き付ける。
「てめえこの野郎開けやがれ!!」
「ごめん、ほんとごめんアッシュ! 気をつけてなかったわけじゃないんだよ!」
「嘘付け! どうせ、こんな事態になるまで剣も持たずにほけほけ出歩いてやがったくせに!」
「……あ、う……! だってだって普通、病院に行く時に剣は持って行かないよ! お前が帰ってくるまでにはうちに戻ってるはずだったのに……もう! なんでここにいんの?!」
「いいから開けろ!! それにてめえ、またダイエットなんかしてやがるのか?! 俺がせっせと食わせてんのに台無しにしやがって!」
「えっ?! 今その話?! 食べてんじゃん食べないダイエットじゃないじゃん!」
「開けろって言ってんのが聞こえねえのかルーク!!」
「やだよう、怖いもん!」
「亭主に向かってなんて言い草だ!」
くそ、とアッシュは船室の扉を蹴り飛ばした。扉の向こうにいるのはルーク、自分の妻であるのに、なぜ顔を見ることさえ出来ないのだ。
「怒ってねえから、開けろ」
「……ほんと?」
「……ああ」
「……今の間、なに? ほんとは怒ってるんでしょ?」
「──っ、怒ってねえよ!!」
「声がめちゃくちゃ怒ってんじゃん!」
「もう、いい!!」
その頃になると、ザックにも事情が飲み込め、ヤーノをおぶった身体から力を抜いた。往生際の悪いルキアに、ちょっぴり呆れ顔だ。大人たちはにやにやして成り行きを見守っていたのだが、アッシュは気付く余裕もなく、扉に触れた手に力を集めて行く。扉の向こうで、残り少ない第七音素が収束していくのを感じたらしいルークが慌てて扉から離れようとする気配がした。
「アアっ、アッシュ、きゃあっ!」
扉一枚が完全に音素に変わるのと同時にアッシュは扉があった場所に腕を突っ込み、ルークを掴んだ。
「何がきゃあだ女みてえな声出しやがって!」
「あああ危ないじゃないの! それに女だっつーの!」
「なんで逃げやがる!」
「お前、自分が今どんな顔してんのか分かんない?! 怖いんだってば!」
「お前が心配だからだろ!!」
怒鳴ると同時にきつく抱き寄せられ、ルークは言葉を失って、されるがままにアッシュの胸に顔を押し付けた。強く、早い鼓動。おずおずと背中に手を回し、ぎゅっと目を閉じる。「……アッシュ。…………ごめん」
「イマの……いまのみた? いまの、なに?」
『わあっすっごーい! アッシュったらついにエクスプロードを極めたのねっ』
アッシュではないが、この屑どもがというやけくそな気分で、ティアはキャラに合わない甲高いはしゃぎ声を上げた。
「え……? 今の、譜術だった……?」
「すげえ……のか?? ほんとでたらめだなあいつ……」
幸いにも譜術の素養の無いジギーとエリックは、ティアのわざとらしい棒読みの台詞に首を捻りながらもなんとか納得してくれたようだ。
「ルークとアッシュ、ねえ……」
アリソンがぼそりと言うのに、ほっと息をついていたティアはびくりと飛び上がった。
「……ル、ルークィアとアッシュレイが、どどっ、どうか??」
ざーっと音がするほど青くなったティアに、アリソンがおかしげに笑った。「……なんだそりゃ」
「あの……」
「完全同位体の被験者とレプリカ……か。なんで性別が変わったのかは分からねえが……。こりゃ世間に知られたくねえわけだ」
そう言って、日頃から親しくしている夫婦を眺めた。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように、ぴったりと寄り添ったアシュレイの腕の中で、ルキアはさかんに首を縦に振ったり横に振ったり、額を夫の胸にこすりつけたりしている。何を話していたのか、アシュレイが苦笑し、片腕に乗せるように妻を抱き上げると、ルキアのすんなりした腕が当たり前のようにするりと夫の首に回された。何かを夫に告げ、こつんと額を合わせると、顔を摺り合わせるように上を向いた夫の唇にちゅ、とキスをした。
「あ、あのう……」
「大丈夫、誰にも言わねえよ。女房にもな。未帰還のままの英雄がちゃんと戻って来ていて、幸せに暮らしてるって分かっただけで俺あ、気分がいいんだ。ましてやそれが同じ街で可愛い奥さんをやってるとなりゃあな」
すみません、嘘つきました>< もう一話だけ、続きます。 (2011.05.24)

