「そ、そうだったとしても、お前とは関係ないじゃん……」
《屑が。気色わりいって言ってんだよ。よりにもよって、俺と同じ顔の男が二人で乳繰り合ってるなんざ、吐き気がする!》
「──っ、やめ、ろっアッシュ!!」
『ルーク』の苦鳴が聞こえる。ルークはぶつけられた言葉を何度か反芻し、ガンガンと破鐘のように痛む頭に脂汗をしたたらせながら、濁った視界の向こうの歪んだ真紅を見つめた。
「あっ……!」
頭の中に再びキィン、という金属音が走り、ルークは頭を抱えてのけぞる。回線とは、これほど酷く痛むものだっただろうか。わざと苦痛を与えているのではと思うほどの痛みに、悪意すら感じる。
「う、あ──い、痛え、痛、え……!」
《カマ野郎が、プライドまで劣化してやがるたあな! こんなものが俺のレプリカだと? ゾッとするぜ!》
《違う。違う違う違う! おれは……お前のレプリカなんかじゃない! おれがアッシュを好きなのは、劣化してるからじゃない!》
──アッシュは……『前の』アッシュは、おれを憎んで嫌っているように見えたけど……そんな目で、貶むような目でおれを見たりはしなかった……よな? そうだよな……?
《そうかよ? 俺はアイツと同じ『アッシュ』だぜ? 俺はてめえみたいななよなよしたカマ野郎、心底嫌いだがな!》
《アッシュは違う! アッシュは……!》
優しい手が、そっと頬を撫でる感触がして、ルークは目を閉じたまま顔をすり寄せた。すると閉じたまぶたに温かく、乾いた唇の感触がする。
手はすぐにはなれてしまい、重いものが床板をぎゅっときしませて立ち上がり、歩き出す気配がした。
ああ行ってしまう、と思った瞬間、ルークは瞬時に覚醒し、跳ね起きた。「アッシュ!」
「──っぶねえな! 頭ぶつかっちまうとこだったじゃ、」ドアに向かおうとしていたアッシュは、壁に叩き付けられながらもなんとか飛びついたルークを受け止めてくれた。「どうした? ──どこも行かねえよ。湯と食べ物をもらってこようと思っただけだ」
力をこめてぎゅうぎゅう抱きついてくるルークの様子のおかしさに、アッシュは文句を引っ込めて、背中を優しくたたきながら抱き返してくれる。
「こっちのルークが倒れたお前を運んでくれたそうだ。あとで隣に礼を言いにいけよ」
「うん……」
「お前が気になって、今日の予定を返上して様子を見てくれていたらしいからな」アッシュは己の背後を顎をしゃくって示し、ルークの顔中にキスを降らせ、ようやく笑顔になったルークの鼻の頭を最後についばんだ。
窓の外ではいつの間にか日が落ちて、月明かりが青白く差し込んでいる。倒れて眠ってしまっている間に、また半日が飛んでしまっていた。こっちのルークたちにも迷惑をかけたのかと思うと、浮上しかけた気持ちがまたどんよりと沈んでいく。
どれだけ探しまわってくれたのか、しがみついたアッシュの首すじからは、男臭い、饐えた汗のにおいがした。それはアッシュの感じた焦りと不安のにおいだった。ルークはアッシュがこの世界にいることを知っていたけれど、アッシュは知らなかったのだ。
ほんのちょっと会えなかっただけなのに、それだけでせつないほどのいとおしさがこみ上げて、ルークはアッシュの肩に顔をすりつけ、ぎゅっとしがみついた。
「また会えて良かった」
「……この馬鹿が。あんなトサカ野郎に簡単に苛められやがって! 先にあいつらに会ったら、こっちの俺に虐められて泣かされんじゃねえかって心配だったんだ。案の定──こっちのルークから話を聞いて、ぶん殴っておいたからな」
「トサカ野郎って」
「だろう。あんな髪型で他人を威嚇できるつもりでいるんなら、とんだ阿呆だぜ」
かつては同じ髪型だったアッシュの言いように、ルークは思わず吹いてしまった。口調は軽かったが、触れた手には真摯な気遣いの温度があり、また涙がじわりと浮いてくる。たったいまそれを心配していたと言われたばかりなのに、強く抱きしめて頭を撫でてくれる手の感触が嬉しくて──ほっとして。泣くな、と優しく囁かれて涙を吸い取られると、返ってこらえきれずに涙腺は決壊した。だって、別に構わないのだ。アッシュの前では、七歳のルークが涙をこらえる必要なんかない。
「記憶が戻ったのかもって……。こっちのアッシュに、き、気持ち悪いって言われて、お前も記憶が戻ったらそう思うのかも知れないって……おれ……」
「お前なあ。『前の俺』だって俺なんだよ、お前のこと好きだって、抱きたいって思ってたんだ。最初に苛めちまったから、ばつが悪くて言いだせなかっただけなんじゃねえか。絶対手放しゃしねえから、お前はなにがあってもただ『俺』を信じて待ってろ。迷子の鉄則だ」
「……おれ、ちゃんと守ったぞ」
「ちっとも守ってねえじゃねえか。信じてなかったんだろ」
「信じて、た、もん。でもちょっと……こっちのアッシュが、記憶の戻ったお前かも知れないって……本当はおれの知ってるアッシュじゃないのかって……」
「……ち。『前の俺』があれより屑だったと思いたくはないんだが……。初めのころのお前の萎縮っぷりを思い返せば、無理もねえのか……な。すまん、今回は俺が悪かった……。同じ『俺』がお前をそんなに傷つけるとは思わなかったんだよ」
たまらなくなって、泣きながらアッシュの髪に両手を差し入れ、引き寄せるようにキスをねだり、舌をからめていると、アッシュの手のひらがルークのかたちを確かめるように、そして慰めるように、背中からゆっくりと這い下りてくる。
ところがその手がしぼったように引き締まった腰を撫で、尻にまわり、尻朶をつかむころ、それはだんだんルークを安心させるための愛撫ではなくなってきていた。
「え、な……なんで……」ぴたりと合わさったアッシュの身体の中心が、びくんと跳ねたのを腿に感じて、どきりとして身じろいだとたん、欲情にかすれた声が低く耳をくすぐった。
「夕べしてねえんだから、二回な……」
ぎょっとしてアッシュをみやると、さきほどまでの憂いはどこへやら、疲れを色濃く残した顔の中で目だけが欲望に濡れ、ぎらぎらと輝いている。
「ア、アッシュ、夕べ寝てないんじゃねーの……」
「すまん。だけどお前の泣き顔は、下半身に直でクるからな──十七歳の性欲を甘く見ているお前も悪い」
おれだって十七だ、と言い返したいが、ルークはしょせんナリばかり大きい七歳でしかないのだった。
「だ、だって、隣の部屋にこっちの世界のおれがいるのに」
「こっちの俺もな。同室らしい」
「そ! ……ん、ん、ぅ……」
「こういう関係だってのは知ってんだ。ちょいと声が聞こえたって、変に思いやしねえよ」
「そんなわけな、あ、ふ……っ」
アッシュの両手が、今度は逆に尻から上へ輪郭をなぞって揉み上げてきて、ルークの思考は中断された。厚手の黒いシャツをズボンから引っぱりだし、素肌に熱い、ざらりとした手のひらが触れた。アッシュがその気になったときに逃げられたためしなどなかったが、それでも隣を気にしてルークはその手を両手でもぎはなし、押しやろうとした。
「アッシュ、なあ……。するんなら、ベッド行こう……ここ、いやだ……ん、んん……っ」
首を左右に振って、半分だけキスから逃れながら必死で懇願する。どうせ逃げられないのなら、少しでも壁から離れたかった。枕に顔を押し付けておけば、少しは声も押さえられるかも知れないのだし。
唇をあわせたまま、アッシュがふっと笑う気配がした。両の手首をひとまとめに掴んで頭上で押さえつけられる。薄い壁に身体がぶつかる鈍い音がして、アッシュの意図を察した。隣に──いや、こっちのアッシュに、聞かせるつもりなのだ、わざと。ルークが体中をこねまわされ、尻を突かれて堪えきれずにあげる、いやらしい喘ぎ声を。
「ぃ、いやだ! アッシュやだっ……! はな、止めろって!」
ルークは必死でもがいた。もめている気配を隣に悟られたくなかったが、もうそんなこと気づかっている場合でもない。
「な、なんで? なんで……っ」
どうして勝てない。なぜ押し返せないのだろう。おなじ体格だし、力だってそう劣ってはいないはずなのに……。どうして逆らうことができない?
──本当は、こんなふうに強引に攻められることを、自分が一番望んでいるから?
それでもルークは往生際悪く逃れようと身をよじっていたが、アッシュはかまわず片手で上着のボタンをはずし、シャツをまくり上げ、胸に固く巻かれたさらし布を見つめて眉を寄せた。ほのかなふくらみをルークが潰すような真似をするのをアッシュは嫌うが、恥ずかしいだけでなく、そうでもしなければ過敏に腫れ上がった乳首が服にこすれるたび、軽いかゆみをともなう強い痛みがルークを苦しめるのだ。
「毎晩可愛がって育ててんのに」アッシュはほんの一瞬だけむすっとそれを見つめたあと、ふとルークを見つめてにやりとしか表現しようのない獰猛な笑みを閃かせた。胸の辺りで不穏に動き始めたアッシュの手の動きを悟り、押しのけようとする。アッシュは攻防をなんなくかいくぐりながら、ぎりぎりときつく巻かれたさらし布を真ん中だけが細くのぞくように器用に上下にずらしていった。思春期の少女のように淡く膨らみ始めた乳首は、上下をきつく圧迫されたままさらし布のすき間から盛り上がり、本当に布の下に押し潰された胸があるように見える。
「……こうするとかえっていやらしいな」
固く尖りきった乳首を見下ろして満足そうに呟くアッシュの顔から、ルークは目をそらした。アッシュは何もかも見透かしている……。泣けばアッシュを喜ばせるだけだとわかっているのに、情けなさと羞恥と、そしてそんな行為にも興奮し、兆してきている自分のあさましさに涙がにじむ。
それでももがいて逃げようとしていたルークの動きが、ひくりと小さく痙攣して止まった。どっと全身から吹き出た汗が、ルークの肌を白く、絖のように光らせる。
「……ぅ……ぁ……」
身を屈めたアッシュの歯が、片方の尖りを軽く噛んでいた。そこは胸がかたちを変えるほど攻め立てられ、茱萸のように赤く腫れ上がってひどく痛むのに、強く愛撫されるとルークの身体のうんと深いところから、快楽の岩漿をどろどろと噴きあげる。早く、大きくなる胸の鼓動をごまかすように、ルークは口を開けたり閉じたりして、ゆっくり呼吸をしようとした。開いたままの唇の端が唾液に濡れ、顎の先からぽたぽたと汗がしたたりおちる。少しでも動いたら必死でせき止めている嬌声がほとばしってしまいそうで、ルークは凍り付いたように身じろぎひとつせず、身の内に燻る熱に震えていた。
だがアッシュはそんなルークの顔を見上げ、また無駄な努力をしやがって、と憐れむように笑うのだ。アッシュは勃ち上がったまま固くしこったルークの乳首を歯で挟んだまま、下あごを左右に動かした。
「ひっ!」
胸を突き出すようにのけぞった瞬間、反対側の尖りに指の腹が触れた。跳ね上がった身体を押さえるようにアッシュの指が乳首を押し潰し、円を描く。ルークは唇をわななかせ、声を漏らさないよう唇を噛み締めてやめてくれ、と首を振った。アッシュは実に楽しそうにその顔を見つめ──親指を添えて突起をつまみ上げ、こね回した。
「いッ、ああぁああああっ!」
アッシュの指と歯の間で、乳首に凝っていた痛みが快感にとろけていく。
「やっ、そこやだ、聞こ、聞こえる! 隣、に、聞か、アッシュ、やめ、おねが、や、ああっ!」
「いいなこのエロい反応。さらしで圧迫してるせいか、いつもより感じてんじゃねえか? ほんとに止めてもいいのかよ?」歯を指に変え、耳に唇を寄せて、意地悪くアッシュがささやいた。「ちゃんと止めて下さいって言えたら止めてやってもいいぜ?」
「ああ……っ、イあっ、ああっ、やめっ、止めて、く、ひぃっ……っ!!」
「止めて下さい、だ」最後まで言わせないよう、こね回していた乳首を強くひねりあげて悲鳴をあげさせ、アッシュは笑い、ほんとうに止めて欲しいのかと言わんばかりに固く布を押し上げてきているルークの腰に自分の腰を押し付けてこすりつけてみせた。
「あっ……あっ……ああっ、もうイく! い、い、イク、イク……っ!」
快感が腰から上へ駆け抜けていく。真っ白に染まっていく脳裏に、隣室のルーク、自分と同じ顔が浮かんだ。同じ男なのに、同じ存在であるはずなのに、乳首をいじられるだけでだらしなく喘ぎ、絶頂を極める声を聞いて何と思うだろう。
それに、こっちのアッシュは。
ぐったりと壁によりかかり、余韻にひたっているルークの唇をついばみながら、アッシュが手際よく服を脱がせていく。さらし布を残したままでブーツまでルークの脚から抜いていき、ぼんやりと見つめる先ではぎ取るように自分の服を脱いでいる。月明かりに筋肉の陰影がくっきりとついた身体が、欲情に汗ばんで磨いた大理石のようにつややかに光っているのが、きれいだと思った。
抱き寄せられると、汗に濡れた身体は互いに吸い付くように重なる。アッシュの汗のにおいがより濃厚に鼻をつき、極まったばかりの性器に再び芯が通ってくる。
今夜は簡単に解放してもらえないかもしれない。アッシュの言う『一回』はあくまでアッシュの達した回数であり、ルークのはカウントされなかった。毎晩でも、一回だけならなんとか……と譲歩した自分は、詐欺にあったようなものだ。
「ひあっ!」
「なにを考えてる」
「あっ、やっ、あっ、あっ、あっ!」
ルークの意識が彷徨っていることに気付いたアッシュが、さらし布の隙間からのぞく赤い尖りを弾いた。獲物の急所を探る肉食獣のような顔をして、再びつまみ上げ、指先でよじる。「気分が乗らないなら、やめてやろうか?」
答えを知っているくせに。首を振ってすがりつくルークの耳に、アッシュのかすれた笑い声が聞こえた。
苦々しい顔をしたこっちのルーク。
軽蔑をあらわにしたこっちのアッシュ。
想像の中でルークを蔑む二人の顔が、真っ赤に染められていく脳裏の中で焼きつくされていき、消えた。