晴れた日には、笑って。 05

 年が明けて、新年のパーティーが開かれる日が来た。

 この日はキムラスカ・ランバルディアで初めて社交入りする若者たちが多く、諸外国からの招待客も多い。
 ガイもその一人で、外国人ながらナタリア王女のパートナーに指名されている。あまりないことだが、両名ともに現在行方不明の救世の英雄、「ルーク・フォン・ファブレ」と共に、世界を存続させるために尽力したことを知らぬ者もいないため、そしてこういった場では必ず王女のパートナーを務めているアッシュ・フォン・ファブレが、今日は遠戚の娘のパートナーであるということも知られているため、おおむね好意的に受け取られているようだった。

 今日、この日のルークのために、このところのファブレ家は準備に総力を上げて来た。

 支度を終えたルークが、シュザンヌに手を引かれて階段の踊り場に姿を見せた時、その場にいたラムダス、メイド、白光騎士たちは皆一様に瞠目し、ほうっと溜め息をついた。
 それは支度が終わるまでは内緒と言われ、これまで何時間も部屋への立ち入りを許されなかったアッシュやクリムゾンも同様だった。

 少しでも「ルーク」であることをごまかすためか、長い髪の毛先、金色の部分は綺麗に切り落とされていた。衣装を選んでいた時より複雑に、且つ華やかに結い上げられた髪には、初めて社交界入りする初々しい娘に相応しい、白い生花が飾られている。
 男性体であったころにきっちり鍛えられていたせいか、腹部は引き締まって薄い。ほっそりとした体を包むのは、うっすらと翠がかった艶のある天蚕の白。純白の細かな刺繍が全体を覆う。ファブレ家の総力を挙げて探し出した絹地に、一流と言われる職人が数人がかりで二月をかけ、刺繍を入れたものだ。折れそうに細く長い首を、更に強調させる大小のルビーがちりばめられたネックレスが飾る。

「ルシファ、お前ほど美しい娘はどこを探してもおるまいよ。今日、お前を含めて社交界入りする娘たちが大勢いるが、断言する。誰もがお前と話したがり、踊りたがるだろう。お前の微笑みを向けてもらうためなら、何でもしようという男が山ほどいる筈だ」
「お父さ、おじさまは相変わらずお上手なんですから。わたくしはレプリカですよ?」
 苦笑をもらすルークに、公爵はふと悲しげな顔をした。
「そうか、ここからは『遠縁の娘』。……お前を我が娘としてお披露目することが出来ぬとは……な」
「……ごめんなさい……」
 しょんぼりと肩を落とすルークに、クリムゾンは苦笑し、振り切るように僅かに首を振ってから、愛娘を愛おしげに見下ろした。
「おお、そんな顔をするなルーク。……いや、ルシファ。私こそいつまでも未練がましいことを言っていてはならぬな。さあ、若い娘がそんな曇った顔をするものではない。……アッシュ、こちらに来なさい。お前も何か言ったらどうだ」
「は……」

 突然クリムゾンに振られ、虚を突かれたアッシュだったが、言葉につまって何も言えなかった。元来すらすら女性を褒める事が出来るほど口はうまくない。ルークが相手ならば、むしろ皮肉の方が簡単に出て来ただろう。しかしこのときは、呆然とルークを見つめるばかりで、言葉は何一つ出て来はしなかったのだ。
「なんと気の利かぬことよ。言葉も出ぬらしい。お前の美しさに、最初に参った男というわけだな」クリムゾンはいたずらっぽく笑ってルークにウインクしてみせると、背に手を回してアッシュの側へ導き、「エスコートを頼むぞ。……良くない虫は決して近づけぬようにな」と囁いた。
「……承知しております」
 娘の晴れ姿なのだ、体調不良でパーティの類いは欠席の多いシュザンヌも、今日は夫のエスコートのもと参加する。元来はアッシュと同じく口べたであるはずのクリムゾンも、娘を褒めたばかりでよく口に油が回っているらしく、この時は娘と良く似た美しい妻に何か賞賛の声をかけているようだった。

 無言のしかめ面で腕を突き出すアッシュに、ルークは苦笑してたおやかな腕を絡めた。
「……ごめんなアッシュ。失敗しないように頑張るから、嫌でも今日だけガマンしてくれよ」
 触れた途端にびくりと体を震わせたアッシュに、ルークが宥めるように声をかけると、
「違……妙な誤解してんじゃねえ。──それよりお前、また少し……」
「なに?」
「……ちゃんと食ってるか?」
「え? いや、ちょっとダイエットしたけど、何? 成功してるっぽい?」
「ダイエットだと? なんだってそんな馬鹿なことしてやがる!」
 どう見ても、ダイエットが必要な身体には思えなかった。ウエストなど、自分の腿と比較してどちらが太いかといった様相である。
 クリムゾンが褒めちぎる通り、美しくないわけではない。むしろ、子供っぽさがすっかり鳴りを潜めてしまい、壮絶なまでに美しさというものは増した気がする。だがその美しさは、見る者の不安感を煽る類いのもの。病的な印象をも与えるものだ。
「最近、剣の稽古も出来てねえし、なんか体に脂肪が付きやすくなった気がするんだよな。太っちまったのかも知れねえと思って」
「太ってねえよ。すぐにやめろ、みっともねえ」
「……みっともねえ? そう? ……わかった。でも……なんだか全身がぶよぶよしている感じじゃねえ? ……気になって仕方ないんだ」
 苦笑して俯いた横顔が、なんだか異様、というか張り詰めた糸が切れる前のような危うい感じがして、アッシュはああ、こんなことじゃ駄目だと首を振る。俺が追いつめてどうする。
「てめえは、とても、き……綺麗だと、思う。でも、もう少し肉がついた方が俺は好、……い、いいんじゃねえかと。そう、言ったんだ!」
 ルークが驚いてアッシュを見上げると、アッシュは赤く染まった顔をルークから不自然に反らしていて、ルークは嬉しそうに、ほんのりと笑った。
「……そう? アッシュはその方がいい?」
「お前は? 前、どうだった」
 するとルークは一瞬考え込み、驚いたようにアッシュを見上げた。「そういえば……。こう、ふわふわっとした感じの身体の女の子の方が目がいった、かな」
「胸のでかい」
「そうそう! ……ってナニ言ってるんだよ、アッシュ!」
 頬を染めて、口を尖らせているルークの表情が柔らかくなる。
「……ふわふわとぶよぶよじゃ全然違うよ。けど……言われてみれば、そうだな。女の子たちは、太ってもねえのに痩せなきゃ痩せなきゃってのが口癖だった。おれ……多分、ローレライが言ったように、心も女性化してきてるのかもしれない。胸とか……すげえ嫌なんだ、でかいの……。ティアが言われるの嫌がってたの、今になってすごく良く分かる。もしかして、私の胸がアニスやナタリア並みだったら、逆にうらやましいと思ったのかも知れないけど」
「……そんなものか?」
「だって、鈍重そうに見えない?」
「そんなことねえ。……色々具合が良さそうじゃねえか」
 抱き心地がよさそうとか、触り心地が良さそうとか、こね回して指の下で形が変わるのを見てみたいとか、或は顔を埋めてみたいとか。そういう口に出すには憚られる言葉をごまかした結果、余計に怪しい表現になってしまって、アッシュは己のあまりの口下手に唇を噛む。
 ちぇっとルークが舌打ちをした。
「お前って、ほんと男の脳みそだな」
 呆れたような台詞にどきりとして見下ろしたが、機嫌は悪くなさそうだったので、アッシュはほっと胸を撫で下ろしたのだった。


(2011.03.21)