【09】
街道を外れて西へ西へと向かっている途中、こぢんまりとした集落を見つけ、アッシュは物資の調達に向かうことにした。キムラスカ国王直属と言う暗殺部隊があれで諦めてくれているならいいのだが、ルークは悄然と首を横に振る。ならば火を使わずとも食べられるなにがしかの食料、薬の補充は絶対だ。
ルークをどうするべきか悩んだが、一人残すのも、どこかに縛り付けていくのも論外な今、連れていく他はなかった。だがそれが功を奏したようだ。キムラスカとは趣の違う素朴な人里がルークにとってはかなり珍しいものだったらしく、表面上とはいえ元気を取り戻したように見えるのが、アッシュをほんの少しほっとさせた。
集落に一軒だという店で、アッシュは悪びれもせず暗殺者の財布を開き、薬や携帯食料、針や糸といった品を次々に選んでいった。この民家もまばらな集落で客も多くはないのだろう、店番の老婆は手製の柔らかいパンをいくつか買った品々に付けてくれ、二人に暖かいお茶と饅頭を振る舞ってくれた。少し話し相手も欲しかったのかもしれない。
その世間話は二人にとって──特にルークにとって、何よりの情報源になったのだが、それを聞いたことは果たして幸運と言えたのかどうか。
集落を出るまで、ルークに変わった様子はなかった。アッシュは老婆との世間話の途中からルークの様子を窺っていたのだが、少なくとも老婆のみならず、アッシュにすら異変を悟らせなかった。
集落を外れ、山道に入ったとたん、急に力が抜けたように膝から頽れそうになるルークを抱きとめ、ゆっくりと座らせる。
「……よく、我慢したな」
「……」
きっと泣き顔など見られたくないだろうと背と後頭部に腕を回し、思い切り胸に押し当てると、ルークの腕はがくがくと震えながらアッシュの背にすがりついた。力が入らないのか、服をまともに掴むこともできず、その手はただ背を掻いていた。それでもなおすがりつく腕があまりにも哀れで、声も出さずに泣いている姿はただ痛々しかった。
キムラスカの国王は、ルークの父親は、ルークがアッシュの囚われ人となったその日、崩御した。現在キムラスカを掌握しているのはフレイル・イー王子。
「……弟なんだ」十歳になったばかりのころ、謀反を起こした父の弟──叔父によってルークは暗殺されかけた。かろうじて一命を取り留めたが、それはルークを溺愛する父を狂わんばかりに心配させ、ルークを軟禁生活に押し込めることとなった。父王は、王妃が命と引き換えに産み落とした弟を愛さなかった。
本と、剣と、父だけがよりどころの生活。弟はそれを不憫に思った家臣たちに学び、宮廷においても軍においても彼らを頼みとし、やがて掌握するに至った。ルークは王太子でありながら……家臣たちにとってはほとんど忘れられた王子だったのだ。
なのに、突然出陣を許された。
渋る父を、将来ルークが王位を継ぐためだと家臣たちが説得し、戦も、指揮も未経験のルークの初陣を勧めたのは、きっとこのためだったのだ──。
「父上は……たぶん暗殺されたんだと思う。キムラスカ次代の王は、フレイルが立つことになるだろう。あの子は厭戦派で賢いし、側近は優秀だ。これで……キムラスカは命拾いすることが出来るかも知れない」
「……ルーク、」
「うん……」泣きすぎて重くなる瞼を閉じて、ルークは微笑んだ。「わかってるんだ、これで良かったんだってこと。この方が良かったんだってこと。……父上は……決して名君ではなかったこと──父上を諌める勇気を持たなかったおれも、父上の暗殺に加担してしまったのと同然なんだってこと……っ」
もたれかかっていたアッシュの腕が動き、くしゃりと指が髪をかき分けたかと思うと、胸に抱き寄せられた。アッシュの身体はどこもかしこも鍛え抜かれて鋼のように固いけれど、暖かく、ルークを溶かすように安心させる。敵兵なのに、おかしな話だと口元が綻び……震えた。
「それでもおれは、父上が好きだった! 愛してたんだ! ……おれには、父上がすべてだったんだ……!」