「あー夕べ抱いてねえし、お前を見てると勃ってきちまいそうだ。おんなじ顔だしな……。ちょっと急いで探してくるわ」
自分と同じ顔(の、はずだ)とちょっと思いたくないようなスケベ顔が今度こそ踵を返すのをみて、ルークはほっと息をついた。首すじに鳥肌を立てたアッシュが爆発寸前の表情で口を開けるのを見て、手振り身振りで必死に止める。恥の文化を持たないアッシュモドキに、アッシュが口で勝てるとは思えない。自分をそんな卑猥な目で見ていないだけでもアッシュはアッシュモドキに比べると何倍もマシな被験者だったが、アッシュは傲慢で短気で、思ったことを深く考えもせず口に出す悪癖もあり、今まさにそれがいかんなく発揮されてしまった。
「てめえ……まさかと思うが、レプリカを女の代わりにしていやがるのか?」
「はあ? 代わりじゃねえよ、阿呆かこの屑! なんでわざわざ女の代わりを用意しなくちゃなんねえんだよ? 俺はな、てめえと違って女落とすのに苦労したことなんかねえよ」アッシュモドキはナタリアの前で問題発言をきっぱりとかまし、見下したような視線をアッシュに向けた。「俺は女なんかよりルークの身体の方が何倍も感じるんだが、ま、童貞野郎にゃわかんねえかな」
いっそ気絶してしまえたらいいのにとルークは思ったが、そのような僥倖は訪れず、寒イボをとうとう顔にまで広げてなにか喚いているアッシュの声をどこか遠くで聞いていた。アッシュモドキはアッシュの罵詈雑言に全く堪えたようすもなく、ただ可哀想なものに向ける憐れみの籠った笑みを向けた。
「てめえは今までルークを見てムラッときたり、頭の天辺から足の指まで舐めまわしてえとかバックから腰を掴んでガンガン突き上げてえとか思ったことがないわけか? 一回も? ほんとに?」
アッシュの罵詈雑言は、もはや名人の域にまで高められていた。もう、本人もなにを怒鳴っているのかわからなくなってしまっているのだろう。喚きついでに俺の好きなのはナタリアだとかなんとか壮絶なカミングアウトもしていたが、あまりにも衝撃的なアッシュモドキの発言の前にはインパクト皆無で、完全にナタリア初め全員にスルーされてしまった。
「そりゃ意外だ。『俺』なら絶対ルークに惚れてると思ったんだがな……。同一人物とはいえ、世界が違えば別人とおんなじなのか」
「同じであってたまるかっ!」
「……ルークの尻はすげえイイのに、もったいねえ。アッシュアッシュって鳴きながらきゅうきゅう締めてくるのが最高に可愛いんだぜ? ──ま、お前は好きにすりゃいいか、しょせん他人事だし。俺たちは俺たちで仲良くやるさ」
同じ『レプリカルーク』仲間である薄幸のルークモドキに盛大な同情を寄せながら、もはやショックを受けたり怒ったりする気力も体力も削ぎ取られ、ルークはよろよろと自分の席に戻ろうとした。その耳が、ガイの「待てよ」という声を拾う。もういい、アッシュもガイもさっさと出て行かせればいいのに、なにを引き止めてんだという不信感と、ガイの声音から完全に警戒心とひややかさがなくなっていることに対する失望が襲う。アッシュモドキも元の世界ではガイモドキの敵の子であることはかわりないのだろうに、ガイにとっては違うのだろうか?
「チャネリングを使えば、すぐに居場所がわかるんじゃないか?」
「チャネリング?」アッシュモドキは驚いたような顔で振り向いた。「……って、なんだ?」
アッシュモドキとガイは、互いに驚いたような顔を見合わせしばらく見つめ合っていたが、ガイがふっと笑って「使ってないのか」と呟いた。その笑みは、ルークから見てもどこか温かいものだった。
驚いたことに、どうやらガイはアッシュモドキが気に入ったように見える。ガイが育てたルークとは別人といえ、同じ『ルーク』の乳首を舐めたり吸ったり噛んだりつまんでこねたり引っぱったりして泣かしているアッシュモドキのどこがガイの心の琴線に触れたのだろう。
女の子たちの中では唯一全く動じてないようすのアニスが、被験者からレプリカへの一方通行でしかない連絡手段の説明をしてやっている。
「そりゃ便利な機能があったもんだな」
「うん、あたしたちは便利連絡網、って呼んでるんだ。それは聞いてないの?」
「俺の傍から離したことがねえし、必要なかったからな」
「もちろん、記憶を失う前のあなたが、ルークモドキの同調フォンスロットを開いてなければ使えませんが……。ものは試しだ、やってみたらどうです?」
最初から最後までうさんくさい笑顔を崩さないジェイドがいうのに、アッシュモドキは首をふった。「やり方を知らねえ」
「アッシュ」
やり方を教えてやれと言うように、ジェイドがアッシュに呼びかけた。アッシュはまだふっふっと鼻息荒く怒りが収まらないようすだったが、それを受けて初めて優位に立ったように、見下した笑みを浮かべた。
「どうということはねえ。意識をレプリカに向けて、フォンスロットをこじ開けりゃいいだけのこった」
「ぐぅ……っ! 痛……う、う……」
覚悟していたとはいえ、立っていられないほどの激痛に襲われ、ルークは椅子に座る間もなく背もたれにすがりついた。足が完全にくずおれるまえに、誰かの手がその身体をすくい上げる。
アッシュモドキだった。
「水!」とどなりながら驚愕と不審さに眉をよせ、それでも労るようにルークを抱え、椅子に座り直させてくれる。アッシュはすぐに回線を切ってしまっていたが、このたった数秒でルークは脂汗でびっしょりになり、遠くなりつつある疼痛をふるえながら感じていた。
「その、回線とやらで連絡をしようとすると、お前は痛みを感じるのか?」
アッシュモドキはいつの間にか懐から取り出した清潔な手巾でルークの汗を押さえながら問いかけてきた。手つきは腫れものに触れるように優しく、温かい。心は簡単に意思を裏切り、得体の知れない、不快な人物だと感じた男の手を、不思議なほどたやすく心地よいものと認識させる。
ルークモドキがアッシュモドキからいつもこんなふうに扱われているのなら、ルークモドキは決して可哀想なんかじゃないのかもしれない。
──尻はいやだけれども……。
「……ちょっと頭痛がするだけ」
「ちょっと痛いだけでしたたるほど汗をかいたり身体が震えたりするのか」
傍らから冷たい水の入ったグラスが差し出され、アッシュモドキはひったくるようにそれを奪い、ルークの口にあてた。自分で飲める、と思ったものの、回線を使ったあとにこんなふうに労られるのが初めてで、なんとなく拒絶する気になれなかった。
「おれたちはアッシュと一緒に行動してるわけじゃねえし、痛くても情報交換が必要なこともあるんだよ」
水を飲み干すとひと心地つき、ふうと息を吐いてどろどろと怒りを燻らせているらしいアッシュモドキをなだめる。アッシュモドキはのぞき込むようにルークの顔色を確認し、ガイとジェイドに向き直った。
「俺の知らねえことを教えてくれたことには感謝する。が、こんな胸くそのわりいもん、俺には使えねえ。もしあいつが一人で戦ってるときにこんなことになったら……」
「ふん」騒ぎに一役かっていながら、まるで自分には関係がないと言わんばかりに片腕を背もたれに引っかけて飲み残しの紅茶で酷使した喉を湿しているアッシュが吐き捨てた。「そのくらいのことは俺も考えている。先に状況を確認してから繋げればいいだけのことだろうが」
「……?」
意味がわからない、という顔のアッシュモドキに、仕方なくルークが自分の目や身体を、ルークの意思の有無に関係なくアッシュが使うことができることを説明した。みるみるうちにアッシュモドキの顔が険悪になってくる。
「……他人の身体を勝手に使うのか」
「他人? ただのレプリカだろうが、俺のな。そいつは俺とおなじものなんだよ。俺のものを俺が使ってなにが悪い」
この話になると、ルークとアッシュの主張はどこまでも平行線を辿る。それでも、ルークは否定し続けなければならなかった。反論のために開いた口を、だがアッシュモドキが遮った。
「俺はそうは思わねえな。俺が右を向きたいと思えば右を向き、片足をあげりゃ同じように片足をあげる。俺が肯定すれば肯定し、否定すれば否定する、そんなレプリカなら俺だってその意見には同意する。だがルークはルークの自我を持ち、俺の意見に反対して噛み付いてくることもあれば、俺がしんどいときに笑って抱きしめてくれたりもする。ルークはルークで、やりたくねえことはしたがらねえし、反対にやりたいことは俺に逆らってもやりたがる。もしも本当に俺からルークが作られたんだとしても、ルークは俺じゃねえ。俺は、ルークを俺とは別の存在だと認識する」
アッシュモドキはきっぱりと言って、優しい顔をルークに向け、子どもにするようにくしゃくしゃと頭を撫でてくれた。
おなじことを仲間たちは何度も言ってくれたが、それをはじめて被験者──モドキではあるが──に肯定されたことで、ルークは自分という存在がはじめてはっきりと輪郭を持ったような気がした。
ずっと、ルークはアッシュに、そう言って欲しかった。
曇った幕の向こう側で、アッシュが驚いたように目を見ひらくのが見えた。と思った瞬間、アッシュモドキがルークの頭を胸元に引き寄せ、押し付ける。
「──泣くな」
「な……泣いてなんか……」
後頭部に手がそえられ、身を屈めたアッシュモドキが慰めるように髪にキスをする気配がした。その感触に、ぎりぎりで堪えていた涙が堰を切ったように溢れた。アッシュモドキは少し笑ったのか、ふっと熱い息がかかる。
「どっちのお前も、すぐに泣くんだな」
ルークが人前で泣くのははじめてのことだ。泣き虫のように言われるのは心外だったが、こんな調子で甘やかされていたらルークモドキが泣き虫になるのは仕方ないのだろう。はじめてルークモドキが羨ましい、と思い、そんな自分が信じられず、認めたくもなくて、唇を噛み締めた。
アッシュモドキがルークの前にしゃがみ込み、顔をのぞき込んで来る。痛ましそうに眉をひそめ、「傷になる」と囁いて指で唇をくつろがせた。
「なにが『同じもの』だ。こんな可愛げがてめえや俺にあるもんか」