※アッシュとルークがそれぞれ女の子と夜を過ごしたのだなあ……とわかる描写があります。
そのシーンそのものはありません。
夜明け前には夢見心地のルークをともなって宿に戻ってきていたが、結局アッシュはそのあと一睡もできず、気分も体調も絶不調だった。
にも関わらず、胸がひりつくほどの苛立ちと、寒気を感じるほど重い身体を押し隠して、別世界の二人が通ったという歪みを捜して洞窟を彷徨い歩いている。
ミュウが高い位置で掲げる音素灯のランタンは、かなりの広範囲を照らしていた。
探索を初めて数時間、あっちの世界ではそこここにあったという歪みは、こちらではまだ一つも見つからない。確かに少しの興味があったことは否めないが、アッシュはそろそろ「来るんじゃなかった」と思い始めていた。やらなくてはならないことは山ほどある。こんなことで貴重な一日を無駄にするのなら、宿で眠っていたほうがまだしもだった。
二人だけで構わないという別世界の二人にルークたちが同行したのは、主にジェイドがその空間の歪みに興味を持ったからだ。本来はアッシュが一緒にいる必要などないのだが、「ルークモドキへの罪滅ぼしですわよ」と言われて逃げられなくなったのだ。
ただでさえ居心地の悪いこと極まりないというのに、ルークがアッシュの近くをうろついていることが、さらに居心地悪さに拍車をかけている。昨夜のことがあって、女性陣とは顔が合わせづらいのだろうが、アッシュとは二度と口を利かないような剣幕だったルークが、一夜明けるとべったりくっついてまわっているのでは、誰もが不審に思うことは間違いない。
そのルークは、朝からどこかふわふわと浮ついた様子だ。ガイやジェイドがルークに悪い遊びを教えるようには見えないし、思った通り初めての体験だったのだろう。よほど衝撃が激しかったのだろうが、何かに気をとられたような状態でぼうっとされていては危険極まりない。
「おい」アッシュは数歩遅れてふわふわと付いてきているルークの腕を掴んだ。「しゃんとしろ」
「あ、ああ」
注意すれば一瞬は眼に光がともるのだが、しばらくするとまた夢見るようにぼんやりとしている。
──よほど、良い思いをさせてもらったらしい。
ふいに、みぞおちのあたりに重くこごるような不快感を感じた。ルークがどんな娘を選んだのか、アッシュは知らない。そこまでは面倒も見切れないと、アッシュはおたおたしているルークを置き去りに、目についた娘を連れてさっさと部屋へ上がったのだ。どうやら、この様子だとかなり相性のいい娘を選んだのだろう。いや、アッシュの敵娼が悪かったというわけではない。自分で選んだのだし、実際朗らかで仕草の優しい、いい娘だった。
だが、アッシュにとっては、まるで悪夢のような一夜だったのだ。
ルークモドキに対して、なよなよしたカマ野郎という思い込みがあったせいか、アッシュはその実力に対しても女子供のお稽古ごと程度のものと侮っていたが、いざ剣をとらせると、アッシュモドキとともに警告の声を聞くまえに動き出し、素早く適切な位置について的確に剣をふるう。譜術師の詠唱を毛ほども妨げず、前衛の動きを完璧に見極め、おもわず見蕩れてしまいそうなほど力強く、美しく、流れるように舞う。同じ流派のはずなのに、ルークモドキのそれだけがひときわ優美に見えるのは、決してアッシュの気のせいではないはずだ。二人で潜るには少々骨ではないかと思われる洞窟だったが、この二人の実力なら確かになんの不安もなかっただろう。
アッシュモドキは戦いを終えるたびルークの傍へいって、その戦いに付いて細かい注意を与え、良かった部分、改善された部分を大げさに褒めた。時にはそれを、ルークモドキに任せたりもしている。一言か二言、言葉を足していることもあったが、ほとんどの場合「言うことなし」と的確に指摘することができたルークモドキの髪を撫でて満足げに目を細めていた。他のメンバーとの連携についても細かいところまで見ていて、ルークは驚いたものの一つ一つにうなずいて真剣に聞き入っている。
「アッシュモドキもルークモドキも、全体の動きの一瞬一瞬まで、すげえ見えるんだな!」
ルークがキラキラした憧れのまなざしで手放しに感心するのに、
「常に全体を見るのが癖なのかもな。皆の話じゃ神託の盾の将を務めていたらしいし」
「おれはアッシュにスパルタされてるからなー。な? すっげ、厳しいだろ!」ルークモドキは自慢しているのか嘆いているのかわからないような口ぶりでルークに同意を求め、仲間意識たっぷりに言った。「アッシュはともかく、おれにはすぐ追いつくよ。お前もアッシュのレプリカなんだし」
「うん、おれも頑張ればお前らみたいにできるって、自信ついてきた。すげえなあ、アッシュモドキは。アッシュは全然気付かねえのに」
アッシュはむっと眉を寄せた。モドキたちの言うことは、同じ戦いの中でアッシュが思ったこと、気付いたこととすべて同じだった。だが今更それを言っても負け惜しみだと思われるだけだろう。ルークモドキたちと常に一緒に行動しているアッシュモドキは、己の命を守るためにも全員の実力を正確に把握し、伸びしろのある部分は上げておく必要があると考えたのだろうが、アッシュにそんな義理はない。
「……昨夜は楽しかったか」
くしゃりとルークの頭を撫でて、アッシュモドキがルークに問いかけた。
「へ? えっ」
「夜中に出てったろ。悪かったな、煽っちまったか?」言葉では謝っているが、アッシュモドキの表情に悪びれたところなどない。わざとやっていたのだから当然だ。「大丈夫、多分俺しか気付いてねえ──とはいえ、ルークには話しちまったが」
ごまかせばいいものを、素直に赤くなって、ルークは言葉ではない部分でアッシュモドキの問いを肯定してしまった。実際のところ、アッシュは夜中に抜け出したことを気付くものがいるとしたら『俺』だろうと思ってはいた。だが、ルークモドキを派手に喘がせていながら、それでも隣室や廊下の気配まで気を配る余裕があったと改めて知らされると、なにか苦々しいものがこみ上げる。
「良かったか?」
「えーと、うん。すげー親切だった。それに、かっ……可愛かった、し」
ルークはすばやく女性陣の位置を確かめ、じゅうぶん離れていると確認してから頷いた。思い出したのか、ルークはぼわんと音がしそうなほど顔を赤く染める。
はじめての体験だったのだし、奥手なルークにとっては武勇伝の一つでもあっただろうから、誰かに話したい欲求もあったのかも知れない。女性陣に聞かせられない男同士の話を、こっそり交わすという、これまた初めての経験を楽しんでもいるようだ。問われるままに昨夜の体験を話して聞かせている。アッシュモドキはルークをいい気分にさせつつ、実に上手くその欲求を満たしてやっていた。
「胸、でかい子か」「うん、でかい」「そこは重要なポイントだよな」などと、他のメンバーが少し遅れてきているからこそのくだらない会話が流れてくる。
「お前も?」
不思議そうに問いかけるルークに、アッシュモドキは実に自然にルークモドキを引き寄せて、驚いてかすかに開かれた唇に口づけた。真っ赤になったルークモドキが、笑っているアッシュモドキを突き飛ばして他のメンバーのところへ駆け戻って行く。
「俺のルークは可愛いだろう?」
「ああ、可愛いな。弟ができたみてえ」
「……確かにそんなふうに見えるな」アッシュモドキはわずかに目を細めて振り向き、ガイやアニスとじゃれているルークモドキの姿を見つめた。可愛くて、いとおしくて仕方ないという、柔らかい表情。
アッシュは思わず目をそらした。自分と同じ顔がつくるその表情を、見ていられなかった。
「俺も胸はでかいのが好きなんだが、ま、でかかろうが小さかろうが、ルークの胸には敵わねえ。重要なのは感度だな、憶えとけ」
「お、おお!」
両手の拳を握って頷くルークに、アッシュモドキが笑った。「昨日の子がよほど気に入ったらしいな?」
「優しかったし……。おれのこと、す、好きに、なっちゃったかもって……」
アッシュは思わず怒鳴りつけそうになった。それは女たちのセールストークだろうが、まんまと騙されやがって──! 照れた様子のルークに、ふつふつと怒りが込み上げてくる。背後にいるナタリアの存在を意識していなければ、怒りは行き場を得てほとばしっていただろう。だがナタリアに不埒な場所にでかけたことを知られるわけにはいかず、今朝方から胸の奥にどろどろと粘ついて溜まり、うずまいている、真っ黒で憂鬱なものを、アッシュは必死で押さえつけた。
真っ赤になってしどろもどろで礼を言う姿が眼に浮かぶようだった。女は──初心で間抜けな少年をいい気分にさせて、さぞ嗤ったことだろう。
「ああいうところにいる女は、人を見る目が鋭いんだ。お前と接してそんなふうに言ってくれたなら、きっと本当に気に入ってくれたんだろう」
だが、本心か、それとも愚かなルークを慰めるためにか、アッシュモドキはアッシュの考えとは反対のことを言った。
「そ、そうかな……。だったら嬉しいんだけど……。また会いに行っても、嫌がられたりしねえかな……?」
「嫌がるわけねえよ」顔を赤くしてうつむいたルークを、アッシュモドキが優しい目で見下ろし、ちらりと一瞬、アッシュに視線をよこした。「……お前たちは真面目だから、初めての相手をどうしても特別に思ってしまうのかな」
「それは良くないことなのか?」
「いいや。そういう男は得てして一本気で誠実だ。賢い女ならすぐに見抜くだろう」
「おれ……最初はすげえがちがちだったんだけど、その子と話してるとすぐに緊張も解けてさ、話してるだけで楽しくてしかたなかった。もっとたくさん話してみたいんだ。あ──え、と。最後は色々してくれたんだけど……。なんだかふわふわしてて、笑うと可愛くて、安心できて。こ、こ、こういう子がお嫁さんとかになってくれたら楽しいだろうなあって……」
「お。いきなりお嫁さんか。『お前』らしいな。俺のルークも俺と一生一緒にいたいとか言ってくれりゃ可愛いのに」
言おうが言うまいが可愛いと思うことに変わりはないのだろうが、アッシュモドキはそう言って嘆いてみせたあと、まるで小さな弟にするようにルークの頭を撫でた。「だがお前の場合は少々頑張らねえと難しいかもな──その子をお嫁さんにしたいなら。理由はわかるだろ」
乾いて開けたところに出ると、昼食のための小休止になった。準備を手伝っているルークモドキのところへルークが走って行く。作業を手伝いながらなにか話しているらしい二人のルークを見つめ、アッシュモドキが「眼福眼福」と呟いた。
「公爵家の子息に、つまらねえこと吹き込むんじゃねえよ」
音素灯のランタンの明かりが薄らとしか届かない、まだ十分に距離がある場所で、アッシュはアッシュモドキを睨みつけた。
「ああ──悪い」アッシュモドキは悪いとちらりとも思ってないような顔でひらひらと手を振った。「てめえとは付き合いも短いしな。ルークのことを公爵家の子息だと思ってるなんて、とんと気付かなかったぜ」
自分の顔が恐ろしく険しくなっていくのがわかった。アッシュモドキの顔もいつも浮かべているにやけたような笑みを払拭して、鋭い目で見返している。こんなヤツには負けたくない。強い視線の圧力を、ぎりぎりと奥歯を噛みしめて押し返し、にらみ合う。
「アッシュー! メシーっ!!」
ルークモドキの呼び声に、アッシュモドキの視線から感じる圧力が霧散した。背中を一筋の汗が流れて行く、気持ちの悪い感触がある。消耗を気付かれたくなくて、アッシュはアッシュモドキの視線が外れた隙に歩き出した。
「こっちのルークのことだが、まだ伸びしろがある」
背を、アッシュモドキがひとり言のように落とした声がたたき、アッシュは思わず立ち止まった。
「てめえは十年近くヴァンの手ほどきを受けてきたんだろうが、ルークは違う。劣化レプリカと貶むまえにてめえが稽古をつけてやれ。今ルークに正しい型で稽古をつけられるのは、てめえだけだろう。──てめえは俺のルークの実力に驚いていたようだが、ルークと、こっちのルークの力量の差は、てめえの怠慢が招いたものだぜ」
「なんで俺が……」
「てめえな、気付いてねえのかも知れねえが、」アッシュモドキは呆れたように声を荒げたが、ふと口を噤むと言いかけたこととは違うことを口にした。「……パーティにはナタリアもいる。底上げは悪いことじゃねえだろ。てめえ自身がいつでも傍にいて守るんじゃねえんなら」
人の悪そうな笑みを見て、ナタリア本人にさえスルーされてしまった告白をアッシュモドキがちゃんと聞いていたことを知った。一瞬で頭に血がのぼる。
「てめえもナタリアと約束したんだろうがっ! それを反古にしてあいつを泣かせんじゃねえよ!」
「いや、憶えてねえし。それに、ナタリアはほとんど唯一といっていいほどの理解者だし、記憶を失くす前の俺が好きなのは、絶対にナタリアじゃなかった」
記憶がないと言いながら、なぜ断言出来るのだ。
「理屈じゃねえだろ」アッシュの胡散臭そうな視線を感じたか、アッシュモドキは肩をすくめた。「誰一人知った顔のない中であいつを見たとき、ああ、こいつだと思った。時間がねえ、早く俺のものにしねえと誰かにとられると焦った。それで十分だろ」
「はっ。……くだらねえ」
理屈じゃないなら、なんだというのだ。
夕べ、アッシュは自分が選んだ娘をベッドの上で見下ろして、自分の選択に愕然とした。娘の、ほとんどないような胸は、これまでなら絶対に眼に留まらなかったはずだ。ルークがそうであるように、アッシュも胸の大きい肉感的な女が好みだった。だが、まるで少年のように凹凸の少ないほっそりした娘に、アッシュはこれまでにないほど興奮させられた。──だが。
娘は、アッシュの名を呼ばなかった。「そもそも四人とも全員別人なんだから、それぞれ惚れた相手が違ってもなにもおかしくねえんじゃねえの」
アッシュモドキの言葉に、アッシュは唐突に見えない壁にぶつかったように眼を見ひらいた。アッシュモドキがアッシュの表情を見つめて、唇に弧を描く。「……へえ?」
何もかもお見通しだというような表情にカッときて、アッシュはなおも言いつのった。
「ふざけるな! 四人じゃねえ、俺たちは結局のところ一人でしかねえんだよ! お前も俺と同じだ!」
「こっちのルークはお前のレプリカだからお前と同じ。俺のルークは俺のレプリカだから俺と同じ。で、俺とお前はしょせん同一人物、と。ふうん。ずいぶん乱暴な意見だが、ま、一理あるかもな」
全員別人、と言った舌の根も乾かぬうちに肯定を口にする。警戒心もあらわに身構えるアッシュに、アッシュモドキは喉の奥で低く笑った。
「勘違いすんじゃねえよ。『俺が』お前と同じ存在なんじゃねえ。『お前が』俺と同じ存在なんだよ」
「なんだと……?!」
「わざと気付かないふりしてんのか?」アッシュモドキは立ちすくむアッシュの肩をぽん、と叩いて歩き出した。一歩を通り過ぎたところで、背中側から耳元に唇を寄せてくる。
「今朝から目がルークの尻ばかり追ってるぜ?」