【12】


 長い間自由を欲し、ヴァンから話を聞いて国に、父に不審を抱いたにも関わらず、屋敷に帰って数日も経てば、どこか気が抜けたようにルークは無気力になった。代わり映えしない日々が過ぎることに、どこかほっと気が抜ける思いすらする。ここから飛ばされた朝、最後にあった時よりも青白く、濁った肌をして、痩せてしまった母がルークを見て泣き崩れたせいかもしれない。
 唯一変わった出来ごとといえば、帰宅した直後にティアが訪ねてきたくらいだ。
 懐かしくて、そして無事であったことにほっとして、ルークはぶっきらぼうに接しつつも内心嬉しかったのだが、ティアはルークが保護されたのだと理解しつつも置いて逃げ出したことに罪悪感を抱いており、なんの問題もなく屋敷に戻っていることにほっとしたようだった。
 同時に訪ねて来た婚約者であるナタリアの、ティアに対する態度はトゲトゲしいものだったが、師であるヴァンが今回ルークを計画的に連れ出しているのではないかという王城の見解を聞かされると、取りなしの言葉も宙に消えた。ルークにとっては、ティアよりもヴァンの方が重要なのである。
 ヴァンは無関係だと必死で訴えるルークに、ナタリアは少し驚いたようだったが、王に取りなすことを快く請け負ってくれた。この年上の従姉妹は失った記憶について鬱陶しいことも言うが、結局のところルークには甘いのである。

 アッシュとヴァンとはケセドニアで別れてしまったが、いずれアッシュが勉強を教えに来るかもしれないと自習は続けていた。だがどこか張った糸が切れてしまったようにあまり身が入らない。剣術の稽古が唯一の趣味だったルークが、帰宅後一度も剣に触れようとしないことに誰もが顔を曇らせたが、剣を持つことの意味を知った今、木刀といえども生命を絶つための訓練をする意味を、ルークは見出せなくなっていたのだった。

「お起き下さいませ、ルーク様。朝でございます」
「……ん。ああ……」
 旅の間は早寝早起きを強いられていたせいか、メイドに起こされるまでだらだらとベッドで過ごしていたルークもかなり早いうちに起床する癖がついたようだ。それは旅人にとっては随分遅めの時間帯だったが、少なくとも夜の遅い貴族の生活では考えられないほど早い。
 必然的に空腹を感じるのも早くなったが、ルークのみ朝食を早くするよう我が儘を言うことも出来ず、だらしなく夜着のままベッドの上で本を読み、メイドが起床を促しにくるのと同時に起き出したフリをし、引かれたカーテンから入る明るい日差しに目を細める。
「今朝は早めに朝食をお摂りになるようとのことです。お急ぎ下さいませ」
「……ぁ?」
 返答代わりに唸りながら、興味なげに夜着を脱ぎ捨て、朝食のための着替えをする。ルークは外出しないから夕食前まではこのまま過ごすが、普通は用途に分けて一日に何度も着替えをするのが普通だ。以前は気にしなかったが、今は就寝時も夜着などに着替えず服のまま過ごす旅の生活の方が合理的に感じられ、たった三ヶ月と少しの旅にどれだけ自分が影響を受けたのかと不思議に思う。
「今朝方ナタリア殿下のお使者が参られまして」
「……ナタリアから? 何だって?」
「用件までは。ルーク様にご登城になるように、と」
「登城……?」
 屋敷の外に出られるという喜びより、なぜ今になってという疑問の方が大きい。ヴァンの処遇のことかと思えば、心に不安が広がった。疑いが晴れなければ、処刑されることだってあり得るのだ。
 少しでもルークの意見を受け入れてもらえるよう、ルークは慌てて改まった服装に着替え直し、強張った顔を両手で軽くはたいて朝食に向かったのだった。

 絶対にヴァンを救ってみせると決死の覚悟で王城に足を踏み入れたルークだったが、迎えたのは伯父でもある国王インゴベルト六世、ずらりと並んだキムラスカの重鎮たち、そしてマルクトからの使者ジェイドであった。
 相変わらず胡散臭い笑みを浮かべているジェイドを一瞥したあと重鎮たちや伯父の顔を視線でひと撫でし、多少気に入らないことがあろうと、マルクトから言い出した和平の申し出をひとまず受け入れることにしたのだと悟る。マルクトが利用されるだけに終わらなければ良いが、と皮肉に考えるが、どの道他国のことなどルークの知ったことではない。

「昨夜緊急議会が招集され、マルクト帝国と和平条約を締結することで合意しました」
 何でも和平の提案と同時に、障気に閉ざされた鉱山都市の救援に向かって欲しいとの要請があったそうだ。
「マルクト側で住民を救助したくても、アクゼリュスへと繋がる街道が障気に閉ざされてしまっているのですって」
 行ってくれるでしょう? と首を傾げるナタリアに、ルークは驚くと同時に苦笑した。

 なるほど。

 マルクトの真の目的は鉱山住民の救助にキムラスカを向かわせることで、和平はそのための副次的なものだったのかもしれない。案内役を兼ねているのであれば、和平交渉のためとはいえ国を動かすために必要な重鎮を寄越さずジェイドのような小物軍人を使者に寄越したのも頷ける。
 要するに、マルクトは鉱山住民の救助に切羽詰まっているわけではない。キムラスカが飲んでくれたらいいなという希望的観測──さらに言えば、国を挙げて全力で事態の収拾に努めていると国民にアピールできれば良いのであって、キムラスカがその提案や要請を突っぱねたところでさして困りはしないのだろう。
 首脳陣がそれに気付かぬはずはないが、長らくの諍いでどちらの国もいささか疲弊しているのは事実。ここは一つマルクトの提案に乗って戦争を回避し、いずれ再び来る争いの時まで国力の回復に専念しよう……そんなところだろうか。

「陛下はありがたくもお前を、キムラスカ・ランバルディア王国の親善大使として任命されたのだ」
 日頃ルークを顧みることのない父が重々しく告げる。ルークが選ばれたことに、特に誉れを感じているわけでもないような無表情で。
「……はあ」ナタリアのおねだりポーズで自分が行けと言われるのだと察してはいたが、実際に言われるとため息しか出ない。「障気で切羽詰まってる町におれみたいな若造が親善大使でーす! なんてのこのこ出掛けってってなんになるんだよ? 家捨ててすぐにも逃げださなきゃならない人たち相手になにシンゼンすんの? 軍と医師団を送ればいいだろ」
「むろん送るとも。だが、まずはアクゼリュスの住人にキムラスカの救助隊を受け入れてもらわねばならぬ」
 国王の前での乱暴な言葉遣いを嗜めたあと、父が再度そう告げた。
 父の顔をルークがじっと見つめると、父の瞳は軽く宙を泳いだあと、わずかに逸れた。
「……」
「ナタリアからヴァンの救命嘆願を受けた」阿呆らしいと鼻を鳴らして再度断りの言葉を口にしようとした機先を、インゴベルトが制した。「証拠は見つかっていないが、だからといってヴァンが犯人でないともまだ言い切れぬ。そこでだ、お前が親善大使としてアクゼリュスに向かうならば、ヴァンを解放し、協力させよう」
「……ヴァン師匠は捕まってるのか?!」
 驚いてナタリアを振り返ると、ナタリアは少し申し訳なさそうに頷いた。「……地下牢に捕らえられているそうですわ」
「わかった」一も二もなくルークは頷いた。誰が信じられずとも、ヴァンは完全に無罪、とんだとばっちりだ。絶対に罪を被せるわけにはいかない。まして極刑など。「おれ行くよ。そのかわり、師匠はすぐに解放してくれよな。本当に師匠は今回の件に無関係なんだ」
「……ほう。ヴァン謡将が絡むと聞き分けがいいんですね」
 ジェイドの楽しげな嫌みは、顔をそちらへ向けることもなくルークは綺麗に黙殺した。愚か者は相手にしないに限る。
「よく決心した、ルーク。ずっと屋敷から出られなかったそなたに、なぜ今その役目なのかと疑問に思っておるだろうが、実はこの役目、そなたでなければならない理由があるのだ」
「理由? なんだよ?」
 ほとんど脅しで行くと言わせたくせにとの苛立たしさもあったが、満足げな伯父の表情にふと興味を引かれた。視界の端に映る父の顔が苦々しげに歪んでいるのも気にかかる。
「この譜石をごらんルーク。これは我が国の領土に降った第六譜石の一部だ。──ティアと言ったな? この下に記された預言を読んでみるがいい」
「はい」話をすでに聞かされていたのか、ティアが心得顔で進み出た。「ND2000。ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり……」

 ティアが滑舌の良い、通る声で読み上げる預言を聞いて、ルークの脳裏にふと思い起こされたのは、遠い昔に庭で出逢った少年のことだった。
 ルークの髪は確かに赤いが、厳密に「赤」とは言えない色のような気がする。ルークがファブレ家の者だから「赤」と称するが、何の先入観もない者ならば「朱」、せいぜいそのように呼ぶだろう。赤い髪と聞いて思い浮かぶのは父であり母であり、そしてあの少年のことだった。むろん、ルークは連れ戻されたばかりでかなり記憶が曖昧な時期で、あの少年のことも確かな記憶とは言えないのだが。

「……者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで……っ、この先は、欠けています」
「結構。つまりルーク、お前は選ばれた若者なのだよ」

 まるでありがたがれと言わんばかりに得意げな国王の顔を言葉も表情もなく見つめるうち、胸の中に冷笑が広がっていった。

 だからなんだってんだよ。

 この場にモースがいるということは、同じ教団のヴァンもこの預言を知っていただろう。ヴァンはこれを成功させて英雄に、と言っていたのだ。
 これまで国の代表として公務に参加したことなどない、礼儀知らずの小僧が親善大使? 第六譜石の預言が本当のことだとしても真の思惑は預言を遵守することではないはず。

 ああ……単独で超振動を起こせる力とやらに、何らかの期待がかかってるのか? なにかそれを使わせたい事情があるのか……?

 軽蔑の念が表情に現われでもしていたか、ルークの視線の先でインゴベルトが不快げに眉を寄せた。


とりあえず、テキストエディタで書けているところまでなので、いつもより一ページ強文字数が少ないです。PCを使える時間がほとんど無いので、先はブログの方で続けていこうと思いますが、一話分はかなり少なくなると思われます。サイト収納の際は、一話分の分量が大体同じになるよう修正していくので、話数にはズレが出ます。(2016.08.13)