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「ル、ルークだって?!」
「うそぉ……な、何言っちゃってんですか、大佐ぁ!」
ガイとアニスがそれぞれ叫び、ティアは目を見開いて叫びそうになった口元を押さえ、ナタリアが驚きに目を見張る。
ジェイドに『ルーク』と呼ばれたルシファは、そんな面々を見回し、最後にルークに視線を止めた。「何だかすごく不思議な気分だ、こんなかたちで昔の自分に会うなんてね……。結構見られるじゃん、私。思ってたより可愛いかも!」
「……自分で言うのかよ」はしゃぐルシファに、髪をかき上げながらアッシュが苦笑し、詰めていた息を吐く。
「……え、あの……」
何を言われているのかわからないといった顔でルシファを見上げるルークに、ルシファは誰をも安心させるような笑みを見せた。
「私は今は父上が付けてくれたルシファという新しい名前で生きてるけど、十六年前までは私も『ルーク・フォン・ファブレ』と呼ばれてた。私は、乖離することなく性別を変えて生き残った、未来のお前なんだよ」
ルシファはそう言いながらジェイドを椅子に座るよう促し、自分も座り直してアッシュに笑いかけた。「ミュウはともかく、ジェイドが見抜いてくれるなんて全然思わなかった。もっと可哀想な人みたいに見られると思ってたよ」
アッシュはぽかんとしているルークに一瞬だけ気づかいの視線を走らせ、呆れた、と言いたげに首を振った。「眼鏡に救われたな。ったく、今のじゃなんの説明にもなってやしねえ」
だがフォローはするという言葉通り、アッシュは信じられないかも知れないが、と前置きをした上で、完全同位体間に起こる大爆発のことからべルケンドで起こったことまでを話した。ずっと隠していたことを暴露され、青ざめて震えているルークの背に、ティアが気づかうように触れる。
そこで初めて、ジェイドとティア以外の全員が、薄々悟りつつも知らないふりをしてきたルークの隠しごとを知ったのだ。
「さっきの反応……ティアは知っていらしたのね」おのおのが聞いた話を消化する時間がたっぷり経ったあと、おもむろにナタリアが顔を上げ、ティアに問いかけた。
「ええ……ルークと大佐の話を聞いていたミュウから、ルークの音素乖離のことを聞いて、ルークに問いつめたわ。心配かけたくないから黙っていてくれと頼まれたから、そうした。でも一体何が起こっているのか知りたくて、大佐に話を聞きに行って……大爆発のこと、知ったの……」
「ルークもティアも……辛かったでしょうに。話して欲しかったとは思いますけど、みんなに心配かけるって、ルークが考えそうなことですわね」ナタリアは労るように笑んでティアに頷いて見せ、ルシファに向き直った。
「ここにいる男性のルークが、何もかも終わったあと、大爆発を避けるために女性になって帰ってきた。それがルシファ、あなたで、そしてアッシュはわたくしではなくあなたと結婚した……。合っていますこと?」
「……合ってるよ」
「……どうやら信じても良さそうですわね」ナタリアは頷き、苦笑した。「そのうち皆さんに話して、わたくしの思い違いではないか確認してもらうつもりだったのですけれど。……しばらく前からわたくしは、アッシュはルークのことを愛していらっしゃるのではないかと思っていたんですの。だから、あなたが女性になったルークだとおっしゃるのなら、アッシュと結婚しているのも不思議なことではないと思いますわ」
「結婚?! だってアッシュもルークも男だろ?!」ルークとは長い付き合いであり、父親がわりとも親友とも言える仲なだけに、ガイは話になかなかついていけないでいる。
「アッシュは、ルークがいずれ女性になるともうご存知ですのよ?」
「ナタリアはさすがだな……。私はまったく気付かなかった。最近よく構ってくれるし優しいなってすごく嬉しく思ってはいたけど。ね?」
ルシファは小首をかしげてルークを見つめた。突然話を振られたルークが、びくりと肩を震わせる。
「えっ、うん。え? おれ? アッシュがおれ、を?」
「うん、このころから私──ルークを好きになってくれてたんだって」
ルークはものすごい勢いで首を横に振った。「え、え、だって、おれ、男……で」
「今はね。だけど、アッシュは女の人になった『ルーク』が将来自分の奥さんになって、子どもを生んでくれるってもう知ってるもん」
「それを知ったのはついさっきだろ?!」耳まで赤く染め抜いたアッシュがルシファに噛み付く。「それに黙って聞いてりゃ誰が誰を好きだって……?!」
「薬を半分くれたときにはもう好きになってたって本人が言ったもん! あの瓶が私の瞳の色と同じだったからつい手に取っちゃったって……!」
アッシュの抗議を、ルシファが即座に否定した。
「薬の瓶……? こ、これのこと?」ルークがおずおずとコバルトグリーンの香水瓶をテーブルに置く。「あの……あの、子どもって」
「さっき会ったでしょう。ナイルとウィスタリアだよ、私、というか『ルーク』とアッシュの子ども。あ、そうこの瓶、懐かしいな。私に冷たかったアッシュが初めて私を気づかってくれたものだから、すごく嬉しかったんだ。大切にしてたのに、私はエルドラントで無くしちゃった」
アッシュがはっとしたようにルークに視線を流し、まだ赤みの残った顔を逸らした。ルシファの語る当時の想いは、今のルークが抱いているものと同じであるはずだった。
「あなたをご主人様と呼ぶミュウ、ルークのことを『おじさま』と呼ぶ女の子……。髪の色のことを鑑みてもあなたのお話は信じられると思います。いえ、信じたいだけかも知れませんが……。でもあなたは言葉遣いはともかく、仕草などまるで生まれたときからの女性のようですわ。お二人が同一人物、というのがとてもありえないことのようにも思えます」
「……王族の女子が受ける授業の成果かな?」
「ああ……」ナタリアは得心が言ったというように頷き、表情に奇妙な親近感と同情を浮かべた。「お気の毒に。大丈夫でしたの?」
「まさか。……ぼろぼろになったよ。──しばらくはナタリアのことも怖かったな。すぐに師匠! って呼びたくなったけど。でもあの講義、受けといて良かったんだって今は思う。未来のナタリアもそう言ってるし、バチカルにいるときは時々話すんだ、情報交換で。なんというか……まあいろいろ。お互いに連れ合いに対して感じる不満がよく似てるというか」
「……わたくし、結婚しているんですの……?」
「子どももいるよ。女王の恋愛結婚っていうことで、まとまるまではドタバタと派手な騒ぎがあったけど」
何を思い出したのか、ルシファは少しうんざりとした顔で遠くを見つめた。
「女王。……それであの子がわたくしを『陛下』と呼んだんですのね。──あ、相手は誰かお聞きしても?」
好奇心とほんの少しの怖れを含んだナタリアの質問に、ルシファは苦笑した。
「三人ともこのころはまだ出会ってないよ。だから内緒」
「三人! あたしも?! ね、ね、あたしは? 玉の輿に乗ったかな?」
「玉の輿じゃないけど、旦那さんを上手に操ってかなり稼がせてると見た。女性陣は全員既婚者だよ。ジェイドは相変わらず人との付き合いが面倒くさそうだから、一生一人かもね。ガイは……相手女性からの猛攻撃に逃げ回ってるところ。……陥落は時間の問題だというのが全員の見解」
「わっ、私も?!」頬を染めたティアが驚きにひっくり返った声を上げた。「私は結婚なんて……っ」
「すっごく可愛い花嫁さんだったよ。私が縫った淡ーいピンクのドレスが似合う似合うって参列者に大好評で鼻が高かった。アニスのもナタリアのも、婚礼衣装は全部私が作ったんだから!」
全員の視線が、誇らしげに宣言したルシファを見、ルークを見た。
「おれ、が?」
「私、縫製職人なの。ナイルが生まれるまで、アッシュが傭兵、私が刺繍や繕い物をやって生計立ててたんだよ」
「傭兵? 職人?!」
「あら? アッシュは爵位は……」
「どれも継いでない。十六になったら、ナイルがエーレ侯爵を名乗ることになってる。そしたらアッシュはお役御免になって、私たち夫婦はまたここで二人暮らしするの。父上は複数の爵位を持ってらっしゃるから、普通は長男であるアッシュが一つか二つ下の爵位を借りて名乗るのが普通なんだけど、アッシュはもう廃嫡が決まってるから」
「は、廃嫡?!」ほとんど蒼白になってルークがアッシュに詰め寄った。「なんで?! なんでだよ、廃嫡されるってどういうことかわかってんのか?!」
「て! 痛え!! 痛えっつってんだろうが?! 俺に言われたって知るか!!」
掴み合う、というか一方的にアッシュが揺さぶられているだけなのだが、一向に反撃する様子もなくやられっぱなしになっているアッシュを見て何かを感じたのか、ガイも止めようと中途半端に浮かせた腰を下ろした。
「アッシュは結局三度家を出ちゃったし、三度めはバチカルでも大騒ぎになったから……外聞も含めて廃嫡が妥当なんだけど、父上がさっさとそうしないのはナイルとウィスのためなの。──ルーク。アッシュの居場所はもうある。私とアッシュ、二人で作ったの。二人でここを居場所にするって、決めたんだ。だから今のお前がアッシュに返さなきゃいけないものはないよ」
「今のルークということは、将来はなにか返すべきものがあるってことか?」
ルークのために心配そうに眉を寄せるガイに、ルシファは両の手のひらを合わせてにっこりと笑った。「それは山ほどあるんじゃないかな。愛とか愛とかさ! 私はなにも気付かないまんま、ずーっと貰いっぱなしだったもん」
「?!」
「あら、ごちそうさま」
「あ、あ、あ、愛、愛とかって言われても……性別が変わるとか、無理だよ。お、お、おれがアッシュの子どもをどうとかって。アッシュだって嫌だろ、おれなんかが、そんな」
「アッシュが嫌がるわけないじゃないの。すぐ亭主関白を気取りたがるし、カッコ付けで気障で甘ったれで我が侭ばかりでムッとすることも多いけど、とっても大事にしてもらってるよ。むしろすごいやきもち焼きだから、そこはちょっとこちらの方が我慢が必要なくらい」
「な……!」
真っ直ぐに突き刺さるルシファ以外の者の視線にアッシュが再び抗議の声を上げるが、ルシファはどこ吹く風と言わんばかりに肩をすくめた。「私たちはずっとアッシュが目標だったし、一人の人間として認めて欲しかった。呆れられたくない、軽蔑されたくないって、ずっと頑張ってた。でも……アッシュには出来ないことも、知らないことも、倒せない敵も、何もないように見えて……ハードルの高さにいつもいつも苦しんでた──けど」
ルシファの語るルークの想いに全員がしん、と聞き入ったとき、ルシファは大きく息を吐いた。「別にそんな意識することぜんっぜんないから。今はさ、女の子のことなんか考えたこともないなんてストイックな顔してるけど、ほんとは普通にスケベでおっぱい信者だし、それに意外にぶきっちょなの。普通の、ほんとに普通の旦那様で、お父さんなんだよ」