【05】
捕虜生活もたった数日で、人間温かい風呂や、柔らかいふかふかなベッドがなくても、食べ物さえあれば生きて行けるのだということをルークは学んだ。捕虜になった晩は固い地面の上でほとんど眠れず、朝には全身ガチガチに強張り少し寒気などもしていたけれど、その分その日の晩は夢も見ずに深く眠れた。アッシュが狩ったウサギや鳥、魚や、山菜、茸、木の実のおかげで食べるものにも全く困らない。ルークはひどい偏食家なのだが、こういった野外生活や食事風景への憧れがそれらを忘れさせてくれるのか、それともアッシュに馬鹿にされたくないという意地があるからか、今のところどうしても口に出来ないものはない。
「お前、良い育ちのくせに意外にへこたれねえな」
ぶつ切りの蛇やら野生の芋やらを煮込んだ汁物を幸せそうに啜っているルークをアッシュが少し呆れたように見やる。熱々のものを、上手く馴らしながら熱いままで食べるコツを憶えたようだ。
本隊にいれば食事に困ることなどないはずなのに、なぜ小ぶりとはいえ鍋やフライパンや岩塩、胡椒までアッシュが持ち歩いているのかというと、輜重隊は戦略上真っ先に狙われることも多く、糧食を失うことも多々あるからだという。指揮官の能力によっては飢えることもありうると、父親と長兄にくどいほど念を押されたせいで、こんな荷物を持ち歩くことになっているのだそうだ。「まあ、日によって食い足りねえとき、ぱぱっと何か食って寝られるし、備えあれば憂い無しって言うしな」そう言って肩をすくめるアッシュに、ルークは本当に逞しいなあと苦笑をもらす。
「アッシュが貴族にどんなイメージを持ってるかは想像がつくよ」
ルークはアッシュがうまいと言う蛇の皮の下のねっとりしたところまで丁寧に食べてから苦笑した。両手を縛られていても、それほど食べるのに苦労しなくなったのは喜ぶべきことだった。
「ごちそうさま。すごいおいしかった。おれ、蛇が食べられるなんて知らなかった」
「そんなもんを喜んで食うイメージはなかったな。食えねえの、疲れたの、歩けねえのと文句ばっか垂れて、最悪担いで行く羽目になるかとも思ってた。生っ白いうらなり野郎どもと……あー、生っ白いのはお前もか」
「ひでーな。おれなんてまだましな方だぜ? 剣を握るから爪も短いし、普段は化粧もしねーしさ」
「……化粧? 男が?」
「おう。女みたいなのとはもちろん違うんだけど……おしろいはたいたり、眉やほくろを書いたり、目の周りをくっきり縁取ったり。顔色が良くないときには頬紅や紅をうっすら差したりもする。足、腕、脇、股間、生えてる奴は胸もだな、とにかく睫毛と眉以外の体毛という体毛を全部抜いて、爪を整えて磨く、くらいは普通だと思う。凝るヤツになると、爪に色を入れたり宝石を貼付けたりもするな。身体もある程度鍛えないと見栄えがよくないと言われるけど、筋肉を付けすぎてもいけない」
「……キムラスカの男どもは一体なにがしたいんだ?」
「女性の好みに合わせてるんだよ。今はそういう流行なわけだ」
アッシュはうんざりしたように首を振った。「世も末だぜ」
「まあ、みんなじゃねえみたいだけど。多分……貴族だけだ。戦争が起こって下の人たちを多く見るようになったけど、どっちかっていうと身体を大きく作ってるヤツの方が男として格上、みたいな? そんな雰囲気だったもんな。……おれもそう思う」
「そんな風潮に育って、なんでお前はそんな風に思える」
アッシュの不審そうな顔に、ルークは懐かしそうに少し目を細めた。「うんと子どものころ、マルクトの皇帝……あのころはまだ皇太子でいらしたか、会ったんだ。すごい面白い人でおれは滞在中ずっとつきまとってたな。体術を修めてて、体格が良くてかっこ良くてさ! さすがの貴婦人たちもきゃあきゃあ言ってて──まあ、あいつらは男の地位に弱いからな──憧れたんだ。お前の国のグランツ謡将も、おれの憧れの人なんだよな」
「……ヴァン・グランツか。やめとけ、ろくな奴じゃねえぞ」
「? 知り合いなのか?」
「上官だ」
アッシュはいっそう低くなった声でそう吐き捨てたあと、この話はこれでおしまい、というようにルークから空の器を取り上げて立ち上がった。
急にアッシュの纏う空気が冷え込んだことに戸惑いがないわけではなかったが、ルークはそれについては疑問を差し挟まないことにして、再度食事の礼だけを言った。
「おれ、捕虜なのに。美味しいもの食わせてもらって後片付けまでやらせて、悪いな」
本当に悪いと思っているような顔に、アッシュは苦笑した。
「お袋の作るメシに比べたら大味すぎるんだがな」
「アッシュの母上は、料理が上手いのか」
「は、母上……? なんて上等なもんじゃねえよ、普通のおばさんだ。料理は……まあまあかな」
「いいなあ!」ルークは心底羨ましそうに言った。「もし母上が生きておられても、さすがに料理はしなかっただろう……」
「お袋さん、いねえのか」
「ん、弟を生んで、亡くなった。おれも小さくて……顔も憶えてない」
「……」
それは全く本当のことで、正直今更寂しいと思うこともそうはないのだが、アッシュは胸を突かれたような顔をしてルークの頭をくしゃくしゃとなで回した。