まるで夢の中にいるようなふわふわした気分で、目の前で揺れる紅い髪を見ていた。

 髪の間から見え隠れする太い首筋や、自分の倍もありそうな広い肩幅、手首を折れそうな力で握りしめている指の長い、大きく無骨な手も、なぜこんなに力強く、頼もしく見えるんだろう。
 一年ほど前には、同じものを見てもまったく逆の思いを抱いていたはずなのに……。
 かつては寸分違わなかった身長も大きく変わり、歩幅も変わった。ルークを気遣い、全力にはほど遠いスピードで駆けているアッシュにすら、今は置いて行かれないように付いて行くのが難しい。
「戻らなきゃ……!」
 ルークは叫んだ。新郎を置いて来てしまった。聖堂に戻らなければ、彼に恥をかかせてしまう。

「……だ!」
「えっ?!」

 前を走るアッシュがなんと答えたのか聞き取れず、ルークは叫ぶように問い返した。
 周囲からは「頑張れ兄ちゃん!」だの「しっかり!」だのと興奮した街の人々が無責任な励ましを口々に叫び、その間に冷やかしの指笛やおかしな奇声がひっきりなしに聞こえて来ているし、後ろからは鎧や剣の音をがちゃがちゃ鳴らしながら、クリムゾンに下知を受けた白光騎士が追って来ている。走る事に集中していないと、長いドレスの裾を捌ききれない。
「何か言った?!」

「好きだ!!」

 あんなにうるさかった周囲から、ふっと音が消えた。
 呆然と、ルークはアッシュの逞しい背中を見つめた。薄いシャツ一枚の背中に、筋肉の束が浮いてみえる。アッシュの動きに、それがシャツの下でゆるやかに動くのが、その上で生き物のように躍動する真紅の髪が、まるでスローモーションのように現実感なく映った。

 自分は今何処を走っているのだろう?
 まるで雲の上を走っているかのように、足下がふわりふわりと、心許ない。
 それともこれは夢の中なのだろうか。

 今。
 アッシュは今、なんて。

「──っ、聞こえない!」
「────お前が好きだ!」

 嘘だ。
 嘘、嘘、嘘。
 だって、アッシュにはナタリアが、キムラスカが。
 アッシュが。アッシュに、それが捨てられるはずがない…………!

「聞こえねー!」
「お前が好きだ!!」
「聞こえねーったら、聞こえねー!!」
「この、屑!!!」
 アッシュが顔だけで振り返り、横顔に獰猛な笑みを閃かせた。「待ってろ、逃げ切ったら身体に直接叩き込んでやる!!」

晴れた日には、笑って。