Mark Like Mine IF 7話

 何の収穫もないまま──とはいえ、ここは何かと実入りのいい稼ぎ場だったし、こっちのルークの腕も一日でずいぶん上がった──洞窟を出ると、すでに太陽は西の空に傾きかけていた。暗がりに慣れた目を再び光に慣らすには、それでもまだ明るすぎる。アッシュはむずかるルークにマントをはおらせ、目深にフードをかぶせてから尻をはたいて追い、するどい錐のように目に刺さる光に手をかざした。影の下で固く目を閉じて、目蓋を透過する光をなじませる。
 ふとこちらを見ている視線を感じてふりむくと、ガイがばつが悪そうにうなじを掻いた。
「あ──いや、さ。まるで子どもみたいに面倒を見ているんだな、ってさ」
「? 子どもじゃねえか」
 ガイの顔が変質者を見るように歪んだので、アッシュは肩を竦めて苦笑した。「身体は十七だろ。セーフだ」
「都合よく使い分けてるってことか?」
 優男のくせして案外辛辣なことを言う、とアッシュが笑うと、ガイはつられたように表情を崩した。
「いや、すまん。そんなふうに思ってるわけじゃないんだ。あんたはルークに──ルークモドキに、必要以上に厳しかったり、かといえば子どもみたいに面倒みたり、その……あれだろう、俺の思い込みじゃないなら、あんたはルークの恋人みたいなもんなんだよな? その時々で接し方が違うように思うのに、ルークモドキは精神的にすごく落ち着いてるように見えるんだ。それが不思議で、さ」

 洞窟をはなれて街へと歩き出した仲間たちをゆったりとした歩調で追いながら、アッシュは『ルーク』の育児をほとんどこの『ガイ』が行ったという話を思い出した。どちらの『ガイ』もルークを構いたがっているが、一番なついているようでいて、『ルーク』はどこかガイには屈託ある笑みを見せる。『ガイ』はそれにうすうす気付いているのだろうが、こんなふうに真っ向から問うてきたのはこちらのガイだけだ。
 やや離れたところを歩いているこちらのアッシュが、そ知らぬ顔をしながらこちらの話に注意を向けているのを視界の端で確認して、アッシュは口を開いた。
「あいつは正真正銘、まだ七歳の子どもにすぎない。だが、身体は十七歳のルーク・フォン・ファブレのもので、周囲はそう扱ってきたし、あいつもそうあろうと努力してきた。そんなの無理があるだろと俺なんかは思うんだが、実際にはとくに誰にも不審に思われず七年頑張った。俺はな、ガイ。その七年のあいつの頑張りをすげえと思ってんだ。十七歳としての扱いは、基本的にはその頑張りに敬意を表してだ」
「……つまりあんたは、ルークのことを本当は七歳だと思っているってことか?」
「本当も何も、事実そうなんだろう。俺も最初は信じられなかったが……。あいつの心の柔らかさは、やっぱり十七の男のものじゃないんだ。それほど注意しなくても、すぐにわかった」アッシュは走ったり何かに気をとられて立ち止まったり、そうかと思えば駆け戻ってきたりと少しもじっとせずに先をゆく二人のルークを見つめた。「たった七つの幼い子どもが、周囲の期待どおりに成人間近の十七歳であろうとするのは、どれだけ困難だったろう。……俺には、想像することさえ出来ない」

 こちらのルークは当初もう少し大人びて見えたが、明らかにルークに引きずられて、巧妙に隠してきた本来の年齢が顔をのぞかせている。ほがらかにふるまいながらも、どこかに重苦しく抑圧されたものを感じる、こちらのルーク。ルークもかつて着ていたあの開放的な服装は、閉塞感を振り切ろうとする精一杯の抵抗なのかも知れない。
「七つのガキが十七の男のフリをすることなんか、やっぱり不可能なんだ。できているように見えるなら、それはルークが無理をしているからだ。子どもらしい感情や、好みをすべて押さえ込んで、な」

 記憶のなにもかもを捨てたアッシュがはじめてルークに会ったとき、実年齢が七歳だと紹介されてもすぐに信じることができなかった。人は自分の目で見たものを優先的に信じる傾向にある。アッシュも例外ではなく、外見につられ、いつの間にかその話を意識から追いやっていた。思い出したのは、ルークがアッシュにようやく心を開き始め、素のままの感情を見せてくれるようになってから。その話し方、考え方、態度に、おやと思うほど歳に合わない素直さ、幼さ、そして他人への畏怖を感じ取るようになってからだ。
 ルークには自尊心というものがなかった。いや、かつてはあったのだろうが、唖然とするほど、それは砕かれてしまっていた。ルークはそれを持つことを恐れ、持つ資格がないとあきらめ、かつて持っていたことにも罪悪感を感じていた。自分がレプリカだと知り、知らぬうちに被験者の運命をねじ曲げることに加担し、その自尊心のせいで街を一つ──そこに住まう人々の命もろとも奪うことになってしまったからだ。
 ルークはそんな自分をなぜ愛することができるのかと問い、できるはずがない、いつかアッシュもおれに失望するのだと決めつけ、それでも愛して欲しいという言葉を心の奥深く隠して泣いた。ルークは、子どもらしい望みも、少年らしい希望も、ほんの少しでさえ抱くことを己に許さず、世界を救うことにのみ自身の存在意義を見いだし、それだけにすがって必死に笑っている痛々しい子どもだったのだ。
 そんなふうに彼を砕いてしまった恐るべき凶行に、アッシュ自身も加担していたと知ったときの衝撃は筆舌に尽くしがたい。よくも恥知らずに記憶を手放せたものだ。
 あの日、ルークを手に入れた日。
 あのとき、先にそれを知っていたら、アッシュは決して、ルークを口説いたりなどできはしなかった。

 毎日のように髪を撫で、頬に触れ、指先を絡ませ、辛抱強く愛を囁いては口づけて、何かしら肌を触れ合わせた。難しい要求をやり遂げることが出来れば、よくやったと抱きしめて褒めちぎった。だが甘やかしっぱなしにはしない。ときにきつく叱ったりもするが、いつしかアッシュは正面から自分に向き合ってくれているようだと認識したのか、少しずつ、本当に少しずつ、ルークは自分にも人から愛してもらえるなにがしかの価値があるのではないかと思いはじめている。最近ではどこまで許されるのか自分で線引きするためだろう、多岐にわたったわがままを言うようになってきた。そのどれもこれもが吹き出してしまうほど小さいおねだりのようなもので、いつになったら『承認されないわがまま』の線引きができるようになるのか危ぶんでしまうほどだ。だがこれは、自分がどれだけ愛されているのか確かめるために、子供がよくやる手口である。自己信頼感を取り戻す大いなる一歩だと、アッシュはその小さな変化を喜ばしく思い、わがままとも言えない可愛らしいおねだりを愛おしんでいた。

「ルークはたった七つのチビなんだ。だが、悪い大人の手によって、十七歳の皮をかぶらされていた。中身が本当はガキだなんて、誰も知らない。ルーク本人すらな。だから十七歳なら持てるだろうといくつもいくつも荷物を背負わされてきた。チビのルークはフラフラになってたが、誰もそれに気付かず、助けてもくれない。失望させるのが怖くて、ルークも手助けを乞わなかった。ある日とうとう許容量を超えて、それをすべて落っことしてしまった。『なんだよ、期待したのにがっかりだ。それっぽっちも持てねえなんて』周囲は言う。『なんで俺には出来ないのかな。俺はやっぱり駄目なやつなんだ』とルークは思う。『だから誰も俺に期待しない。関心を持ってくれない。──愛してくれない』」
 血の気の失せた唇をガイがわななかせる。アッシュは視線だけを流して、こちらのアッシュの表情をうかがった。ガイと似たり寄ったりのありさまに、まんざら望みがないわけではないのかと、ほんの少し厳しさの滲んだ口元がゆるむ。
「だがルークは、それでも皮をかぶったまま、元のように落ちた荷物を一つ一つ拾って、抱え上げてんだよ。中身はチビのままなのにな。一度全部落としてしまったから、もう誰も俺には期待していないかもしれないと思いながら、それでも全部持てたら、もしかしたら誰かがまた『ルークならきっと出来る』と信頼してくれるかもしれないし──そうやって心にも身体にも負担を強いながら無理をする。それがあれな。お前んとこのルーク」

 ひゃーというようなルークの悲鳴と、こちらのルークの爆笑、アニスの雄叫びが聞こえ、アッシュは一瞬でそちらに気をとられた。三人で何をやっているのやら──まっすぐに歩いている様子さえない。

「俺は本当はあいつの背負ってる荷物を全部取り上げたい。どうしてもというなら、負担のない量にしてえよ。だがあいつはあいつで、俺はそれだけの荷物を持ってきた、普通の七歳とは違うんだって自負も持っている。……貴族とはいえ軍人の子なんだ、なかなかいい気概じゃねえか。だから俺は、きっと意地でも持つだろうと信じて同じように腕に荷物を積んでやる。一番欲しがっていたものも、俺がやれるだけやる。飢えを満たせば自信もつくから、場合によっては荷物もこれまで以上に上乗せする。だが、必要のないところではすべて下ろさせる」
「……それがその時々で扱いが違う理由か」ガイは泣き出しそうにも見える、ひどく儚い笑みを見せて、強ばった身体から力を抜くようにふっと息をついた。「なあ、ルークの……ルークの欲しいものってなんだ?」
「さて──ねえ。……なあガイ、お前、ルークがヴァンの甘言にうかうかと乗せられたのはどうしてだと思う」
「……」
 アッシュは嫌みの混じらない笑みをガイに向けた。「ま、あんたでもいいさ。なんとかできるならしてやれ。別世界のといえど、ルークだ。気にならないわけじゃねえし」
「あ……ああ、もちろん! 俺は女の子が好きだから、あんたと同じように、というわけにはいかないけど。頑張るつもりだ。ルークモドキ、あんたのルークと同じような無邪気な顔、ルークにさせてやりたいしな」ガイは涙が浮いているわけでもないのに赤く充血した目をこすり、「あんたは同じ顔でもアッシュ、って気がしないな。四つも下なのに、しっかりしてるよ」
 アッシュはそれを聞いて吹き出した。「俺の言うことを全部鵜呑みにしないほうがいい。十七歳の皮をかぶせとかねえとルークを抱くのに都合がわりいのは俺のほうなんだぜ? 中身が子どもすぎるから、俺がどんなことをしても変態と罵られなくてすんでんのをラッキーとか思ってんだ」
 アッシュがほとんど強引にルークの身体を拓くまで、もちろんルークの『愛されたい』が性的な意味を含んでいるはずがなかった。求められるから与える、最初は本当にそれだけのものでしかなかっただろう。近頃は視線や仕草で誘いらしきものをかけるようになったが、非常に消極的なもので、俺の気のせいかもしれないと思うことも多い。
 ──誘いなどなくとも、どの道言いくるめて組み敷くのだが。
 ガイが驚いたように目を見ひらき、次いで苦笑して首を振った。
「ものごとは都合良く使い分けるのが、人生をおもしろおかしく渡っていくコツだ、ガイ」
 視界の端に、未だこわばった顔のまま、すうっと離れて行くこちらのアッシュの姿が目に入った。
「てめえが変態っぽいやり方でなんとかしてやってもいいんだぜ? なんせお前と俺はおんなじ存在らしいからな」
 強い怒りと困惑をないまぜにした目で、こちらのアッシュはアッシュを睨んだ。口を利く気もないようで、舌打ちして歩調を早め、そのまま前をいく固まりに合流する。
「あんまりアッシュをからかってやるなよな」次にぷはっと吹き出したのはガイのほうだった。「あいつはあんたほど、真面目で誠実な部分を隠すのがうまくない」
「あんたは『アッシュ』を嫌ってるんじゃなかったか」
「ああ……いや。どうだろう。あんたのようなアッシュなら、案外……」

 大人数で大騒ぎしながら歩いていたせいか、ほとんど魔物に出くわすこともなく街へたどり着いた。
「アッシュー!」ずいぶん先を歩いていたルークが駆け寄ってくる。「おせえよ! おれ、もう腹減った!」
 アッシュのちょっかいを避けてはなれたところを歩いていたくせに、空腹に負けてまとわりついてくるのが可愛くも憎たらしい。
「なーあれ! あれ買ってくれよ!」
 ルークが勢い込んで指差す方向に、甘い匂いのまとわりつく駄菓子の屋台を見てとり、アッシュは苦笑した。
「構わないが、腹の足しにはならねえぞ」
「いいんだって」
「メシはちゃんと食えるんだろうな」
「食える」
 ちょーだい、と手のひらを出すのに、倍の小銭を乗せてやり、「こっちのルークのもな」というと、大喜びで駆け出していった。
「えっ、いや、おれはいらねえけど……」
「遠慮はいらねえって! 行こう!」
 仲間たちの顔を見回して怯むこちらのルークを、ルークが両手で引っぱって行く。子どもっぽいやり取りをしている二人を見て、ティアが首をかしげた。「あれ、おいしいのかしら? 昼間子どもが並んで買っているのをよく見かけるわ」
「いや。一度付き合いで食ったけど、ぐにゃっとしててなんか薬くせえのもあるしな。甘いだけで、いい大人が食ってうまいと思うようなもんじゃねえよ」
 それはアビスマンのかたちをしているのが売りの駄菓子であって、完全に子どもをターゲットにしたものだ。大人なら、もう少し金を出してももっとまともな菓子を食わせたいと思うはずだ。だが、子どもは菓子の味を評価しているのではないらしかった。実際、舌の肥えたルークがなぜそれを食べたがるのか、アッシュにはいまだにわからない。
 子どもの買うものだと知っているのだろう、しきりに仲間の目線を気にするこちらのルークを引っぱって、ルークは駄菓子を二つ買い、一つを渡すとにこにことすすめている。根負けしたように袋をのぞき込んだこちらのルークの顔が、ぱっと明るくなる。二人はなにか熱心に話しながら大人たちの視線から逃れるように通りのはしに身を寄せ、つまみ出したカラフルな菓子を確認し、見せ合い、次々に口に放り込んで、笑った。
「こっちのルークも子ども舌はかわりねえのか……」
 なんだか微笑ましい気がして、アッシュは口元をほころばせた。
「あんなものを食いたがっていたとはな……」
 ふと隣をみると、こちらのアッシュがうっすらと口を開き、眩しいものを見るように目を細めて、二人のルークを見つめている。
「ガキどもはみんな好きみたいだな」
 必要ないとはわかっていたが、ひとり言に返答してやり、アッシュは再びルークたちに視線を戻した。
 七歳のルークが、七歳の子どもらしく自然にふるまっているのは、アッシュの喜びであり、誇りだった。
 この世界のアッシュは自分とは違い、ルークのことを愛してはいない。少なくとも、初日まではそうだった。そしてルークを愛するアッシュのいない世界では、未だルークを救うものが現れていない。
 アッシュが記憶を捨てたことを、アッシュはこれまで唾棄すべき甘えだと密かに恥じてきたが、アッシュが記憶を捨てなければ、一体誰がルークをあんなふうに子どもらしく、屈託ない笑顔で笑わせたのだろう?
『前のアッシュ』をそろそろ許してやってもいいのかもしれないと思うのは、自己弁護にすぎないだろうか。


アッシュ→←ルークはすみません、諦めました。いつかそうなる、ってことで、アッシュ→ルークでご寛恕くださいっ><(2012.06.19)