「──ち! この劣化レプリカ、どこまでも使えねえ!」
「……っ、そ、そんな言い方しなくてもいいだろ! おれだって、少しは」
「は、言い方を変えりゃ、少しはマシになりますってか?!
フォニック語が駄目なら古代イスパニア語で言い直してやろうか?!」
「……く……」

Mark Like Mine

【1】


 明日はジェイドがネフリー、つまりケテルブルク知事と相談しなければならないことがあるということで、皆は一日ゆっくり体を休めていいことになった。女性陣はラウンジの隅で顔を突き合わせ、楽しそうに買い物の計画を立て始め、ルークとガイはスパにでも籠ってのんびりするかと話していた時、突然漆黒の翼のノワールが、アッシュを連れてホテルを訪ねてきた。

「き、記憶喪失?!」
 全員の視線が、ソファに深く身を沈めて、興味深そうにホテルのラウンジを見回しているアッシュに突き刺さった。
「そうなんだ、何か色々やらなきゃならないことがあるってんでアッシュは焦ってたのに、あたしを庇ったせいで、済まないね。頭の傷は治癒士に治してもらうことが出来たんだけど、記憶の方がどうにも戻らないまんま、もう三日経っちまった。でさ、あたしらアッシュの依頼であれこれ手伝っちゃいるが、正直何を目的として、何をしようとしているのか、正確なところを知らない。でも、あんたらは知ってるんだろう? だから、アッシュが記憶を取り戻すまで、しばらく面倒見ちゃくれないかい」
「そんな……アッシュ。も、もちろんですわ! わたくしたちでお世話を致します」
 ナタリアが真っ先に力強く請け負い、続けて全員で了承の意を示す。ジェイドは面白そうに、ルークは少しだけ複雑そうな顔をしていたのだけれども。

「全く何も憶えてないのか? そういう記憶喪失なら、いずれ記憶も戻るんだよな?」
「すぐに戻るかも知れねえし、戻らねえかも知れねえ、と医者は言ってた。要はなんとも言えねえってことだな。記憶は……正直、なくても困ってねえ。生活にはなんの支障もねえんだ。だが、俺の今置かれた状況じゃ、このままはまずいんじゃないかってノワールが言うんでな。ここに来りゃ都合良く何か思い出すだろうなんて……正直思っちゃいなかったんだが」

 ノワールが来たときと同じように慌ただしく帰っていったあと、アッシュは何か思い出すことはないかというように、全員の顔を確かめながら、ガイに尋ねられたことに答えを返していたのだが、その視線は何度も彷徨ったあげく、最後には必ずルークの上で止まった。
「お前」
「えっ、おれ?」
「そうだ。初めて会ったときからもしかしたらと思っていたが、やっぱりお前のことだけうっすら記憶にあるようだ……俺の顔とよく似ているが、お前はおれのなんだ? 兄弟……じゃねえよな?」
「……あ、ああ、兄弟じゃない。おれは……」
 口ごもるルークに、アッシュは更に問いかける。
「親しかったのか?」
 それを聞いて、ルークが唇を噛んで俯いた。「──いや。親しくは、なかった」
「……そうか?」
 その様子を見て、アッシュは微かに首を傾げたが、口に出しては何も問わなかった。

 ジェイドに促されたガイによって、アッシュがこの世で唯一の、ローレライの完全同位体として生を受けたこと、誕生時に詠まれた死の預言のこと、レプリカルークが作られ、アッシュの替わりにバチカルに返された経緯、アッシュがダアトで六神将を務めていること、アクゼリュス崩落からヴァンがローレライを取り込み、ルークが宝珠を受け取り損ねた所までが簡潔に説明された。

「なるほど、よく分かった」
 アッシュは分かりやすい説明だったとガイに礼を言ってから、腑に落ちないという顔をして首を傾げた。
「俺は世界中を一人飛び回っていたんだな?」
「ああ」
「何か理由があるのか? 今の話を聞く限りでは、お前達と行動を共にした方が良さそうなものだが」
 全員が大きく頷き、ジェイドが嘘くさく笑った。
「宝珠を探すと言っていましたが、あなたにはあなたの事情があるのでしょう。──まあ、別ルートであなたが得た情報も色々頂いたので、良いこともありましたよ」
「……アッシュは、おれと一緒にいるのが嫌だったんだよ」
「ルーク……」
 ここまで一言も発言しなかったルークが、ぽつりと言った。
「お前といるのが嫌? 何故だ?」
「アッシュは優秀なやつだから。その自分のレプリカがあんまりにも出来損ないで……。そんなやつが自分の居場所や大切な人を奪ったって……おれ、アッシュに憎まれていたから。アッシュはおれを見ると、なんだか苛々するみたいだったし……」
「憎む? 苛々する?」アッシュは軽く目を見張って、ますます首を傾げた。「俺は、そんな風に言っていたのか? お前に?」
「……」
「そりゃ、おれはお前を憎んでいるぅ! とかって口に出してたわけじゃないけどさぁ〜……見てるとイライラする、くらいはフツーに言ってたと思うよ?」
「え、ええ。あなたのルークへの応対は、端から見ててもちょっと……惨いものだったと思うわ。でも一度私たちが口を出したら、ルークがますます酷く言われることになって」
「わたくしたちは黙って見守っている他なかったのですわ」
「どうも良く分からんな。そう思い込ませることに何か意味が……?」
 目を閉じてこめかみを軽く押しながら、眉を寄せて唸っているアッシュを、ジェイド以外の全員がわけが分からないままで見つめた。
「一つ伺っても宜しいですか?」
「ああ」
「先ほどあなたはちょっと不思議な事を言いました。ルークのことを、自分にとても似ているけれど、兄弟ではないようだと。何故ですか? 普通、これだけ似ていれば兄弟どころか多胎児であることを疑ってもおかしくないと思いますよ? 何故あなたは、ルークが兄弟ではないだろうと思われたんです? あなたのこれまでの言動を思えば、憎しみや嫌悪のあまり家族であって欲しくない、というようにも取れるのですが、私には今のあなたから、ルークに対するそういった負の感情を感じ取ることが出来ない」
 ジェイドが問うと、アッシュはぎゅっと眉間を寄せ、鋭い目を向けて周囲をねめつけた。
「ああ、そうだな。俺もそう思う。お前ら他に、俺に何か隠してねえか。もしかして反対しているからか? 俺の記憶が失われたのをもっけの幸い、引き離しておこうと」
「……ちゃんとフォニック語でしゃべってくんないかなぁ?」
「その眼鏡の言う通り、こいつに対して憎んだり嫌ったりっていう感情なんて、俺の中にゃカケラもねえぞ。……だから何か、お前らが俺にそう思い込ませたい理由があるんじゃねえかと言ってんだ」

 ……はい?

「そ、そこを疑ってるのか?! お前が?!」
「皆さんは、ご主人様とアッシュさんに、仲良くなって欲しいと思っていたですの! 本当ですの!!」
「あなたは記憶を無くしていらっしゃるのでしょ? なぜ憎しみがないと断言出来ますの?」
 不思議そうに、だがほんの少しの期待も込めてナタリアが言うと、アッシュはむっとしたような顔をした。
「感情と記憶は別もんだろ。なんと言われても、ねえもんはねえ」
「だって〜ほんとに酷いもんなんだよぅ、アッシュのルークに対する態度って。あれで嫌ってないって言われたって、何の罠なのかなぁ〜って感じ?」
「そうよ。大佐のおっしゃった通り、それではなぜあなたがルークを家族とは違うものだろうと考えたのか不思議だわ。アッシュ、あなたはルークにどんな感情を持ってるというの?」
 ティアの問いかけに、アッシュは眉間に壮絶な皺を寄せた。そうすると、まるで記憶をなくす前のアッシュそのものに見える。だが、彼はすぐに表情を和らげ、諦めたように「本当は、こういうことは秘めておくのが奥ゆかしいと思うんだが」と独り言を漏らし、ルークがやるのと同じ仕草でがりがりと頭を掻いた。

「ヤっちまいてえと、思う。見ていると」

 しん、と水を打ったように静まり返った。
 それは、複数の意味に受け取れる言葉だったため、皆飲み込み損ねて、声も出せないでいた。意味を一つに搾ったらしいルークだけが、蒼白になって、悲しげに俯いた。
「そ、それはどういう」
「まんまだろ。抱きてえなって意味だ。あとは……優しくしてえとか……あー、ちょっと泣かしたいとか? こいつ見てるとなんだか嗜虐心が煽られるような気がする。……そうだな、下半身にざわっと血が集まってチ「だあああああああ!! 子供の前でやめろ!!!」」
 両手を振り回してストップをかけるガイに、「お前が聞いて来たんだろ。とにかく、そういう目で兄弟を見てたら俺はただの変態じゃねえか。だから兄弟じゃねえなと確認を取ったんだ」と冷たく返し、きょとんとしているルークに視線を向けた。
「正直に言ってくれ。この機会に引き離しておこうとかいう、こいつらの陰謀じゃねえんだな?」

 ──お前のその態度こそが、何かの陰謀だろうと、ルークは言いたかった。

 自分の思い込みとは違う方向に話が向かっていることに、さすがに気付かないわけにはいかなかったが、それでもわけの分からないままに必死で首を振った。
「ち、違うよ!! ……え、えと、えと、ほんとに、お前……?」
「──っち。なら片思いかよ、だせえ奴だな」
 アッシュはつまらなそうに吐き捨て、どさりとソファにもたれた。「とにかく、俺ん中のこいつへの感情はそういうのばっかみたいだぜ? 憎んだり嫌ったりって、何の冗談だ」

「……ねえ。これ、ダレ?」

 決してしてはいけないと躾けられたはずの指差しで確認するアニスに、一同は力なく首を振った。