キスと、甘い約束と 02

 飽きるまで魚を眺めたあと──アッシュは決してルークを急かしたりはしない──ようやく傍らのアッシュのことを思い出し、ルークは恥ずかしげに振り返った。こんな水槽なんかに子どものように夢中になって、さぞ呆れ返っているだろうと思ったのに、返ってきたのは蕩けるように優しい、深い森の色の瞳。
「あ、あの……」
「もういいのか」
「う、うん。……あの、待たせちまって、ごめんな……」
「構わねえよ」

 俺はその間、お前の可愛い姿をたっぷり堪能させてもらったからな?

 魚を見ていただけのはずなのに、何か含みがあるように聞こえるアッシュの囁きに、ルークは顔を赤く染めた。
「……お前ってほんとに……や、やらしい……」
「お前が煽ってくれるからな」
「そ……! 煽ってなんか……」
 それは本当のことで、アッシュはたびたび「煽られた」と言ってルークを押し倒すのだが、一体自分の所作、言動のどこが彼を煽っているのだか、皆目見当もつかない。
 ついたからといって、自分に対処出来るとも思えないのだけれども。




 絡まるようにじゃれ合いながら、人目のない階段の踊り場まで来ると、アッシュはここが我慢の限界と言わんばかりにルークを引き寄せた。
「ア、アッシュ、待って、せめて部屋……っ!」
 思い切り腕を引かれてアッシュの胸に倒れ込むと、開いた手がすぐに後頭部に回され、噛み付くような激しい口づけが襲う。そのまま壁に強く押し付けられ、深く、激しく貪られて力の抜けていく両足の間に、アッシュが腿を割り込ませた。
「……!」
 びくりと小さく強ばった体に、アッシュがキスをしながらくぐもった笑い声を立てる。腕を掴んでいた手は燕尾を割って尻に回り、肉を掴んで揉みしだきながら、ルークの腰をぐっと己の腰に押し付けた。そうされると、もうすでに堅くなったアッシュの雄の部分が、ルークを欲しいと脈打っているのがはっきりと感じられる。ぎょっとする間もなく手は更にすべって、すうっと奥のくぼみを辿るように意味ありげに往復した。
 強く押し付けられた、堅く熱いものが、そこをどんなふうに貫き、掻き回し、突き上げるのか。その手の動きで生々しく思い出してしまったルークはきつく塞がれた唇の奥で、悲鳴を上げた。




 額がこつんと合わせられる。
 荒い息を吐いて、涙ぐんでいるルークを、アッシュが楽しそうな光を湛えた瞳で見下ろした。
「イっちまった?」
 ずるずると床にへたり込みそうになるルークを、アッシュがすかさず掬い上げる。ほとんど変わらない体格なのに、いつもながら驚異的な膂力だった。
「まだ何もしてねえのに。ほんとに可愛いやつだなお前は……」
 言葉も出ないルークを横抱きにしたまま潤んだ目元にキスを落とし、アッシュは重みを意に介した様子も無く階段を上り、器用に鍵を開けて中に滑り込む。二人きりになった途端に、ベッドまで行く余裕すら無くしてしまったように、半分腰が砕けているルークの体をドアに押し付け、今の行為の余韻でじっとりと湿ったルークの首筋に舌を這わせて汗を舐めとりながら片手でベルトを外してしまう。力の抜けた足を交互に持ち上げ、ズボンと濡れた下着とを引き抜き、後ろに放り投げると、フローリングの床に、がちゃりとベルトの重い音が響いた。
 白い上着にアッシュの手が掛かると、ルークは初めて抵抗らしい抵抗を見せた。とはいえ、掛けられた手を震える手で弱々しく押し返しているだけなのだが──。むろんアッシュがそれを許すはずもなく、あっさりと黒のシャツごと上に押し上げられ、真っ白な胸が晒された。

 あるかなきかでしかなかったはずの小さな小さなピンク色の乳首は、アッシュの指と舌とで嬲られ続けているうちにぷっくりと大きく膨らんで、元に戻らなくなっていた。シャツの上からでも分かるようになってしまったので、ルークは恥ずかしがって仲間の前では薄着をしなくなり、決して上着を脱ごうとしない。心なしか、乳暈も最初のころに比べて大きくなり、紅色を増したような気がする。成熟した男でも女でもなく、その直前の、まだ固い蕾のように馴染まない色っぽさがそこにはあり、アッシュが目を細めて嬉しそうな笑みを浮かべると、ルークが小さく呻いて両腕で胸を隠そうともがく。無理にその両腕を解いてドアに縫い止め、堅くしこったままの乳首を舌で弾くと、それだけでルークは、泣き声のような喘ぎを漏らした。

 アッシュはルークの少年の部分には、たまに指で鍵盤を叩くような意地の悪い愛撫を与えるだけで決定的な刺激を与えず、両の乳首だけを執拗に攻め続ける。ここがルークの最大の弱点と暴いてからはいつもだ。泣きながらルークがいってしまうと、吐き出したものをこぼさないよう手に受けて、後ろに塗りつけ、長い指で抜き差しを繰り返した。それを何度も繰り返していると、下肢はとろとろに蕩けて意識も飛びがちになっていき、吐息は蜜よりも甘く変わってゆく。
 アッシュは絶対にルークを傷つけない。そうなって初めて、アッシュはルークの身体を返して、背後から殊更ゆっくりと入って来る。
 だがその瞬間、いつもルークは絶叫した。痛みからではなく、ずっと渇望していたものがようやく与えられる歓喜と、衝撃とに。
 悲鳴と衝撃が収まったのを確認してから、いつもはすぐにルークを真に天上へ押し上げるための最後の刺激をくれるのに、今日に限ってアッシュは汗に濡れそぼったルークの髪を掻き揚げ、耳元で低く囁いた。
「ドアの外を通るヤツらに、お前の可愛い声を聞かせてやれ」
「…………?! アッシュ、やだ……っ!!」
 ルークの抗議の声をかき消すように、激しい抽送が開始された。アッシュの律動に合わせて、身体を押し付けられているドアがガタガタと大きな音を立てる。必死で声を噛み殺し、死にものぐるいでドアを押さえているうち、少しずつ少しずつ、頭に靄がかかって手足から力が抜けていく。フォンスロットどころか、感情も感覚も、何もかもがアッシュに向けて開かれているような。まるで快楽を追うだけの人形にでもなってしまったように、感じるのはアッシュだけ。聞こえるのは自分の激しい呼吸の音、だけ。

 食いしばった歯の隙間から小さな声を一度漏らしてしまうと、理性はあっという間に崩壊した。背後でアッシュが満足そうに笑ったことにももう気付かない。さして厚くもないドアの外を、何度か息を飲んで走り抜ける人の気配を感じたような気もしたが、すでに気にはならなくなっていた。








 重たい目蓋を開けると、目の前に頬杖をついてルークを見つめるアッシュの顔があった。
 目が合うと、その顔は柔らかく微笑み、ルークに寄り添って腰に回していた手を頬に当て、指の甲でくすぐるように撫でる。思わず声を立てて笑い、身をよじると、可愛くて仕方がないとでも言うように、いつもは堅く引き結ばれたアッシュの唇も綻び、白い歯が覗いた。
 歯を見せて笑うアッシュなど、初めて見た。
 ルークは驚いて、アッシュの顔を呆然と見つめる。
 ん? と言うように瞬いたアッシュの、自分のものよりも濃い翠の瞳を見つめていると、今こうしていることが、あんまりにも幸せで、嬉しくて、でも信じられなくて、いつか失われてしまうかもしれないかりそめの幸せなのだということが胸に迫り、あっという間に盛り上がってきた涙がすうっとこぼれ落ちた。視界を曇らせる涙の幕の向こうで、アッシュが驚いて目を見開いた。
「どうした? きつかったか? ──それとも、苛めすぎちまったか?」
 素直に抱き寄せられながら、アッシュの腕の中でルークは首を振る。

 頬にかかる髪は僅かに湿り気を帯びて、仄かなアムラの香りがした。疲れ切って、気を失うように眠ってしまったあと、アッシュがいつものように風呂に入れ、髪を乾かし、ベッドに寝かせてくれたのだろう。恥ずかしいから起こして欲しいと何度言っても、アッシュはルークのメンテナンスは恋人である自分の権利だと言って譲らない。

「初めは、ただ、話が出来れば良かったのに……!」
 腕を伸ばしてしがみつくと、アッシュが戸惑いながら抱き返してくれる。

 もっと絶望的なこと、哀しいことならこれまでだって山ほどあった。それなのに、そのどれよりも、アッシュを失うかもしれないと思うことが辛く、恐ろしく感じるのは何故なんだろう? 涙が止まらなくなるのはどうして──

「ルーク……一体どうした……?」
「こんなにお前のこと好きになっちまって、おれ、どうしたらいいんだろう? 記憶が戻ったら、今度は記憶がない間の記憶が消えるって、そういうだろ? もしアッシュの記憶が戻ったら、もし、もしも、アッシュがまた、おれのこと、憎んで、冷たい目、で……見たら……お、おれは、正気で……いられる、の、かな……」
「忘れねえよ」
 髪に、額に、目蓋に、何度も何度もキスが落とされる。
「ジェイドが、後で辛い思いをするかもって言ったのに……」
「忘れねえ。──約束する」

ルークは明るい翡翠の瞳を瞬かせた。ちょっと腫れぼったくなっているかも知れないが、その瞳は相変わらず大きい。

「アッシュが、約束……?」

「信じられねえか?」
「うん。……ううん、そうじゃなくて。アッシュは約束とか、指切りとか嫌いじゃん……」
「そうなのか?」
「ナタリアから、そう……聞いたよ」
「そうか。──そうだな。人生、何が起こるかも分からねえし、守れるかどうかも分からねえ約束はしたくねえのが本音だな」
「……」

 途端に哀しげに表情を曇らせるルークを可哀想に思う反面で、そんなことを不安に思って泣いてくれているのが可愛く、嬉しくて、どうしても緩みそうになる口元を隠すために、アッシュは更に強くルークを胸元に抱き込んで、柔らかな頭に唇を押し付けた。

 記憶を失ったことに、アッシュ自身はなんら痛痒を感じないどころか、どうやらそのお陰で可愛い恋人を手に入れることが出来たようでもあり、正直、戻らなくても全く困りはしない。ルークがそう望むなら、取り戻さなくてもいいとさえ思う。
 だが本当は、戻ったところで別に何も変わらないのだろう。
 何故と言って、それでもルークを愛していることに変わりはないからだ。それに関しては、アッシュは自信を持っている。もしかしたらほんの最初の頃は、ルークや他の者たちが言うように、憎しみや怒りを抱いていたのかも知れないが、そんな感情が今、一かけらも身の内に無いことは、自分が一番良く知っている。
 問題は、素直にそれを表に出すことが出来なかったらしい自分が、そうなったときに感情のままに振る舞うことが出来るのかということなんだろう。

 だが記憶を取り戻せない真の理由が、ジェイドの言うように己の心の内にあるのなら、記憶が戻ることなどもうないのかも知れない。或は、記憶を取り戻しても心のままに振る舞えるようになったと心が判断したら、そのとき初めて戻るものなのかも。

 自分の愛撫に合わせて体まで変貌させていく素直で可愛いルークに、見ているだけで胸が張り裂けそうになるような、こんな哀しい顔をさせたくないと思うのは、きっと記憶を失う前も後も変わりはないはず。

「ルーク、それでも俺は約束する」
 アッシュはルークの手を取ると、同じような大きさながらどこか線の細いルークの小指に、自分の小指を絡めた。
「……指切りは、嫌いだって……」
再び溢れ出した涙は、どこか縋るような、希望の色に染められている。真っ赤に腫れ上がった目蓋に涙でぐしょぐしょの顔は、おそらく恋人以外の誰が見ても、元の顔が秀麗であるだけにおよそ可愛いとは言えないものに成り果てていたが、当の恋人は、与える快楽のすべてに感じて目蓋を腫らすまで泣き、今また自分を恋うあまりに涙を零すルークに、全く別の感想を抱いたようだった。

 ああ、なんだってこいつはこんなに可愛いんだろう。
 ──ちっとも俺に似てねえじゃねえか!

 アッシュは指を絡めたまま、その涙をそっと吸い取ってやった。
「何度だって約束する。誰のためでもねえ、可愛いお前のためだからな。記憶が戻っても戻らなくても、俺は一生お前の側にいる。お前を手に入れたくて、自分のものにしたくて、でも出来ねえから、きっと『俺』は記憶を捨てたんだ」
「アッシュ……」
「記憶の戻った『俺』がまだ馬鹿なこと言ってるようなら、お前なんかに二度とやらせてやらねえと言ってやれ。『俺』なら絶対、それで懲りるはずだ」

 ルークが言うような記憶喪失が、本当に俗説だというならば、その後の展開もまた俗説であるべきだ。だから記憶が戻ったら、今こうしていることも忘れるなんてことはないのだろうが、アッシュはルークのために、そう言ってやった。
 それを聞いて、ルークがプッと吹き出した。最後の涙の雫が、アッシュの唇の中に吸い込まれて行く。「お前って、もう……。そんなんばっか」
 握られた拳が抗議するようにアッシュの胸を打ったが、子猫ほどにも力の籠らないそれは、アッシュに取っては甘えられたも同然の行為だ。

「お前が俺のレプリカなんて、やっぱり嘘だろう。可愛すぎる」アッシュはくすぐったさに首をすくめるルークの顔や肩にめちゃくちゃにキスを落としながら笑った。「お前がいつか、俺をうぜえと思っても、ずっと側にいる。俺はお前のものだからな──。長生きは出来そうにねえが、それは勘弁してくれよ」
「……?」

 意味がわからずに小首を傾げたルークを抱えたままアッシュは体勢を変えてのしかかり、その腹に再び堅く立ち上がった雄の部分を押し付けて、ルークを赤面させたのだった。

 あとはただ、キスと…………。






 連作アッシュと微妙にキャラ被ってます^^; 連作アッシュは記憶があるので罪悪感と遠慮があるけど、暴走アッシュにはそれがなく、連作アッシュはED後でルークが生きてるのと、適当に遊んでるのとで心にも体にも余裕があるけど暴走アッシュにはそれがないのが大きな違いでしょうか。(こう書くと随分違って聞こえますが……)
 宜しければ、椿様のみお持ち帰り下さい。お気に召していただければ良いのですが。──暴走しすぎ、或はしなさすぎ! ……でしたら申し訳ありません>< (2011.06.16)