【02】


 捕虜をすし詰めにした荷馬車が崖下を通るのを見送って、アッシュは掴んだ縄を引っ張った。
「痛、痛っ! 立てって口で言ってくれれば立つのに……!」
 半ば首で吊られる形になり、涙目で抗議しているルークを綺麗に無視して、アッシュは舌打ちをした。
「捕虜の数が多すぎる。──お前、ほんとに身分高いんだろうな? 十把一絡げの恩賞のためにこんな苦労すんのはごめんだぞ」
「それは大丈夫だけど」ルークは目を細めて土煙を上げながら遠ざかって行く荷馬車を見つめた。「キムラスカは負けたのかな……」
「ここではな。だが戦はそう簡単に終わりゃしねえさ、戦場はまだまだある。上つ方々は大変だな。俺たちは国なんか滅びたってなんにも変わりゃしねえ。飼って、耕して、収穫して……それだけだ」
 馬鹿にしたように鼻を鳴らして歩き出したアッシュのあとを、一瞬よろけたものの付いて歩きながら、ルークは不思議そうな声を上げた。
「もしも国がなくなったら、職とか失って大変なんじゃねーの? あ、もしかして徴兵されたのか?」
「いや。うちは小作だが、俺は王国軍所属だ。近衛や騎士団の上の方は知らねえが、国軍なんてわざわざ解体もされねえ。主君が変わるだけだ。──兄弟多くてな、食い扶持を減らす必要があったんだ。軍に入れば兵舎に住んで飯もつく。給料も出て食いっぱぐれもねえしな」
「兄弟……そっか。何人?」
「上に三人、下に二人、俺はほぼ真ん中なんだ」
「にぎやかそうだな」
「まあな。末の妹が口が達者で……」
 苦虫を噛み潰したような顔で唸るアッシュに目をやって、ルークは一瞬羨ましげな顔を見せたが、すぐにかき消して無邪気な表情を浮かべた。
「おれにも弟が一人いる」
「いいな。俺もどうせなら弟が良かったぜ。口うるさいばっかの妹たちにはうんざりだ」
「お兄さんなのに、負けてるのか」
 ルークは笑った。口で言うほどうんざりした様子がないどころか、おそらく本当はとても可愛がっているのだろうとわかる表情をアッシュは浮かべている。父も母も同じくする兄弟でありながら、その間に大勢の思惑が介入したあげく自分たち兄弟の間に出来た距離を、ルークはふと思った。
「仲、良いんだな。俺と弟は……ほとんど顔も合わさねーんだ」
 アッシュは横目でルークを見つめた。少し自嘲まじりの冷たい笑顔を浮かべている。一見少女のように優しげに整った顔にそんな顔は似合わない。同じ年頃に多い、荒削りでまだ未完成の顔が浮かべているよりも、陰惨に見えるような気がする。貴族たちは財産が多くなればなるほど、親族の間の争いも多いと聞くが、少ない収入を家族八人で分けたって十分生活していけるのに、彼らが持っている多くのものをなぜ分け合えないのかアッシュは理解に苦しむ。
 アッシュのうちは貧乏、というほどではないにしろ、男兄弟三人が畑を放棄して、外で稼いでくることでなんとかやっている程度のうちだ。理屈屋の長兄、明るく、穏やかな次兄、少し天然の長姉、いつもキャンキャンと口うるさい妹たち。絶えず誰かが喧嘩している騒がしいうちだが、まあ兄弟仲は良いといえるのだろう。
 つくづく上つ方というのは大変なんだなと、アッシュはほんの少し敵国の捕虜に同情した。


2011.11.06の日記。